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第二話 失われた記憶

夜。


眠っているはずなのに、気持ちはザワザワとしたまま、夢の中をさまよっていた。


――風の音。桑の葉のざわめき。

――冷たい繭の感触。

――父と母の声。

(お父さん……お母さん……)

遠い。とても遠い。


けれど、昨日、あの蚕に触れた瞬間、何かが目を覚ました。


私は、この世界のリィナ。

マーヴェル家の三歳の次女。

でも、それだけじゃない。


(私の前の人生――思い出せる)

日本。

田舎の養蚕農家の娘として生まれ、両親と兄妹と桑畑で育った。


時代に取り残されつつあった絹産業を再興するため、法人を作った。

ヴァルディア・シルク社。


父が名付けたその名前が、いまの王国名と重なるのは偶然か運命か。


両親を早くに亡くし、兄妹や地域の仲間と支え合って会社を成長させた。

海外の展示会にまで進出し、日本唯一の高級絹ブランドとして世界に名を知られるようになった。


(犠牲も大きかったなあ…)

恋は後回し。

いつか余裕ができたら、そんなふうに考え続けて気づけば四十歳。


そして、あの日――

海外からの帰国途中、空港に向かう車で事故に遭った。


(もっと家族と過ごしたかった。

もっと仲間に感謝を伝えたかった。

もっと、もっと――)

後悔は、数えきれないほどある。

(でも、もう戻れない)


胸が苦しくて、息が詰まりそうだった。


でも。

今の家族の顔が、次々に浮かんできた。


陽気で頼りになるタク兄。

虫が苦手だけど器用で優しいミナ姉ちゃん。

寡黙だけど厳しく見守る父・セイラン。

いつも微笑んでくれる母・アヤメ。


(今度こそ、失わない)

この世界で、新しい家族と共に生きていく。


「――っ」

目を覚ますと、窓から朝の光が差し込んでいた。

布団の隣には、昨日取った桑の実を入れた籠。

そして、ミナ姉ちゃんが器用に縫ったかわいい枕カバー。

(私はまた、桑の葉と蚕のそばに生まれた)


(なら――)

私は布団を跳ね起きた。


「蚕を飼おう!」

声に出した瞬間、自分でも驚いた。


(そうだ。この世界でまた養蚕を始める。

そして、今度こそ家族みんなで幸せになるんだ。)


そのとき、廊下から足音が近づいてきた。

「リィナ? 朝からどうした?」

タク兄が寝ぼけ眼で顔を出した。


「蚕、飼う!」

「……は?」

兄は目をぱちくりさせた。

「昨日の虫のこと? いや、飼うって、どういう――」

「いっぱい繭を作ってもらって、糸にして、布にして!」

「ま、待て待て、何の話だ?」


そこへ、隣で寝ていたミナ姉ちゃんも眠そうにな声で。

「虫はやめてって言ったじゃないの〜!」

思わず笑ってしまう。


(でも、大丈夫。

みんなで一緒に幸せになる。

私が、みんなを引っ張っていくから)


やるよ!ガンバレ私!

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