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農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第1章

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第四十二話  それぞれの距離、それぞれの想い

ラウレンツ王子が去ってから三日が経っていた。


村はまだその余韻に包まれている。

「まさか王子様がマーヴェル村に足を運んでくださるなんて……」

「グレンは殿下のご学友だそうだ。これで村も安泰だな」

井戸端では、そんな話題で持ちきりだった。


私は蚕小屋で朝の作業をしながら、まだ実感が湧かずにいた。

(あの優雅な青年が、本当に王子様だったなんて……)


「おはようございます」

いつものように、ミナ姉ちゃんが記録帳を抱えてやってきた。


(アレ?でも、何かが違う)


いつもより丁寧な挨拶。

背筋がぴんと伸びて、髪も普段より綺麗にまとめてある。


「ミナ姉ちゃん……?」 私は首をかしげた。

「なんだか、いつもと雰囲気が違うね」

「そ、そうかしら?」 ミナ姉ちゃんが慌てたように手を頬に当てる。

「別に、普通ですけど……」


普通じゃない。明らかに普通じゃない。 言葉遣いまで丁寧になってる。


「今日の温湿度は如何でしょうか?」 記録帳を見ながら、ミナ姉ちゃんが上品に聞いた。

「如何って……」 私は思わず吹き出しそうになった。

いつものミナ姉ちゃんなら「今日はどう?」って気軽に聞くのに。


そこへ、グレン兄ちゃんが現れた。

「おはよう。今日も順調そうだな」


瞬間、ミナ姉ちゃんの頬がぽっと赤くなった。

「お、おはようございます、グレン兄……さん」

「兄さん?」 グレン兄ちゃんが困ったような顔をする。

「なんで急に敬語なんだ?体調でも悪いのか?」

「い、いえ!そんなことは……」

ミナ姉ちゃんが記録帳を胸に抱きしめて、俯いてしまった。


グレン兄ちゃんは戸惑ったように私を見る。

私も首を振って「わからない」という顔をした。


「あの、私、記録の整理がありますので……」

ミナ姉ちゃんがそそくさと小屋から出て行こうとする。


「ミナ、待てよ」

グレン兄ちゃんが声をかけるが、ミナ姉ちゃんは振り返らずに行ってしまった。


「……なんだ、あれは」

グレン兄ちゃんがぽつりと呟く。


「なんか俺、悪いことしたか?」


私は困った。

なんとなく、ミナ姉ちゃんの気持ちがわかるような気がするけど、グレン兄ちゃんには説明できない。


でも、ミナ姉ちゃんの様子を見てると……


「グレン兄ちゃん」

「ん?」

「ミナ姉ちゃん、最近大人っぽくなったと思わない?」

「大人っぽく?」

グレン兄ちゃんが考え込む。


「まあ、確かに背も伸びたし、しっかりしてきたけど……」

鈍感だなあ、グレン兄ちゃん。



その時、家の方から父さんの声が聞こえてきた。

「リィナ、グレン、ちょっと来てくれ」


居間では、父さんと母さんが朝食の片付けをしていた。 タク兄も、まだ興奮気味に座っている。


「王子様だなんて、びっくりしたな!」 タク兄が目を輝かせていた。

「俺たち、王子様の友達だぞ!」

「友達って……」 父さんが苦笑いする。

「グレンはともかく、俺たちみたいな農民が、王子様と友達だなんて、おこがましい」

「でも、とても良い方でしたよね」 母さんが穏やかに言った。

「私たちのこと、ものすごく気にかけてくださって」


私は王子様——ラウレンツ様のことを思い出していた。

あの優雅な物腰、的確な判断力と決断力。そして私たちを守ろうとしてくれる優しさと強さ。

(本当に、すごい人だった)


