第三十八話 見えない敵
「おかえりー!」 「どうだった、王都は!?」
村の入り口で、タク兄を先頭に支援隊のみんなが手を振っていた。 私は馬車から飛び降りて、みんなのもとに駆け寄った。
「ただいま!みんな、すごいことになったよ!」
組合事務所には、あっという間に村の人たちが集まってきた。
みんな期待に満ちた顔で、私たちを囲んでいる。
「それで、どうだったんだ?」
「王都の人たちは何て言ってた?」
わいわいと質問が飛び交う中、父さんが手を上げた。
「みんな、落ち着いて聞いてくれ」
私は深呼吸して、大きな声で発表した。
「王都正式ブランドに認定された!」
しーんと静まり返った後——
「うおおおお!」
「やったあああ!」
「すげぇじゃないか!王都公認って!」
タク兄が一番大きな声で叫んで、みんなが一斉に拍手した。
私も嬉しくて、思わず飛び跳ねた。
「本当なのか、リィナ?」 村長のおじいちゃんが、目を細めて聞いてくれた。
「うん!『マーヴェルシルク』って名前で、正式に王都で売ってもらえることになったんだ
「それから、織物ギルドと職人組合が連携してくれることになって」 私は興奮して続けた。
「家具の装飾用も、服の生地用も、全部まとめて正規代理店を通して販売してもらえるんだよ!」
「つまり、カイト兄ちゃんのところに来てた職人組合の話も、一緒に解決したってことか?」
タク兄が確認するように聞いた。
「そう!一つの大きな契約になったの。生産量の調整も、品質管理も、全部ギルドがまとめて管理してくれるから、偽物対策もバッチリなの!」
「すげぇじゃないか!」
「一石二鳥どころじゃないな!」
さらに大きな拍手が起こった。
「でも、これからが大変なんです」 私は気を引き締めて続けた。
「生産量を増やして、品質ももっと高めないといけません」
「任せろ!」
「俺たちでやってやる!」
組合のみんなが、やる気満々で声を上げてくれる。 その熱気に、私の胸も熱くなった。
その夜、家族で囲炉裏を囲みながら、王都での体験を詳しく話した。
「魔道具っていうのがあって、糸を自動で紡ぐ機械があったんだ」
「自動で?」タク兄が目を丸くした。
「うん。それに、織物の技術も私たちよりずっと進んでた」
私は少し不安になって続けた。
「私たちももっと技術を高めないと、置いていかれちゃうかも」
「だが、焦る必要はない」 父さんが静かに言った。
「一歩ずつ確実に進めばいい。俺たちの糸は本物なんだから」
「そうね」 母さんも頷いてくれた。
「技術も大事だけど、みんなで協力して作る気持ちが一番大切よ」
「うん!そうだね。これまでとおんなじ、一歩ずつ頑張ろう」
翌朝、私が桑畑の様子を見に行こうとした時、父さんが険しい顔をして事務所から出てきた。
「どうしたの、父さん?」
「また、あのベルニスって男が来た」 父さんが振り返った。
「今度は『技術指導をしたい』『設備投資を支援したい』なんて言ってきた」
私は背筋がぞっとした。 あの気味の悪い笑顔を思い出す。
「でも、きっぱり断ったから大丈夫だ」
「ただ……」
「ただ?」
「去り際に言ったんだ。『この業界は競争が激しい。考え直した方がいい』って」 父さんの表情が曇った。
「あれは脅しだったかもしれん」
ガイルおじさんも事務所から出てきて、首を振った。
「あいつ、最初に断られた時と顔つきが変わってたな」
「今度は本気で何かを企んでる」
私は嫌な予感で胸がいっぱいになった。
王都で成功したのに、どうしてこんなことになるんだろう。
「気をつけた方がいいな」 ガイルおじさんが呟いた。
その時は、まだこれが本格的な攻撃の始まりだとは思わなかった。 でも、胸の奥に重たい不安が沈んでいた。
(あのベルニスって人、絶対に何か企んでる……)
桑の葉が風に揺れて、まるで警告するようにざわめいていた。
それから数日後、新しい問題が次々と起こり始めた。
「リィナ、ちょっと相談があるんだ」 カイト兄ちゃんが、眉間にしわを寄せてやってきた。
「どうしたの?」
「新しく組合に参加したいって農家の人が来たんだけど……なんか変なんだ」
「変って?」
「技術のことばかり聞きたがるんだよ。特に、特別な木のことを詳しく知りたがって」 カイト兄ちゃんの表情は深刻だった。
「普通の農家なら、まず桑の育て方とか基本的なことを聞くだろ?」
私は嫌な予感がした。
「その人、どんな人?」
