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第5幕

♪♪♪

コッペリアは、いつものようにテラスに置かれた椅子に腰掛け、本を読んでいた。


なんの本かは、わからない。ページも、いつもこのページだ。


(じい)さまが、彼女にこの本を持たせてくれたというだけが、彼女がこの本のこのページを読む理由だ。


年頃の娘の洋服、というにはいささか派手すぎる、カラフルなチュチュを着て、頭にはピンクの大きなリボン。


真っ赤な唇と同じ色に刺された頬紅は、彼女の肌の血色をよく見せる、だけでは留まらなかった。


向かいの家のドアが開き、一人の村娘が飛び出してきた。彼女は毎朝この時間に起き、仕事を始めるのだ。


娘は、晴れ渡った空を見上げると、ニッコリと笑った。彼女はいつも、なにをしていても笑顔だ。


彼女の名前はスワニルダ。気立ての良い、村の人気者だった。

どうやら、もうじき、恋人の青年フランツとの結婚式が、近々執り行われるらしい。


赤と白の色合いが鮮やかな、フリルの付いたワンピースを着て、笑顔を振りまくスワニルダは、玄関の花に水をやると、不意にコッペリアの方を振り向いた。


「ねえ!今日はいいお天気ね!なんだか良いことが起こりそう!あなたも、そう思わない?」

二階のテラスにいるコッペリアに、スワニルダは大きな声で話しかけてきた。


コッペリアは、本に目を落としたまま、反応を示さない。


いつものやり取りだが、スワニルダは少しムッとして、

「ねぇ、こんなお天気なのに、本ばっかり読んでて面白いの?挨拶くらいしてよ!」


すると、コッペリアはゆっくりと椅子から腰を上げた。

そのまま本を手放し、右手を唇の方へと持っていく。


コッペリアは無表情のまま、その右手を、チュッ、と差し出して、投げキッスをした。


ところが、投げキッスを向けたのは、スワニルダとは全く見当違いの方向だった。


これにはスワニルダは完全にヘソを曲げ、腕を振り回して怒りだした。

「なによ!からかってるの?失礼な子ね!もう知らないっ」

スワニルダは、そのままそっぽを向いて行ってしまった。


しかし、コッペリアは決して、スワニルダをからかっているわけではなかった。


それどころか、彼女はスワニルダの存在さえ、その気に止めていなかった。


彼女は、この家の家主、コッペリウスが造った、自動人形だった。


先ほどの投げキッスも、セットされた時間になると、勝手に体が動き出す、というものだったのだ。


コッペリアが誰もいないところに向かって何度も投げキッスするのを、そっぽを向いたために気づかず、スワニルダは行ってしまった。


「あの、すみません」

そこへ、一人の女性が話しかけてきた。

「はい、なんでしょう?」

スワニルダは、さっきまでの不機嫌が嘘のように、にこやかに答えた。


「実は人を探しているんですが・・・」

女性はやや疲れたような表情で、スワニルダに事情を説明した。

「オランピアという、私の娘が、しばらく前からいなくなってしまって、ずっと探しているんです。市場に買い物をしに、この町に来たはずなんですが・・・」


スワニルダは驚いたような表情を見せた。

「まぁ、大変!私も見つけたらすぐに知らせますわ。その、娘さんの特徴なんかを、教えてくださいます?」


スワニルダが女性と話をしているうち、投げキッスを終えて、再び座って本を読むポーズに戻ったコッペリアの元に、誰かがやって来た。


「どうしたんだい、コッペリア。また、あのバカな娘が話しかけてきたかい?」

そう言って、コッペリアの肩に優しく手を置いたのは、コッペリアの生みの親の人形師、コッペリウス老人だった。


