バーミリアの禁忌
ちょうど七人ぴったりですね。
皇都から外れた貧民街のここ、元炊き出し場の空き地に子どもたちが集まって囲っています。
「先生ー。今日は何を教えてくれるんですか?」
「はいはーい。しばしお待ちを」
この場所でときどき、仕事ついでの試作改良を行っていると興味を持った子どもたちが訊ねて来ました。
適当にあしらっていると、いつの間にか勝手に先生と慕われてしまったのです。
そう呼ばれるのは決して悪い気はしませんが、的確な表現とは言い難いのが心苦しいです。なんせ証明する物品は一切ない訳ですから。
ちなみに。正式にはバーミリアという名前があるのですが、成人を過ぎてからは、わざわざ公然と名乗ることはなくなりましたね。
必要がなくなったとも言えますが、不都合が生じるから言えないといった所ですかね。いずれにせよ大した過去ではないですから、それはいいでしょう。
「先生まだー」
「お腹空いたー」
「ねえねえ見て、ムクムクドリのモノマネ」
「似てなーい」
おっと、子どもたちは痺れを切らしているようですね。これは急がないといけません。
今日は先生特製の楽しく尚且つ楽々な実験です。
可燃性のゴリンの実を用いた、手作りファイアボールをみんなで作って飛ばしたいと思います。
魔法使いの気分を味わって貰うのです。
この国では人気の役職ですしね。
それにしても、準備の最中に子どもたちを一瞥しましたが、本当に自由ですね。
このような時期が誰にでもあるのかと思うと不思議でなりません。
もう。どう足掻いても手に入ることはないのですが、年齢を重ねるにつれ惜しくなるものですね、こういうのは。
「……」
装いも若かりし頃の、後先考えないで可愛さと露出に全精力を注いでいたのが懐かしいです。
今では似非シスターの無難で地味な、ある意味清潔といえる格好のことが多いですね。別に祈りを捧げる相手なんていないのですが、白い目で見られることはなくなりましたかね、良い兆候です。
うんうん、準備も完了。
「はーい。今日の実験を始める前に誰か来たのか確認を取りたいと思います。じゃあ左の子から順番にお願いします」
子どもたちは威勢よく手を挙げています。
最初は左の子だけで良かったのですけど、微笑ましいのでまあいいでしょう。
「……」
「……おや?」
どうしたのでしょうか。
指名した左の子は沈黙を貫いているのです。
可愛らしい丸顔で銀髪の、フリルがミルフィーユのように重なるワンピースを着た女の子ですかね。
「……」
よくよく見れば、今日が初めての子のようです。
これは指名した相手を間違えました。
他の子は……以前に来た子ばかりですね。
「あ、ごめんなさい。初めての子に振るべきではありませんでしたね」
「先生ー、俺からでいいよ」
右側の男の子から助け舟を貰ってしました。
確かお名前はアルビーくんでしたね。
先生としての配慮が足らず、申し訳ないです。
「俺の名前はアルビー。先生の一番弟子だ――」
「――ちょっと、一番弟子は私だって言ったでしょ」
「モノマネ、ムクムクドリの墜落」
「似てなーい」
弟子を取ったつもりはないんですけどね。
まあ裏を返せば、それだけ慕われているということなのでしょうか。焼きが回ったものです。
「はいはい。次の子お願いします」
そう言うと、七人の子どもたちが右から順番に名前を述べていきます。
自称一番弟子のアルビーくん。
同じく自称一番弟子のシモーネさん。
すぐに急かすマックスくん。
ムクムクドリモノマネのハロルドくん。
似てなーいのテイラーくん。
汽車に乗ったことがないトーマスくん。
そして初めて来たジェミニさん。
みんな大体十歳前後といった所でしょうか。若いですね。お肌の艶が羨ましいです。
約二十年も経過したら、良く言えば引き締まり、悪く言えば弾力が無くなってしまうのです。
……見惚れている場合ではありませんでした。
「はい。みんな、今日は来てくれてありがとう。
それでは、これから私がゴリンの実を配っていきます。が、少量の毒素があるので勝手に食べたり、すぐに火が付くので私が指示するまで摩擦を起こさないようにね」
「「「「「「はーーーーーーいっ!」」」」」」
