俺の最初のプレイヤー
「うーむ、困った」
俺は自室の勉強机を前に頭を抱えた。目の前には容姿欄(顔を描く場所)だけ真っ白なキャラシが六枚と、メモ用紙と方眼紙、サイコロ、ルールブック、入門編のシナリオ集が並んでいる。方眼紙にはついさっきまでプレイしていた入門編のシナリオ1のダンジョンマップが描かれており、メモ用紙は戦闘で減ったモンスターのHPとMPの途中経過がびっしりと記録されている。
うん、そうです。ぼっちでゲームしてました‥。プレイヤー六人とGMを一人で兼任して‥。
い、いやあ!テストプレイですよ!べ、別にぼっちキャラじゃねえし俺!TRPG一緒にやってくれる心当たりぐらい‥‥一人もいないけど(泣)。
何人かいる男友達はみんな部活やったり生徒会やったりするリア充なので誘いにくい。普通のテレビゲームみたいに誰もがやるゲームと違って、マイナー過ぎてなんとなくオタクくさい。いや俺はアニメと漫画とゲームで成り立つ男だし、オタク度が高いことは自認している。しかし他人に誘いをかけて白い目を向けられるのはごめんだった。うーむ、となると、心当たり一人もいないな。多少色々あってもどうにかなる奴。
「いや、一人いるな」
『あいつ』なら、多少オタクだと思われてもいいし、絶対人間関係が消滅することはないし、誤解されても怒らせても後からどうにかなる。最近ちょっと、会話がしっくり来ない感じはあるけど。
しかしやってくれるかな?あいつこういうの興味なさそうだし。いやでも、小学の頃テレビゲーム一緒にやったりしたし、あいつの部屋にある漫画も冒険者っぽいの多いんだよな。だから素養はあるはずだ。行ける行ける。
「よし!どうにかして誘ってみるか!」
*****
「ただいまー!」
玄関の扉がバタンと閉まる音が聞こえる。『ターゲット』が靴を脱いでいる気配。よし、奇襲するならここだ。
がちゃ
「彩香、折り入って頼みがあるっ!」
「うおっ!ビビった!」
不意打ち判定成功。妹はこんらんしているっ!俺の部屋は玄関開けたすぐ横にある。だから気配感知に成功すればこのように家族を不意打ちすることが可能なのである。
ちなみにこの部屋の位置取りは最高だ。この家は玄関開けたらまっすぐ廊下があり、正面の扉はダイニングキッチンから他の家族の部屋へ、廊下の左側は風呂トイレ、右側が俺の部屋。つまりキッチンへの扉を閉めておけば夜中でも家族にバレずこっそり外に出たり、逆にバレずに戻ってくることも可能である。また気づかれないように友達を部屋に誘い込むことも可能で、いつか必ずできるであろう未来の彼女を連れ込むことが容易なのである。必ずその日は来る。きっと。俺は信じているっ!
「‥頼みって何?」
訝しげに俺を見上げる妹、彩香。こいつ最近なんかよそよそしいというか、俺に向ける喜怒哀楽が減ったというか、こんな感じなんだよな。小学の頃までは家族のリビングでゲームしてたら
「あたしもやるー!」
とか言って走ってきて隣に座り、
「ドラクエつまらん!おにい一人しか楽しくない!対戦できるのやろーよ!」
とか何とか、寄ってきて逆にウザかったもんだが。ドラクエつまらんとか言ったくせに、知らないうちに俺のドラクエの三つしかないセーブデータを一つ消して『あやか』というセーブデータ作ってちゃっかりプレイしてたり。そのセーブデータ、半年後にはすげえレベルになっててドン引きしたけど。どんだけ俺がいない間にせっせとやったんだ。
それが、俺が中学入った頃ぐらいから急に話しかけてこなくなって、部屋に俺が入るのを嫌がったりし始めた。それと同時に色気づいたのか、服やら髪型やらがだんだん垢抜けてきて、最近はもう何考えるのかようわからん感じになってきている。小学六年とはいえ赤ランドセルのくせに。
「えーとさ、俺とゲームやってくんない?」
「え?何?対戦ゲーム?いつもみたく友達呼んでやりゃいいじゃん」
「それがだな、友達を非常に誘いにくい感じのゲームでな」
「何それ。ひょっとしてエッチなやつ?」
「そんなもんに妹を誘うかっ!自分から家族バレする奴いねえよっ!」
「ふうん‥まあ、いいけど。」
「おおっ!ありがとうっ!ちょっと特殊なゲームでな、説明するから部屋に入れよ」
*****
「というゲームなんだ」
俺は机の上のキャラシやルールブックを駆使しての渾身の説明を終えた。
「なーるほど。全部手作業で人と人でやるゲームなのね。まあまあ面白そうだけど‥」
「だけど?」
「ルールとか資料が多くて、読むのめんどくさい」
ぐはあっ!き、来たなっ!TRPG最大の障害っ!
