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翌日、教室へ来たヨハネスは右手で自分の額を抑えた。
アドミニカ学園へ入学し、ルームメイトになった男と言い合いになったのが昨日のこと。その理由も、まだ見もしない最愛の人とやらへの贈り物で部屋を埋めるという驚くべき奇行。言い返せないと踏むや逃げ出す始末。今朝ヨハネスが起きると、すでにその男の姿はなく、まだ逃げるつもりかと半ば呆れていた。
その男――ルーシェ・クラウンが朝から女子生徒を口説いて回っている。手には昨日寮で見かけたお菓子を持って。本当に変わった男だ。昨日は教室で眠りこけていたくせに、今日は俊敏に動き回り、口説き、菓子を配って回っている。よく見ると男子にも菓子を配っては笑顔を振りまいている。何がしたいんだあいつは。
「やぁヨハネス。昨日は良く眠れたみたいだね。はい、これあげる。僕からのプレゼント!君は邪魔だなんて言ってたけど、これ、本当に美味しくて僕のおすすめなんだ。君にどうしても食べてもらいたくて。」
そう言ってヨハネスの左手を両手で包み、先程から皆に配っているクッキーの入った袋を握り込ませた。
「それと、その、昨日はいなくなっちゃってごめんな。これ、ヨハネスにだけ。とっておきのチョコレート!みんなには内緒だよ?」
上目遣いでこちらの様子を伺いながら追加でポケットから取り出したそれを重ねて握り込ませたそいつは、二ッと笑って去っていった。
自分の席に深く座り込んだ俺は、静かにため息をついた。別にお菓子が嫌いなわけではない。甘いものを自分で買うことはないが、出されたものは食べる。
昨日後ろの席で眠りこけているあいつを見てサラサラと流れるプラチナブロンドが太陽の光に当たってきれいだなと思った。目を覚ました後、ぼんやりとこちらを見つめる紅桔梗の瞳が不思議な魅力を放っていて、只者ではないと感じていた。女みたいな名前に華奢な体つきだが、あいつは強い。寮の部屋にもくだらない贈り物に混ざって使い込まれた武器と上級者向けの魔術書が置かれていた。いったい森で何の特訓をしていたんだかは謎だが、クラウン侯爵家には高位魔術の使い手が多数存在するというのは伊達じゃないようだ。魔術には人の心を揺さぶるものでもあるんだろうか。あの瞳に吸い寄せられたら、俺は自分を見失う気がする。
今も教室に入ってきたクラスメイトに愛想を振る舞い続けているあいつの魂胆などわかりたくもないが、気を抜けばまんまと懐柔されてしまいそうだ。変なもの入ってないよな?と渡されたクッキーをじっと睨みつけながら、チョコレートと一緒に鞄にしまった。
「明日から通常授業が始まる。剣術の授業では着替えを忘れずに持っていくように。」
自己紹介やオリエンテーションなど一通りの説明を受けて今日の日課は終わった。まだ昼を少し過ぎた程度の時間だ。
「ねぇクラウン君。一緒に食堂へ行かない?」
声をかけてくれた方へ振り向くと、そこにいたのは今朝口説いて回っていた女子たちではなく、爽やかな笑顔の似合う男だった。クリーム色のふわふわ天然パーマ頭のこの男は、色白でありながらしっかりと鍛えられた細マッチョだ。名前はシリル・ボンテッド。養子に迎えられた子爵家の長男だと言っていたが、どうにも私には見覚えがあるような気がしてならない。確か乙女ゲームで金眼は聖なる力の象徴だったから、ヒロインと同じ光魔法の使い手かなとも考えたが、それならヒロインが重宝される理由がない。そもそも名前が合ってる気がしない。おそらく偽名だ。うーん、ミシェル先生のイベント台詞なら暗記してるんだけどなー。なんだっけー誰だっけ―とうんうん唸っているとシリルが興味深そうに目を細めた。やばい、ロックオンされたか。男は私の肩に手を置きそっと顔を近づける。
「ねぇ、無視?悲しいなぁ、私は君ととっても仲良くなりたいと思っているのに。ね、行こうよ食堂。ルーシェちゃん?」