「……」
元気な返事です。無邪気でよろしいですね。
ジェミニさんがまだこのテンションについて来れていないようですが、隣のトーマスくんには懐いている様子なので孤立することはないでしょう。
そうしてみんなにゴリンの実を手渡していきます。
そのゴリンの実は、真っ赤な果皮が炎のように覆っている、この辺りではよくある果樹の実です。
王都に住んでいた頃には武具の一つとして重宝されていましたが、可燃性処理を施せば毒素が消失して、瑞々しく甘いスイーツに様変わりする優れものなのです。
現在の住処に幾らかストックしていますね。
主に食後のお楽しみです。
残念ながらサイズはバラバラなのですが、性質に変化はないので、ランダムで手元に乗せました。
「先生ーお腹空いたー」
「テイラーくん。これはまだ処理が済んでいない物なのでダメですよ。ですが、この実験の後でちゃんと処理したゴリンの実を用意しています」
「ほんと?」
「本当です。みんなで食べましょうね」
笑顔で応対します。
おやおや、子どもたちの表情が輝いていますね。
みんな色気より食い気が盛んな様子です。
そもそもこの実験に興味がないのかもしれません。
まあどちらでもいいのです。ちょっとだけ付き合って貰え、きっかけになればそれでいいと思うのです。
……今の考えは本物の先生のようで面映いですね。
「そうですね……最初はトーマスくんにお願いしようと思います」
「はい」
無作為に選んだように見えますが、勿論これは作為的です。
どうやらトーマスくんがジェミニさんを連れて来たみたいなので、お手本として晒すことで、この授業に溶け込みやすくする魂胆なのです。
エゴイズムな性格は生まれつきなので悪しからず。
おっと。かりそめの先生とはいえ、進行を滞らせる訳にはいきません。
「では、トーマスくんにもしものことが起こっても大丈夫なように、防御膜を掛けておきます」
ブルーベールにトーマスくんが包まれます。
これを付与した者は、外部からの炸裂を吸収して無効化することが可能です。
注意点としては内部からは守れないので、体内で炸裂した場合、大怪我をすることになるでしょう。
ちょっと小細工を仕込んでいますが、これで安心安全です。
「はーい準備万端です。さあトーマスくん、ゴリンの実を擦ってみて下さい」
「は、はい……」
トーマスくんは慎重に擦り……いえ、ただ撫でているようにですね。
流石は貧民街の子と言うべきでしょうか、危険性を理解しているため恐れを成しているみたいです。
これは助言が必要ですね。
「なかなか点きませんね」
「はい……」
「ちなみに私は幼少期、ゴリンの実を誤って炸裂させたことがあるのですよ」
「えっ……」
子どもの絶句は素直ですね。
「ですが、こうして生きています。トーマスくんには庇護もあるから大丈夫ですよ」
「……はい!」
勇ましい返事です。どこか凛々しさもありますね。
しかし、このエピソードトークは嘘八百です。
まあ、優しいそれも存在しますよね、きっと。
そうしてすぐ、トーマスくんのゴリンの実が発火しました。
「先生、点いたー」
「素晴らしいです」
「これからどうしたらいいですか?」
「そうですね。まず、魔法使いが放つファイアボールをイメージをしてみましょうかね」
イメージは万に通じます。
子どもであれ、魔法使いであれ。
皇国民であれ、貧民であれ不変です。
彼ら彼女らがどんな成長を遂げるのか分かりません。
未来予知はこの世界で確認されていないのです。
しかし、想像は可能です。
正確にでも朧げでも、その素質が全く無ければ生業はおろか日常を送ることすらも出来ないでしょう。
ここの子どもたちは、それを知る機会に乏しい。
装いからしてジェミニさんは皇国民かもしれませんが、他の子は薄汚れたシャツとズボンに素足と、日々苦労しているのが見て取れます。
貧富の差は金銭以外にも差別が生まれますから。
……なんて。元皇国の第一皇女が公然で述べても相手にはされないでしょうけどね。
「先生ーこれでいい?」
「……どれどれ」
ゴリンの実の纏い火が螺旋状に連なり、円形になぞったリングを構築しています。
