第十四話 秋市場への決意――糸と蚕と家族の未来
朝。
昨日の撚り糸の束を抱え、私は小屋の前で支援隊のみんなと糸の仕上がりを確認していた。
すると、表の門から声が響いた。
「おはよう!」
振り返ると、パスカさんとガイルおじさん、それにグレン兄ちゃんの姿があった。
(来た……!)
すぐに母さんと目を合わせ、父さんとタク兄、ミナ姉ちゃんを呼んだ。
家族全員が裏庭に集まる。
母さんはミナ姉ちゃんの肩を抱きながら、不安そうに私を見つめた。
「昨日は急に押しかけて悪かったな」
パスカさんが軽く頭を下げた。
「改めて名乗らせてもらう。織物商会で買い付けをしている、パスカという者だ」
父さんは腕を組み、やや険しい表情で応じた。
「織物商会……。パスカさん、単刀直入に聞こう。この糸をどうするつもりだ?」
パスカさんは昨日の撚り糸の束を取り出し、掌に広げた。
ゆっくりと指で糸をなぞっていく。
「そうだな、正式に糸を見せてもらった。子どもたちと素人が作った糸としては――」
パスカは微笑んだ。
「上出来だ。まだ不安定な部分はあるが、細くしなやかで、強度も悪くない。
技術を磨けば、都市市場でも十分通用する品質に化ける。非常に可能性のある品だ」
タク兄とミナ姉ちゃんが思わず顔を見合わせ、こっそりとガッツポーズをした。
「取引したいってことか?」
父さんの問いに、パスカは静かに頷いた。
「そうだ。ただし、課題はある。生産量と品質の安定だ。今日はその相談もあって来た。」
父さんが身を乗り出した。
「そうだろうな。それで、条件は何だ?
はっきり聞かせてもらおう」
「まずは今年の秋市場を目標に、試験生産を行う。取引はそれからだ。
品質と生産量を確認し、双方が合意すれば正式契約に進む。
もし条件を満たせなければこの話はそこまで。」
「……なるほど。現実的だな」
父さんとガイルおじさんがうなずき合った。
「でも、蚕も桑も今のままじゃ足りないよ?」
ミナ姉ちゃんが不安そうに声を上げた。
「当然だ」パスカは頷いた。
「そこで、商会が蚕種と一部の桑葉を供給する。
繭と糸作りの様子は記録させてもらうが、借金や投資義務は求めない。
こちらの支援は、あくまで市場開拓の先行投資と考えてくれ」
(えっ……!?)
私は驚いた。商人が無条件でここまで支援するとは。
「だがな」
ガイルおじさんが口を開いた。
「供給が増えたところで、急に桑畑や蚕の世話をする人員を増やすのは難しい。秋以降の契約がどうなるか定かではないからな」
「そうだな」
パスカはうなずいた。
「私もこの村の出身だ。事情は理解している。無理な拡大は賛成しない」
「なら問題ない」
父さんが腕を組み直す。
「桑は、小屋の横に新しい畑を作って植え直す。
いずれにしても野生の桑を集めるのもそろそろ限界だ。まずは家族で世話ができる範囲で、少しずつ増やしていこう。それで構わないなら、俺はその話に乗ってもいい。」
「リィナは?どうしたい?やってみたいか?」
「え?私が決めてもいいの?」
「ああ、始めたいって言い出したのはお前だからな」
「私は…できるなら、やりたい。やってみたい!
みんなはどうしたい?、ミナ姉ちゃんは?」
「私?私は…やってみたい。昨日のキレイな糸、もっとたくさんできるようにしたい」
ミナ姉ちゃんも真剣にうなずいた。
「オレも、やってみたい」
「ああ、できるなら俺もそうしたい」
タク兄とグレン兄ちゃんも同意する。
「でも……」私は口を開いた。
「秋市場までなんて、本当に間に合うかな?」
「心配はいらない」
パスカが穏やかに言った。
「非休眠卵を用意する。すぐに孵化できるタイプだから、春から初夏にかけての生産に間に合う」
「非休眠卵……!」
前世の知識が頭に響く。
通常の卵より早く成長を始める蚕だ。
「それなら、秋市場までに何とかなりそうだね!」
「もちろん、養蚕は失敗もつきものだ。
だが、君たちにはすでにゼロから初めて1を生み出してる。この調子で改良に取り組んでくれ。期待してるぞ」
「パスカさん」
私は勇気を出して言った。
「この糸を使って、みんなで豊かになりたい。無理は絶対にしない。
少しずつ、みんなで頑張る」
パスカはしばらく黙り――やがて微笑んだ。
「その覚悟、買おう」
そして、父さんとしっかりと握手を交わした。
「秋市場まで、よろしく頼む」
「わかった。力を尽くそう」
父さんが真剣な表情で応えた。
その夜。
囲炉裏端で父さんと母さんが語り合っていた。
「今日のリィナ……また違った意味で大人になった気がしない?」
「ん?ああ、桑や蚕の知識も、まるで長年の職人みたい。非休眠卵なんて、どこで知ったんだか」
「そうじゃなくて。ちゃんとみんなの意見を聞こうとしてたでしょ。」
「そういえば、そうだな」
「ふふ、あなたの言ってた通り、やりたいだけやらせてみるのもいいかもしれないわね」
母さんが穏やかに笑った。
***
(そう。もう、一人で背負わなくてもいいんだ)
私は秋市場に向けて始まる新しい挑戦を胸に描きながら、その夜、蚕に囲まれ、みんなで笑い合っている夢を見た。