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農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第1章

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第四十一話 仮面の訪問者と、見えない影

十一月の雨が、マーヴェル村を静かに包んでいた。

冷たい雨粒が桑の葉を叩く音が、夕暮れの空気に響いている。


私は新しい蚕小屋で、魔道具の調子を確認していた。

グレン兄ちゃんが持ち帰った温湿度自動調整装置は、この一週間、完璧に働いてくれている。


「今日も絶好調だね」


装置の淡い光を見つめながら、私は満足げにつぶやいた。

蚕たちは以前とは比べものにならないくらい元気で、死亡率も劇的に下がった。

この蚕たちから糸が取れるようになったら、ものすごく高い 品質になるのではないかと、今からみんなで期待している。


「リィナ、お疲れさま」

ミナ姉ちゃんが記録帳を抱えてやってきた。


「今日の温湿度データも、完璧よ。グレン兄ちゃんの魔道具、本当にすごいね」

「うん!これで安心して生産拡大できるね」


そのとき――

遠くから馬車の音が聞こえてきた。


「あれ?お客さん?」

私とミナ姉ちゃんは顔を見合わせた。


「でも、この時間に商人さんが来るなんて珍しいね」

小屋から出て村の入り口を見ると、見慣れない高級な馬車が停まっていた。

雨に濡れた黒い外套を着た青年が、ゆっくりと馬車から降りてくる。


「……えっ」

私は息を呑んだ。


プラチナブロンドの髪、青灰色の瞳――

どこかで見たことがあるような……


「あ、あの人……」

ミナ姉ちゃんも目を丸くしている。

「商人さんじゃなさそうね。すごく上品な雰囲気だけど……」


そこへ、グレン兄ちゃんが慌てたように駆けてきた。

「まさか……本当に来るとは」

グレン兄ちゃんの表情は、明らかに緊張していた。


青年は私たちに気づくと、丁寧に頭を下げた。

「初めまして。ローレンと申します」


その声は、低く落ち着いていて、どこか威厳を感じさせる。


「グレンの学友です。お忙しい中、突然お邪魔して申し訳ありません」

「い、いえ、そんな」


グレン兄ちゃんがぎこちなく答える。

「こちらこそ、わざわざ遠いところを……」


私はローレンと名乗った青年を見つめていた。

この人、絶対にどこかで会ってる。でも、いつ、どこで……?


「リィナ、ミナ」


グレン兄ちゃんが私たちを紹介してくれた。

「俺の家族同然の大切な仲間たちです」


「これはご丁寧に」

ローレンさんが優雅に一礼する。


「お噂はかねがね伺っております。特にリィナ様の活躍については」

「えっ、私のこと知ってるんですか?」


驚いて聞くと、ローレンさんが微笑んだ。

「養蚕技術の革新と地域産業の発展……王都でも話題になっております」


王都で話題……?