TRPGを布教するのに当たり、まず間違いなく最初にぶち当たるのがこれだ。『ルール覚えたりするのにたくさん本を読む必要がある』こと。ここをめんどくさがられるのが断られるパターン一位と言っても過言ではない。そもそもTRPGを布教する側は、自分でハマってリプレイやルールブックを己の身のうちのパッションに従って読みつくす。だけど布教される側は、まだハマっていないのに本や資料を『読んでくれ』と言われるわけである。これが漫画とかの布教なら、『読む=勧めたい楽しさそれ自体』だから苦労はないのだが、TRPGの場合『読む=楽しさへの準備=それ自体は楽しくない』ので、そこをパッションなしで超えてくれベイベー!とお願いしているに等しい。それはかなり難しい作業なのである。
布教するのに一番いい方法は読み物として普通に面白いリプレイから読ませる、なのだが、彩香に突然リプレイ読ませるのもなかなか難しい。こいつの部屋漫画しかない、典型的な活字離れの子供だからだ。
「と、とりあえず一回!一回だけやってみようぜ!わかんなければ俺が手取り足取り教えるから!」
「それ、なんかそこはかとなくエッチ系のセリフに聞こえる‥」
「死ねマセガキっ!とりあえずルールは俺が全部説明するから!気軽にワンプレイしてみようぜ!」
そしてこれが二番目にいい手‥というか、全国のTRPGを布教している皆様が全員やむなく使う手段。『ルール読まなくていい。俺がルールだ!』作戦である。いや、俺はルールではないが、一度言ってみたいセリフだったのでつい(汗)。とにかくやってもらう。やって楽しかったら、リプレイをそこでお勧めして、あとは相手にパッションが生まれたら、放っておいてもルール読んできて、再戦を挑んでくるという兼ね合いである。スーパーの試食や部活の勧誘と同じだ。
それに俺には勝算があった。
「このゲームのいいところはな、キャラクターのすべてを、自分のイメージ通りに作れるところなんだよっ!」
「すべて?」
「あー、だから例えばお前、ドラクエめっちゃ好きだったじゃん?」
「はあ?そんなことないし」
「嘘つけ。俺のセーブデータ消して勝手にやってただろうが。最終的に勇者のレベル84って何?俺46でゾーマ倒したけど、84ってゾーマ何回倒せるん?しかも女勇者の最終装備がトゲのムチにあぶない水着って‥」
「かかか、勝手にロードしやがったなこのクソ野郎っ!見てはならんものをっ!」
真っ赤になってキレる彩香。
「ふふふ、俺は他にも色々知っているぞお前の性癖を」
「何言ってんのよっ!おにいだってベッドの下に『悦楽天』隠してるくせにっ!毎月買ってるくせにっ!発売日に買ってるくせにっ!このエロマンガ定期購読者めっ!」
「おおお、お前それはダメだろっ!」
くっ!性癖合戦は分が悪いっ!エロ写真集が主流のこの時代にエロマンガ派=オタで即死するっ!てかベッドの下という思春期の男子の聖域を捜索する奴は悪魔だ。
「そ、その話はいいから。と、とにかくな。例えば『セクシー系のお姉様キャラ』を演じてみたかったとしても、ドラクエの勇者はあくまで勇者じゃん。変わり種の装備で自分の中でだけ『そういうキャラ』だと思って楽しむのもアリだけど、TRPGではそういう自分がやってみたいキャラを自分で作って、考えた通りのキャラをこの世に誕生させられるんだよ。そして自分がそのキャラになれるんだ!」
「な、なるほどっ!たしかに私は勇者をエロコスプレさせたかったわけでも自分がそういう趣味なわけでもなく、ちょっと変わり種のキャラにしてみて笑ってただけだし!女王様勇者とかをドラクエ内に実際に作れたら楽しいかも!」
女王様勇者‥。そうか。妹よ‥。まあ言うまい。反撃辛いしな。よし、あと一息だ。これでトドメだっ!
「お前、冒険好きじゃん?」
「へっ?どして?」
「だってお前の部屋にある漫画、『魔法騎士レイアース』とか、『ふしぎ遊戯』とかじゃん。あの辺全部パーティ組んで魔法や超能力で戦って旅してって作品ばっかだし」
「へ、部屋入ったのかお前はっ!お、乙女の神域にっ!」
「はっはっは!部屋なんぞ小学時代はお互いフリーパスだっただろうに。今更何を言う!」
「今はダメだろ、お互い大人なんだしっ!」
「ランドセル背負ってて何言うかガキめ。ちなみにその二つは俺も既刊全て読んでいるぞ。お前の本棚から無断で借りてな!」
「何勝ち誇ってんだコイツッ?!」
お?なんか昔懐かしい会話のテンポになってきたな。こいつとは小学まではこんな感じに砕けて会話してたもんな。
「まあ、だからさ、獅堂光ちゃんとか、夕城美朱ちゃんを作れるし、お前がなれるんだぜ?なあ、やってみようよ。頼むから」
すると妹は、俺のその言葉に少し考えてから、少し恥ずかしそうにこう言った。
「本郷唯ちゃんなら、やりたいかも」
『唯ちゃんになりたい』って‥‥妹よ‥‥破滅願望があるのか‥‥。
将来が少し心配だぞ。女王様発言と合わせて。
まあ、同意は取れたわけだし。この瞬間、妹が俺の人生初のプレイヤーとして爆誕した。