第三話 説得開始!虫嫌いの姉をどう巻き込む?
朝の食卓。
パンと温かいミルク、それに昨日とってきた桑の実で作ったジャム。
いつもと変わらぬ朝のはずだった。
「蚕を飼いたい!」
私のこの一言で家族全員の手がピタッと止まるまでは。
父さんはパンを持ったまま、むむっと眉をひそめる。
母さんは優しく微笑んでいるけれど、明らかに困惑顔。
タク兄はぽかんと口を開けて固まっていた。
そして――
「絶対イヤ!」
ミナ姉ちゃんは声を裏返して反対した。
「虫を家に持ち込むなんて、絶対ダメ!」
姉ちゃんの主張はもっともだ。
この家では、虫=敵。
畑や森でならまだしも、家の中に虫を入れるなんて考えられない。
「でも、姉ちゃん。蚕は特別な虫なんだよ!」
「どこが特別よ!」
(ここが勝負どころ)
私は椅子に立ち上がって、両手を広げた。
「聞いて! 蚕は絹糸を作ってくれるんだよ。
絹って知ってる?」
「え、布の?」とタク兄。
「そう。でも特別な布なの。」
私は一度深呼吸した。
前世の知識と、先日はじめて街の市場に連れて行ってもらった時に感じた違和感。
(あのとき、市場の布屋に並んでいたのは麻と羊毛ばかりだった。
絹なんて、王都の商人が持ってきた高価な服しかなかった。)
「絹はとっても貴重。
市場でもほとんど売ってなかったでしょ?」
タク兄がうなずく。
「王都から来た商人が、銀貨五十枚もするドレスを見せてた。
触るのすら禁止だったけどな」
ミナ姉ちゃんも、こっそり同意する。
「母さんが言ってたわ。絹は貴族か大金持ちしか着られないって。」
私は勢い込んで続けた。
「そうでしょ!だから、うちで蚕を育てれば――
繭ができて、糸が取れて、それを売れば家族みんなでお金持ちになれるよ!」
「大人たちは畑仕事で忙しいけど、
春と秋の短い間だけならなんとかなるでしょ!」
「リィナ、ちょっと落ち着きなさい」
母さんが呆れた様子で間に入る。
父さんはパンを置き、腕を組んで黙り込んだ。
「その蚕って虫が絹糸を作ってくれるってのはわかった。
……だが、農家が絹を作った話なんて、聞いたことがない。
まして、この村でやった者はいない。
そもそもその”蚕”ってそんな簡単に育てられるのか?」
「でも、父さん。やってみなきゃ、わからないよ!」
私は必死に訴えた。
「ミナ姉ちゃんの得意な縫い物だって、絹の布があれば、
もっと素敵な服が作れるよ?」
「……え?」
ミナ姉ちゃんがぴたりと動きを止めた。
「今の麻の布だと、すぐ擦り切れるでしょ?
絹なら丈夫で、肌触りも最高だよ!」
「……そ、それは……」
姉ちゃんの視線が揺れる。
(よし、あと一押し!)
「私が全部お世話するから!
姉ちゃんは触らなくていい!」
「ほんと?」
「ほんと!」
「……じゃあ、少しだけなら……」
勝った。
父さんは腕を組んだまま、長く考え込んだ。
「……仕方ないな。
アヤメとミナの手を煩わせないと約束するなら、やってみろ。
タクマ、お前も手伝ってやれ。」
父の許可が下りた。
「よっしゃ!」
タク兄が手を叩いた。
「みんなでやれば怖くないな!」
(いや、姉ちゃんはまだ怖がってるけど……)
ミナ姉ちゃんは若干うるうるした目でこちらを見ていた。
(始まる。
この世界で、私たちの養蚕が――)