「30代くらいの男で、名前はトムスって言ってた。でも……」 カイト兄ちゃんが首を振った。
「農家の手じゃないんだ。指が綺麗すぎる」
「まさか……」
その予感は的中した。 翌日、村長のおじいちゃんから連絡があった。
「トムスという男、調べてもらったが……そんな名前の農家は近隣にいない」
「やっぱり!」 私は拳を握った。
「しかも、昨夜のうちに姿を消したようだ」
「技術を探りに来たのね……」
ミナ姉ちゃんも顔色を変えた。
その時、パスカさんから緊急の手紙が届いた。
タク兄が息を切らしながら駆け込んできた。
「大変だ!パスカさんからだ!」
手紙を開いて読むと、私の顔からさっと血の気が引いた。
「偽物市場が急拡大……?」
手紙には衝撃的な内容が書かれていた。 正規代理店以外で『リィナシルク』と名乗る糸が王都で大量に出回っているというのだ。
「品質の悪い偽物で、お客さんからの苦情が相次いでいる」 私は震える声で読み上げた。 「このままでは、せっかく築いた信頼が……」
その日の午後、マルコさんからも同じような連絡が来た。
「ひどいよ、これ」 ミナ姉ちゃんが涙目になった。
「私たちがこんなに頑張ったのに……」
でも、これだけでは終わらなかった。
夕方、隣村から組合に参加予定だった農家の人たちが、次々と参加を取りやめると連絡してきたのだ。
「マーヴェル村との取引は危険だって噂が……」
「申し訳ないが、うちは降りさせてもらう」
私は愕然とした。
「そんな……みんなでがんばろうって言ってたのに」
「誰がそんな噂を……」 父さんの顔も険しくなった。
さらに追い打ちをかけるように、村長のおじいちゃんのところに匿名の脅迫状が届いた。
「『養蚕業を続けるなら村の安全は保証しない』……だって」 タク兄が青い顔で報告した。
私は怒りで体が震えた。
「ひどい!私たちが何をしたっていうの!?」
その夜、組合の緊急会議が開かれた。 事務所には、関係者がみんな集まっていた。
「明らかに組織的な妨害だ」 ガイルおじさんが重い口調で言った。
「でも、誰が?何のために?」
「わからないが、俺たちの技術を狙ってるのは確かだ」
みんなが不安そうな顔をしている。
中には、「こんなことになるなら……」とつぶやく人もいた。
私は立ち上がった。 「みんな、聞いて!」
みんなの視線が私に集まった。
「私たちの技術と努力を盗もうとする人たちに、わたし達は絶対負けちゃダメ!」 私は力いっぱい叫んだ。
「私たちが作ってるのは、ただの糸じゃない。みんなの想いが込められた、特別な糸なの!」
「そんな卑怯な奴らに負けるもんか!」 タク兄が立ち上がって拳を上げた。
「そうだ!」
「負けてたまるか!」
次々と声が上がった。 最初は不安そうだった村の人たちも、だんだん表情が変わってくる。
「技術をもっと高めて、偽物なんて比べ物にならないものを作ろう!」 私が提案すると、みんなが大きく頷いた。
「「よし!やってやる!」」
会議室は、再び熱気に包まれた。
でも、私の心の奥には、まだ不安がくすぶっていた。
(相手は本気で私たちを潰そうとしてる) (もっと大きな嵐が来るかもしれない……)
それから数日後、さらに深刻な事態が起こった。
「リィナ!大変だ!」 朝早く、タク兄が血相を変えて駆け込んできた。
「どうしたの?」
「第二圃場の桑の木が……」
私は心臓が止まりそうになった。 急いでタク兄の後を追って第二圃場に向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「そんな……」
桑の木の幹に、深い傷がつけられていた。 成長の良い木ばかりが狙われて、中には完全に切り倒された木もある。
「誰がこんなことを……」 ミナ姉ちゃんが涙目になった。
「夜中にやられたようだ」 駆けつけた父さんが、傷跡を調べながら言った。
「刃物で故意につけられた傷だ」
「ひどい!」 私は怒りで体が震えた。
「桑の木に何の罪があるっていうの!」
カイト兄ちゃんが苦い顔をした。
「狙いは明らかだな。俺たちの生産能力を削ごうとしてる」
その日の午後、さらに悪いニュースが舞い込んだ。
「隣村の組合参加予定農家から、全部断りの連絡が来た」
ガイルおじさんが重い表情で報告した。
「全部って……」
「『マーヴェル村と関わると危険な目に遭う』って噂が広まってるらしい」
私は愕然とした。
「そんな……みんなで一緒にがんばろうって言ってたのに」
