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第83話 チャンスがあったら

 ――ルーファスにこの話が通じているとしたら、彼はどう動くだろうか。


 何も知らなかったことにするか?

 それとも、この場に駆けつけてオルコット公爵を拘束し、どこかに投獄して事件をもみ消す?

 もしくは、事件を公表してオルコット公爵を公共の場で断罪する?


 ――公にしそうだな。


 あの真面目そうな男は、馬鹿正直にそういうことをしそうな気がする。この会話を聞いてすぐにこの屋敷に向かうかもしれない。それこそ、王都の魔術師団だか何だかを引き連れて、大捕り物にする可能性だって否定できない。そうなったら魔女である俺たちがこの場にいるのも問題だ。どこからどう見ても、俺たちだってオルコット公爵と同じ穴の狢なのだ。


 だが結局のところ、ルーファスがどう動こうとも、俺たちがすべき行動は決まっている。ヴァレンタインが欲しがっている魔道具を手土産にして、この場から逃げ出す。俺たちはこの事件に関わっていなかった……と装うのはもう無理だが、ヴァレンタインたちだけは先に逃がしておかないと厄介なことになる。

 では、俺はどうするか。 


「……だが、そう簡単に信用はできん」

 オルコット公爵は全く表情を動かさないまま、それなのに何の前兆も感じさせず、魔術を使ったようだった。俺の背後で息を呑む気配と、ヴァレンタインが鋭い声を発するのが同時だった。


 ――まあ、そうなるだろうな、というのが俺の正直な感想だ。


「その女は何の魔力も感じないから人質に使える。余計な動きを見せたら覚悟するといい」

 酷薄なだけの瞳で俺たちを見回したオルコット公爵は、喉元に手を当てて苦し気な呼吸を繰り返しているイリヤの上でその視線をとめた。

 そしてヴァレンタインの双眸が殺意の炎を灯すのも、誰もが気づいたと思う。俺はさりげなく彼らの方に歩み寄り、悔し気にオルコット公爵を睨むイリヤの肩に触れた。俺がイリヤの首の周りに目をやると、魔術式が赤い文字で書かれているようだった。

「……呼吸、苦しい」

 必死に声を絞り出しているイリヤの喉に手を伸ばし、俺は『わざと』解除できないと知りつつ自分の魔力をその魔術式にぶつけてみた。ルーファスへの通信を切断するための行為だ。必要なことだけは伝わっただろうし、これ以上、彼にこちらの情報が筒抜けになるのも困る。

 火花のようなものが飛び散って、俺の魔力が跳ね飛ばされたのを目の端に確認しながら、オルコット公爵の方へ目をやった。

「逃げませんから、少しは術を弱めてくれませんか? 彼女たちは我々の協力者なんですよ」

「協力者?」

「魔道具制作に関する研究です」

 俺はまたイリヤに視線を戻す。そして、何か行動を起こしてしまいそうなヴァレンタインを目で制した。

「正直、公爵が何を考えていようがどうでもいいですが、貴重な研究材料を壊されたら困るんです。せっかくジャスティーン・オルコットに取り入ってここに侵入できたのに」

 そこで少しだけ、ヴァレンタインの双眸に怪訝そうな色が浮かんだように見えた。さっきまでオルコット公爵だけを睨みつけていた彼の視線が、俺に向けられている。

 だが結局、イリヤの喉に絡みついた魔術は弱められることがなかった。

 まあ、仕方ない。

「何も言わず、大人しく人質になっていてくれ」

 俺は囁くように彼に言った。「ここは俺が何とか上手くやるから」

 その時の俺はオルコット公爵に背中を向けていたから、こちらの表情は見えなかっただろう。でも、自分の表情が険しくなっているだろうことは予想ができた。


 自分でも意外だったのだけれど。


 オルコット公爵がジャスティーンを『素材』にすると言ったことに、俺は随分と苛立っていたらしい。こんな風に誰かのために怒りを覚えるというのが――自分が覚えている限り初めてで、腹の奥に渦巻くような感覚を持て余していた。

