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第31話 証拠集めは面倒

「明日は斡旋所とやらを当たろう」

 飲み屋から出て馬車に乗り、ゴールディング家のお屋敷に到着。馬車を降りる際、相変わらず俺の手を引いて降ろそうとするジャスティーンがそう言った。

 だんだん姉の視線が俺を馬鹿にするようなものに変化しているのがつらい。そして、レスリーや他の連中はあまり気にしていないのも微妙。まあ、見た目は普通の男女に見えるから仕方ないんだろう。

 まあ、俺も慣れてきているのが問題だが。

 そして、俺がジャスティーンに掴まっている間、レスリーが空気を読んで姉の手を引いて馬車から降りさせていた。若いのに将来有望。

「我々も今日と同じように動けばいいでしょうか?」

 御者台から降りてきた魔術師二人がジャスティーンにそう問いかけると、「そうだね」と彼女は頷いた。

「今日と同じで、私たちは他の斡旋所の関係者という設定だ。ただ、悪い噂が聞こえてきているので、泥をかぶる前に逃げ出そうとしている……という口実と共にブルーロード職業斡旋所に行けばいい」

「解りました」

 魔術師二人は少しだけ眉根を寄せたまま頷き、疲れたように息を吐いた。


 そして夜中でも屋敷中が煌々と明るいゴールディング家に入り、それぞれ用意された客室へと向かう。

 それにしても――。

「意外と慣れてますね」

 俺は隣を歩くジャスティーンに言ってしまう。「警備団ではいかにも団長って感じだったのに、さっきの軽薄そうな演技が何と言うか……」

 顔が美形だから似合っていたとは思うが、口調一つにしても胡散臭さが出ていて別人のようだった。

「そりゃ、演じることには慣れているからね」

 ジャスティーンが苦笑して、誤魔化すように俺の頭を軽く撫でてくる。「私の場合は、子供の頃からずっと演じているわけだから。彼らが望むような『男』としての自分を」

「……ああ」

 俺はふと昼間に会った彼女の兄の顔を思い出した。

 結構上手くいってそうだったが、やっぱり俺には理解できない何かがあるんだろうか。

「そう言えば、団長はご両親は?」

「いつになったらジャスと呼んでくれる?」

「王都に団長の家もあるんですか?」

「見事に聞き流したね」

 彼女の苦笑を感じながらも、俺はただ前を向いて歩く。廊下はどこもかしこも綺麗に掃除されていて、唐突に今頃のスモールウッド家はどうなっているのかと考えてしまった。きっと誰も掃除なんてしていないだろう。

「でも嬉しいね。私の家族に興味を持ってくれるなんて、もしかして君は自分のことを家族に紹介をして欲しいと思って」

「あ、やっぱり教えてもらわなくていいです」

「確かに、王都にオルコット家もあるよ。私のところに連絡が何もないから、父も母も生きているんだろう。どうでもいいけどね」


 ――聞かない方がよかったか。

 俺はささやかに後悔したけれど、ジャスティーンは軽い口調で続けている。


「父は以前は王宮の魔術師長だったけどね、魔物の討伐の際に右腕を失って退任したんだ。それでも、魔術師としての腕は確かだから王宮のどこかで働いているとは思う。会わずに済ませて帰りたいな。会って厭な思いをするのは兄だけで充分だ」

「……そうですか」

「母は屋敷でのんびりしてるんじゃないかな。父も母も、私の存在はいなかったものとして扱っているから、屋敷に寄っても歓迎はされない。だから、私の帰る場所は王都にはない」


 ――やっぱり、聞かない方がよかったと思う。下手に同情したら俺が困る。


「まあ、どうせ彼らの前で自分の素顔なんて見せられないしね。どうせなら、君の前でだけ素の自分が出せたらいいなとは思うよ?」

 そう彼女が俺の心に突き刺さるようなことを言ったので、何とか聞こえなかったふりをした。


 が。


「何か、ムカつくわね」

 俺たちの会話を聞きながら後ろを歩いていたダイアナが、冷えた声を吐き出して我に返る。いや、その存在を忘れていたわけじゃなかったんだが、俺の後ろには姉とレスリーがついてきていたんだっけ。

「早い話、さっさとあのド田舎に帰りたいんでしょ?」

 そっと振り返ると、腕組みした姉が眉間に皺を寄せながら何か考え込んでいた。レスリーは姉の少し後ろで無表情。

「だったら、証拠集めとか面倒じゃないの。やっぱり、さっさとその男爵とやらの一家を叩き潰しちゃえばいいんじゃない? 悪い噂しか聞かないんだったら、きっとそれが真実よ」