”雲の上の人”ってこういう人を言うんだろうな。

当たり前だけど、王子様と私たちの間には、大きな隔たりがあるんだ。


「それにしても」 グレン兄ちゃんがぽつりと言った。

「ミナの様子がおかしい。なんで急に敬語なんか使うんだ?」


「あら」 母さんが微笑んだ。

「ミナったら、女の子らしくなってきたのね」


「女の子らしく?」 タク兄が首をかしげる。

「前から女の子だったじゃん」


「そういうことじゃないのよ」 母さんが優しく説明する。

「女性として、意識が変わってきたってことよ」


私はなんとなく理解した。

ミナ姉ちゃんは、王子様を見て、自分との違いを感じたんだ。

そして、グレン兄ちゃんが王子様の友達だということも。


だから、もっと立派になろうとしてるんだ。 グレン兄ちゃんに釣り合うように。

でも、グレン兄ちゃんにはそれが伝わってない。


(恋って、難しいなあ……)

私は小さくため息をついた。





その日の午後、私は組合事務所でミナ姉ちゃんを見つけた。

いつもの記録作業をしているけれど、その横には見慣れない本が積まれている。


「ミナ姉ちゃん、その本は?」 私が覗き込むと、ミナ姉ちゃんが慌てて本を隠した。

「あ、これは……」 頬を赤くして、もじもじしている。


本のタイトルが見えた。

「淑女の嗜み」「美しい言葉遣いの手引き」……


「ミナ姉ちゃん、もしかして……」

「違うの!ただ、もっと勉強したくて……」

でも、その目は嘘をついている。


そこへ、メイナ姉ちゃんがやってきた。

「ミナ、最近変わったわね」

「変わったって?」 ミナ姉ちゃんが身を固くする。

「なんだか、急に大人っぽくなったって言うか……」

メイナ姉ちゃんが意味深に微笑む。


「もしかして、恋してる?」

「こ、恋なんて!」 ミナ姉ちゃんが真っ赤になって否定した。

「そんなこと、ありません!」


でも、その反応が何よりも物語っている。

私は複雑な気持ちになった。 ミナ姉ちゃんの気持ちはわかる。でも、それと同時に……

(みんな、どんどん大人になっていく)

なんだか、自分だけ置いていかれるような寂しさを感じた。



***



そんなある日、グレン兄ちゃんが私を桑畑に呼び出した。


「リィナ、相談がある」

「なに?」


「ミナのことなんだが……」 グレン兄ちゃんが困った顔をしている。

「最近、俺、避けられてる気がする。

 何か俺が悪いことをしたのか?なんか知ってたら教えて欲しい」


(グレン兄ちゃん、鈍感すぎる……)