ぞわっと鳥肌が立ち男の顔を見つめると、爽やかな笑顔の男の金眼はやっぱり笑っていなかった。なんだか個性の強そうなキャラクターに絡まれてしまったが、同じクラスなら避けようがない。なぜ私が女性だと気づいたのかはわからないが、なにか特殊能力でもあるに違いない。思い出すまでガンガン情報を搾り取ってやると開き直り、ルーシェは一歩前へ出た。
「嬉しいな、シリル君から声をかけてくれるなんて。ふふっ、僕もシリル君に聞きたいことがあったんだよね、色々と。さ、行こうか。」
何を考えているか知らないが受けて立ってやる。こちらも王子様のようににこやかに微笑みシリルの隣に並ぶと、近くで女子たちの黄色い歓声が聞こえた。
ヨハネスがこちらを見ていたようだが今は無視だ。シリルとは一度二人で話しておいたほうがいいだろう。
「で?なんで僕が女性だってわかったの?」
食堂の角席でルーシェは周りを注意しつつ声を潜めて尋ねた。
「おや?随分と潔く認めちゃうんだね。いいの?バレても。」
「だって君はなにか確信を持ってるんだろう?さっきの。」
「あはは、君は自分のことがバレるよりも私のことが気になるの?」
ふふふ、あはははと今度は胡散臭くなく思わずといった様子で笑うシリルになんだか毒気を抜かれてしまう。
「シリル・ボンテッド君だったっけ、君の名前。ねぇ、それって本当に君の本名?」
我ながらど直球に聞いてみると、シリルは腹を抱えて笑い転げた。椅子から崩れ落ちかけるほどに。
「君はっ、駆け引きって言葉を知らないのかい?危ないなぁ、私がどこの誰かもわからないのにそんな雑な探りを入れて。命知らずもいいところだよ。」
どうやら高い身分のお人らしい。笑いのツボはよくわからないが、シリルの顔は攻略対象のように格好良く、笑うと周りの空気がキラキラと輝いているように見える。うん?攻略対象?そこまで考え、あっと思わず声をあげた。
「マジカルに恋して」のファンディスクには隣国の王子が先輩キャラクターとして攻略対象になっていると、前世の友達がドハマリしていた。顔や性格が友達のドタイプだったらしい。ミシェル先生推しの私は、先生関連の追加エピソードのないファンディスクには結局手つかずのままだったのだ。友だちの話によると、攻略対象といってもヒロインと結ばれるわけではなく、王子のエピソードが聞けるだけといっていた。そんなサブキャラクターがこの彼か。
「私が誰だか当ててごらん?そうしたら、君のことも考えてあげる。」
にこにことこちらを見ているシリルにこれはまずいかもと顔が青くなってくる。
さっきから私、隣国の王子にえらい舐めた態度とってたぞー、これはストーリー開始前にまさかのバッドエンドか。ああ、私の人生終わった。目の前のオムライス定食が最後の晩餐だなんて笑えない。こんなことなら話す前に食べきっておけばよかった。
思考がだんだんオムライス寄りになってきたところで、私は席を外し、王子に向き直る。
「先程までの無礼、大変失礼いたしました。ウォンバット王国第3王子シリル・リ・ウォンバット殿下。」
その場で跪こうとしたところで、シリルが私の腕を掴み、引き寄せた。
「驚いた。本当に当てるだなんて。ねぇ、私達お互いの秘密を共有するお友達にならない?君がなぜ男装して学園にいるのかも興味がある。」
私に拒否権はないのだろう。有無を言わさぬ視線に私は力なくうなずいた。
「そうそう敬語もなしだよ。私の正体を知っているのはこの学園でルーシェだけだからね。」
王族にタメ口。なんてストレスだ。パワハラだ横暴だと内心で毒づきながら、私は遠くの景色を眺めていた。
「あぁ、楽しみだなぁ。ルーシェはきっと私を楽しませてくれるだろうね。私達この学園で一番の親友を目指してみない?」
お花畑野郎、きっと友達が少ないタイプだなと冷静になってきた頭で分析し、私はこの茶番に乗ってやる代わりに、ふてくされた心を隠しもせずにオムライスを貪り続けた。