コッペリウスは、スワニルダと話す女性の姿を見て、顔をしかめた。

「あの女は・・・」

コッペリウスはそう言うと、コッペリアの座る椅子を家の方へと向けた。

「コッペリア、”命令”だ。家の中に入りなさい」


“命令”という言葉で、コッペリアにとって、コッペリウスはお爺様から”御主人様(マスター)”へと変貌する。

御主人様(マスター)の命令で、コッペリアは両足をトウシューズの先端でつま先立ちをする”ポワント”という状態になり、そのままトコトコと歩いて家の中に入っていった。


女性から、オランピアという娘の特徴を聞いたスワニルダは、

「えっ」

と、コッペリアの方を見た。

「その子の特徴ってまるで・・・」


しかし、もうそこにはコッペリアの姿はなかった。


♪♪♪

「はい、ストップ!」

ノブオが、パンパン、と手を叩くと、ボディファンデーションを着た生徒が、パッと音楽を止め、全員が動きを停止した。


スワニルダもとい、アオは、怪訝な表情でコッペリアがいたテラス(という設定の空間)を見上げたまま。


オランピアを探す女性もとい、カズコは悲しげな表情でスワニルダ(アオ)に話しかけたまま。


そして、コッペリアもといユリコは、つま先立ちで本を読んだまま。


午後のクラスが終わり、夕食が済んだあと、次回公演の「新解釈コッペリア」の、主要キャストによる第1回リハーサルが行われていた。

もちろんリハーサルのため、コッペリアが着ているカラフルなチュチュも、スワニルダが着ているフリルのワンピースも、コッペリアが座っているテラスも、彼女の読んでいる本も、そこには存在しない。


ユリコもアオも、リハーサル用の制服(ユニフォーム)である、シンプルな黒のレオタードに身を包み、それでもまるで衣装を着たバレリーナであるかのように踊り、演じていた。


カズコだけが、華やかなスカートの付いた、ピンクのレオタードに身を包んでいた。


公演のリハーサルの際は、クラスに限らず”マチシマバレヱ學校”の生徒はみな黒のレオタード。”マチシマバレヱ團”の正規團員は、華やかなレオタードの着用が規則だった。


それは例え主役に抜擢されたとしても同じ。ユリコとアオは、あくまでバレヱ學校の生徒が主であるため、レオタードはもちろん、先輩たちに対する気遣いも義務付けられていた。


「アオくん、最初に家から出てくるとき、このときは、お客様に主役である君の顔が見える最初のタイミングなのですよ。もっと満面の笑みで、元気いっぱいのスワニルダをお客様に見せて差し上げなさい、アン!」


ノブオの合図で、アオはまるで、さも家から飛び出して来たかのように登場すると、レオタード姿のため、実際にはありもしないスカートをもって振り乱しながら、耳まで届くのではないかというほど口角をあげ、張り付けたような不気味な笑顔を、天井の”御天道様(おてんとさま)”に向けながら、ポーズをとった。


こんな気持ち悪い表情の主役が登場すれば、間違いなく観客は引くだろうということは、バレエを少し知っていればわかるほどの、アオの表情だった。


しかし。


「そうです!アオくん、素晴らしい。そのまま本番でもお願いしますよ」

反応こそ示さなかったが、ノブオに褒められたため、アオの黒のレオタードのVラインに包まれた股間は、たまらなく(うず)いていた。


すっかり“ノブオのバレリーナ”となったアオは、この”条件付け”により、ノブオに褒められ、刺激を得たいがために、これから先、常にこの不気味な笑顔を浮かべることとなるのだ。


今のアオには、自分がなぜノブオに褒められたいのか、なぜ、自分の演技がバレエとしては大いに違和感のあるまのだと判別できないのか、それを思考する能力は一切刈り取られていた。


