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第3幕

♪♪♪

「アン!・・・アン!」

スタジオに木霊(こだま)するのは、古びたオーディオから流れるピアノ演奏のワルツ、手拍子、そして、

「アン!アン!1(アン)、2(ドゥ)、3(トヮ)!」

ノブオの声だった。


オーディオから流れる、年季が入って間延びした古いレッスン音楽と、ノブオの手拍子に合わせ、数人ずつの生徒たちが片足での跳躍を繰り返す。


目線は”御天道様(おてんとさま)”を向き、胸とお尻を限界まで突き出し、脚をクロスした、マチシマバレヱ學校の”基本ポジション”のまま、片足立ちになり、そのままその足で跳躍と着地を繰り返す。


ちょうど、最下位のグループが終わったところで、オーディオのレッスン音楽も停止した。


と、思いきや、間髪入れずに同じ音楽の伴奏がリピートされ始める。


「さあ、今度は反対側の足でやってみましょうね、いいですか?いかなるときも、上半身は”基本ポジション”ですよ。顔は、”御天道様”を見つめ続けなさい、では、お手本のユリコくんから!」


ノブオが言い、指をわざとらしくパチンと鳴らすと、ユリコがつま先立ちで、シャカシャカと前に飛び出してきた。一見、バレエのようで、バレエの優雅な歩き方とはかけ離れている動きだが、生徒たちはみなこの動きで統一されていた。


一人、スタジオの真ん中で立ち止まったユリコは、”基本ポジション”になり、指先でメタリックブルーのレオタードの股間をギュッとつまんだ。


顔は、見ている方が苦しくなるほど上を見上げ、視線は”御天道様”に集中する。


そのままユリコは、先ほどとは別の足で片足立ちになると、音楽に合わせて跳躍を始めた。


もう片方の足は、クペといって、立っている足の(くるぶし)のあたりに指先や(かかと)が添えられるように、軽く曲げられる。

この形を崩さないまま、64拍の音楽の奇数拍、つまり、32回もの、片足での跳躍を繰り返す。


常人であれば、ふくらはぎやアキレス腱が即座に悲鳴をあげるであろう動きだが、全国トップレベルのバレリーナであるユリコは、さすが鍛えられているのか、楽々とこの動きをやってのけた。


実は、右足と左足を交互に、この踊りはすでに数十回繰り返されている。


それでもユリコは疲労など感じさせず、全く変わらない美しい跳躍を見せていた。


跳躍時は指先が最後に床を離れ、着地は指先が最初に床に着く。

バレエの基本である、つま先のこの細やかな動きによってもたらされるのは、単に筋力に頼らない繊細な跳躍と、着地の時に足音を鳴らさない、バレエ特有の美しい着地だ。


しかし、

「やはりまだまだ全然ダメですよ、ユリコくん。横で先輩たちの踊りをよく見ていたまえ」

踊りを終え、ノブオにそう言われたユリコは、つま先立ちでサッと横に”ハケる”と、次の生徒たちが踊り出すのを、”基本ポジション”で見守った。


しかし、顔は天井を向き、”御天道様”に意識を集中するユリコは、”先輩たち”の踊りを見ることなどかなわなかった。


ユリコの次のグループの生徒たちは、バーレッスンも先生方の一番近くで受けることが許された、このクラスでも成績トップの生徒たちだ、しかし、


ドン!ドン!


昔ながらの木造のスタジオの床もあって、少しでも無駄な体重がかかると、足音が大きく響く。


ユリコのときよりも、一人ひとりの足音が強く、スタジオに響いていた。


着地の度に、ピンクのタイツに包まれた太腿がプルルンと揺れるのは、脚の付け根から力を込められていない証拠だ。


そのためか、このクラスの誰もが、ユリコと比べると、無駄な筋肉のついた、太い脚をしていた。


それでも、

「そうです。”御天道様”に向かって、伸び上がるようにジャンプ。そうです。いいですよ。どうですかユリコくん、先輩たちの踊りを、しっかりと真似するんですよ」

ノブオは、足音を響かせ、肉を揺らして踊る生徒たちを褒めちぎり、ユリコにそれを”真似しろ”と迫った。


ユリコは相変わらず、”基本ポジション”で立ったまま”御天道様”を見つめ続けていたが、ノブオの言葉は、ハッキリとユリコの脳裏に刻み込まれていく。


ユリコだけでなく、全ての生徒たちが、ノブオの言いなりに、踊りを変えられていった。


元々は彼女たちも、”この国”ではどんなバレエ団に入っても活躍できるであろう逸材ばかりだった。だが、マチシマバレヱ團に入り、ノブオとカズコに教わることで、どんどん足音は大きく、ポーズは大袈裟に、脚は太くなっていった。


