第十五話 未来を育てるために――村長との交渉
春の柔らかな日差しのなか、私は小屋の前で支援隊のみんなと桑の苗木を見つめていた。
昨日の話し合いで、私たちの養蚕プロジェクトは一歩前進した。
……でも、それを現実にするにはまだまだやることが山積みだ。
「よし、今日は村長んとこに話をしに行ってくる。」
父さんが、宣言すると、その隣には、しっかりと準備を整えたガイルおじさんとグレン兄ちゃんが並ぶ。
「ほんとに……」
母さんが心配そうに呟く。
「巻き込んじゃってごめんなさいね、ガイルさん」
ガイルおじさんは片手をひらひら振って笑った。
「いいんだよ、アヤメさん。面白ぇじゃねえか、こういうの」
「……変わった大人たちだね」
ミナ姉ちゃんが呆れた顔でこっそり私にささやいた。
ふふ、でも、ありがたいよね。
***
村長宅へ向かう道中。
セイランが少し歩調を緩め、隣を歩くガイルにぽつりと言った。
「今日は悪いな。
いや、今日に限らず、だな。お前さんら親子が力を貸してくれて、本当に助かってる」
ガイルは腕を組み、にやりと笑った。
「面白ぇことに首を突っ込むのが職人ってもんだろ。
ガキどもがあれだけ目を輝かせて動いてんだ。親父が怖気づいてどうすんだって話よ」
セイランは静かにうなずき、頭を下げた。
「ありがとな」
「気にすんな。俺も、グレンも、楽しんでやらせてもらってる。目の前に新しい技術や、面白そうな仕事があるってのに、乗らないわけにはいくまいよ」
二人の間に、しっかりとした絆が芽生えた瞬間だった。
***
村長宅。
「おお、セイランか。珍しいな、朝っぱらから」
立派な白髭をたくわえた村長――私の祖父が、囲炉裏の前でくつろいでいた。
「村長、ちょっと相談があって」
ふたりで代わる代わる頭を下げる。
「ほう?」
祖父は胡坐をかきながら、興味深そうに二人を見た。
「俺たち、小屋の横に新しく桑畑を作ろうと思ってるんだ。
理由は、蚕を育てて繭を取り、糸を作るためなんだが…」
「糸だと? あのガキどもが遊び半分で作ってるやつか?」
「ああ、もう耳に入ってるか。
……まあ、最初は遊びみたいなもんだったんだが、今は違うんだ」
ガイルが真剣な顔で続けた。
「昔村に住んでたパスカ、あいつが今織物商会で働いてて、試しに見せたら商売になるかもしれないって言い出したんでさ。
なんで、みんなで話し合って、秋の市場を目指して、まずは小規模でやってみようってことになったんだ」
祖父は目を細めた。
「それで、俺に何を求めてる?」
「山に自生してる桑の若木を、畑に移植する許可をもらえないか?
それと、できれば若い衆に山桑の掘り出しと運搬を手伝ってもらいたいんだが……」
「若い衆、なぁ……」
祖父は腕組みし、囲炉裏の煙越しに二人を見つめた。
しばらくの沈黙。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
(だめか……?)
だが――
「面白ぇ!」
祖父は突然、破顔した。
「若いのが新しいことに挑戦するのを、年寄りが邪魔する道理はねえ!」
ふたりして顔を見合わせ、ほっと笑いあった。
「ただし」
祖父が指を一本立てる。
「約束だ。村に迷惑がかからねぇようにな。
失敗しても泣き言を言わず、責任は自分たちで取れ」
「おう!もちろんだ!」
***
その日の午後。
支援隊の兄姉格に声をかけ、総勢十数人の子どもたちが山に集まった。
(もちろん、大人の付き添い付きだ)
「この辺りの若い桑を掘り起こすぞ! 根っこを傷つけないようにな!」
父さんの号令で、子どもも大人も総出で作業開始。
「うおおおお!」「根が!根が硬い!」
「スコップ貸してー!」
あちこちで叫び声と笑い声が上がる。
(ふふ、みんな元気だなぁ)
私は荷車の荷台で眠い目をこすりながら、みんなの作業を見守った。
「リィナ、これ根っこ残ってる?」
メイナ姉ちゃんが若木を抱えて駆け寄ってくる。
「うん、バッチリ! それ、畑に運ぼう!」
ミナ姉ちゃんとタク兄が、土を払った桑の苗を荷車に積み込んでいく。
「これだけあれば、なんとか春の分は足りるかな」
父さんが額の汗をぬぐいながら言った。
夕方。
帰り道、当然のように荷台でぐっすりお昼寝した私は、
移植したばかりの桑畑を見上げて、大きく息を吸い込んだ。
(ここから、みんなで育てていくんだ)
静かな達成感が胸いっぱいに広がった。
(秋まで、絶対にがんばろうね)
私は、まだ小さな桑の若葉にそっと手を伸ばした。