6・変な冒険者に絡まれた
トウゥルグ森林街を去り、冒険者ギルドに帰還。
「いーっぱい薬草集めましたね〜」
受付テーブルに積んだ薬草を見て、受付嬢が微笑ましそうな顔で褒めてくれた。
「そうだろ」
「しかも毒草が一個も混じっていない!」
「分かるのか?」
「わたし、薬草鑑定士の資格も持っているんですよ!」
えっへんと受付嬢が鼻を高くする。
「おお、それはすごい」
「でしょ! しかも一級なんですから! 頑張りました……!」
「俺も昔、薬草鑑定士の資格を取ろうとしたから、よく分かるんだ」
「そうなんですか?」
受付嬢の問いに、俺は首肯する。
今まで何度も暗殺者を辞めようとした。
だが、転職するにしたってなにか資格があった方がいいだろう。
その時に考えたのが薬草鑑定士だ。
しかし途中でレイラ姉さんにバレて「あなたには必要ありません」と参考書を取り上げられ、挙げ句の果てには試験の日に緊急の依頼を被せやがった。そこからさらに忙しくなってしまい、資格の勉強を忘れてしまっていたな。
「もう一度勉強しようかな」
「それがいいですよ! ラウルさんが勉強するなら、家庭教師してあげてもいいですよ〜」
にぱーと受付嬢が満面の笑みを作る。
「ジーッ…………………………」
視線を感じる。
いや正体は分かっているんだけどな。
視界の片隅でアイリスが俺にジト目を向けているのだ。
帰り道でのアイリスとの会話を思い出す——。
『はあ? なんであんた、自分の手柄を隠しておくのよ!』
『目立ちたくないんだ』
『それでも! 毒蜘蛛の頭なんて倒したら、莫大な報酬金が手に入るっていうのに! 冒険者ランクも一気に上昇する!』
『興味がないんだ。それに……それは普通なのか?』
『はあ?』
『誰も捕まえることが出来なかった盗賊団を倒すことがだ』
『……普通ではないわね』
『じゃあいいんだ。俺は手芸が趣味の、どこにでもいる普通の冒険者だと思ってもらえれば』
『バカじゃないの。でも欲がないのね。そういうのも……そのなに、素敵だとは思うわよ』
『ん? なんか言ったか?』
『なんでもない!』
あの時の会話から、どうやらアイリスは毒蜘蛛の一件について不満があるらしい。
しかし「俺がやったとは言わないこと」だけは譲れん。
俺の大切な『普通』の生活のためにな。
「とにかく! 薬草摘みの依頼は完遂ですね!」
そう言って、受付嬢が銀貨一枚を手渡してくる。
これ一枚で1万ゴルドに相当するものだ。
日当と考えれば、まずまずといったところだろう。
「これからも頑張ってくださいね。私、ラウルさんには期待しているんですから!」
「ありがとう。期待に添えるように頑張るよ。どこまでやれるか分からんが」
「いえいえ〜。あっ、また手芸についても教えてくださいよ! 私、興味があるんです」
「もちろんだ——あっ、そうそう」
俺は森林街で目撃したことを、一部フェイクも交ぜながら受付嬢に報告した。
「そ、そんなことが……!」
「ああ。毒蜘蛛盗賊団の一員を、あの森で見かけた。しかも一人じゃなくて何人かだ。もしかしたら、あそこでなにか悪巧みを考えているかもしれん。逃げるかもしれないから、確認を急いだ方がいいかもな」
「わ、分かりました! 上に報告しておきますね。あっ、この情報が正しかったら、情報提供者として10万ゴルドをお渡ししますので」
「分かった」
俺は受付テーブルから離れた。
「アイリス。毒蜘蛛の情報を提供しただけで、10万ゴルドも手に入るみたいだ。なかなか破格だな」
「そうね。あんたがやったことを伝えれば、100倍でも200倍になってもおかしくないけどね」
「その話はもういいだろう」
それに暗殺者をしていた頃は、一回の依頼で1億ゴルドとかはざらだった。
今更金に釣られたりはしない。
「取りあえず、今日は宿を探して寝るとするか……」