私は胸がドキドキした。


そのとき、父さんと母さんもやってきた。

「グレンの友人の方ですか。ようこそ、我が家へ」

父さんが丁重に挨拶する。


「突然の訪問にも関わらず、温かくお迎えいただき恐縮です」


ローレンさんの礼儀正しさに、父さんも感心しているようだった。

「雨で濡れておられるでしょう。まずは家で温まってください」

母さんが優しく声をかけた。


居間で火にあたりながら、ローレンさんは村の様子に驚いているようだった。


「グレンから話は聞いていましたが、実際に見ると想像以上ですね」

「これほどの規模の地方産業とは……」


「お客様も魔道具にお詳しいんですか?」

私が聞くと、ローレンさんが頷いた。


「多少は。しかし、これほど高度なシステムが地方で運用されているとは驚きです」

「グレン兄ちゃんがすごいんです」

私は胸を張って答えた。


「5年間、王都で勉強して、私たちのためにこんなに素晴らしい技術を持ち帰ってくれたんです」

「そうですか……」

ローレンさんがグレン兄ちゃんを見る目に、何か複雑な感情が浮かんだような気がした。


「では、その技術を実際に拝見させていただけますでしょうか」



***



小屋で魔道具システムを案内していると、ローレンさんの表情がどんどん真剣になっていった。


「この温湿度自動調整装置……制御精度が王都の工房以上ですね」

装置を見つめながら、感嘆の声を上げる。


「グレン、君の技術力は想像以上だ」


糸質鑑定魔道具の結果を見せると、さらに驚いた。


「この数値……王都でも見たことがありません」

「これが私たちの『リィナシルク』です」

私が誇らしげに説明する。


「特別な木の葉を食べた蚕から取れる糸なんです」

「特別な木?」


ローレンさんの目が鋭くなった。

「ぜひ、拝見させていただけますか」


私たちは特別な木のところに案内した。

ローレンさんは木を見上げて、じっと観察している。


「この木……普通ではありませんね」


桑葉成分分析器の異常数値を見せると、彼の表情がさらに引き締まった。


「通常の5倍以上の栄養価……これは自然現象ではない」

「女神様が宿ってるって、村では言われてるんです」


私がそっと答えると、ローレンさんが意味深に微笑んだ。

「女神様……なるほど、興味深い」



***



夕食の時間、母さんが腕によりをかけた料理を用意してくれた。

ローレンさんの上品な所作が、普通の旅人ではないことを物語っている。


「地方でこれほどの技術革新が進んでいるとは……」

ローレンさんが感慨深げに言った。


「中央政府も注目すべき事例ですね」

「中央政府?」

父さんが眉をひそめる。


「あ、いえ……将来的な話です」

ローレンさんが慌てたように言い直す。


この人……ただの学友なんかじゃない。

もっと高い身分な気がする。


「実は」

ローレンさんが私を見た。


「以前にもお会いしたことがあるのです」

「えっ?」

「王都の……路地裏で…覚えておいでですか?」


その瞬間、記憶が蘇った。

「あっ!あの時の!」

私は思わず声を上げた。


「襲われそうになった時、助けてくれた……」


ローレンさんが穏やかに微笑む。

「あの時は失礼しました。名乗りもせずに」


「え?リィナたち、王都で襲われたのか?」

グレン兄ちゃんが青い顔をした。

「ケガは?無事だったんだよな?」


「うん、大丈夫。怖かったけど、ローレンさんが颯爽と現れて助けてくれたんだ!」

「あの時は助けてくれてありがとう、ローレンさん」


「お礼を言われるほどのことではありません。

 それに、残念ながら、まだ君たちを狙う勢力が諦めていないようです」

ローレンさんの表情が急に真剣になった。


「ベルニス商会の背後には、より大きな勢力がある」

「大きな勢力って?」

私は身を乗り出して聞いた。


「既得権益層による、地方産業潰しの一環です」

ローレンさんが重い口調で説明する。


「君たちの成功は、古い体制への挑戦と見なされている」

「そんな……」

ミナ姉ちゃんが震える声で言った。

「私たち、ただ村のために頑張ってるだけなのに」


「それが問題なのです」

ローレンさんが苦い表情を浮かべた。

「地方が独自に発展することを、中央の一部勢力は恐れている」



その時、外から慌ただしい足音が聞こえてきた。

「セイランさん!大変です!」


村の使いの人が、息を切らして駆け込んできた。


「軍税の特別徴収命令が届きました!」


父さんが書状を受け取り、顔色を変えた。

「これは……」

「どうしたの、父さん?」

私は心配になって聞く。

「組合の収益に対して、特別税を課すという……」


父さんの声が震えていた。