「そう簡単にはいかないんだよ」

 ジャスティーンが小さく笑う。「貴族連中というのはその立場もあって難しい。アボット男爵は小さいながらも領地を持っていて、彼を排除したらその後釜に誰を据えるかも問題となるからね」

「はっ! 誰がなっても同じよ! っていうか、そいつ以外の誰がなってもマシなんじゃないの?」


 姉の言い分は雑だし横暴だが、まあ、そうなんだろうな、とも納得してしまう。


「面倒だし、さっさとそいつが死ぬような呪いをかけてあげましょうか? 大丈夫、スモールウッド家の魔女の力があれば簡単……」

 余計なことを言いだした姉の口を俺は手で塞いで、曖昧に笑った。

「すみません、うちの姉、機嫌が悪いととんでもないことを言いだすので」

 そこで思い切り姉が俺の手をがぶりと噛んできたが、気にせず続ける。「姉は疲れているので、早々に休ませます。すみません」

 廊下の真ん中で、沈黙が落ちる。

 レスリーの視線は痛いし、ジャスティーンも額に手を置いたまま固まって何か考え込んでいる。

 そして俺は姉の腕を引っ張っていき、教えられた客室の前にやってくると小声で恨み言を告げた。

「問題を起こされたら厄介なんです。ここは穏便にお願いします。大人しくしてくれていたら、王都で有名な焼き菓子の店とかに行くように手配しますから。お願いします」

「焼き菓子」

 俺の必死の懇願は、どうやら焼き菓子一つで何とか通じてくれたらしい。

 ダイアナは多少不満そうではあったけれど、「早く何とかしてくれないと、こっちも動くからね!」と俺の鼻にその人差し指を突き付け、客室の中に入っていった。


「君も苦労するね」

 肩を落として客室の前で立ち尽くしていると、いつの間にか追ってきたらしい背後からジャスティーンの声が飛んでくる。俺は振り返りもしないまま、ため息と共に言葉を吐き出した。

「姉から逃げたいです」

「そうか、奇遇だな。私も兄たちから逃げたい。色々なしがらみから逃げて、新しい生活を送れたら幸せだと思っている」

「そうですか……」

「逃げるなら一緒に行こうか? 私はこう見えても、君の役に立てると思うよ?」

「あー、そーですかー」

 俺はそこで顔を上げ、両手も軽く上げて『お手上げ』のポーズを取る。どうせ、彼女の言葉は冗談の一つだろうし、警備団の団長という立場をそうそう簡単に捨てられるはずもないはずだと思ったから。

 しかし、ジャスティーンの声音は変わらなかった。

「本気にしてないねー。でもお互い、それだけの覚悟はあるってことは理解しておいて欲しいな」

 何故か、そこで『解りました』とは応えられなかった。

 その代わり、少しだけ考えこんだ後にこう続けた。

「とにかく、早く今回のことを片づけて警備団に戻りましょうか」

 ジャスティーンは薄く微笑み返してくるだけだった。


 そして、翌朝である。

 誰もがよく眠ったのであろう、顔色のいい皆で大きな食卓のテーブルを囲んだが――。

 ゴールディング将軍が席についていると、やはり緊張感が漂うものだ。朝一番から、焼き立てのパンやスープのいい香りが漂う中、食事どころではない雰囲気のまま昨日までで解ったことの報告となった。

「確かに、私も少しだけ部下に調べさせたのだが、アボット男爵領では金の動きに怪しいところがあるらしいのだ」

 将軍がこちらの報告を聞いた後、顎を撫でながら静かに言う。それを聞いた俺の姉が、小声で「じゃあさっさと殺して……」と言ったのは聞き流しておく。

 それに、それどころではなくなったというのが正しい。


 会話の合間を狙うように、礼儀正しいという言葉を形にしたらこうなるんだろう、という感じの執事の男性がゴールディング将軍の近くに歩み寄り、隙のない動きで何か耳打ちした。すると、将軍が僅かに首を傾げた後、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 そして、俺たちの顔を見回しながらこう告げる。

「愚息の不貞の相手と名高い、プリシラ・アボット嬢が訪ねてきているようだ。悪いが、移動しよう」


「デザートもまだだっていうのに、ムカつくわ」

 この場でただ一人、自由に食事に手を付けていたダイアナだったが、それでも半分ほど食べたところだった。せっかくの朝食の時間を邪魔されたということで一気に機嫌の悪くなった彼女は、白い皿に乗っていた丸パンを手に取り、薄く微笑んだ。

「その女に焼き立てのパンをぶつけてやろうかしら」

「やめてください」

 パンを投げるくらいで済むはずがないと予感していた俺は、必死にそうお願いした。

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― 新着の感想 ―
[一言] その時は投げられた焼きたてのパンにベッタリ呪いとか付いてそう( ˘ω˘ )
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