幼馴染という名の何か 〜名状しがたきもの〜
土曜夜にレスポンスみたくて待ちきれなくなって1本この前の作を投稿したので、願わくばそっちもみてくれると幸いです。
八月の初め。彩香とサシでTRPGするようになって二週間ぐらい経つ。お互い夏休みという事もあり結構な頻度で遊び倒していたが、彩香がこんな事言い出した。
「おにい、プレイヤー増やしたくね?」
うむ、その通り。TRPGはサシでやるパターンもあるが、やはり複数人のプレイヤーの掛け合いが醍醐味だろう。GMやってるこっちだって物足りない。
「うーむ、しかし心当たりがなあ‥。彩香は心当たりあるの?彩香の友達とか?」
「やだよ。小六女子をエロマンガ持ってる兄に紹介できん」
「ちょっとしつこくございませんこと?!エロマンガのネタ引っ張るの?!」
「ほら、一人いるじゃん。うってつけの人」
「誰?」
「やよいちゃん」
「いや、それは‥」
高畑やよい。うちのマンションの四階に住む、俺と同学年の女子。つまり俺と彩香の幼馴染。昔はよくこの三人でつるんで公園とかで遊んだ女である。
しかし、同級生の女子にオタッキーなゲーム誘うのは抵抗がある。俺の学校での硬派なイメージがピンチになりかねない。それに小学時代みたいに子供会とかマンションの子供全員で集団登校とか、そういう接点もなくなって一年以上会話してないし。やよいとはクラスも違うし相手女子だから話しかけづらくなっちゃってるんだよな。そういう諸々の事情でとっても誘いたくない。あいつ中学入ってからすげえ人気で、一年の時も二年の時もクラスのマドンナで、ちょっと遠い存在になりつつある。
「あたし誘ってくる!」
すたっと立ち上がり、速攻玄関で靴を履き始める彩香。ちょっと何よその行動力。
「ちょっとお待ち!」
「何そのオネエ言葉?」
しまったつい脳内の続きでしゃべってしまった。
「じゃね」
バタン
いかん、ツッコミに狼狽している隙に行かれてしまった。止めれなかった。あー、どうしよう。やよい来てしまう。あ、そうだ着替えないと。あと部屋のアレやコレ隠さないとっ!絶対断言できる。彩香がふざけてやよいに例のブツを見せようとする事がっ!!!だからと言って部屋の外には隠せない!後から母やらに見つからずに回収できる想定ができん!
‥‥よし、ここなら完璧なはずだ。クックック。
「こんにちはー!お邪魔しまーす!」
パジャマを着替えるのを含め、かろうじて完全犯罪をやり遂げたのと同時に、部屋のすぐ外の玄関で声がした。スレスレだったな。危ない危ない。
「ほらやよいちゃん、おにいの部屋」
扉を開けて彩香が入ってくる。それに続いてやよいも入ってくる。
青いワンピースに黒タイツ。真夏でもタイツを高確率で履いているのが昔からの特徴だ。クーラーに弱くて足が冷えるのが嫌だと子供の頃に言っていた。クーラーのない夏場の学校以外ではほぼ必ず黒タイツである。色白で華奢、黒髪ロングストレート。全体的に小枝みたいな印象を受ける容姿。
「あ‥‥タケ。ひ、久しぶり‥‥」
「お、おお‥‥」
目が合って、挨拶して、いたたまれなくなってお互いに目をそらす。胸のあたりが痛痒い。
「うお、おにい着替えてるっ!さっきまでパジャマだったのに」
そーゆーの言うなよクソ妹。空気読めよ。ダブル目そらし真っ最中だぜ?
