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 男子更衣室は実にむさ苦しい。剣術の授業ではいわゆる体操服に着替えなくてはならないため、更衣室があり、生徒一人ひとりにロッカーが支給されている。私は常に制服の下に体操服を着ているし、汚れた後も水魔法と風魔法の応用で洗濯および乾燥までするつもりなのでどこで着替えようが何の問題もない。魔法とは実に便利である。が、しかし、男子更衣室には男子しかいないため、男子は自ずと女子の話題で盛り上がる。


「ドルシェ嬢マジでかわいいよな。」

「バカ、あれは美しいの部類だろ。ヴァレンシア少公爵様が羨ましすぎるぜちくしょう。」

「いいよなー、あんなきれいな人と結婚できるなんて。」

「俺もこの学園でいい人見つけないとな―、じゃないと俺、10歳下の従姉妹と結婚させられるんだぜ。妹みたいなもんだし、さすがに申し訳なくてさ。」

「はぁ?俺なんてゴリラみたいな2コ上の伯爵令嬢だぞ!?あっちのが爵位が高いし、俺は一生奴隷のように顔色を伺って生きていくんだ・・・・・・。」

「親同士が勝手に決めた結婚なんて、絶対阻止してやる。」

「ああ。この学園が最後の砦だ。絶対運命の人と結ばれてやる!」


 多くの生徒がこのように愛の狩人として闘志を燃やしている。ルーシェは、なんだ、ヨハネスは私を変人扱いしたが、皆そのようなものではないか、と安堵する。


「いや、架空の恋人へのプレゼントで部屋埋めるのは、やりすぎだからな。」


 右上に顔を向けると、隣で着替えていたヨハネスがげんなりした顔でこちらを見ていた。


「いいじゃないか、少しだけ皆の先を行っているだけだ。」

「少しじゃねぇだろ。」

「まぁまぁ、くまのぬいぐるみやるから、もうちょっと待っててよ。」

「いらん。いいから早く片付けろ。俺の部屋でもあるんだぞ。」

「ねーねー、何話してるの。」


 ルーシェの視界がいきなり塞がれた。これはあれだ、後ろから手で目を隠し、私は誰でしょう?というお戯れだ。


「やぁ、シリル。もう着替え終わったのかい?」

「せいか―い。うふふ、声だけで私だとわかるなんて、ルーシェは私のことが大好きなんだね。」


 ふふふふふ、うふふふふふと爽やかな笑顔で笑い合うルーシェとシリルを見て、ヨハネスはキョトンとしている。


「なんだ?類友か?」


 暗に変人の友達は変人か?と聞いているのだ。


「一緒にしないでくれ!」


 思わず条件反射で答えてしまった。類友ではない、断じて。言うなれば、脅迫するものとされるものの関係である。


「おや?ルーシェと私は親友だろう?昨日お互いについて深く語り合った仲だというのに。」


 シリルがルーシェの肩に手を回し、顔を近づける。気がつけば、更衣室中の視線が二人に注がれていた。耳まで赤くなったルーシェは、身体を反転させるとシリルの肩を両手で掴み、距離を取った。


「授業が始まる!僕はもう行く!」


 待ってよー、とへらへらしたシリルが後ろについてくるが、振り返らず、ルーシェは運動場へ向かうのだった。


「そういえば、クラウンって見てるとなんかドキッとするよな。」

「わかる。同じ男なのに、女子と話してても憎めないっていうか。」

「俺、ノーマルだけど、クラウンならいけるかも。」

「おい、婚約者にボコされるぞ。」


 男子更衣室が妙な空気になっているのを、ヨハネスは苦々しい気持ちで見つめていた。




 剣術の授業が始まると、ペアで打ち合いの稽古をすることになった。


「なぁヨハネス。僕とペアを組んでくれないか。」


 教師の指示が出ると、ルーシェはすぐにヨハネスを誘った。


「えぇーーー、ルーシェは私と組んでくれるんじゃないのー?」


 後ろからシリルがひょっこり顔を出す。黙れ。王子に稽古をつけられるほど私は剣術に長けていないんだ。


「別に構わないのが、いいのか。」


 ヨハネスがルーシェの後ろにひっついているシリルに目を向けるが、ルーシェは動じない。ヨハネスはいずれ近衛騎士団長、カメリア王国一の剣士になる男だ。そんな強い相手を前に勝負を挑まないなんてことはできない。ルーシェはわくわくして目を輝かせた。


