2時22分に自分の名前を検索すると3年後の姿を見ることが出来る。が、もし何も出てこなかったら⋯⋯
深夜2時22分に自分の名前を検索すると、3年後の自分の写真が表示される。
3年。人によってはあっという間かもしれないが、高校生の俺には長く、そして大事な年月だ。俺は来年、受験を控えている。
3年後の俺は元気にやれているだろうか。ちゃんと生活出来ているだろうか。背景はどうなっているだろうか。ひとり暮らしのアパートなんかになっているのだろうか。
もしかしたら、左手の薬指に指輪があるかもしれないな。なんて。
あと1分だ。緊張してきたな。金髪とかになってたらどうしよう。大学デビュー決めちゃってんのかな。ピアスとか開けてたりして。タトゥー入ってたら最悪だな。
時間だ。
『半熟涙野 魔殺虎』
検索窓に名前を入れる。
何も出てこない。画像はおろか、小中高と特に目立った活躍もしてこなかった俺の名前の書かれたページなどどこにもなかった。
ハッ、眉唾かよ。
緊張していたのが馬鹿らしく思えてきた。さっさと塩で歯磨いて寝よう。
翌日、俺は学校で信じられないものを目にした。友人の韮鮪チャンが「見てくれよ」とスマホの画面を見せてきたのだ。
そこには黒いスーツに身を包んだオールバックの韮鮪チャンの姿があった。
「これってもしかして⋯⋯」
2時22分のあれなのではないか。
「そうそう、昨日話してたやつ! 3年後こうなるみたいだわ! お前は?」
あの噂、デマじゃなかったのか! ならなぜ俺の写真はないんだ? どういうことだ?
「マサ、もしかして⋯⋯」
「ああ、何も出てこなかったよ」
俺がそう言うと、韮鮪チャンは深刻な顔をして黙ってしまった。
「韮鮪チャン、何か知ってるのか?」
気になった俺は押し黙る韮鮪チャンに無理やり詰め寄った。何を言おうとしているのかはなんとなく分かる。3年後の写真が出てこないということはつまり⋯⋯
「3年後に、この世に居ないってことなんだ⋯⋯」
韮鮪チャンが申し訳なさそうに言った。
「ごめんマサ! 昨日俺が面白半分でこの話をしたばっかりに⋯⋯! 本当にごめん!」
ショックを受けていた俺は、韮鮪チャンの声を微かにしか認識出来なかった。
「何かの間違いってこともある! もう1回見てみないか! 俺ももう1回やってみる!」
こうして俺たちはまた儀式をすることになった。2時10分に近所の墓に集合だそうだ。どんな神経してるんだ、韮鮪チャン。
「おっすマサ! 早かったな! つっても俺は0時からいるけどな!」
現在2時9分。墓に行くと韮鮪チャンが迎えてくれた。こいつ怖。テンションもリセットされてるし、怖い以外の言葉が出ない。
「お前名前長いからさ、文字打ってから検索するまでの間に23分になったんじゃないかと思ったんだよ」
なるほど、確かにそうかもしれない。
「だからあらかじめ名前だけ打ち込んでおいて、すぐに検索出来るようにしておこう」
韮鮪チャンのアドバイスを受け、俺は名前を打ち込んだ。韮鮪チャンのスマホを見てみる。
『韮鮪チャン 桃藻吽』
ちゃんとフルネームを打ち込んである。実は少し疑っていたのだ。俺を驚かせるためにあのオールバックの写真を用意して撮って、この儀式で出たことにしたのではないかと思ったのだ。
2時22分だ。俺は恐る恐る検索ボタンを押した。
出てこない。終わった。完全に終わりだ。どのタイミングで死ぬのかは分からないが、出来れば交通事故とかはやめて欲しいな。とはいえどんな死に方をするのかなど分かるはずもないので、毎日怯えて過ごさなければならないだろう。俺の青春はもう終わったんだ。
そういえば、韮鮪チャンはどうなったんだろうか。俺はニラマのスマホに目をやった。
何も出てきていない。どういうことだ? やはり嘘だったのか? 学校での話はやっぱり全部嘘で、今からネタばらしするのか? もしそうでも怒らないぞ! だって生きられるって分かったら嬉しいもん!
