第二十四話 糸のちがいと、特別な色
八月に入ったばかりのある朝。
小屋の中では、桑の葉を食べ終えた蚕たちが、一匹、また一匹と繭を作り始めていた。
「やっとここまできたな」 タク兄が感慨深そうに呟いた。
「病気になったり、色々あったもんね。この子たちはずっと観察して記録をとってきた子たちだから、いよいよか〜って気がするよね!」 ミナ姉ちゃんが記録帳を抱えてうなずく。
私たちは、蚕棚の前に並び、赤のグループと混合率を分けたグループのそれぞれの繭の数と状態を確認していった。
「うん……やっぱり赤のグループの繭が、一番数も多いし、形もキレイだね」
「触ってみても、しっかり詰まってる。軽い繭や、まだらな繭は少ない」
「そろそろ糸取り、始めてみる?」
私の問いに、グレン兄ちゃんが頷いた。
「よし。乾燥してから二日経ってる繭も結構あるし、いいタイミングかもな」
***
昼下がり。
裏庭の作業台に、繭を茹でるための鍋がかけられていた。
「じゃあ最初は、赤のグループの繭からやってみよう」 グレン兄ちゃんがそっと鍋に繭を入れる。
「……うまくいくかな」
「大丈夫。もう何回目かの作業だもん!」
ミナ姉ちゃんと私は、蚕から取った最初の糸を丁寧に引き出した。 湯気の立つ鍋から細く伸びた糸が、少しずつ作業台の糸車に巻かれていく。
「……わあ、すごく細いのに、強い……!」
「ツヤもある。これ、今までのと全然違う!」
グレン兄ちゃんが巻き上がった糸を手に取り、光にかざした。
「すごい、キラキラしてる」
ふっと私を見ると、そのまま糸束を私の顔の前に差し出す。
「……リィナ」
「え?」
「これ、リィナの髪に似てないか?」
私も思わずその糸束を見つめる。
柔らかい光を帯びた、ほんのり琥珀がかった白。触れたら溶けてしまいそうなのに、一本一本が凛としている。
「……え?そうかな?」
「この糸、今まで見たどの糸よりもキレイだ。なめらかで、しなやかで、しかも丈夫。これは……特別だ」
グレン兄ちゃんが真剣な顔で呟いた。
「え?何か褒められてる?ありがとう?」
「ねえ、この糸に名前つけない?」
ミナ姉ちゃんが目を輝かせる。
「え?名前?」
「うん。こんなにきれいな糸、ただ『赤グループの糸』なんて呼ぶのはもったいないよ」
「それなら――」
グレン兄ちゃんが、静かに口を開いた。
「“リィナシルク”ってのはどうだ?」
「えっ!? わ、私の名前!?」
「お前が”蚕を飼って糸を作る”って言い始めたからできた糸だ。それに、お前がいつも一番に面倒を見てた子たちだったろ」
「でも、そんな……」
「そうだよ、リィナが”絶対にやるんだ!”って諦めなかったから、こんなキレイな糸ができたんだよ」
ミナ姉ちゃんがにっこり笑って言った。
「う、うう……ありがとう……!」 思わず目が潤んでしまう。
「よし、リィナシルク第一号、完成!」 タク兄が盛大に拍手した。
「まだいくつか赤グループの繭があるから、2号も3号もできそうだな」
グレン兄ちゃんも笑う。
「じゃあ私たちは次のグループの繭、いってみるね」
「うん……あれ?」
ミナ姉ちゃんが次の繭を手に取りながら首をかしげた。
「こっちは……ちょっとだけ、糸が切れやすいかも」
「途中で病気になった子たちの糸だからかな?」
その後、青と緑のグループの繭でも同様の作業を行った。 いずれも糸にはなるが、赤のグループの糸ほどの美しさや強さは感じられなかった。
「やっぱり、あの木の葉を食べた蚕の糸は、違う」
グレン兄ちゃんがまとめた糸束を見ながら呟いた。
「混合グループの中にも、時々似た糸が混じってたから、混合率も多少影響があるのかも」
「……これって、本当は“薬”の葉っぱじゃないのかもね」
私がぽつりと呟くと、みんなが静かに頷いた。
「それは、命を救う葉ってだけじゃなくて――」
「糸の価値を高める葉でもある、ってことか」
「じゃあ……やっぱり、これを増やす方法を考えなきゃいけないね」
ミナ姉ちゃんの言葉に、グレン兄ちゃんがゆっくり頷いた。
「今ある1本の木を大切に育てるのはもちろんだけど、挿し木や種で増やせるなら、試してみる価値はある」
「それがうまくいったら、”リィナシルク”の糸がもっと作れるんだよね!」
「うん。でも、まずは今日できたこの糸をどう使うか考えよう」
私が手のひらに”リィナシルク”の糸束をのせ、じっと見つめた。
(パスカさんがこれを見たら、なんて言うかな)
風が吹いて、糸束がふわりと揺れた。
それはまるで、桑の葉を揺らす風が、「この先へ進め」と背中を押してくれているようだった。




