第十七話 支援隊の大遠征と小さな命
桑畑の若葉が青空に揺れていた。
「よし、今日はいよいよ支援隊・春の大遠征だ!」
タク兄が支援隊の兄姉組を前に、胸を張って宣言した。
「桑の葉と、野生の蚕を探しに行くぞ!」
ライル兄ちゃんをはじめ、兄姉組の面々が「おう!」と元気よく拳を上げる。
「いってらっしゃーい!」
「気をつけてね!」
兄姉組を送り出したあと、支援隊の下の子組――リーダー役のミナ姉ちゃん、メイナ姉ちゃん、そして私を含めた数人も小屋の前に並んだ。
「さあ、私たちは蚕の卵の観察と、小屋の掃除、それに桑の苗の世話だよ」
ミナ姉ちゃんが笑顔で言った。
桑のお世話組と別れ、姉ちゃんたちと一緒に小屋に移動する。
すると既にグレン兄ちゃんと父さん、ガイルおじさんが、蚕棚の温度と湿度の調整をしていた。
「卵の殻にヒビが入ってきたな」
グレン兄ちゃんが指さす。
「もうすぐ孵るかも!」
(ついに……!)
心臓がドクンと高鳴った。
「気温は悪くない。湿度はどうだ?」
ガイルおじさんが棚の下を覗き込む。
「薪の火加減で調整してるから大丈夫」
父さんがうなずいた。
「グレン、ミナ、メイナ、リィナ。この後、卵が孵ったら初めてのお世話だぞ。準備はいいか?」
「はい!」
「もちろん!」
「私も!」
私は力いっぱい答えた。
***
昼前。
兄姉組が山から戻ってきた。
「桑の葉、たくさん取ってきたぞ!」
「野生蚕も、少し見つけた!」
大きな籠に、青々とした桑の葉と、小さな蚕の入った籠を持ち帰ってきた。
「すごい!」
「ありがとう!」
みんなで歓声をあげた。
ライル兄ちゃんが汗だくの顔でにやっと笑った。
「遠征組はこれからも毎日行くからな。今日のは試しだ」
(みんな、すごい……!)
兄姉組の頑張りに、私は思わず胸が熱くなった。
そして――。
午後。
「……あっ!」
メイナ姉ちゃんが声を上げた。
「孵った!」
蚕の卵の殻から、小さな黒い頭がのぞいた。
「生まれた!」
「おめでとう!」
みんなで大喜びした。
「へえ、生まれたばっかりは白くないんだね」
「細かい毛がいっぱいで毛虫みたい」
「この毛はね、今だけだよ。しばらくしたら体の色が黄色っぽい白色に変わるし、毛も落ちちゃうんだよ」
「リィナ、何でそんなこと知ってるの?」
「ええ〜っと、パ パスカさんがそう言ってたの」
「ふ〜ん、そう」
(うう…ミナ姉ちゃん、不審そう)
「さあ、桑の葉を!」
タク兄が準備していた葉を差し出す。
小さな蚕たちが、ゆっくりと葉に登っていく。
「ちゃんと食べてる!」
ミナ姉ちゃんが目を輝かせた。
(ふう〜よかった。何とかごまかせたみたい。タク兄ナイス!)
***
翌日。
「リィナ、大変!」
メイナ姉ちゃんが駆け込んできた。
「昨日生まれた蚕の一部、動きが悪いの。葉っぱも食べてない」
(まさか……!)
急いで蚕棚を覗き込んだ。
確かに、何匹かの蚕が動かず、葉の上でじっとしている。
グレン兄ちゃんと父さん、ガイルおじさんも駆けつけた。
「どうした?何があった?」
「脱皮不全……かもしれない」
じっと蚕を観察して私がそう言うと、
「湿度と温度を注意してたけど、場所によって差が出たのかも」
グレン兄ちゃんが苦い顔で呟いた。
「どうしよう……」
メイナ姉ちゃんが不安そうに言う。
「蚕、死んじゃうの?」
ミナ姉ちゃんも涙を浮かべ、肩を振るわせながらつぶやいた。
私はぐっと唇を噛み締めると、顔を上げた。
「泣いてる場合じゃない。できることを考えよう!」
「そうだな」
父さんがうなずいた。
「今、懸命に生きている命を無駄にはしない。やれるだけ、やるぞ!」
「おう!」
グレン兄ちゃんが顔を上げてみんなを見る。
「まず、温度と湿度、それから通風をもう1回確認しよう」
「他に、何ができる?リィナ?」
「脱皮が上手くいかなくて苦しんでいる場合は、無理に手は出さず見守ろう。でもやっぱり脱皮がうまくできない場合は手助けしてあげて。ただし、あんまり手を出すと幼虫がストレスに感じるらしいから、判断は慎重に」
「あと、病気の前触れってことも考えられるから、観察と、棚の中を清潔に保つこと!」
「わかった!観察しながら、お掃除もマメにすればいいのね」
「そう!ミナ姉ちゃん、お願いできる?」
「まかせて!」
「私も手伝うわ!」
「ありがとう。メイナ姉ちゃん」
***
その夜。
「子ども達はもう寝たのか?」
「ええ。リィナは夕食後すぐ、ミナもつられて一緒に寝ちゃったわ」
「今日は大変だったからな。ふたりとも疲れたんだろ」
「ええ、頑張ってたものね」
「タクマは?」
「蚕の様子を見に行ってる」
「そうか、あいつも朝からの騒ぎで疲れてるはずだ。
後で俺が交代するから、早めに寝るよう言っといてくれ」
「わかったわ」
「今日のことは、俺も堪えた。命を飼うってことは簡単じゃないって思い知らされた」
「そうね」
「子ども達もショック受けてたな」
「ええ、泣き出した子もいたみたいね」
「…リィナは、たくましかったな。目にいっぱい涙を溜めながら、”泣いてる場合じゃない”って、みんなに発破をかけてた」
「一番小さいあの子が?」
「ああ。一番小さいリィナに言われたら、みんな顔をあげるしかないよな」
「まあ」
「だが、これからもこういうことは起きるんだろうな」
「大丈夫かしら?」
「大丈夫だと信じよう。”次に生かす”って考えていくしかねえ。
”挑戦”は、まだ始まったばかりなんだから…」