第二話 深淵のお嬢様
それから数日。
美知子さんはだんまりを決めたまま。俺達は山岡の情報を調べていた。
山岡廉太郎。山岡植木の現社長。25歳という若さで跡を継ぎ地元で根強く愛されている植木屋さんといった感じだ。怨恨の線はなく、なぜ彼女が殺害を望んでいるのかは全くわからなかった。
マーブルが手元の資料を眺めながら鼻を鳴らす。
「何も匂わんなあ。」
「恋心のもつれにしては不自然なんだよな。」
「ん?そっちの美知子さんの情報は?」
「あぁ、調べたら、彼女は寺脇園の代表取締役。どっちも同じ長城地区の植木屋だった。予定ではな。」
「どういうことだ?」
「前社長の代で潰れてるんだよ、寺脇園は。」
俺が言った話に、なるほど?と言った顔でマーブルが笑う。何か閃いたようだ。
「る」
「ルグルストさん、マーブルさん、失礼します。」
マーブルが何か言いかけたタイミングで美知子さんが入ってきた。
「お台所お借りしてお菓子作ってみたんです。お二人のお口に合えば良いんですが。」
「オレ、犬だから人間用のお菓子はちょっと。」
「もちろんさっぱり味付けのワンちゃん用です!」
「なら喜んで。」
紅茶と犬用ミルク、焼き菓子の優しい匂いがする。
「うぉ、うめえ。」
「これはなかなか。」
「よかったぁー。」
彼女のおっとりとした大人しい顔からは何も読み取れない。
もう少し踏み入った調査が必要だと思った。
深夜2時。
何者かが玄関を開ける音がする。ペットベットから身を起こした四足歩行のマーブルと、ドアの影に隠れた俺。二人とも武器を構えている。
ドカドカドカ。
「女は生きて捕まえろ。男と犬は殺せ。」
ガタイのいい男が部下4人に指示を出した。なるほど、狙いは美知子さんって事か。マーブルはこちらにアイコンタクトを投げると、サッと部屋から飛び出した。
「ワンワンワンワン!」
玄関の方へマーブルが走る。男たちはそれにつられて走り出した。
そこへ、足元に銀色を投げ込む。
「うわっ!」「なぬっ!」「やぁっ!」「いたっ!」
俺達の思惑通り、パチンコ玉に足を滑らせた男たちがすっ転んで頭から打ち付けている。痛そうだ。と思っていたら耳元でカチャと聞き慣れた音がした。
「死にたくなければ女を出しても、ぐはっ。」
「構えたらすぐに撃つ。定石だろ。」
「すれすれを狙うなよ。危ないだろ。」
デザートイーグルから放たれたBB弾で敵の司令塔は伸びていた。男が握っていた拳銃を持ち上げる。俺達が使っているガスガンとは違って本物の重みがある。中にはもちろんペイント弾なんて洒落たものは入ってない。それが意味することはよく分かっていた。
「と、昨晩君はどこぞの組織に狙われたと言う訳だ。」
次の日の朝、食卓についた美知子さんにベーコンエッグを差し出しながらマーブルは鋭い目つきで切り出した。
その目に俺も美知子さんもたじろぐ。いや、俺がビビる必要はないんだけど。
「たぶん、山岡植木の雇い者だと思います。」
「普通の植木屋が、何故。」
「・・・私が、秘密を知っているから。」
「グリーンテゾーロか。」
「それって、自然開発の大企業じゃん!!なんでそんなとこが!」
驚く俺にマーブルは冷めた目つきをしながら笑った。
「全部話してもらおうか。」