特に今は、”御天道様”の出力が上げられているため、”御天道様”に支配される生徒たちの学習能力も底上げされていた。


全員が白目を向き、”御天道様”を見つめ続け、自我を完全に失い、ノブオの言うがままに動く。生徒たちの(かたわ)らでは、赤いメタリックのレオタードに身を包んだカズコも、同じように踊っていた。


彼女も、元々は世界に通用するバレリーナであったが、ノブオによって、”彼の”バレリーナにされてしまった一人だったのだ。


「さて、次は同じ動きを、”アラベスク”で行って見ましょう。さあ、ユリコくん」

またも同じ音楽(すでに数十分この音楽が流れ続けている)が始まると、白目のユリコがガチャガチャとした歩き方でセンターに飛び出す。


バレエのレッスンには、屈伸運動である”プリエ”、足裏と指先のトレーニングである”タンデュ”、ジャンプの練習となる”ソテ”、回転の練習である”ピルエット”など様々なエクササイズがあり、本来、それぞれに適した音楽を用いて、音楽に合わせて踊る練習を兼ね備えている。


ところが、この”下級クラス”のレッスンで用いられているカセットテープには、さっきから流れているワルツしか収録されておらず、曲が終わると、プレイヤーが自動でテープを巻き戻して、また同じ曲が流れ出す、ということが繰り返されていた。


つまり、テンポや動きに適しているかどうかではなく、ひたすらこの一曲でレッスンが行われているのだ。


ユリコは”アラベスク”という、片足を後ろに90度上げ、腕は前方に真っ直ぐ伸ばしたポーズを取ると、軸足で跳躍を始めた。


手足が前後に伸ばされている分、さっきよりも格段にバラエティーが取りにくく、体への負担も大きい。しかしユリコはものともせず、美しいアラベスクのポーズのまま、音楽に合わせて跳躍を繰り返した。


一般的なバレエでは、アラベスクのとき、目線は前方に伸ばした腕とともに前を見るものだが、ユリコはこうしながらも、あくまで顔は天井の”御天道様”を見つめ続けていた。


そして、


ドン!ドン!


ユリコの足音が、今日初めてスタジオに響いた。

足音が鳴るたび、ユリコの太腿の、バレリーナ特有の鍛えられた筋肉が、先ほど見せていた美しいラインが嘘のように、ブルブルと乱暴に揺れ始める。


バレエ的に、脚が上手く運動できていない証拠だ。これでは良くない筋肉がついてラインも悪くなるし、ケガのもとにもなる。


だが、

「そうです、ユリコくん。ほんの少しだけ、良くなりましたよ。その調子で続けなさい!」

ノブオの(げき)が飛ぶと、


ドォン!ドォン!


ユリコの足音と、ピンクの太腿の揺れが一層激しくなる。


自我を無くしていても、今のユリコには、ノブオ先生に誉められることは、無上の(よろこ)びなのだ。


メタリックブルーの股間に、新たな染みが広げながら、ユリコはアラベスクのまま跳ね続けた。


♪♪♪

ユリコがふと我にかえったとき、彼女はスタジオ横の更衣室にいた。


「あれ、わたし・・・」


レッスンの途中からのことが良く思い出せなかった。

ノブオ先生とカズコ先生に、注意されたところまでは覚えているのだが。


「痛っ」

少し体を動かしたとこで、両足への鈍い痛みに、ユリコは顔を歪めた。


ふくらはぎと太腿、そして足の裏に、筋肉痛のような、ピリリとした痛みが残っている。


普段、どれだけハードな練習をしても、このような痛みは残らない。


周りを見ると、先ほど一緒にレッスンを受けていた”下級クラス”の生徒たちが着替えていた。


みな無言で、レオタードとタイツを脱ぎ裸になると、銭湯の脱衣場にあるようなカゴに入れていた、ボディファンデーションを取り出し、着用し始めた。


(えっ、ボディファンデーションを、今?)

