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ルーシェは6歳のときのことを思い出していた。ルーシェの闇魔法が覚醒し、クラウン侯爵家は騒然となった。闇魔法使いは、魔物を召喚する力を持つ存在。しかも6歳の幼子が魔力を制御できるわけもなく、母もメイドも、私を恐れた。当時魔塔で人事部長を務めていた父のはからいで魔塔に隔離されることになり、そこで出会ったのが当時アドミニカ学園の新2年生になるミシェル・ハロルドだった。
ミシェル先生は学生の頃から優秀で、当時アドミニカ学園の魔法科教諭も務めていたルーシェの父の目に止まり魔塔の見学と魔法の勉強に来ていた。春休み期間だったこともあり2週間滞在したミシェル先生は、ルーシェの話し相手になってくれたのだ。
「こんにちは。私はミシェル・ハロルドです。君の父上とのご縁でやって来ました。これからよろしくね。」
しゃがんで視線を合わせた後、ミシェルは蜂蜜色の目を細めてルーシェの前に手を差し出した。ルーシェは、自分が他人に触れて傷つけはしないかと不安で震えた。
「ふふっ、大丈夫です。私は強いですから。ね、君の名前を教えてくれますか?」
「・・・・・・ルーシェ。ルーシェ・クラウン。」
「うん。ルーシェ、これからよろしくお願いします。」
コクンとうなずいたルーシェを見て満足そうにうなずいたミシェルは、差し出した手をそのままルーシェの頭に持っていき、髪をくしゃくしゃにかき回した。
「ねえ、ルーシェは魔法が好き?私はね・・・・・・。」
「私は土魔法が得意で、ほら、ここの床もこうしてこうすれば粘土みたいに遊べるし・・・」
「これ、水魔法の魔石なんだけどね。これがあれば私も水魔法使いになれるんだ。あ、でも使いすぎると壊れちゃうんだけど。これをこうして・・・・・・」
「火魔法は夏場は暑くて嫌になってしまうけど、使いようによってはとても便利だよね。例えばキャンプに行ったときに熊が出たことがあったんだけど・・・・・・」
「風魔法を使いながら馬に乗ったときは、もう最高の気分だったよ。周りは大変驚いていたけど、魔法が馬にもたらす効果とか気になるところがたくさん見れたよ。あとね、・・・・・・」
それから暇を見てはミシェルはルーシェの部屋を訪れ、魔法知識を熱弁した。ルーシェはただただ楽しそうに語るミシェルを見て、魔法が少し好きになった。
「でもこの世界にはまだわかっていない魔法の効果がたくさんあるんだ。伝説とされている光魔法や、闇魔法についての研究はまだほとんどなされていない。」
ルーシェは闇魔法と聞いて、思わず顔を伏せた。
「ルーシェ、まだわかっていないことを人は過剰に恐れているだけなんだよ。だって、魔物を召喚できること以外のことはなにもわかっていないじゃないか。」
「でも、魔物は人を傷つける!お母さんだって・・・っ!」
「あぁ、泣かないでルーシェ。君を泣かせたかったわけじゃないんだ。ごめんね。悲しいことを思い出させてしまったね。大丈夫だよ、私が魔物を倒してあげる。もう大丈夫。」
その日ルーシェは、ミシェルの腕の中で泣きつかれて眠るまで泣いた。
「じゃーん!おはようルーシェ!君の父上から外出許可をもらってきました。たまには外の空気を吸いに行きましょう!」
ある日ミシェルに連れられて、魔塔の近くを散歩していた。
「ついでに花に水をやるように言われたんですよねー。私は便利なジョウロですうふふふふ。」
歩きながら魔石の効果で水をまくミシェルにルーシェは尋ねた。
「その魔石っていっぱいあるの?」
「これは魔物を狩ると手に入りますよ。だからたくさん持ってるんです。」
そう言ってミシェルはジャラジャラと魔石が連なったブレスレットを見せてきた。
「最近は魔石を使って様々な道具が開発されています。シャワーやコンロもそうですし、馬車も速度をあげられるよう目下開発中だそうですよ。君のお父上は偉大ですね。」
それから目を伏せて、何かを憂うような目をした。
「それだけ、魔物が頻繁に姿を表すようになったとも言えるのですが・・・・・・。あぁ、あの辺りにクローバーがありますね。四葉のものを探してみましょうか。」
ミシェルは花壇のそばにある小さな丘を見た。
「クローバー?」
「そう。3つの葉のものがたくさんあるでしょう?でも、ごくたまに4つの葉のクローバーがあって、幸せの四つ葉のクローバーって言われているんです。素敵でしょう?」
そう言って、クローバーを一つ摘み取りルーシェに見せた。
「どっちが先に四葉のクローバーを探し出せるか競争ですね!」
ルーシェはクローバー探しに熱中した。ふと黄色の小さなちょうちょが手にとまり、顔をあげると、黄色や白のちょうちょが青空の下、楽しそうにひらひらと飛んでいた。お外で遊べるのなんて久しぶりだなあと、ルーシェは丘のきれいな景色を眺めるように見た。すると、近くにミシェルがいないことに気がついた。
ルーシェは急に不安になり、ミシェルを探した。姿が見えず、涙がこみ上げそうになったところで、あたりにビュオオオと風が吹いた。風がやみ、目を開けると、目の前にミシェルがいた。
「ルーシェ、四葉のクローバーは見つかった?」
「まだ。いなくなったと、思って。」
そう言って、ルーシェはまた泣きそうな顔になる。
「あははは、よかった、ルーシェが私を探している気がしたから急いで戻ってきたんだ。はい、これルーシェにプレゼント!」
ルーシェの頭に、花を結んで作った花かんむりが載せられる。
「ルーシェが一生懸命クローバーを探している間に私が作ったんです。わぁ、ルーシェ、とっても可愛いよ!」
にこにこと笑い、可愛いよと褒めてくれるミシェルにルーシェの顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。ルーシェはか細く震えた声でミシェルに言った。
「ありがとう。ミシェル・・・おにいさま。」
ミシェルは時が止まったように動かなくなった後、ルーシェを静かに抱きしめた。
ルーシェ・クラウン6歳。無謀にもミシェル・ハロルドに恋をした瞬間である。




