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第41話 幕間4 ルーファス・オルコット

「妹君とは話せたか?」

 私が王城の中にある魔術師団長室のドアを開けて廊下に出ると、足音と共にこちらにかけられた声があった。

「ゴールディング将軍閣下」

 私はいつものように右手を胸の前で構え、軽く一礼した。そういった堅苦しい挨拶が嫌いな将軍であることは知っているが、これは礼節というものだ。自分より立場の上の人間を敬うのは当然のこと。

「ああ、そういうことは面倒だ。成果を聞かせてもらおう」

 予想していた通り、彼はすぐに不満げに鼻を鳴らして見せる。私が顔を上げると、いつもと変わらぬ雄々しい面構えの将軍が目の前に立っている。

「妹とはほとんど話せていませんが、スモールウッド家の魔女には魔道具を渡しました。こちらが考えていたよりは随分と話の通じそうな相手で何よりかと」

「ああ、確かに」

 将軍のささやかな笑い声が誰もいない廊下に響く。


 問題児であるジャスティーンと、魔女が懇意にしている……というのは少しだけ懸念があった。オルコット家は権力のある貴族の一員であるが、敵がいないわけではない。いつでもどんな時代でも、権力という光に惑わされ、自分がその立場になり変わろうとする連中が存在する。

 オルコット家の名前を落とすにはいい理由だろう。

 ――魔女と通じて何か企んでいる。

 そんな、黒い噂を流すだけでいい。その後は何をしなくても大きく膨らんでいくだろう。


 今回の件で妹がスモールウッド家の魔女と――と知った際、私は陛下に相談をした。そしてその結果がこれ、だ。

 カニンガム王家の命令で魔女に近づいている、そういうことにする。魔道具を渡したのも陛下の提案だった。


「ただし妹は――相変わらずです。身内の恥を晒すようで情けなく思います」

 私は苛立ちと共にそう言葉を吐き出してしまったが、将軍は呆れたように俺を見つめ直した。

「やはり、お前たちの関係も相変わらずということか」

「ええ、しかしそれは」

 私が言葉を続けようとすると、将軍が軽く手を上げて遮った。

「陛下に、貴殿の父君を魔術師長から退けるように進言したのは私だ」

「え?」

 思わず私はそこで眉を顰めた。話の道筋が急に変わったので困惑が隠せない。

「貴殿は優秀だ、ルーファス・オルコット。あの父君とよく似ている。よくも悪くも、だが」


 よく似ている。

 私と父が。


 ――兄さんと父さんは本当によく似ているよ。


 そんなことをジャスティーンに言われたのはいつだっただろう。嫌悪にも似た感情をその瞳の中に滾らせ、あの歪んだ笑みを初めて私に向けたのは――。

 私が父と同じように。

「女の癖に」

 と、ジャスティーンに言葉を投げつけた時のことだった。


 私は父を尊敬していた。オルコット家において、父が我々の絶対神のような存在だった。魔術師の長という立場で国王陛下からも一目置かれ、家庭に入ることよりも国のために尽くすことを選んだ父。その背中は大きかった。

 子供の頃から私は魔術師となることを義務付けられ、オルコット家を継ぐ者として過分なまでの教育を受けてきた。ありがたいことに、私は魔術師となるための才能を父から受け継いでいた。

 乾いた土に染み込む雨水のように、教えられたことは全て吸収して育った私は――いつしかオルコット家の中心に近い場所に立っていた。

 父の隣に立つことが許された、唯一の存在。それが私だ。


 ――あれが男だったら。

 ――女として生まれた時点で終わりなのだ。

 ――お前は違う。

 ――オルコット家の跡取りとして頑張りなさい。

 ――お前は男なのだから。


 父はいつだって私を見てくれていた。いや、私しか見ていなかった。

 それに優越感を抱かなかったと言ったら嘘になる。

 ジャスティーンは、そして私たちの母親ですら父の目の中に映ることもなかった。それはきっと、彼女たちが女だから、だ。

 母が買い物のために魔導馬車に乗り、その際に起きた事故で亡くなった時ですら――父の表情は動かなかった。

 母の遺体に取りすがって泣いたジャスティーンの小さな背中を思い出す。

 私は泣けなかった。何故なのかは解らない。ジャスティーンの後ろにただ立ち尽くすだけの私。泣けないことに罪悪感を覚えたが、それだけだ。

 そして、その後の記憶は曖昧だが――それ以降、ジャスティーンが泣くのを見たことがない。いつも似たような笑みを浮かべ、男装し、私の後ろについて魔術を学び始めた。


 女だから。


 そんな理由で、父はジャスティーンに師をつけようとはしなかった。だから、全て私たちの様子を見て魔術を覚えた。起きている時間帯は魔術書を読み、中庭で練習をし、私が数日かけて覚えたようなことですら一日で習得する。