「ここでお別れかしら」
アイリスが一瞬寂しそうな表情を見せた……ような気がする。
「そうだな」
「あんたの実力、結局最後まで見極められなかったわ」
「なあなあ、アイリス」
「なによ」
なんか会話の途中で違和感を感じたので、これだけは言っておきたい。
「アイリスはこの街にしばらくいるんだよな?」
「ええ」
「だったら、また『普通』について教えてくれないか? いや、なに。今生の別れみたいな顔をされるからな。ちょっと気になっただけだ」
俺が言うと、アイリスはぽかーんと口を開けた。
だが、すぐに笑顔になって、
「も、もちろんよ! あんたの正体を見極めないといけないからね。それにあんたは私がいないと、またとんでもないことをしそうだから……!」
と可憐な唇を動かしたのであった。
うむ、彼女はジト目をしているよりも、こういう表情の方が可愛い。
俺も普通の友達が出来たし、万々歳だ。
「アイリス。安い宿屋を知っているか? もし知っていたら、そこまで案内して欲しいんだが……」
と会話を続けようとした時であった。
「おいおい! 無能が、どうしてギルドにいるんだ!」
傲慢な声がギルドに響き渡った。
声のする方を振り向くと、そこには金色の髪をした偉そうな男が俺を見ていた。
「無能……ってのは、もしかして俺のことか?」
自分を指差す。
「そりゃそうだろう! 冒険者になったくせに、手先が器用なだけ! それに足音を消して歩くってなんだよ。そんなのどこで役に立つんだ、ははは!」
と男はふんぞり返って笑った。
「アイリス、こいつは誰だ」
「え、えーっと……誰だったかしら。確かクズックスみたいな名前だと思うけど……」
アイリスが眉間に指を当てて考えるが、どうしても思い出せないみたいだった。
なら大したことがないのか。
しかし男はそれに腹を立てたのか、
「レックスだ。レックス・レギオン! アイリス、同じAランク冒険者である僕を忘れたというのか!」
と声を荒らげた。
「お前も普通の冒険者なのか?」
「僕が普通だと!? バカにするのもいい加減にしろ! オレはレギオン侯爵家の長男だぞ! 貴様等とは生まれからして違うんだ。今すぐ謝罪しろ!」
侯爵……貴族か。厄介だな。
職業柄、貴族と接する機会も多かった。中にはいい貴族もいるんだが、大体はプライドが無駄に高いヤツしかいなかった。
それになんだ、こいつは。
どうしてそんなに怒っているのだ。
まあどちらにせよ。
「行くぞ、アイリス。構っている暇はない」
「同感ね」
レックスの横を通り過ぎようとした。
「おい、待て!」
レックスに強引に肩をつかまれた。
いらっ。
俺は反射的に彼を睨んだ。
「僕の話を最後まで……ひ、ひいいいいいっ!」
するとレックスは青ざめた顔になって、尻餅を付いてしまった。
「おい、どうした。なんでもないところで転けて。なにか怖いものでも見たのか?」
煽る。
「ぶ、侮辱するのもいい加減にしろ!」
レックスはすぐに立ち上がって、俺につかみかかろうしたが、
「か、体が動かない……? ぼ、僕がこいつに恐怖しているということなのか?」
とがたがた震えだした。
しかも彼の周りの床に黒い染みが出来た。
こいつ……漏らしやがった。俺の想定以上に臆病みたいだな。
「アイリス。今度こそ行くか」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。またあんた、なにをやったのよ!」
「なに。ちょっと睨んだだけだ」
アイリスの問いに、俺は肩をすくめた。
無論ただ睨んだだけではない。その中にごくごく少量の殺気を混ぜておいた。
ほんの少しとはいえ俺の殺気に当たったんだ。レックスがああなってもおかしくはない。
歩き出すと後ろから「お、おいっ! お前! お、覚えてろよぉ……」とレックスの力のない声が聞こえた。