ルールブックって、どこにあんの?
俺は悶々とした日々を過ごしていた。
あの感動の(と勝手に自己陶酔している)出会いを果たした『モールス島戦記RPG』だけれど、色んな店を巡ってもルールブックが見当たらない。最寄駅から二駅向こうの藤が丘駅に『すごい店』があったものの、そこですら入手できなかったのである。
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「うおー!す、すげえええ!」
名古屋市名東区藤が丘。藤が丘駅前のアーケードに『青鞜書房』という書店が当時あった。いや、当時あったというのは語弊がある。今もあるのだが、昔は東店と西店の二店舗あったが、現代では普通の本屋である西店しか生き残っておらず、圧倒的なまでに趣味に走りまくった東店は存在しない。
店はまず入口付近が漫画とラノベスペース。これを聞くと現代人は『普通じゃん』と思うかもしれないが、あの当時の『ラノベ』である。ライトノベルという言葉もなかった時代、そんなもん書店のトップに並べるなんぞ普通にあり得なかった。
その次にタカラヅカエリアがある。男役トップスターのデカい写真が飾られて、ファンブックやグッズなどが売られていた。この時点で濃い。
そして一番奥のコーナーが、何を隠そう『TRPG』コーナーであった。
古くなった本のあの据えた匂い。棚という棚にぎっしり詰め込まれた、ビニールがかけられたA4版の本。箱物のボードゲームや洋物のTRPGのスターターセット。そして文庫版のリプレイやゲームブック。奥の壁際にはショーケースがあり、その中にはアメリカ製と思われるメタル色のダンジョンフィギュアや、箱に収められたフロアタイル。駄菓子屋で見かける酸イカが入っているような透明の容器の中に大量に入ったカラフルな透き通ったダイス(サイコロ)は、六面だけでなく八面、十面、百面のものまで各種取り揃えられている。
こんな夢空間が、名古屋市の名東区くんだりに昔実在した。現在は閉店したが、つい最近まで生き残っていたらしい。閉店は単に店主の高齢化なだけだという。名古屋市のみならず愛知県西部でラノベやTRPG関係で一人勝ちの店舗だったから、意外に経営状態は良かったようだ。田舎で尖ると強い。
「あああ、でもねえなあ」
高さ3メートルはある6段の棚にぎっしりと詰まったA4版の薄い本(ビニール付き)を探すのって、異常に検索性能が悪い。しかもタイトルが決まってアルファベットなんだよTRPGの本って。一冊一冊半分引っ張り出しては戻すの作業がいる。幸い上の高いところの段は箱物が並んでいるので、その高さを捜索する必要はなかったけれど。
『モールス島戦記』のルールブックはリプレイ奥付の広告によるとA4版だというが、結局見つからなかった。ウィザードリィ、D&D、T&T、ウォーハンマー、サイバーパンク、バトルテック。洋ゲーの取り揃え凄えなしかし。表紙が英語だからサプリメントなのかシナリオ集なのかファンブックなのかルールなのかリプレイなのかわからんけど。てか、英語版買う人いるのか?自分たちで翻訳しながら遊んでる猛者がいるということだろうか?
しかし国産で小説版が売れててリプレイも一般書店にあるようなゲームの基本ルールブックがないのが納得いかない。版数が少なくて売り切れたのだろうか?結局千種駅前の本屋街に行っても見つからず、俺は捜索を諦めた。
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捜索を諦めてから二ヶ月ぐらい経った頃だろうか?俺は暇な真夏の日曜日、暑さに負けて図書館に寄った。いい加減中学二年にもなって申し訳ないが―――
児童書コーナーに直行する、俺!
だって日本の小説ってつまらんし(あくまで当時の俺の趣向だ)、そうなるとオオコケ三人組とか怪傑ソローリとかの子供向け読んでた方が面白い。
と、返却棚の前を通りがかった時に目に入った。最近嫌というほど見慣れた、灰色から白へのグラデーションの背表紙。
「ふ、不死身タイガーブック!!!」
日本で文庫版でTRPGの本出してくれる当時唯一と言っていい出版社、不死身書店。TRPG関係の本は『タイガーブック』と名付け、灰色から白へのグラデーションの背表紙でブランディングされているのが特徴だ。日本のTRPGゲーマーなら全員前を通りかかるだけで脊椎反射で二度見する。断言する。
近寄って見てみると―――『ブレードワールドTRPGリプレイ①』と書いてあった。
「うおっ!ブレードワールドっ!なぜこんなクソ図書館にっ!(個人の主観です)」
思わず声を上げてしまい司書さんに睨まれる俺。
ブレードワールドの事は知っていた。モールス島戦記と同じTRPG団体が作っているゲームらしい。なぜ知っているのかというと、モールス島リプレイの中でプレイヤーが時折
「ブレードワールドなら簡単なのにぃ」
「これブレードワールドならクリティカルなんだよなあ‥(ダイス目6ゾロ)」
とか発言するからだ。うん、多分その会社の戦略だよね。俺チョロいよね。でもいい。何のゲームでもいいからリプレイ読めるなら。俺は速攻その本を借りて、ケッタを最高速度で家に向かって走らせた。
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読了した。やべえ、めっちゃ面白い!(一同爆笑)が新しかった!
モールス島も面白かったのだが、俺には正直こっちの方が面白かった。モールス島はキャラが小説版のものと決まっていて、そのキャラ性にある種縛られている感があるが、こっちはキャラメイクから文に起こされている。そしてキャラ性とかに縛られず好きにやりたい放題のプレイヤーたちが、かっ飛んでいて五ページに一回は笑った。
ブレードワールドはごくシンプルなルールとシステムで構成されていて、リプレイでだいたいのルールがわかるという凄いゲームだった。リプレイの中で自然にルールの説明が織り込まれ、リプレイ一冊読んだだけで作中出てこなかった魔法やアイテムのデータを除き『このリプレイから想像してルールを作れ』と言われたら作れてしまいそうな簡単さにすごく魅力を感じた。
キャラシ(キャラクターシートの略)がリプレイ文中にちゃんと表示されているので、どうにかして拡大コピーしてホワイトで記入済み欄を消してコピー取り直せば、ルールブックなくてもキャラシが手に入るのも凄い。ルールブックなんてまあ手に入らんど田舎(例えば俺の親の実家の鹿児島とか)でも、工夫すればブレードワールドをプレイすることができるだろう。
『拡大コピーしてホワイトで記入済み欄を消してコピー取り直す』。現代っ子には冗談のように聞こえるだろうが、当時はこんなことやってる奴ばかりだった。コンビニでオタッキーな紙を大量に印刷するの恥ずかしかったんだぞ?まあコミケに出品する18禁のコピー本をコンビニで印刷している猛者がいた時代だから、それには負けるけど。でもこれでもコンビニにコピー機が登場したての頃だからまだ良くて、それより前の世代は、方眼紙で一枚一枚キャラシを見ながら定規で線引いて自作していたのだ!そこからアナログゲームなのである。
ブレードワールド一巻の奥付の広告にはリプレイが既に五巻まで刊行されていて、ルールブックも『文庫版』で発売されているとの事だった。俺は決意した。このゲームをどうにかして手に入れて、このゲームをどうにかしてプレイしてやろうと。
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その後、例の青鞜書房でリプレイ全巻とルールブックを無事手に入れた。これで、TRPGをプレイする準備は遂に整った。中二の夏休み直前の事だった。
いやー、やっぱ文庫版って、入手しやすいな。