ただ、彼女が求めるのは、「ノブオとカズコの喜ぶように踊ること」。ただそれだけなのだ。


そしてそれは、アオに限ったことではない。


「ユリコくん、君は今回の公演では、”人形”の役を演じてもらいます」

アオへの賛辞を適当に切り上げると、ノブオは、相変わらずつま先立ちで本(を持っていると仮定した手の平)を見つめるユリコに話しかけた。


「『ユリコくんは”人形”』ですよ、いいですか、『ユリコくんは”人形”』なんです」

ノブオに繰り返し「ユリコは”人形”」と言い聞かされることで、ユリコの目から更に光が消える。ユリコが、”自分は人形”だと、より一層自覚した証拠だ。


「いいですねぇ、その表情。僕はとても好きですよ」

“人形”になりきっているユリコは、表情こそ変えないものの、アオ以上にノブオの言葉に、確実にその股間は刺激を受けていた。


マチシマバレヱ學校に入学して三日目にして、ユリコの正常な思考は、完全に消滅してしまっていた。


今のユリコは「ノブオのバレリーナ」として、ノブオの言う通りに忠実にバレエを踊ることしか、考えることができなかった。


いや、もはやバレエさえも、今のユリコにとってはなんの価値もないものだった。


ノブオの言うことだけを信じ、ノブオの言う通りに生きる。ノブオが、ユリコのこれまでの人生を否定すれば、ユリコもまた、自分自分の人生を否定する。


ノブオの思考がユリコの思考。

ノブオの嗜好がユリコの嗜好なのである。


文字通り、ユリコは”ノブオの人形”と化していた。


「いいですか、人形は、人間のように筋肉で動くのではありません。君の体に入っている、一つひとつの歯車が精工な動きをし、その結果、君は椅子から立ち上がり、投げキッスをし、そして家へと入っていく」


ノブオに促され、ユリコはコッペリアが座っていた椅子に、同じように座った。


「さあ、コッペリウスが君に命令しました。”御主人様(マスター)”の命令に従うため、君の中の歯車が動き始めます」

そう言って、ノブオはあからさまに、レオタードに包まれた、ユリコの乳房を鷲掴みにした。


ユリコがクッ、と顔を上げたのは、ノブオに胸を掴まれたからではない。ユリコの体に埋め込まれた歯車が回転し、ユリコの顔を持ち上げたからだ。


「そうです。その動き。腹筋も、背筋も、脚の筋肉も使いませんよ。君は歯車によって操られ、動くのです。君自身の意図した動きではないため、その反動で、体がカクカクとしてしまうのです。それが、”人形”の動きですよ」


ノブオに乳房を掴まれたまま、ユリコはカクカクと立ち上がり、つま先立ちのまま、トコトコと歩いて行った。


ある程度のところまでいくと、ノブオはユリコの乳房を放し、拍手した。


Blavo(ブラボー)!(素晴らしい!)君は今回の演目を通し、この”人形”の動きをマスターすることが至上命題ですよ。そのためには、心まで”人形”になりきるのです。”人形”に」


再び繰り返される”人形”というワードに、ユリコは反応を示さなかったが、リハーサルの前と比べると、より一層虚ろになった、ガラス玉のようなユリコの目を見て、ノブオはユリコが一歩、”人形”に近付いたことを確信した。


♪♪♪

リハーサル後、更衣室では、アオとユリコが黙々と着替えていた。


アオはボディファンデーション姿になると、汗でグッショリと濡れたレオタードとタイツを持って、さっさと更衣室を出ていってしまった。


やはり、隣に立っているのが、かつての戦友だとは、自覚出来ていないようだ。


そしてユリコはというと、まだ、黒のレオタード姿のまま、自分の着替えが置かれたカゴの前で、ボーッと突っ立っていた。


ユリコは、ノブオ演じるコッペリウスの命令に従うだけの”人形”を夜中まで演じて、”人形”の状態から抜け出せずにいたのだ。

リハーサルが終わり、「更衣室に向かえ」という命令に従って、更衣室に来たものの、次の命令が無ければ、ユリコは動くことができないのだ。


「あら、ユリコさん、まだ着替えていないの?」

更衣室にカズコが入ってきても、ユリコは無反応のまま、その場に立ち尽くしていた。


そんなユリコの様子を見て、カズコはほくそ笑むと、

「ユリコさん、こちらを向きなさい」

“人形”状態のユリコに命令した。


ユリコは、今まで微動だにしなかったのが嘘のように、機敏な動きでカズコの方に向き直った。


「”ルルヴェ、アップ”!」

カズコが指示を出すと、ユリコはサッとつま先立ちの姿勢になった。


“ルルヴェ”とはバレエ用語で、つま先立ちを意味する。


カズコの命令によって操られるユリコは、カズコの次の命令が無い限り、こうして不安定なつま先立ちで、いつまでも待ち続ける。


つま先立ちになって数秒で、体幹が限界を感じたユリコの全身が、プルプルと震え出す。


以前までのユリコであれば、数十分間は、このつま先立ちを保っておくことなど造作もないことだったが、この数日間の、本来のバレエとは少し違う、”マチシマバレヱ”のレッスンを受けることで、ユリコのインナーマッスルは驚くほど弱っていた。