 それは私が恐れを抱くほどの勢いで。

「どうして頑張るんだ? どうせ頑張ったって無駄なのに。お前は女なのに。女の癖に」

 怖かったから、そんなことを言った。

 魔術を習うその思いを挫けさせてやろうと思った。

 妹はまだ十歳くらいだったと思う。男装したジャスティーンは、女性らしい身体つきとは程遠く、見た目も口調も完全に少年のものだった。私には存在しない弟。私よりも優秀な弟。そんな印象を周りに植え付けていく。

 その言葉を聞いたジャスティーンは、歪んだ笑みを浮かべて言ったのだ。

「兄さんと父さんは本当によく似ているよ。その、『女』を下に見ているところがね。知ってる? 私は兄さんのことが嫌いなんだ。兄さんが私を嫌うようにね!」


 その時の狂ったような笑い声が忘れられない。

 妹は頭がおかしいんだ、と思った。

 実際に、その後は――道を外して歩き始めたジャスティーンは、悪い噂をどんどん作り上げていった。年齢を重ね、女性らしい体つきになっても男装をやめず、それどころか『自分は男だ』と言わんばかりに女性相手に浮名を流す。

 父はそんな妹を蔑んだ。

 そんな父をすぐ傍で見てきた私も同じように。


「貴殿が最近、少しは変わったと話は聞いている」

 将軍のその言葉に、私は我に返って顔を上げた。

 何か自分の胸の奥に燻るものがあって、気持ち悪かった。違和感。嫌悪感。それとも何だろう、これは。

「あの父君の影響を受けて、ジャスティーン嬢とも上手くいってないとも聞いていた。それに、その年になっても妻どころか婚約者さえいない」


 私は魔術師団の団長となり、王城の宿舎に寝泊まりすることが増えた。

 その代わりに、役職を失った父は屋敷に帰ることが増えた。

 最近は顔を合わせることも減り、ただでさえ会話が少なかったというのに今ではほとんど皆無と言っていいだろう。


 ――そう、なのだ。

 父から離れて解ったことがある。同じ魔術師団の人間と接して会話していくうちに、私たち家族の関係は『おかしい』のだ、と。

 魔術師団の任務で外出した時、休暇で王城の外に出た時、魔術師団の仲間たちは家族へと言ってお土産を買ったりする。時には家族が――姉、妹といった女性たちが差し入れを持ってきたりする。

 そこには上下関係など存在しない。

 そう、オルコット家のような男性上位の世界じゃない。気軽に話し合える関係を築いている仲間たちを見て、私は――。


「歩み寄ろうとはしています」

 私は小さく言った。「妹が何を考えているのか解りませんが、それでも理解しようと……最近やっと、思い始めました」

 私は女性が苦手だとも感じていた。

 結婚など父と母の関係を見ていれば、何の感慨も抱かない。だったらずっと独りでいい。もちろん、オルコット家に跡取りが必要だと解っているが、どうしても結婚したいとは思えなかった。


「今回の件はいいきっかけになるだろう」

 将軍が軽く私の肩を叩いた。「ジャスティーン嬢が魔女殿と一緒にいい働きをしてくれれば、辺境の地からここへ戻すことも許されるはずだ。彼女は確かに女性の身ではあるが、魔術師としては優秀だ。魔術師団に入れることは無理でも、近くに置いておく方がいいのではないか」

「……そう、ですね」

 私は曖昧に笑った。

 きっとジャスティーンはそれを喜ばないだろう。

 会えば私に対して嫌味しか投げてこない彼女が、大人しく従ってくれるはずがない。それでも――。


 ジャスティーンの様子が少しだけ違ったような気がしたのだ。

 あの魔女――スモールウッド家の少女と一緒にいる妹は、今までよりも少しだけ表情が穏やかだった。

 ユージーンという少女と少しだけ会話をしてみたが、警戒すべき魔女である彼女は『普通』に思えた。我々人間とほとんど変わらない言動をして、そして……妹との交流に困惑しているように思えたのだ。


「もう少し様子を見てみたいと思います。それより、将軍閣下のご子息の件を早急に――」

 そんなことを会話した直後、私たちは連絡を受けた。

 アボット男爵家で、その屋敷の主人であるジョージ・アボット男爵と、息子のブランドン・アボットが死体で見つかったという報告だ。

 部下に命じて死体の回収に向かわせたのだが、その後で現場の惨状を聞いた私は言葉を失うことになった。


 まさかとは思うが、あの魔女……ユージーンとダイアナという少女たちが関わっている?

 彼女たちが殺したのだろうか? こんな凄惨な方法で?

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[一言] 姉による風評被害がッ!
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