「えーっと……」 どう説明したらいいんだろう。

「ミナ姉ちゃんは、グレン兄ちゃんのこと……」 言いかけて、止まった。

「こと?」

「その……大切に思ってるの」 精一杯の表現だった。


「大切って、そりゃ俺だって家族として大切に思ってるが……」


「そうじゃなくて!」 私は思わず声を上げた。

「もっと……特別な気持ち」


グレン兄ちゃんが目を丸くした。

「特別って……まさか」


「うん」 私は頷いた。

「ミナ姉ちゃん、グレン兄ちゃんが好きなの。女の子として」


グレン兄ちゃんの顔が、みるみる赤くなっていく。


「そ、そんな……ミナは、まだ子どもだろ?」

「もうじき13歳だよ。立派な女の子」


「でも……」 グレン兄ちゃんが戸惑っている。

「俺は……ミナのことを妹のように思って……」


「だから、ミナ姉ちゃんも悩んでるの」 私は説明を続けた。

「王子様を見て、自分との差を感じちゃったんだと思う」


「王子様?」


「グレン兄ちゃんは王子様の友達で、魔法学校を出た立派な人」

私は王子様の優雅な立ち振る舞いを思い出した。


「ミナ姉ちゃんは、自分はただの農家の娘だって思っちゃったんだよ」


グレン兄ちゃんが深くため息をついた。

「そうだったのか……」


「だから、もっと立派になろうとしてるの」 私は続けた。

「お嬢様みたいな話し方をしようとしたり、勉強しようとしたり」


「なるほど……」 グレン兄ちゃんが納得したような顔をする。

「でも、俺はミナには普通でいてもらいたいんだ」


「普通って?」

「いつものミナが一番いい」 グレン兄ちゃんが桑の木を見上げた。

「無理に変わる必要なんてないのに」


私は嬉しくなった。 グレン兄ちゃんも、ちゃんとミナ姉ちゃんのことを見てくれてる。


「それ、ミナ姉ちゃんに言ってあげて」


「でも、どう言えば……」 グレン兄ちゃんが困っている。


「大丈夫」 私はグレン兄ちゃんの手を握った。

「きっと気持ちは伝わるよ」




その夜。私は、寝台で横になりながら、机に向かって一生懸命勉強しているミナ姉ちゃんの横顔を見つめていた。


(みんな、どんどん大人になっていく)


私も成長してるつもりだけど、恋愛のことはまだよくわからない。

でも、ミナ姉ちゃんの様子を見てると、なんだか胸がキュンとする。


(私にも、いつかそんな気持ちになる日が来るのかな)


