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俺がお前らのマスターだっ!  作者: 黒野理知
8/19

グロい三連星①

「プレイヤーを増やしたいっ!」


妹と同じこと言い出した。まあそりゃそうだわな。誰だって慣れてくれば思う事は一緒か。


名古屋市立丁田中学校、の校庭。うちの学校は南門から下校するには、部活中の運動部に上手いこと巻き込まれないようにしながら校庭を横切る必要がある。三年が部活から引退する二年の二学期、グラウンドにいるサッカー部も野球部も陸上部も主力はほとんど二年生。つまりグラウンド中顔見知りである。そして、俺の横を並んで下校するこの女子ーーー幼馴染の高畑やよいは、二年生男子が陰で全員結託して投票した『IKJ丁田』ランキング堂々二位。(ちなみにIKJは『いちばんかわいいじょし』の略だ)二人で下校する俺たちは否が応にも注目の的である。やよいは全く気づいていないが、部活中の男子のチラチラとした視線が痛い。それはもう、俺に対する敵意に溢れた。


この状況は、下駄箱で偶然やよいと出くわし「今日妹も家にいるしTRPGやろうぜ!」と誘ったら、「いいよ!じゃあ直行!」と言って、当たり前のようにケロッと並んで歩き始めた事に由来する。もう少し世間体ってものを考えてくれませんかね?『IKJ丁田』一位の松原佳苗はサッカー部の内山とついこの間付き合い始めたので、やよいには今競争率ナンバーワンは自分なんだって自覚が欲しい。


んで、歩きながら今日のセッションのシナリオなどを説明しつつしていたら、やよいが唐突に冒頭のセリフを吐いたという次第である。秋風がやたらと強く、グラウンドの土を舞い上がらせて時折視界を黄色く染める。台風が近づいてるって、そういや家出る前に『ズームイン!!朝!』で言ってたっけ。


「いや、そりゃ俺だって同じ思いだけど、学校で周りの友達に声かけて布教するわけにも行かねえじゃん?」


この頃は、例えばアニメやテレビゲームのオタクでもTRPGをほとんど知らない時代だった。それらいわゆる『メジャーなオタク』たちにすら『うわー、カルトですね〜。コアですね〜。ディープですね〜』って反応されるものだった。もちろん大人のオタクは知識量が多いから知っている人が多かったが、中高生のオタクにはそんな感じだった。いわんや非オタおや、だ。俺もやよいも別に学校でオタクグループに属している訳ではない。そんな状況で誘える相手などいる訳がない。


さらにこの時代、パソコンも一般化していなかった。SNSなんて高尚なものはなく、今や知る人ぞ知る『パソコン通信』の時代である。家にパソコンなんて俺もやよいも当然無い。そっちで同好の士を探すのも不可能だった。ちなみにこの時代の日本のTRPGは、アメリカのRPGゲームがPCで隆盛を誇っていたこともあり、パソコン雑誌にリプレイが掲載されるケースが多かった。ので『PCオタク≒TRPGオタク』の式が成り立ち、パソ通さえできればTRPGの相手は比較的簡単に探せたらしい。俺は経験が無いけれど。


「そりゃそうだけど、もう、頼りないなあ。あんたがマスターでしょうに」

「あのな、TRPG仲間の全責任はゲームマスターが負うってのは、絶対よろしくない文化だぞ。会社で一人だけ大量に仕事投げられてワーカホリックしてる社畜の気分になる」


今これを読んでいるTRPGサークルの皆さんも、全部マスターがやってくれるだろう、という姿勢で待っていてはいけない。本気でしんどいんで、進んで協力してくれると大変助かる。


「お前だって心当たり無いんだろ?」

「うーん‥‥ちょこっとリスキーだけど、最終手段ならあるかな」

「最終手段?」


俺がそう聞き返すと、やよいは自分だけ小走りに数メートル先に進み、後れ毛を掻き上げながら振り返った。この動作、最近流行ってる某トレンディードラマの名シーンだ。真似するのも流行っている。トレンディードラマの真似したら、やっぱ悔しいぐらい顔だけはかわいいな、こいつ。と痛感させられざるを得ない。そしてそのドラマのヒロインのように、風に声を乗せるように、儚げに言葉を紡ぐ。


「仲良しグループ全員巻き込んで、共犯者にしちゃえばいいのよ」


その時、そのセリフと同期するように、台風接近中の秋風が小粋な悪戯をした。やよいのプリーツスカートが風に煽られ、ふわりと浮き上がる。秋の夕日に照らされてツヤツヤと光沢を放つ黒タイツ、の下腹部に縦横に走った『縫い目』。そしてその向こう側にある白い三角形。