「・・・”ダウン”!」

ようやくカズコからの命令があると、ユリコは、ドスン!と乱暴な音を立てて、かかとを床に付けた。


繊細に、静かに着地するための技術も、ユリコからはすっかり失われていた。


勢いよくかかとを踏み鳴らした反動で、プルプルと揺れる、ピンクのタイツに包まれた太ももは、数日前と比べると、すでにバレエには無駄な筋肉が発達し、一回り太くなってしまっていた。


「もう一度、”ルルヴェ、アップ”!」

カズコが再び命ずると、ユリコは間髪入れずにまたつま先立ちになる。

「”ダウン”!、”ルルヴェ、アップ”!”ダウン”!」

繰り返される命令に、ユリコは何度やっても、つま先立ちになった時に、バランスを取れずにトコトコするし、降りる時にはかかとを思い切り落として、大きな音を立てた。


それは、バレリーナにとっては決して良くない兆候だったが、カズコはそれを見て満足げに頷く。


「とってもいいわよ、ユリコさん。この数日で、ずいぶんと足に筋肉がついたんじゃない?」

カズコはそう言うと、ユリコの、ピンクのタイツに包まれた太腿に触れた。


数日前とは違い、ユリコの脚はムッチリとした肌触りになっていた。


しかし、この筋肉は、バレエは使うことのない、”付けてはいけない筋肉”なのだ。


カズコに脚をまさぐられても、一切反応を示さないユリコの、ドロリとした虚ろな目を見て、カズコはほくそ笑んだ。


「ノブオさんたら、リハーサルに熱が入りすぎて、ちょっと貴女を”自動人形(コッペリア)”にしすぎたみたい。でも、一晩寝れば、もとの”バレリーナ”に戻れるわ」


カズコは今度は、ユリコの頬をゆっくりと撫でた。しかしユリコは、それにも反応を示さない。


カズコは構わず続ける。


「それにね、明日、ノブオさんが貴女たちに”とっても楽しいこと”をして下さるって。まだ内緒だけど、とっても楽しみ」


カズコは幼い少女のようにニッコリと笑うと、ユリコの耳元に口を近付けた。


「そのために、今日はゆっくり休まないとね?ボディファンデーションに着替えなさい」

唐突に、カズコが冷たい命令口調になると、ユリコはクルリとカズコに背中を向け、レオタードを脱ぎ始めた。


着替え始めたユリコを見届け、カズコは更衣室を出ていった。


その後も、一人黙々と着替え続けるユリコを、ドアの陰から覗く人影があることには、上機嫌で歩くカズコも気付かなかった。


♪♪♪

翌日、ユリコとアオは早朝から大忙しだった。


といっても、バタバタと動き回っているわけではない。二人の今の仕事は、むしろその逆だった。


ユリコとアオは、手のひらに食器やコップを乗せたまま、もう十数分も、ピクリとも動かないままだった。


ボディファンデーションの上に、薄い白いエプロン、頭には白いフリルのついたカチューシャを乗せ、ユリコはノブオの前に、アオはカズコの前に立っていた。


“本日のメイド”に任命された二人は、朝からノブオとカズコの部屋を掃除し、二人のためだけに昼食を料理した。今日のランチは、カズコのリクエストで、ミートソースのパスタだった。


片手にパスタの皿を乗せ、もう片方の手には水の入ったグラスを乗せ、絶妙なバランスを保ったまま、ユリコとアオは無表情で、二人の食事を見守っていた。


目と鼻の先で、二人がパスタを(むさぼ)っていても、ミートソースが顔中に飛び散ろうとも、ユリコとアオは、生気のない虚ろな目で、まっすぐに前を見つめていた。


ぴったりと揃えられた両足は、椅子に座ったノブオとカズコ、それぞれの食事のしやすい高さに合わせて膝を曲げ、かなりキツい体勢を強いられていた。


しかし、常人には到底耐えられないこの姿勢でも、メイドの二人は、主人が食事を終えるまで、何時間でもこのまま停止し続ける。


二人はまさに、愛らしいメイドの形をした、オブジェとなっているのだった。


ノブオが空になった皿にフォークとスプーンを置き、グラスの水を飲み干すと、ユリコはスッと立ち上がり、皿とグラスを片付けた。やや遅れて、カズコも食事を終え、アオも同じように動き出す。まるで精巧にプログラムされた機械のようだ。