「えーと、私、どうすればいい?」
現状の俺の部屋。ベッド、勉強机、タンス(クローゼットなんておしゃれなものではない。90年代だから文字通りタンスである)、膝ぐらいの高さの折り畳みテーブルを親の部屋の押し入れから持ち出していて、そこで妹とゲームしていた。居間から持ってきた座布団が二枚。あーそうか、やよい座れないや。俺のベッドに座れと言うほど俺はロックではない。むしろチキンかも知れない。
「ちょっと待ってろ」
俺は居間にダッシュして、居間の座布団を全部抱えて部屋に戻る。そして彩香の座布団の隣に座布団を三枚重ねて置く。
「どぞどぞ」
「いや、三枚もいらないよ‥」
「テーブルが膝の高さなのに三枚重ねたらテーブル超えるじゃん。笑点じゃないんだから、おにい」
うぐ、女子の膝が痛いといけないという配慮が裏目に出た。彩香が不要な座布団をベッドの上に投げ捨てると、ようやくやよいはそこに座る。
「この部屋三年ぶりぐらい」
長いまつ毛をしばたたせながら部屋を見回すやよい。サラッサラの黒髪ストレートが揺れる。
「何ひとつ変わってないね」
「そんなことないよ、やよいちゃん。ほれ!」
ガラっとベッド下の引き出しを開ける妹。ふふふ、甘いな。やると思ったぞ。
「あれ?無い。隠したな?」
「なんの話だね?彩香くん。変な疑いをかけるのはやめたまえ」
「じゃあ絶対ここだ」
すっと立ち上がるとタンスの一番上の引き出しを開ける妹。そこは下着入れにしている。
「ちょっっっっっ!!!!!!」
「下着入れだから嫌がって開けないと考えたと見た。掘り出してーっと。ほれ発見」
「やめてええ」
「やよいちゃん、これがおにいの趣味!」
「うわ‥こういうの初めて中見た。ちょっと読んでみていい?」
「やめろおお。そこに興味を持たないで思春期女子!」
俺はベッドに倒れ込み、余った座布団で顔を覆って、悲劇が通り過ぎるのを待つしかなかった。
*****
「ちょっとおにい。そろそろルール説明してよ」
エロマンガ研究会が終わって、彩香がやよいに飲み物を用意する間、俺はいたいけな少年の心と葛藤するしかなかった。自分の殻に閉じこもっている俺の顔の座布団を、彩香が力づくでひっぺがす。まぶしっ。
「あんま気にしなくていいって。男子はそう言うもんだとわかってるから!」
「そうそう。うちのクラスの男子は全員持ってるって千尋も言ってたし」
千尋と言うのはやよいのクラス、七組の女子のムードメーカー的女である。女子で下ネタを臆せず言えるギャグキャラ系。あいつ普通に別のクラスの俺とかにも通りすがりに
「ねえ松田ってエロ本持ってる?ビデオは?」
とか聞いてくるけど、統計調査だったのか。
「だから気にしないよ。ちょっと私の中のタケのあだ名が『エロマンガ先生』になるぐらいだから」
「2010年代に版権発生しそうなこと言うなよっ!てかあだ名は勘弁してよっ!」
「ふふふ。冗談冗談。何ともないから」
ま、まあ逆に何かやよいと昔みたいに話せるようになったかもな。お互い妙に固かったのがほぐれた感じ。
「まあ、これからやるゲームは、ドラクエみたいなゲームを、会話ベースでやるゲームだ」
と、キャラシやルールブックを見せながら説明する。彩香が自分が最初わからなかった部分を注釈してくれたので、割とすんなりやよいは理解してくれた。プレイヤー視点で自分のわからなかった経験が共有されるのっていいね。セミオートでGMが楽。
「わー、面白そう!やってみたい!」
「おまえ成績いいけど、勉強とか塾とかないの?」
「大丈夫だよ。一日一、二時間ちゃんと時間取ってるから。それにタケのほうが順位上じゃん」
「俺は勉強なぞしない」
「地頭だけで百点取るんだよねえ。見てるこっちが馬鹿らしくなるよ」
「中学のテストなんざ授業全部聞いてりゃ百点取れるようになってんだよ。三年になったら受験勉強はする。それまでは全力でTRPGを遊び尽くす!」
そう、俺はそう決めている。
シナリオを自分で作れるようにしたい。となると色んな種類のラノベなどの作品をもっと読まないといけない。それだけでなくトールキンとかの古典とか、ギリシャ神話や北欧神話などの各種神話、オカルトやホラーの知識も必須だし、科学や生物学の知識も欲しい。そこら辺はそっち系を取り上げたラノベなどから二次的に吸収するのが効率がいいだろう。それと、ありったけのリプレイも読まないといけないし、D&Dやウィザードリィなどの古典洋ゲーも必ず通過しなければいけないと思う。それにはそこまで育ったプレイヤーが必要だけど。
やること多いな、でも楽しいなと感じていた、中学校二年の夏休み。ついに複数プレイヤーとゲームできるようになった俺は、TRPGの展望が一気に開けて期待に胸を膨らませていた。