表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の娘、異世界で国家改革始めます ―糸で国を変えた少女―  作者: ふくまる
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/86

第二十五話 秋市場へ――パスカの手紙

八月の風は、強い日差しを含みながらも、どこか夏の終わりを予感させる涼しさを帯びていた。


「リィナー!手紙が届いてるぞー!」


タク兄の大声に、私は蚕棚の掃除用具を持ったまま裏口から飛び出した。


「ほんと!?誰から?パスカさん?」

「たぶん。父さんが今、みんな集めてる」


私たちはそのまま居間に駆け込み、うちの家族とグレン兄ちゃん、セラさん。

どうやら、ガイルおじさんは来られなかったようだ。


みんなの視線が集まる中、父さんが封を開いた。


「パスカさんからだ。読むぞ。

 "秋市場の準備は順調に進んでいる。

 できれば、八月末までに今できている分の糸を一度納品してほしい"」


父さんの声が静かに響いた。

「それから"市場前に都市の織師に試作品として布を織ってもらい、展示したい"とのことだ」


「展示って……!すごい!」

ミナ姉ちゃんが目を輝かせる。


「都市の織師って、有名な人なんだよね?」

私が尋ねると、セラさんがうなずいた。


「ええ。パスカさんの取引先に、王都で長年絹を扱ってる老舗の織物工房があるって聞いたわ。おそらく、そこね」


「わたしたちの糸が、王都で……!」

その言葉に、居間の空気がぐっと引き締まる。


「で、どうする?リィナシルクは」

タク兄が口を開いた。


「もちろん、出すよ!」

私が即答すると、ミナ姉ちゃんが少し不安げな顔をした。


「でもさ、リィナシルクって、数が少ないよね?あの"特別な木"はまだ一本だけで、あの子たちの繭も全部は残ってないし……」


「そうだな」

グレン兄ちゃんが頷く。


「でも、逆にそれが“特別な糸”っていう証になる。少しでもいい。まずはその魅力を伝えられるだけの糸を選ぼう」



***



翌日。


私たちは、裏庭にある作業台を囲んで、完成した糸束をひとつずつ広げていった。


「この束はリィナシルク確定。赤のグループの繭だけで紡いだもの」

グレン兄ちゃんが木箱に赤い札をつけながら言う。


「こっちは、青と緑のグループからとった糸だけど……似た風合いのものもあるね」

ミナ姉ちゃんが光にかざしながら目を細めた。


「これは……」

私が手に取った一束の糸は、光を受けてほんのりと琥珀色に輝いていた。


「うん、それもリィナシルクだ」

グレン兄ちゃんが笑った。


「この色、やっぱりリィナの髪に似てるな」

タク兄がぽつりと呟く。


「え〜、またその話?」

私はちょっと照れながらも笑い返した。


「だって本当だもん」

ミナ姉ちゃんがくすくす笑う。


「よし、この“本家リィナシルク”は少量でも見本として出そう。残りの混合糸も品質別に仕分けて、布に使えるものだけまとめよう」

グレン兄ちゃんが作業手順を示す。


「じゃあ、今日と明日で選別終わらせよう!」


私が気合いを入れると、みんなも「おう!」と声を合わせた。



***



昼過ぎ。


蚕棚の記録帳を見返しながら、グレン兄ちゃんが呟く。

「今回の検証でわかったことをまとめて、納品と一緒に報告として出そうかと思ってる」


「へえ、どんなこと書くの?」


「リィナシルクの糸を吐いた蚕の育成条件。餌の種類、混合率、湿度や温度の推移。特別な葉の供給条件も。今後、規模を広げるために必要な情報を残しておきたい」


「うん、それ絶対必要!」

ミナ姉ちゃんが強くうなずいた。


「こうして少しずつ形になっていくんだね……」

私は、束ねた糸をひとつ、胸の前に抱えた。


「この糸、誰がどんなふうに使うんだろう」


「布になって、服になって、誰かの元に届く」


グレン兄ちゃんの言葉に、私はふと、はるか遠くを見つめた。

(この糸が、この村と、みんなの未来を変えていく第一歩になるかもしれない)


「頑張ろうな」


「うん」

 私は深くうなずいた。



***


夜。


囲炉裏の前で、母さんがしみじみと言った。


「この数ヶ月で、あの子たち、本当に変わったわね」


「最初は桑の枝一本持てなかったリィナが、今じゃ糸の選別までしてるんだからな」

父さんが肩をすくめて笑う。


「ミナなんて、あんなに虫嫌いだったのに、今じゃ”かわいい〜”なんて言いながら率先して蚕のお世話をしてるんだものね」


「タクマもグレンもよく支えてくれたしな」


父さんが湯を一口飲んでから、湯呑みを置いた。

「これからが正念場だ」


「正式契約に進めるかどうか、秋市場での評価にかかっている」


「きっと、大丈夫よ」

母さんが静かに笑った。


「あの子たちなら、きっとやり遂げるわ」


囲炉裏の火がぱちりと音を立てた。

闇の中で赤く揺れる火の光が、明日への道を照らしているように見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