希望が見えて来た俺はウキウキしながら韮鮪チャンの顔を見た。
固まっていた。
スマホの画面を見つめながら「嘘だ、嘘だ」
と耳をすまさなければ聞こえないほどの小さな声で呟いている。ドッキリじゃないのかよ。
「3年後の昨日の2時22分から、ちょうど3年後の今の時間までに俺は死ぬってことじゃないか」
なんて運が悪いんだ、ニラマ⋯⋯
よりにもよってこんなドンピシャな⋯⋯
って言っても俺の方が先に死ぬじゃん! 嫌だ! 死にたくねぇよぉー!
それから韮鮪チャンは抜け殻のようだった。俺もいつ死ぬか分からないのでビクビクしながら過ごしていたが、よく考えたら元々人間はいつ死ぬか分からないので、あまり怖がる必要もないのではと思い始めていた。
韮鮪チャンは日に日に痩せていった。そんな彼を見ていたせいか、俺も数キロ痩せてしまった。
3年以内に確実に訪れる死。この時間をどう使うべきか。韮鮪チャンとは違い俺はいつ死ぬか分からないので、計画を立てて遊び尽くすなんていうのは無理だろう。やはり今出来ることを全力でやって楽しむことしか出来ないのだろうか。そうだ、そうするしかないんだ!
決心した俺はそれからもりもり食べるようになり、体重を取り戻していった。肥えてゆく俺とは対照的に、韮鮪チャンはどんどん痩せていった。
大学受験は2人とも難なくパスし、俺たちは同じ大学に行くことになった。その頃には韮鮪チャンはほとんど骨と皮だけになっていた。俺はちょっと太っていた。
高校の頃に夢見ていた通りの煌びやかな大学生活に、俺は危機感を覚えた。
あと15キロくらいは痩せないと彼女無しのまま死んでしまう!
俺は1日に800km走り、腹筋を8000回した。おかげで俺は半年で金棒のようなふくらはぎと銃弾をも防ぐ腹筋を手に入れた。
韮鮪チャンは相変わらずガリガリで、授業中はいつも虚空を見つめていた。あの日見た写真とは似ても似つかない風貌になっていた。
大学に入ってから9ヶ月、あの日から2年半が過ぎた頃だった。ついに俺に彼女が出来た。ゼミで一緒だった子に告白されたのだ。
それから俺は幸せだった。人生で最高の日々だった。最期に人を愛する喜びを知れてよかった。もう思い残すことはない。俺はもう、いつでも死ねる。ただ、彼女や家族には本当に申し訳ないと思っている。どうか先立つ不幸をお許しください⋯⋯
「ええっ!? 長くて余命1ヶ月!? そんな、そんな⋯⋯!」
彼女に打ち明けた。覚悟は決めていたつもりだったが、号泣する彼女を見ていると俺も死ぬのが怖くなってしまい、2人で一晩中ラブホでわんわんと泣いてしまった。
まだ付き合って日の浅い彼女ですらこうなのに、家族にはなんと言ったらよいものか。親不孝にも程があるよな⋯⋯
結局言えずに30日が過ぎた。あと1日だ。俺は運がいい。あの日がちょうど命日だったんだな。もしあの日の前日に見ていたら、今の俺の姿が写っていて、死を意識することなどなかっただろう。
本当に運が良かった。あの日のおかげで俺は今日まで全力で生きることが出来た。家族にも彼女にも伝えきれないほど感謝している。
さすがに明日死ぬのなら、学校は休んで家族といるべきだよな。急に言ったらショックで倒れたりしないかな、母さん。父さんも大丈夫かな。息子が死ぬってどんなものなんだろうか。
そんなことを考えていると、自然に涙が出てきた。俺はなんて親不孝者なんだ⋯⋯! 誰とも離れたくないのに⋯⋯! なんで俺なんだ! クソッ! クソッ⋯⋯!
「テッテレ〜!」
夕方の教室で1人で泣いていた俺のもとに韮鮪チャンがやってきた。
「ドッキリ、大成功!」
⋯⋯えっ?
「いやー、壮大なドッキリを仕掛けちまったなぁ。ごめんなマサ!」
ドッキリ⋯⋯? なにが? どれが? もしかしてこの3年間のこと? そんなことある?
