第24話 謝礼を出すから協力を
そしてその後、だが。
エメライン王女殿下とサディアスは、イーサンに連れられて本館の中に入っていった。王女殿下は何とかジャスティーンにも一緒に来てもらおうと色々言っていたが、二人きりで話し合うべき、と言いくるめて見送る。
後で聞いたことだが、結構丸く収まったらしい。
エメライン王女殿下とその婚約者殿は単なる会話不足で、色々誤解が重なり続けた結果、不仲になったと理解し合えたようで。怒りっぽい王女殿下も、口下手であるサディアスも、この時ばかりは歩み寄ってくれたようで何よりである。
だが。
「魔女殿」
その時、王女殿下を見送ってからぐったりと肩を落としたしたジャスティーンが、俺の背後から抱きしめてきていた。何とかその腕を振り払って食事の用意を始めようとしていたところ、ゴールディング将軍とその他大勢が俺たちに歩み寄り、声をかけてきた。
「先ほどの術について、お話をさせていただきたい」
ゴールディング将軍は眉間に皺を寄せていて、いかにも気難しいといった雰囲気を放っていたが、それでも俺を警戒させないようにと微笑むくらいの余裕はあったようだ。
「ええと、話、ですか?」
「ああ、貴殿が『あれ』を見抜いてくれたことに感謝する。正直に言えば、誰もうちの愚息があんな状態であることに気づかなかった。そして、まだあの件には問題が残っている。誰がやったかもそうだが、それ以上に気になるのはゴールディング家の一員に手を出したことだ」
まあ、そうだろうなあ、とは思う。
ゴールディング家は公爵家だ。しかも、国王陛下の右腕みたいな立場の人間の息子に『おまじない』をかけたというのは大問題になるのは自明の理。
「魔女殿はご存知かどうか解らないが、この国では精神を操るような魔術は禁止されている」
「いえ、知ってます。普通の……力のある魔女の家系なら、仕事の依頼者などに貴族の方がいるのが当然でしょう。その上で、我々は問題にならない程度の力添えをするのが決まりです」
「問題にならない?」
ふむ、と将軍が顎を手で撫でた。「では、先ほどの『あれ』は問題にならない程度と?」
「えー、まあ、微妙なところですかね? 精神を操るまではいかないですが……」
俺は首を傾げて考える。
もしも俺――スモールウッド家にそんな依頼が持ち込まれたらどうするか。相手がゴールディング将軍の関係者ともなれば、断る。基本的に魔女一族の連中ってのは面倒事は嫌いだし、大金を積まれたとしてもきな臭いと感じたら追い返すだろう。
さすがに国王陛下に睨まれたら、平穏な生活なんか送れなくなるだろうしな。
「まあ、間違いなくトラブルの種になると解りますし、俺……私の一族は受ける可能性は低いどころかないですね。他の一族も、多分受けないと思うんですが……魔女はちょっと頭おかしい連中が多いので、考えなしにやった馬鹿がいたのかも」
「なるほど?」
そこで、ゴールディング将軍は僅かに目を細めて薄く笑ったが――目は笑っていない。「どちらにせよ、そのような危険人物がこの国にいるのは問題だ。我々は今回のことについても詳細を把握したい。そのために、貴殿に協力をしてもらうことは可能だろうか」
「協力?」
そこで、ジャスティーンが一歩前に出た。
「失礼だが、この子はうちの団員だ。協力というからには、この警備団の任務を放り出せと言うことだろうか」
「それなんだがね、オルコット公爵令嬢」
そこで、ゴールディング将軍は完全に笑みを消して不穏な響きをその声に乗せた。「君が女性が好きだという噂は有名だね? だからこそ、王都で問題を起こした時、女性がいないこの辺境に飛ばされた。そうじゃないかね?」
「……そうですね」
「だとすれば、この少女が団の一員として存在いるのはどういうことなのだろうか。むしろ、君から引き離しておいた方が団の規律を守るという意味では正しいと思う。だからこそ、彼女だけ我々と一緒に来てもらい、今回の件を調べてもらいたいと思うのだ」
「いや、それは」
ジャスティーンは少しだけ、言葉に詰まったみたいだった。
まあ俺も、他人事のように『追い詰められてるなー』とか考えていたし、どうでもよかったというか。対岸の火事みたいに思っていたわけだ。
「それに、謝礼は出すつもりでいる」