「さらに悪いことに」 父さんが別の手紙を取り出した。
「村長のところに脅迫状が届いた」
手紙には、恐ろしい内容が書かれていた。
『養蚕業を続けるなら村の安全は保証しない』
「ベルニス……」 私は名前を呟いた。
「絶対にあの人の仕業だ」
その夜、組合の緊急会議が開かれた。 事務所には、関係者がみんな集まっていた。
「明らかに組織的な妨害だ」 ガイルおじさんが重い口調で言った。
「桑の木を傷つけるなんて……」 村の人たちが不安そうな顔をしている。
中には、「こんなことになるなら……」とつぶやく人もいた。
私は立ち上がった。 「みんな、聞いて!」
みんなの視線が私に集まった。
「私たちの技術と努力を盗もうとする人たちなんかに、絶対負けちゃダメ!」 私は力いっぱい叫んだ。
「桑の木は傷つけられたけど、まだ生きてる!切り倒された木も、枝は無事だから挿し木にして育てよう!ここで諦めちゃダメ!きっと元気になる!」
「そうだ!」 タク兄が立ち上がって拳を上げた。
「負けてたまるか!」
次々と声が上がった。
最初は不安そうだった村の人たちも、だんだん表情が変わってくる。
「技術をもっと高めて、誰にも負けない糸を作ろう!」 私が提案すると、みんなが大きく頷いた。
後日、パスカさんから重要な情報が届いた。
「黒幕の正体がわかったぞ」 パスカさんの手紙には、衝撃的な内容が書かれていた。
「やっぱりベルニス商会か……」 私は名前を読み上げた。
「王都で長年絹貿易を独占してきた老舗商会」
「新興勢力の台頭を阻止するため、組織的な妨害活動を展開している」
「最終目標は、技術を盗んでリィナシルクブランドそのものを乗っ取ることらしい」
みんなが息を呑んだ。
「そんな……」
「だから最初に技術指導とか言ってたのか」 ガイルおじさんが苦い顔をした。
「許せない!」 私は拳を震わせた。
「私たちが一生懸命作り上げたものを、盗もうなんて!」
その夜、家族会議が開かれた。
「村を守るためにも、技術を守るためにも、もっと力をつけなければならない」 父さんが真剣な表情で言った。
「警備体制を強化しよう」
「重要な資料は分散して保管する」
「第二圃場も見回りを増やそう」 次々と対策が話し合われた。
「それから」 私も提案した。
「グレン兄ちゃんに手紙を書こう。魔道具の技術、今すぐ必要かも」
「そうだな。あいつの力が必要だ」 タク兄も同意してくれた。
カイト兄ちゃんも立ち上がった。
「俺も王都で学んだ技術を応用してみる」 「もっと効率的な生産方法を考えよう」
私は新たな目標を心に決めた。
「偽物を作っても意味がないくらい、圧倒的な技術力を身につける」
「誰にも真似できない、本当に特別な糸を作るんだ」
その夜、私は一人で特別な木のところに行った。
月明かりに照らされた木は、いつもより神秘的に見えた。
「女神さま」 私は木の幹に手を当てて祈った。
「もっと強い力をください。みんなを守れるように」
すると、不思議なことが起こった。 風もないのに、木の葉がさらさらと揺れ始めたのだ。
そして、淡い光がほんのり木全体を包んだような……
「えっ……?」
目をこすってもう一度見ると、もう何も変わっていなかった。 きっと見間違いだろう。
でも、胸の奥に何か温かいものが宿ったような気がした。
「きっと、女神様が応援してくれてるんだ」
そう思ったら、なんだか安心して、その日は久しぶりによく眠れた。
翌朝、組合のみんなが事務所に集まった。 桑の木の件を聞いて、みんな怒っていた。
「許せねぇな」
「俺たちが丹精こめて育てた木になんてことしやがるんだ!」
でも、同時に結束も固まっていた。
「負けてられるか!」 タク兄が拳を上げる。
「俺たちの糸を守るぞ!」
「おう!」
「みんなでやり返してやる!」
私も大きな声で宣言した。
「今度王都に行く時は、誰にも負けない糸を持っていく!」
「絶対に、絶対に負けない!」
みんなの熱い視線が私に注がれた。 その時、私は確信した。
私たちは強くなる。 どんな困難があっても、みんなで力を合わせれば乗り越えられる。
遠くの森の向こうから、私たちを見つめる怪しい影があることには、まだ気づいていなかった。
でも、それでもかまわない。
来るなら来ればいい。 私たちは負けない。 絶対に。
桑の葉が朝日に輝いて、希望の歌を奏でているようだった。 新しい戦いの始まりを告げながら。




