第十六話 新しい命と支援の誓い
裏庭の桑畑に春風が吹き抜ける。
今日は私――リィナの四歳の誕生日だ。
父さんと母さんが「お祝いにご馳走を作る」と張り切ってくれている。
その時――。
「リィナ! 表にお客さんだ!」
父さんの声。
出てみると、門の外にパスカさん、ガイルおじさん、グレン兄ちゃんの姿が。
「よっ。誕生日おめでとう」
パスカさんが笑い、馬車の荷台の布をめくった。
「蚕種と、春植え用の桑苗だ。約束の品だよ」
「わぁ!」
思わず声を上げた。
後ろから、タク兄とミナ姉ちゃん、それにメイナも顔を出す。
支援隊の子たちもわらわらと集まってきた。
「今年の主役が揃ったな」
ガイルおじさんが腕を組んだ。
パスカさんが真剣な顔で父さん――セイランに向き直った。
「春の試験生産のために非休眠卵を用意した。条件は変わらない。
約束通り、秋市場で品質と生産量を見て、正式契約に進む」
「失敗しても負債は背負わない、だったな」
父さんが確認する。
「その通りだ」
「でも、なぜここまでする?」
父さんの目が細くなる。
パスカさんは少し視線を落とし、静かに言った。
「一つには、あの”糸”に可能性を感じたからだ。
……もう一つは、個人的な理由だ。
昔、この村でな。俺の家族は冬の飢饉でみんなやられちまったんだ。
なんとか生き残った俺は、親戚に預けられ、やがて都市へ出た」
みんなが静まり返った。
「いつか、この村に産業を作りたかったんだ。
そしたら、もうあんなことは起きないかもしれないだろ。
都市に出て商会に入ったのも、それが理由だ」
「そうか……」
父さんとガイルおじさんがうなずく。
「お前たちが作った糸は、俺の夢であり、希望でもある。
だから支援する。期待してるぞ」
「「はい!!!」」
みんなの声が重なった。
「よし!、じゃあ早速」
グレン兄ちゃんが小屋の横の蚕棚を見て言った。
「卵の管理は俺が担当するよ。父さんと作った棚もあるし」
「ありがとう、グレン兄ちゃん!」
私は満面の笑みで頭を下げた。
「ミナ姉ちゃん、メイナ姉ちゃんは記録係、お願いできる?」
私が言うと、二人は目を合わせて、
「え、でも字は書けないよ」
「大丈夫!俺、少しはできるからそっちも手伝うよ」
「グレン兄ちゃん!いいの?」
「おう。任せとけ!ついでによかったら字も教える」
「よ、よろしくお願いします」
ミナ姉ちゃんがはにかんでお礼を言う。
「私も!よろしくね、グレン」
メイナ姉ちゃんもやる気満々だ。
(おお〜グレン兄ちゃん、万能!
でも、これで記録は何とかなりそう)
(そう言えば、私もこの世界の読み書きはわからないなあ。
ついでにグレン兄ちゃんに教わろっと。ふふ)
支援隊のみんなも張り切って蚕棚の周りに集まってくる。
「よ〜し、みんな!」
タク兄が声を上げた。
「桑の世話と蚕の準備、春の支援隊総出動だな!」
「おう!」
ライルや兄姉格の子たちが気合を入れる。
「山の遠征は俺たち兄姉組がやる。安全な範囲でな」
ライルの兄が頼もしく言った。
「じゃあ、私たち下の子組は小屋の掃除と桑の苗の水やり!」
ミナ姉ちゃんが号令をかける。
「よろしくお願いします!」
私も深く頭を下げた。
*************
その日の夕方。
蚕卵の棚を見上げながら、父さんがぽつりと呟いた。
「……思ったより早いな」
「え?」
「村の未来が変わり始めるのが、だ」
私は驚いて父さんの顔を見た。
「最初は子どもたちの遊び半分だった。
それが、もう『産業』になろうとしてる」
ガイルおじさんが隣で腕を組んだ。
「そうだな。だが、どうした?セイラン。ビビってるのか?」
「いや、」
父さんが苦笑しながら首を振った。
「久しぶりにワクワクしてる。
この村に生まれて、こんなにワクワクしたのは初めてかもしれん」
ガイルおじさんとグレン兄ちゃんが、静かに頷いた。
「ガイルもグレンもありがとな。これからも――よろしく頼む」
「ああ」
「はい!」
「わたしからも!よろしくお願いします!」
慌てて私も頭を下げた。
「あ、そうだ、リィナ!」
「なに?グレン兄ちゃん」
「誕生日おめでとう!そう言えば、まだ言ってなかったよな」
「ありがとう!!!」
「秋市場まで、あと半年、頑張っていこうな!」
「うん!よろしくね、グレン兄ちゃん!」
「おう!」
(「夢であり、希望でもある」…か。
この糸と蚕が、みんなの夢と希望になるんだ。
実現、できるといいな。ううん、実現するんだ!)