ボディファンデーションは、薄いベージュの生地で出来たレオタードのような、レッスンの際、レオタードに乳首や性器など、いやらしい部分が浮き出てこないように着る、いわば下着だ。


だが、レッスンの時は着用しないように言われ、レッスンが終わってからそれを着るというのが、ユリコには理解出来なかった。


だが、ボディファンデーションを着用したところで、その生徒は自分が脱いだレオタードとタイツをまとめ、更衣室を出ていった。


「え・・・」

ユリコはまた絶句した。


ボディファンデーション一枚だけのまま行動するなど、破廉恥(はれんち)にも程がある。


「あの、すみません」

声を発してはいけないことをわかってはいるが、ユリコは隣で着替える生徒に思いきって声をかけてみた。


この疑問は、解消せずにはいられなかったのだ。


「今からは、ボディファンデーションだけ着るんですか?いつもそうしてるの?」

ユリコに話しかけられても、生徒は無反応で、黙々とレオタードとタイツを脱いで、裸になった。


髪をパリパリのお団子に結わえていながら、体は全裸という姿が、なんともユリコに卑猥なイメージを抱かせる。


ユリコは、さらに強めに声をかけようと・・・


「お疲れ様、ユリコさん」


カズコ先生が何の気を使うこともなく更衣室のドアを開け放って入ってきたときには、ユリコは反射的にカズコ先生の方を向き、”基本ポジション”で立っていた。


今は”御天道様”は無いため、虚ろに見開かれたユリコの目は、カズコへと注がれていた。


他の生徒も、ボディファンデーションを着ていても、裸 あっても関係なく、持っている荷物を投げ捨てて、”基本ポジション”でカズコ先生に向き合った。


そんな他の生徒には目もくれず、カズコ先生はユリコに近づいてきた。


カズコ先生が近くにくると、ツン、と鼻を刺す匂いがした。明らかに、”行為”のあとに感じるあの匂いだ。


見ると、カズコ先生のメタリックレオタードの股間の部分には、濃い染みがついていた。


「あら、まだ着替えていないの?次は”上級クラス”が更衣室(ここ)を使うから、速やかに着替えて退室しなさいね」

カズコ先生が、未だレオタードとタイツ姿のユリコに言うが、ユリコは無言のまま、そこに立っている。


その様子に、カズコ先生は満足げに頷いた。

「さすがね、もう”マチシマバレエ學校”の方針(メソッド)が身に付いてきたみたい。レッスンの様子も、ノブオ先生が大変褒めていらしたわよ。その調子でね」


カズコ先生が退室すると、再びスイッチが入ったように、ユリコたちは動き出した。


ユリコは先ほどとは打って変わって、とても穏やかな気分だった。

---ノブオ先生が大変褒めていらしたわよ。


カズコ先生の言葉が、ユリコの脳裏に何度も響く。

(ノブオ先生が、褒めてくださった。ノブオ先生が・・・)

ユリコは無表情のまま、何のためらいもなくレオタードとタイツを脱いだ。


♪♪♪

ボディファンデーション一枚、という姿になった”下級クラス”の生徒たちに午後から課せられているのは、”奴隷の仕事”だった。


厳密にいえば、掃除や荷物運びなどの”雑用”だが、ユリコがこんな野蛮な呼び方で認識しているのは、他でもない、


「ユリコちゃんは、今から”奴隷”になるのよ♪」

とカズコが言ったせいだった。


更衣室が出たところを、またもカズコに呼び止められたユリコは、一瞬にして”基本ポジション”となり、持っていたレオタードとタイツを投げ捨てた。


ユリコのレオタードとタイツを部屋に運ぶように他の生徒に指示すると、カズコはユリコの腰を抱き、まるでエスコートするように歩き始めた。


ユリコは無言で、それに従った。


カズコは、操り人形となったユリコをすっかりと気に入っていた。


「”奴隷”はね、掃除とか、洗濯とか、食事の準備とか、ありとあらゆることをやってもらうの。でもね、一番大事な”お仕事”があるのよ」


そう言ってカズコは、ユリコの股間をスラリと一撫でした。


バレエで鍛えられているとはいえ、成熟の始まった女子大生の体だ。乳房や股間、お尻は、ボディファンデーション一枚だけではとても隠しきれず、しっかりとその姿を確認できた。