 その感覚を消すためには――。


 ルーファスがここに来るかどうかは別として。

 チャンスがあったらオルコット公爵をぶん殴っておこう。

 秘術でどうにもならないなら、腕力だけで。女である俺の腕力の威力は知れたものだろうから、手近なところにあるものを武器として使う。

 よし、そう決めた。


 俺はそこでもう一度オルコット公爵の方へ向き直り、満面の笑みで続けた。

「あなたの腕の再生に協力しましょう。魔女としての秘術の知識も使えば、簡単でしょうから。その代わり、あなたの剣力も利用させてもらいますが」

「……悪い顔してんなあ」

 急にそう口を挟んできたカルヴィンを、俺は軽く睨みつける。彼は頭を掻きながら、少しだけ困惑しているようだった。

 大体、こいつは俺の何を知ってるんだ。この顔だけ見て判断しているんだろうに。

「……今、めちゃくちゃ苛立ってるから下手なこと言われると殴る」

 笑顔のままそう言ったら、カルヴィンがそっと俺から目をそらした。


 そんな俺たちをどう見たのか解らないが、オルコット公爵が小さく鼻を鳴らした。そして、「魔女の知識か……」と小さく呟いた時だった。


 イリヤ以外の視線が地下の天井に向いた。

 地上で魔力がぶつかり合うような気配がする。

「お前たちはここにいろ」

 そう言ったオルコット公爵が何か魔術を地下に展開させようとするのを俺は遮る。

「手伝いましょう」

「じゃあ俺も?」

 カルヴィンが恐る恐る右手を上げ、血の気の多いダイアナも「わたしも行くわよ」と言い出した。

 一瞬の逡巡を見せたオルコット公爵だったが、俺が言った次の言葉で結論を出したようだ。

「さっき、この屋敷の魔術師が『そろそろ潮時か』みたいなことを言っていたのを盗み聞きしたんです。もしかして彼、逃げたんじゃないですか?」

「魔術師?」

「確か、ギャストンとか呼ばれていたような」

「解った、来たまえ」

 オルコット公爵が不愉快そうに眉間に皺を寄せ、踵を返して階段へと向かう。

 浴槽にしがみついたままのコートニーと、身動きが取れないままのイリヤ、イリヤに寄りそうヴァレンタインに俺は「ここにいて」と一言残し、公爵の背中を追いかけた。


 外に出た瞬間、複数の男たちが大声を上げているのが聞こえてきた。足早に中庭を抜け、声のする方に向かうと、予想通りの光景がある。

 屋敷の前で魔術師たちが何か叫び合っていて、厩舎から飛竜を連れ出していた。本当なら彼らを統率すべきあのギャストンとかいう魔術師の姿はなく、飛竜の前で右往左往しているだけだ。

「一体、どういうことなのかしら」

 大きな玄関の扉は開け放たれていて、そこに立っていたソランジュが眦を吊り上げている。そして、そんな彼女の背後から歩み寄るジャスティーンが宥めるようにソランジュの肩に手を乗せる。


 ちょっと、俺も胸の奥がざわりとした。いや別に、ジャスティーンの服装がここに来た時と比べてシャツの胸元が乱れて――着崩れていたから、じゃないが。ああ、絶対に違うとも。


 そして、こちらが何も言わないうちに彼女たちは気づいた。

「……これはこれはオルコット公爵」

 瞬時にして表情を強張らせたジャスティーンだったが、何とか作り笑いで出迎えた。しかし、オルコット公爵は自分の娘を見ても何も言わず、ソランジュに向かって言葉を投げる。

「何があったのか説明してもらいたい」

「……うちの魔術師が逃げたのよ。それも二人」

 冴えない顔色でそう答えたソランジュだったが、すぐにオルコット公爵の背後に立っていた俺とダイアナ、カルヴィンに気づいて眉根を寄せた。

「あなた、部屋で寝ていたのではないの?」

「目が覚めたので庭を散歩してました」

「散歩?」

 しれっとそんなことを言う俺に猜疑心溢れる双眸を向けたまま、形の良い唇を歪めて笑う彼女。しかし、そんなソランジュが次の言葉を続ける前に、ジャスティーンがまるで空気を読んだかのように口を開いた。

「何故、父と一緒にいる?」

「色々ありまして」

 俺は彼女を突き放すような口調を選んだ。できるだけ自然に見えるよう、俺は頭を掻きながら手首につけられたブレスレットが彼女に見えるように心がける。

「権力がありそうな方に寝返るのはよくある展開ですよね?」

「君は……」

 ジャスティーンが言葉に詰まったように台詞を区切り、何か考え込む様子を見せた。ソランジュがジャスティーンの腕に触れた。

「それより、うちの魔術師を捕まえて。彼に逃げられたら困るのよ」

「それはその辺りにいる魔術師たちに命じたらよかろう」

 オルコット公爵が中庭を見回しながら呆れたように笑う。「こいつらは命令されるまで動けぬほどの木偶の坊ではなかろう?」

 そんな言葉が聞こえたのか、魔術師たちの間に緊張が走った。そして僅かな戸惑いを残したまま、魔術師たちが飛竜の背中に乗り込んでいくのを皆で見守る。


 そして、魔術師たちがいなくなった後でオルコット公爵がジャスティーンに冷えた視線を投げて言った。

「お前と話がしたい」

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