「この額では……払えない」


「少し、拝見しても?」


ローレンさんが書状を見せてもらい、眉をひそめた。

「明らかな嫌がらせですね」


「どうしよう……」

ミナ姉ちゃんが泣きそうになっている。


「みんなで頑張ってここまできたのに」

私は拳を握りしめた。

「こんなの理不尽すぎる!」


「この件」

ローレンさんが静かに立ち上がった。

「私が何とかしましょう」


「えっ?でも……」

「お任せ下さい。泊めていただいたお礼です」


「そんな、お礼なら私たちの方がしなくちゃいけないくらいなのに!」

「そうです。助けていただいたお礼がまだできていません」

父さんも慌てて言い添える。


「その件はもうお気になさらず。

 それに、恐らくあなた方では対処のしようはないでしょう」

「…そ、それは、その通りですが…」


「大丈夫。これは、私の仕事です」

ローレンさんの目に、確固とした意志が宿っていた。



翌朝、信じられないことが起こった。


「軍税の撤回命令が届いたぞ!」

村長のおじいちゃんが、興奮して知らせに来た。


「撤回って……どうして?」

父さんが呆然としている。


「特別徴収は『手続き上の誤り』だったと書いてある」


村の人たちが集まって、みんな喜んでいる。

「よかった!」

「どうなることかと思った」

「これで安心して続けられるな」


これは偶然じゃない。

ローレンさんが、何か働きかけてくれたんだ――



「グレン」

朝食後、ローレンさんがグレン兄ちゃんに話しかけた。


「君の才能を、より大きな舞台で活かさないか」

「大きな舞台?」

「国の魔道具開発部門で、君を待つポストがある」


ローレンさんの声は真剣だった。

「君ほどの技術者なら、国家レベルの事業に携われる」


グレン兄ちゃんは一瞬迷ったような顔をしたが、すぐに首を振った。

そして、居住まいを正し、まっすぐローレンさんを見つめた。


「今回の件、とても感謝しています。俺たちだけじゃ、何もできなかった。

 あなたのお陰です。ありがとうございました」

グレン兄ちゃんが頭を下げた。


 「それに、お申し出も。俺みたいなひよっこには、身に余る光栄なことだと思っています。

 ですが……俺の居場所はここなんです。

 俺はここでみんなの役に立つために、5年間王都で頑張ってきました。今さら、他の場所でなんて考えられません。」


「そうか」

ローレンさんが予想していたように微笑む。

「そう言うと思っていた」


「私」

私もローレンさんの前に立った。

「グレン兄ちゃんの才能を無駄にはしません!これからもっとこの事業を発展させて、誰にも手が出せないくらい大きくします!そして、この養蚕技術で、グレン兄ちゃんも、家族も、村も守ります!」


「リィナ……」


「どんな圧力にも負けません」

私は背筋を伸ばして宣言した。


「私たちの糸で、「技術の力」を絶対に証明してみせます」


ローレンさんが私の覚悟を聞いて、満足そうに頷いた。

「ああ、期待している」



翌朝、ローレンさんは出発することになった。


「これを」

グレン兄ちゃんに、特別な設計図を渡す。


「防御用の魔道具です。君たちを守るために使ってください」


「こんな貴重なものを……」

グレン兄ちゃんが恐縮している。


「君たちの安全が、何より大切です」


馬車に乗る前、ローレンさんが私に向かって言った。

「次に会う時、この事業がどれほど大きくなっているか楽しみにしています」


そして、振り返って静かに告白した。

「私の名はラウレンツ・ディアルト」


その瞬間、みんなの顔が青ざめた。


「ディアルト……まさか」


父さんが震える声で呟く。

「第二王子……?」


ラウレンツ王子が優雅に一礼する。

「今後ともよろしくお願いします」


馬車が去った後、私たちはしばらく呆然と立ち尽くしていた。

「王子様が……」

ミナ姉ちゃんが信じられないという顔をしている。


「道理で雰囲気が違うと思った」

タク兄が苦笑いした。


グレン兄ちゃんが受け取った設計図を見て、目を見開いた。

「これ……最高機密の軍事技術だ」

「何だって!?」

「そんな貴重なものを…」


「わたし達を信頼して、託してくれたんだよ」


私は空を見上げた。

雨上がりの空が、どこまでも青く広がっている。


「これから本当の戦いが始まるんだね」


でも、怖くはなかった。

みんながいる。技術がある。そして――王子様という強力な味方もできた。


「大丈夫」

私は拳を握った。

「絶対に負けない」


桑の葉が風に揺れて、まるで応援してくれているようだった。


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