「僕は強くなりたい。ヨハネス、君に手合わせ願いたいんだ。」


 ルーシェはまっすぐにヨハネスを見上げる。ヨハネスはそれを静かに見返した後、ふっと微笑んだ。


「いいだろう。俺もお前の腕前に興味がある。」




「ルーシェー、頑張ってー!」

「こら。稽古に集中しろ。」


 隣で声援を送ってくるシリルが教師に怒られているが、ルーシェは今それどころではない。カーン、コーンと木刀同士が打ち合う音が響いている。はやい。目で追っていたら反応が間に合わない。全神経を集中させ、なんとか防戦ができている。ヒュンヒュンと風を切り裂く音にだんだんと平衡感覚が揺さぶられている気がする。まずい、このままでは反撃の一手もできぬまま負けてしまう。ルーシェが一歩後ろに引き下がると、ヨハネスが一気に間合いを詰め横に一振り入れて来た。カーン――。木刀折れるぞ!?ルーシェは身に危険を感じるとともに、今までヨハネスが力を加減していたことを悟り、羞恥と憤りに胸が締め付けられた。このままでは終われない。なんとしても!

 次の瞬間、ルーシェは迷うことなく跳んだ。ヨハネスの頭上を宙返りする大ジャンプ。重力を操る土魔法の応用だ。ルーシェはヨハネスの背中を狙って木刀を振りかぶる。

 カーン――。


「そこまで。」


 ルーシェの剣は、剣術の教師レオナルド先生によって止められていた。


「驚いた。今年の新入生はバケモノぞろいか。」


 なんだその少年漫画みたいなセリフは。いつの間にルーシェとヨハネスの間に入ったのか、レオナルド先生は肩で息をしているルーシェのおでこをこつんと叩いた。


「だめだろ、今は剣術の基本についてお勉強してるのに。上級魔法で実践演習しろなんて俺は指示してない。とばしすぎ。」


 怪我したらどうするつもりだとプンスカ怒られた。そうだった、ここは全国のお坊ちゃんお嬢さんが集まる学校。教師の管理監督の責任は重そうだ。先生に迷惑をかけてはならない。稽古に夢中ですっかり熱くなってしまった、面目ない。すみませんでした、と素直に謝るとレオナルド先生は案外けろっとしていた。


「ま、次からは気をつけろよ。おい、ケイトナー大丈夫か?」


 ヨハネスに目を向けると、なんだか放心しているようだった。先生はにやりと笑うとヨハネスとなにか話をし、他の生徒への指導へ戻った。




「ルーシェ!格好良かったー!」


後ろからシリルが抱きついてくる。かなり上機嫌のご様子だ。


「汗かいてるから離れてください。」

「おや?敬語はなしのはずだろ?はい、ペナルティー。」


 右耳を噛まれた。ぞぞぞっと鳥肌が立つ。ルーシェはギギギギギィと音がしそうな動きでシリルを振り返ると、胡散臭い笑顔でこちらを見つめる金の瞳に哀愁が漂っているのを見つけて混乱した。


「どうしたシリル?」

「うん?ルーシェは私の友達なのに、なんだか寂しいなぁって。」


 聞いたところで何を言っているのかよくわからなかったルーシェは、考えることを放棄した。その様子を眺めていたシリルがルーシェの耳元でそっとつぶやく。


「ねぇ、ウォンバット王国で私専属の近衛騎士にならない?」

「いやだ。」


 条件反射で返答したルーシェに悪気は一切ない。


「パワハラもセクハラもない上司がいい。」

「ん?聞こえなかった。ルーシェ、もう一度言って。」


おっといけない、心の声が漏れていたようだ。ルーシェはすぐさま切り替える。


「さぁシリル、待たせたね。僕と手合わせしようじゃないか。」


 いつもの爽やかな笑顔で迫ると、今度はシリルの顔が引きつった。


「お手柔らかにお願いするよ。私は肉体派じゃあないんだ。」


 王族だろうがなんだろうが関係ない。ルーシェは今、無性に剣を振りたくて仕方がないのだ。自称友達なら、この高ぶった気持ちに付き合ってもらおうではないか。ルーシェのギラギラした瞳を見て、シリルは苦笑いをこぼした。

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