そんなことを思いながら眠りについた。




それから数日が過ぎた。


ミナ姉ちゃんは相変わらず丁寧な言葉遣いを続けていたけれど、グレン兄ちゃんも少しずつ気を遣うようになった。

以前のように軽く頭を撫でることはなくなり、必要以上に近づかないようにしている。


二人の間には、見えない壁があるみたいだった。

それが何だか悲しくて、寂しかった。




***




二人の間の壁に、何の変化も見られないまま2月になった。

そして、雪がちらつく寒い日に、ミナ姉ちゃんの13歳の誕生日がやってきた。


「ミナ、誕生日おめでとう」 母さんが特別なケーキを用意してくれた。


「ありがとうございます」 ミナ姉ちゃんが上品にお辞儀する。

でも、その笑顔は少し寂しそうだった。


「はい、これ」 グレン兄ちゃんが小さな包みを差し出した。

「プレゼントです」


ミナ姉ちゃんが恐る恐る包みを開くと、中から美しい髪飾りが出てきた。

銀色の細工に、小さな青い石がきらきらと光っている。


「これ……」 ミナ姉ちゃんが息を呑んだ。


「王都で見つけたんだ」 グレン兄ちゃんが少し照れくさそうに言った。

「君によく似合うと思って」


「こんな高価なもの……」 ミナ姉ちゃんの目に涙が浮かんだ。

「大切にします」


「それと、これも」 グレン兄ちゃんがもう一つ、本を差し出した。

「学習用の本だ。君がもっと勉強したいって言ってたから」

本のタイトルは「帝国史概論」「経済学入門」——本格的な学術書だった。


「こんなに……ありがとうございます」 ミナ姉ちゃんが涙をこらえながら言った。


その時、グレン兄ちゃんがふと表情を変えた。

「そういえば、もう一つ、話しておきたいことがあるんだ」


「話?」


「俺が10歳の時にもらったお守りのこと」

グレン兄ちゃんが胸元から小さな布袋を取り出した。


桑の花で作った、ミナ姉ちゃん手作りのポプリ袋。

「これが、故郷から離れている間の、俺の心の拠り所だった」

  グレン兄ちゃんの声が温かくなった。

「辛い時も、寂しい時も、これを握りしめて頑張れた」


「グレン兄ちゃん……」 ミナ姉ちゃんの頬に、涙がひとすじ流れた。

「ありがとう、ミナ。君がいてくれたから、俺は5年間頑張れたんだ」



その夜、雪見をしながら、ミナ姉ちゃんとグレン兄ちゃんが縁側に座っていた。


私は居間から、そっと二人の様子を見ていた。

月明かりに照らされて、二人の姿がとても幻想的だった。


「グレン兄ちゃん」 ミナ姉ちゃんが小さな声で呼びかけた。

「なんだ?」

「私……」 ミナ姉ちゃんが何かを言おうとして、でも言葉につまってしまった。

「私……ずっと……」


でも、最後まで言えなかった。 代わりに、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。


「ミナ」 グレン兄ちゃんが優しく声をかける。

「君が何を言いたいのか、薄々わかってる」

「えっ?」

「でも、今はまだその時じゃない」 グレン兄ちゃんがそっとミナ姉ちゃんの頭を撫でた。

「君はまだ13歳だ。これからもっともっと成長していく」

「でも……」

「俺は逃げないよ」 グレン兄ちゃんが微笑んだ。

「君が本当の大人になった時、改めて話そう」


ミナ姉ちゃんが顔を上げた。

月明かりの中で、その表情は安堵と希望に満ちていた。


「約束……してくれますか?」


「ああ、約束する」


ミナ姉ちゃんが初めて、自然な笑顔を見せた。

「私、1日も早く素敵な大人になれるよう、頑張ります。

 だから、ちゃんと待ってて下さいね」



私は胸がいっぱいになった。 二人とも、大人になったんだ。

ミナ姉ちゃんは、自分の気持ちを伝える勇気を身につけた。

グレン兄ちゃんは、その気持ちを受け止めて、ちゃんと応えてくれた。


これが、大人の恋愛なんだ。


翌朝、ミナ姉ちゃんの様子は明らかに変わっていた。

過度な敬語はやめて、でも以前よりも落ち着いた女性らしさを身につけていた。


「おはよう、リィナ」 いつもの調子で挨拶してくれる。

「おはよう、ミナ姉ちゃん」


グレン兄ちゃんとの間にも、新しい関係性が生まれていた。

子ども扱いでもなく、無理な大人扱いでもない。

一人の女性として認めながらも、適切な距離を保つ——そんな関係。


「今日の温湿度はどうかな?」

「順調よ。でも、午後から少し調整が必要かも」

「わかった。一緒に確認しよう」


自然な会話が戻ってきた。

でも、以前とは違う。もっと成熟した、大人同士の会話だった。


「リィナ」 ミナ姉ちゃんが私に向き直った。

「ありがとう」

「えっ?」

「色々と、心配してくれて」 ミナ姉ちゃんが優しく微笑む。

「リィナがいてくれて、よかった」


私も嬉しくなった。 お姉ちゃんらしい、包み込むような優しさが戻ってきた。

でも、同時に思った。 ミナ姉ちゃんは、確実に大人の女性になっている。

それに比べて私は、前世と合わせて50年近く生きてるのに、いまだに恋愛のことは、よくわからない。


でも、いつか私にも、そんな日が来るのかな。

特別な人を想う気持ち。 胸がドキドキして、頬が赤くなって、言葉につまってしまうような……

(まだ想像もつかないけど)



春の兆しが見え始めた3月初旬。

雪解けの水が小川を流れて、桑の木々にも新芽が顔を出し始めた。


ミナ姉ちゃんは相変わらず帳簿管理と学習に励んでいる。

でも、今度は背伸びをするためじゃなく、本当に自分を磨くため。


グレン兄ちゃんも、魔道具開発に集中しながら、ミナ姉ちゃんの成長を見守っている。


そして私は——

「私も、もっと頑張らなきゃ」 桑畑を見渡しながら、小さく呟いた。


みんなそれぞれに成長している。 私も、私なりのペースで、大人になっていこう。

今の私にできることは、家族みんなを支えること。

そして、この村の産業をもっと大きくしていくこと。


(いつか私も、特別な人に出会うのかな)


ふと、ラウレンツ王子の顔が頭に浮かんだ。 でも、すぐに首を振る。

(王子様は、雲の上の人だもん)


それより今は、目の前のことに集中しよう。

春が来れば、また新しい蚕の世話が始まる。 今年はどんな糸ができるかな。


風が吹いて、桑の若葉がさらさらと音を立てた。

まるで、「がんばって」と応援してくれているみたい。


「うん、がんばる」 私は空に向かって小さく言った。


家族の絆は変わらない。 でも、みんなそれぞれに新しい段階に進んだ。

そして、これからも一緒に歩いていくんだ。 どんなに成長しても、どんなに変わっても。


夕日が桑畑を照らして、美しい景色が広がっていた。 明日もまた、新しい一日が始まる。

希望に満ちた、素晴らしい一日が。


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