なるほど。トーマスくんのファイアボールのイメージはこうなるのですね。
「随分と独特な形状ですが、ファイアボールと称してもいい出来でしょう。合格です」
「よっしっ!」
普通に球体だったり、分散させたり、大きさが異なったりと、魔法とは気質や趣向が露わになるものなのです。
千差万別というやつですね。
みんな違って、みんな良いのです。
「では、みんなも私のブルーベールを付与したのち、ファイアボールを作りましょう」
「「「「「「「はーーーーーーーい!」」」」」」」
相変わらず元気な返事です。
おや、無言の子はいないようですね。
大人しい子かと思いましたが、見た目とは違い活発な子だったみたいです。
そうして子どもたちはブルーベールを掛けてすぐ、ファイアボールを作り始めました。
「先生どうよ! めっちゃ綺麗」
「立派な球体です。ただ、ゴリンの実のサイズからは小さくなってしまっているみたいですね」
アルビーくんは以外と几帳面なようです。
「完成! 今からムクムクドリを探して戦ってもいいですか?」
「……ムクムクドリは希少種なのですから、他の大人に怒られてしまうので辞めましょう。
それにムクムクドリがいなくなると、ハロルドくんのモノマネも伝わらなくなりますよ?」
「元々似てなーいじゃん」
「そうですか? 私は特徴を掴んでると思いますよ?」
ハロルドくんのは鋭利な形状で、テイラーくんは平べったくなっていますね。
シモーネさんとマックスくんは苦戦中のようです。
向き不向きがありますから個人差は仕方ないですね、気長に待ちましょう。
ちなみにこれは、子どもたちが魔法を扱えている訳ではありません。
ゴリンの実の性質と、ブルーベールの副反応が織り成す魔法擬きです。
ですが素養は誰にでもある。
仮にこの中から本物の魔法使いが生まれたとしても、なんら不思議ではありません。
「先生ー!」
「あ、はいはい」
ジェミニさんが手招いています。
そういえば、初めて先生と呼んでくれましたね。
なんだかとても気分が良いです。
「ファイアボールってなんですか?」
「……えっ?」
「あと、ブルーベールは何かのおまじないでしょうか?」
「あ……今から説明しますね」
これは魔法使いという役職そのものを知らない様子ですね。どちらも初歩的な魔法の一種なので、そう結論付けるしかありません。
概念の説明となると、一日で終わるかどうかも分からないですね、困りました。
「先生ーお腹空きました」
「あ……そろそろ良い頃合いですね。
説明不足でごめんなさいジェミニさん。また来てくれますかね?」
「はい、是非!」
「では、その時に詳しく教えますね」
効率の良い教授を考えておかないといけませんね。
しかし、どこから来た子なんでしょう。
もしかしたら別国の子かもしれませんね。
そうして可燃性処理を施したゴリンの実を三日月型に切り分けると、八人で均等に分け合いました。
子どもたち七人だと、やはり丁度いいですね。
心なしか甘味が強くなった気もします。
しばらくして陽が落ちて行きます。
子どもたちは帰る時間みたいです。
「先生ーまたねー!」
「はい」
そよ風の音色が大きく感じます。
きっと、騒々しさが足りないのですね。
もぬけの殻になった空き地を眺めます。
こんなにも広がったでしょうか。以外と気が付かないものですね。
優雅に飛ぶ鳥が気楽そうです。
「あ、ムクムクドリですね」
元々この貧民街には生息したいなかった鳥類です。
皇族に仕える、由緒ある古鳥ですからね。
禁忌を犯して勘当された皇女がいなければ、一生ここで暮らすことはなかったでしょう。
巻き込まれたムクムクドリが不幸か否か、当事者しか分かりませんね。
そんなことを考えていると、一つの感情を覚えました。とても些細なものではありますが、胸につっかえています。
「そうですか。私は今、寂しいんですね」
呼ばれるだけでちゃんとした先生じゃないですが、少なくとも正統な第一皇女よりは思い入れのある立場のようです。
貧民街の人々と交流を深める。
その皇族代々の禁忌を破ったのは、間違いではありませんでした。
「ふふっ」
さてさて、次はどんな実験をしましょうかね。