「きゃあっ!」


慌ててスカートを手で抑えるやよい。Oh、モーレツ!とかブブッピドゥ!って感じ。両方古いね。


「おーい!止まるなよー!」


遠くの方で部活の声が聞こえる。紅白戦中のサッカー部の野川も、野球部のピッチャー水村も今の現象に気づいたらしい。ボールを持ったまま、完全にこっちを見てフリーズしている。しかしあの距離と角度ではほぼ何も見えていないだろう。この事件の完全な目撃者は、この世界で確実に俺一人しか存在していなかった。



*****



「あー、いらっしゃーい!彩香ちゃーん!」

「お邪魔しまーす!」

「ほれ、タケも入ってよ」

「お、おう‥」


やよいがプレイヤー集めを宣言して数日後。俺はやよいの家の玄関で超緊張していた。実は幼馴染だけど、やよいの家入った事ないのな。やよいがウチに来るのは日常茶飯事だったんだが。当たり前だが他人の家の匂いがする。あの独特の匂いってそういや二十一世紀現在の他人のマンション部屋ではあんまり感じないよね?昭和年間の他人の家ってなんであんな独特の匂いしたんだろう?何の要素の化学反応なんだろうか?ひょっとしたら匂いを感じる側のホルモンやら神経伝達物質やらの匂いなのかもしれないけれど。


促され、やよいの部屋に入る。彩香は何度も来た事があるらしい。うちのマンション、子供会の女子この二人だけだから異様に仲良いんだよな。


やよいの部屋はアニメみたいな過度に少女少女している部屋ではないけど、かと言って女子部屋だと一目に分かるって感じの部屋だった。ごめんなさい語彙力低くて。例えばカーテンとかベッドにレースが施されてたり、大きなぬいぐるみが何個もあったり、本棚にピンクのカーテンが掛けてあったりは全然しない。けれど何気に壁に貼ってある鏡の縁に可愛らしい動物が描かれていたり、ヘヤゴムやヘアピンを入れる小物入れがピンクだったりはする程度には少女らしい部屋だという事だ。


「二人に聞いて欲しいんだけど、今日私の友達を呼んであります。ゲームするとは伝えてません」


真剣な顔でやよいが話し始めた。


「多分一回プレイさせて、私がその後会話でアフターケアすればTRPGにハメられると確信してる」


ハメるってそんな人聞き悪い。格ゲーじゃねえんだから。


「だけど約束して。特に彩香ちゃん」

「はい、うん、どうしたの?」

「いつもみたいに下ネタ突っ走るのは控えた方がいいと思うの」


お前が言うな。いつも困ってるのはGM(オレ)だ。


「と言うより、今までは幼馴染三人で内輪ネタだらけだけど、その辺が学校の同級生にバレると私もタケも困る」


うん、切実に困る。小学校低学年時代のよもやま話とか恥でしかねえ。―――というか。


「呼んだのって同級生なのか?誰だ?」

「え?ああ、雪菜と加奈子と麻衣だけど」


世の中の女学生様方よ。下の名前で列挙すりゃ男子にも通じるって感じで言うのやめた方がいいぜ?女子の下の名前なんて可愛くないと興味ないから俺ら覚えているはずがないのだ。正直誰やねんである。まあ俺はまだ女子の名前覚えてる方だと思うからいいけどな。


「加奈子ってのは林だな。マイって田中舞?森戸麻衣?」

「森戸よ森戸。田中さんあたし話したことないし」


だから、当然みたいな顔するな。知るかって。


「林加奈子はタケ仲良いもんね。一年の後期学級委員一緒にやってたし」

「あー、まあそれなりにはな。んで、雪菜ってまさか大沢じゃねえだろうな?」

「もちろん大沢だよ?林加奈子が居たらそこに大沢雪菜がいるの定番でしょ?」


うげえ‥‥大沢くるのか‥‥。あいつやだ‥‥きっついもん。


ピーンポーン


と、その時高畑家のチャイムが鳴った。やよいが出迎えに行く。


「やっほー!あ、タケオだ!お久!」

「えーと?お邪魔しまーす。きゃー、妹ちゃんかわいー!」

「うげ、松田」


小さいのと大きいのと黒いの。三人の制服姿の女子中学生が、コンビニ袋にペットボトルとお菓子を携え、やよいの部屋に入って来る。


このメンツでTRPGのセッションねえ?なんかやる前から疲れるのは気のせいだろうか?

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