第一話 桑の葉の下で
「タク兄、こっち! おっきい実がなってるよ!」
森の中、小さな足でせっせと歩きながら兄に声をかけた。
「おお、さすがリィナ。食いしん坊は目ざといな!」
兄――タクマは背負い籠を肩に、陽気に笑った。
村の子どもたちのまとめ役で、面倒見がいい兄ちゃんだ。
今日は桑の実採り。
山の桑を目当てにやって来た。
「いっぱい取って、母さんにジャム作ってもらおうな!」
「うん!」
私は元気にうなずき、枝に手を伸ばした。
だけど、胸の奥がざわざわする。
(この景色、どこかで……)
大きな木々、青い空。
そして、風に揺れる桑の葉の音。
初めて来たはずの山なのに、なぜかとても懐かしい。
「ふたりとも、あんまり奥まで行かないでよ!」
後ろから、ミナ姉ちゃんの声。
枝をつかんで、おそるおそる歩いてくる。
姉ちゃんは器用で針仕事が得意。
村でも評判のおしゃれさんだけど――
「虫は、虫はやめてね……!」
虫だけはダメ。
「大丈夫だよ、姉ちゃん!」
私は胸を張った。
でも、本当に大丈夫かな? 何か胸がもやもやする。
(なんだろう、この感じ。
昨日も畑で桑の葉を見た時、胸がちくっとした)
桑の葉と風の音が、何かを思い出せと言っている。
「お、リィナ、こっち見てみろ!」
タク兄が桑の枝を指さした。
「うわ、なんかいる!」
ミナ姉ちゃんが青ざめた。
白くてふわふわした小さな虫。
枝にしがみついて、桑の葉をもぐもぐ食べている。
「虫っ!? もうイヤ〜!」
姉ちゃんは半泣きで後退り。
「だ、大丈夫だよ姉ちゃん」
私は姉の手をぎゅっと握った。
不思議と、怖くなかった。
近づいて、そっとその虫――”蚕”に指を伸ばす。
柔らかくて、ひんやりとした感触。
そのとき――
胸の奥が、ドンと大きく跳ねた。
桑の葉。
白い繭。
糸を引く手。
工場の音。
真新しいブランドタグ。
父と母の笑顔――
(……え?)
一瞬、頭の中に知らない景色と知らない人たちが溢れた。
でも、知らないはずなのに、懐かしい。
(これは……私の記憶?)
わけもわからず、手が震えた。
「リィナ、大丈夫か?」
タク兄の声で、我に返る。
見上げれば、兄も姉ちゃんも心配そうにこちらを見ている。
「だ、大丈夫……」
私は笑ったけれど、心臓のドキドキは止まらない。
(なんで、”蚕”って言葉が浮かんだの?
桑の葉を見るたび、胸がざわざわするのはなぜ?)
「姉ちゃん、虫、こわくないよ」
言いながら、もう一度虫――”蚕”を見つめた。
(私は、”蚕”を知っている。
ただの虫じゃない。
糸を作る、命だ。)
風が吹いて、桑の葉がさらさらと揺れた。
その音が、どこか別の世界からの合図に聞こえた。
(私……思い出しそう。
何か、大事なことを)