「韮鮪チャン、もしかして2時22分に検索するやつの話してる?」
「そうそう! それがドッキリだったの!」
何が何だか分からない。実際韮鮪チャンはこんなにもやつれているではないか。
「いやーキツかったね。ドッキリのためにここまでしたのは人生初だったよ。おかげでこんなにガリガリになっちゃったよ」
なんだこいつ。怖。
「なんでそこまでするんだよ!」
理解出来なかった。3年もかけて、こんなガリガリになって、そこまでしてドッキリをしたかったのか?
「フフ⋯⋯ハハハ、ハーッハッハッハ!」
韮鮪チャンは突然笑い出した。明らかに笑うタイミングじゃないだろ。
「お前に復讐するために決まってるだろ!」
復讐だと?
「俺がお前に何したっていうんだよ!」
1ミリも身に覚えがなかった。中高と韮鮪チャンとは親友として過ごしてきたはずだ。大学生になってからはあまり話さなくなったが、それでも恨まれるようなことはしていないし、ドッキリは3年前から始まっていたのだから、もし大学で恨みを買っていたとしても関係ないはずだ。
「忘れもしねぇよ。あの日の前日だ」
あの日の前日。なんてことのない普通の日だったはずだ。普通に授業受けて普通に一緒に弁当食って、帰りに例の儀式のやり方を聞いて、俺が恨まれる理由などないはずだ。
「あの日の昼、お前の唾が俺の弁当に2滴飛んできたんだ。賭け麻雀の話に夢中になったお前はとんでもない大声で喋ってたよなぁ。あんな大声なら唾が飛ぶって分かってたはずなのに」
唾を2滴飛ばされたから復讐をしているというのか。
「俺もだが、先生もかなり怒ってたんだぞ。お前のあの超うるさい超音波のせいで学校の窓全部割れたらしいからな」
そんなうるさくしたっけか。
「とにかく俺はお前に恨みがあったんだ。だから3年間本気でドッキリをしてきた。どうだった? いつ死ぬか分からない中で生きた3年間は」
「もともと人はいつ死ぬか分からないものだから、そんなに怖くなかったぞ。それどころか、有意義に過ごせたと思う。逆にお礼を言いたいくらいだ」
「えっ」
韮鮪チャンは口を半分開け、ぽかんとしている。演技ではなさそうだ。
「体も引き締まってるし、彼女も出来たし、勉強も全力で取り組んでたから良い評価貰ってるし」
「じゃあ、俺が今までやってきたことって⋯⋯」
床に膝と手をつく韮鮪チャン。ヘタこいたのポーズだ。
「無駄じゃないぞ。俺はお前のおかげで成長出来た。お前のドッキリがなかったら俺は人生を見つめ直すことなんてしなかったと思うんだ。ありがとう。唾のことは悪かった、当時は全然気が付かなかったんだ。どうだ? もう1度やり直さないか?」
「ああ⋯⋯ありがとう!」
韮鮪チャンは泣きながら俺の手を握った。俺も握り返した。
次の日、韮鮪チャンは授業中に突然意識を失って倒れ、救急搬送された。そしてその翌日、午前2時22分に息を引き取ったそうだ。栄養が足りていなかったせいで餓死したのだと聞かされている。3年間病院も行かずにドッキリに専念してたんだろうな、韮鮪チャン⋯⋯
その日の夕方、俺は彼女である馬場尿 塗絵とともに韮鮪チャンのお通夜に出た。
遺影にはちょうど3年前のあの日に見た写真が使われていた。彼も今のガリガリの姿より、あの頃の写真のほうが良いと天国で言っていることだろう。
俺は霊や呪いなどは信じていなかったのだが、韮鮪チャンがあの日からちょうど3年経った今日亡くなったことで少し信じかけていた。彼の死も餓死ではなく、スピリチュアル死なのではないか、そう思った時だった。
ドカーン!
韮鮪チャンの遺体が大爆発を起こしたのだ。大爆発は周りの建物ごと斎場を吹き飛ばし、参列していた関係者は全員骨と灰になった。もちろん俺も例外ではない。
感想待ってるぜ!