「先生に従うのは、生徒として当然でしょ?」


当たり前だ、とユリコは思った。


自分は、カズコ先生とノブオ先生の仰ることには、一切の疑問を持たず従うべきだ。


一言も口ごたえや意見を言ってはいけない。


もう、この口は、先生方の前では二度と開かない。

ユリコは無言のまま、改めて誓った。


ユリコの反応を見て、カズコはイタズラっぽく笑む。

「それじゃ、ワタクシの部屋に行ってお楽しみを・・・」

「それはいけないよ、カズコさん」

ノブオが割って入った。


「今からレッスンが始まるし、ユリコくんにも、きちんと”下級クラス”の勤めを覚えて貰わなくては」

ノブオが言うと、カズコは不服そうな顔を向ける。


「どうして?今日のレッスンはノブオさんに任せて、”オモチャ”で遊んでいいって言ったじゃない」

「ユリコくんはダメです。他の生徒と遊びなさい。それに、生徒は”オモチャ”じゃありませんよ」

カズコはまるで駄々をこねる子供のようだったし、ノブオはそれを(さと)す父親のようだった。


「ええ〜、ワタクシ、ユリコちゃんと遊びた・・・」

「口ごたえをするな」

ノブオが、ややキツめの口調で言うと、カズコは言葉の途中で沈黙した。


脚をサッとクロスし、胸とお尻を突き出し、指先で股間をギュッとつまむ、”基本ポジション”になると、カズコは無表情でノブオを見つめた。


カズコから解放され、ユリコも即座に”基本ポジション”に立ち直した。


脚をクロスしたことで、ボディファンデーションの上からでは、股間の性器がよりハッキリと写し出された。


「カズコくん、やはりキミにも、次のレッスンを受けて貰おう。ユリコくん、キミには、先輩たちのレッスンの見学を兼ねて、次のレッスンのアシスタントをして頂きたいのです。時間もないので、すぐに向かいましょう」

ノブオが(きびす)を返すと、ユリコとカズコは、無言でそのあとに従った。


♪♪♪

「では次は、”ソテ”と”ピルエット”のコンビネーションです。アン!」

ノブオが指をパチンと鳴らすと、ユリコはラジカセの再生ボタンを押した。

ゆったりとしたワルツが流れ始め、最初のグループの生徒が、ユリコたちが今しがたまでやっていたように、片足で跳躍した。


しかし、そのあとは手振りを変えたり、体の向きを変えて数種類の跳躍を組み合わせたあと、回転の動きへとつながる。それはまさしく、ユリコが普段やっているバレエのレッスンだった。


この”上級クラス”のレッスンで用いられるテープには、普通のレッスンと同じく、色々な音楽が収録されており、エクササイズごとに使い分けられていた。


その理由は、今のユリコのような”アシスタント”の存在だった。


ノブオの言う”アシスタント”とは、ノブオの指示でラジカセを操作し、適宜(てきぎ)音楽を流す役割のことだった。


“アシスタント”のいない”下級クラス”では、ノブオやカズコが、ラジカセの操作という”無駄な動き”を一切しなくても良いように、一曲だけの音楽をひたすら垂れ流すというだけの理由だった。


ボディファンデーション一枚という姿のユリコは、スタジオの片隅に”基本ポジション”で直立し、首からぶら下げられたラジカセに指をかけ、ノブオの指示で的確なボタンを押す以外は、微動だにしなかった。


“レッスンの見学”という名目で連れてこられたのだが、スタジオに入るとユリコの目は”御天道様”に釘付けになるため、ユリコは全くレッスンの様子を見ることは出来なかった。