しかし、その将軍の言葉に俺はハッとして目を見開いた。
謝礼。
なるほど、謝礼か。
考えてみれば、この警備団の給料はそこそこいいのだが――きっと、将軍の依頼ともなればもっともらえるのではないか、と頭が急に計算を始める。
大体、俺は辺境の地でのんびり過ごすためにきたのだ。こんな厄介ごとに巻き込まれて忙しい毎日を送るためじゃない。
だったら、手っ取り早く大金を稼いで『逃げて』しまえばいいのではないか。姉が宿舎の一室を乗っ取ってしまったようなこの場所よりもずっと平和だと思う。
今度こそ姉に見つからないように遠くに逃げて、そこから俺が元の姿に戻れるように動く。
よし解った、この計画で行こう。
そう決めたのに。
そこでジャスティーンはよりにもよってとんでもないことを言うわけだ。
「たとえ女性同士であろうと、愛する者同士を引き裂くというのは酷だと思いませんか」
「何?」
「え?」
愛する、と聞いてゴールディング将軍が胡乱そうにジャスティーンを見つめ、俺がぎょっとして彼女の横顔を見上げる。
「将軍、あなたが彼女を私の元から奪うつもりであるのならば、私は退団して一緒についていくことにします」
「え、ちょ」
「正直なところ、この子は世間知らずなところがあるので、あなた方にいいように利用されても気づかない。それだけは防ぎたい。何故なら、私は彼女を愛しているからです。誰よりも大切にしたいと思っているからです」
と、そこで俺は無理やり彼女に引き寄せられて、ぎゅうぎゅうとその両腕で抱きしめられてしまった。まずい、予想してなかったから逃げることもできず、俺の顔がジャスティーンの胸の中に食い込んでる。
……意外と大きい。
いや、こんなことを考えている場合じゃなくて!
俺、女性が苦手だったはずなのに、どうしてジャスティーン相手だと――。
いや、こんなことも考えている場合ではないのだ!
「あ、あの、団長」
俺が必死に両手をバタバタさせて振りほどこうとするが、俺の耳元で本当に微かに、俺にだけ聞こえるように囁いてくるのだ。
「話を合わせてくれ」
――何で!?
「待て」
ゴールディング将軍が困惑した声を上げている。その声には先ほどまでの冷静さというか、厳格さというか、硬い感じがどこにもなくて。
「貴殿は女性であり、将来は……」
「将来などないですよ」
そこでジャスティーンは俺をきつく抱きしめたまま、低く続けた。「私はオルコット家の邪魔者でしかない。やっとこの団で自分を受け入れてくれる相手を見つけたのに、それを手放せと?」
……ええと?
受け入れたっけ、俺?
えっ、いつの話?
「魔女殿はそれでいいのか」
どこか毒気を抜かれたような、間延びした将軍の声が聞こえる。俺はそこで何とか首を回して彼の方へ視線を投げたけれど、当然ながら将軍以外の人間も驚いたような目で俺を見ているし、しかもすっかり忘れていたんだが――団員の連中もどこから持ってきたのか果物とか食べながら、遠巻きにしてこちらの様子を見物している。
俺は見世物か。見世物だな。
「いや、あの」
それでも俺は、何て言ったらいいのか解らず助けを求めるようにデクスターたちの方を見たのだが、口は動かなくても彼らのその身振りで何を言いたいのか解る。『頑張れ』だ。薄情者、後で覚えてろ。
「……まあ、いいかな、と」
視線を泳がせながら俺がそう言うと、そこで遠くから拍手が聞こえてくる。団員の皆は笑いながら手を叩き、大きな声で口々に言うわけだ。
「やっぱりそういう仲で決定なんだな!」
「二人で寝るにはベッドが狭いって言ってたし」
「もしかしたらそれは冗談で、本音は違うかもって思ってたけど」
「交際記念にダブルベッドを村の職人に作ってもらうよう、依頼してきてやるよ!」
――余計なことを言うんじゃなかった! いや、冗談だったよ! ベッド云々は間違いなく冗談だった! その場のノリってやつだ!
「そうだな、大きなベッドは必要だ」
俺の耳元でジャスティーンが妙な色気を声に乗せていうから、背中がもぞもぞした。しかし何もかもが遅い気がする。
「……清いお付き合いからお願いします」
もうどうにでもなれ、という気分になってきて、死んだ目で呟いた気がする。
誰か俺のために墓穴を掘って欲しい。喜んで埋まりにいくから。