二人は食器とグラスを置くと、代わりに清潔なナプキンを持ち、主人の元へ歩みよった。そして、自分の顔の方がミートソースで汚されているにも関わらず、主人の口元を優しく拭った。


ナプキンも片付けると、ミートソースまみれのメイドたちは、主人の横に直立し、次の命令を待った。


両足はぴったりと揃え、両手は股間に添える。顔はやはり天井の方を向け、ボディファンデーションの上からでも、乳房の形がしっかりとわかるまで胸を張る。


メイドとなっているときは、これが基本の姿勢だった。


「そういえば、ユリコちゃんは今日が初めてのメイドさんね?」

カズコがユリコに近寄って言うと、ノブオはうん。と頷いた。

「なかなか、メイドとしての筋もよろしいですね」

「まったくだわ!だいたいのコは、汚れたり、立ってるのがキツくなると、倒れたり、最悪、暗示が解けちゃったりするもの。その度にまた支配しなおすから、ゴハンどころじゃなくなっちゃう」


「支配をやり直すのは、いつも僕ですけどねぇ」

やや冷たく言うノブオを無視して、カズコはユリコの体を撫ではじめる。

「でもぉ、ユリコちゃんはこの通り、しっかりとメイドさんのお仕事をやり遂げてくれました♪うーん、ぱーふぇくとぉ〜」

猫なで声で言いながら、カズコはユリコの胸を揉みしだく。

だがユリコは、そんな乱暴をされても、無表情で天井を見つめ続ける。

「脚も、ここ何日かでしっかりお肉がついてきたわねぇ。”我が国のバレリーナ”は、こうでなくっちゃ」

意味深なことを言うと、カズコは今度は、ユリコの太腿をムニムニと揉み始めた。

ひとしきりユリコを(もてあそ)ぶと、カズコは隣で同じように直立するアオの方へ移動した。


「でも、やっぱり、こっちのアオちゃんの方が上ねぇ。見て、すっかり立派な”ダイコン”になった太腿。お尻までこんなに大きくなって」

カズコはユリコと同じように、アオの太腿から、ボディファンデーションのVラインが食い込んだお尻まで撫で回す。


確かに、アオの脚はモリモリと筋肉をまとい、コンクールに出ていた頃と比べると、一回りも二回りも太くなっていた。バレエを踊る上では不要なだけでなく、パフォーマンスの妨げとなる筋肉だ。


外国人並みとまで評されたスラリと美しいラインは陰を潜め、”ニッポンの姫君(プリンセス)”と呼ばれた姿は、今や見る陰もなかった。


「これこそ、”ニッポンのバレリーナ”に相応しい姿なのよ。アタシたちのようにね」

カズコの目は、徐々に悪意を帯びてきていた。


「まだバレエが”我が国”で発展していない頃、バレエの”バ”の字も知らない、エセバレリーナたちが、多くのスタジオを立ち上げた。それが、ズブの素人が独学で始めたようなスタジオだとも知らずに入ったアタシたちは、嘘っぱちのレッスンとトレーニングを続け、気づけばこんなナリよ。当然、海外に行こうものなら笑いものにされたわ、”短くて太い脚”ってね。そう、今のアンタたちのように・・・」

「ゴホン」

ノブオの咳払いで、カズコは我に返った。


「その辺にしておきたまえ。カズコさん」

「あらやだ、アタクシったら、ゴメンね、アオちゃん」

カズコは、アオのエプロンを直してやる。

そのとき、

「ねぇ、かわいいメイドさんたち、あとで、アタクシのお部屋に来てね?」

ユリコとアオの耳元でボソッと呟いた言葉は、ノブオには聞こえていない。しかし、未だまっすぐに直立する二体の人形には、ご主人様からの絶対の命令として、確かに刻み込まれた。


「ユリコくん、アオくん、さっさと顔と体を拭いて、レオタードに着替えてレッスンの準備をしなさい」

ノブオが命令すると、二人のメイドはクルリと身を翻し、部屋から出て行った。


(ウフフ、あとでね、アタクシのお人形さんたち)

二人が歩く度に揺れる太腿と、ボディファンデーションが食い込んだお尻を見つめて、カズコはほくそ笑んだ。


部屋から出て、ミートソースまみれのまま着替えに向かう二人のメイドの姿を、レオタード姿の少女が後ろから見つめていた。


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