ユリコは、天井を扇いだままラジカセを操作するモニュメントと化していた。


“上級クラス”の生徒は、やはり露骨なピンク色のタイツに、やはりメタリックの、どぎつい紫のレオタードを着ていた。


これがこのクラスの制服(ユニフォーム)ということらしい。


音楽に合わせて踊る以外は、”基本ポジション”でノブオの話を聞く。というのも、ユリコたち”下級クラス”と共通していた。


違うのは、全員が常にわざとらしい笑顔を浮かべている点だった。


ユリコがマチシマバレヱ團の公演を見たときに感じた、張り付けたような笑顔。


それに加え、”御天道様”を一心不乱に見つめる姿も相まって、なんとも滑稽な姿で、生徒たちは踊っていた。


「次で最後の、大きなジャンプですよ!みなさん、小鹿にのように軽やかに跳びはねましょう。アン!」

ノブオの指パッチンに合わせ、ユリコはカチャカチャとラジカセを操作する。


ノブオが「小鹿のように」と形容した影響かは分からないが、生徒たちはアラベスクや、アラベスクから膝を曲げたポーズである”アチチュード”で、ピョコピョコと跳びはね始めた。


最初のグループの中には、カズコの姿もあった。


ノブオによって、”僕のバレリーナ”にされたあとは、こうして、一切言葉を発さず、黙々とノブオのレッスンを受けていた。


生徒たちに比べだいぶ年長でありながら引けを取らない身のこなしは、さすがと言うほかなかった。


次に踊り始めたグループには、アオの姿があった。


公演を観に行った時には、ついにその姿を見つけられなかった彼女が、今、目の前で踊っている。


しかし、ノブオの手によって「ラジカセ人形」と化しているユリコは、アオの存在に気づくことも出来ない。


アオの方も、数年ぶりの再会となるユリコのことなど気にも留めず、虚ろな目のまま、口角をギュッと持ち上げただけの、不自然な笑顔で踊り始めた。


アオの踊りは、基本に忠実で、そこに元々清楚な本人の性格も加わり、「”プリンセス”を踊れば右に出るものはいない」と言わしめるほどだった。


しかし、今は、

ドォン!ドォン!


アオの着地のたび、木造の床が大きな音を響かせる。


つま先に全く神経がいっていないため、足の裏全体で床を踏みしめるような着地になってしまうために、ものすごい音がしてしまう。


「そうですよ、アオくん。もっと大きく、もっと大胆に踊りなさい、君に足りない部分です。さぁ、もっと!」


ズダァン!

ノブオの(げき)に合わせ、アオは床を思い切り踏み鳴らす。

“御天道様”を見上げ、目と口をパックリと開いた、はしたない笑顔を浮かべ、手足を振り回すように踊るアオには、かつての”プリンセス”の姿は欠片もなかった。


♪♪♪

レッスンが終了し、”上級クラス”の生徒たちがノブオとカズコ(支配が解けて正気に戻った)の周りに群がり、その一歩後ろに、ボディファンデーション姿のユリコが立っていた。


「”生徒諸君”に、お知らせがあります」

ノブオが話し出すと、生徒たちとユリコは、”基本ポジション”になってノブオを見つめた。


「正式な発表はまだですが、次の公演の演目を、発表したいと思います」

ノブオが言っても、カズコが「まぁ、素敵」と言って拍手する以外は、生徒たちは何の反応も示さない。


「前回の”白鳥の湖”の好評を受けて、マチシマバレヱ團版、”新解釈バレエ”をシリーズ化しようと思います。」


ユリコが見た白鳥の湖は、原作とは大きく異なったストーリーだった。これを”マチシマバレヱ團新解釈シリーズ”と呼ぶらしい。


「新解釈シリーズ、第2段は、『コッペリア』です!」

ノブオが高らかに宣言すると、カズコが笑顔で拍手し、生徒たちは無言のまま”基本ポジション”に立ち続けた。


コッペリアとは、婚約者がいるにも関わらず、謎の少女コッペリアに恋い焦がれるフランツと、それにヤキモチを焼く女の子スワニルダが、コッペリアの正体を巡って巻き起こす事件を描いた、バレエの定番の演目だ。


「今回は、主人公の少女スワニルダに、アオくんを起用します」

ノブオに言われ、アオは、誰も見向きもしない中、(うやうや)しくお辞儀した。


「そして、”新解釈コッペリア”のもう一人の主人公、コッペリアには、”初級クラスから”ユリコくん」

ノブオに呼ばれても、今は”奴隷”となっているユリコは、仁王立ちのまま、その場に立ち尽くしていた。


ボディファンデーションに透けた性器が、心なしか濡れていた。

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