5・盗賊団の頭を見つけました
しばらく歩いていると、蔦に覆われた市街地のような場所に出た。
「アイリスの言った通り、本当に街だったんだな」
市街地を歩きながら、俺はそう声を出す。
「ええ……それにしても、あんた。そんなに進んでいったら危ないわよ!」
「どうしてだ?」
「ここに来るまで、魔物にたくさん遭遇してきたのをもう忘れたの!?」
アイリスが声を荒げる。
実際彼女の言った通り、ここに来るまでにちょっとだけ多めの魔物に遭遇してきた。
だが。
「あれくらいなら問題ない」
「ほとんど私が処理したからね。ほんとにっ、あんたも戦いなさいよ。私の見立てでは、あんたの方がかな〜〜〜〜〜り強いんだから!」
ぷんぷん顔のアイリスである。
アイリスはAランク冒険者ということもあり、なかなかの腕前だった。
《業焔剣》を手に顕現させ振るい、その動きは舞いを演じているかのようだった。
「俺はあまり戦いたくないんだ」
苦笑する。
本当に危険になったら手を貸すつもりだったが、その一歩手前にすら陥らなかった。この森林街にいる魔物では、彼女に傷一つ付けることすら不可能だろう。
「それもこれもアイリスの力があってのことだ。ありがとう」
「ふ、ふんっ! 当たり前よ。新人冒険者を導いてあげるのも、Aランク冒険者の役目なんだからねっ」
アイリスは腕を組んで、視線を逸らしてしまった。
「さて……薬草も結構な数、摘んだしな」
薬草か毒草かを見極めるために、いちいち舐めるのも舌が疲れてきた。
毒は効かないが、決して旨いというわけではないのだ。
「それにしても……ほんとにあんた、毒が効かないのね」
「言っただろう」
「毒無効の魔法を使っている様子もないし……」
「アイリスもやってみるか? 三食毒草を食べ続けていれば、自然とこういう体質になる」
「ならないわよ!」
「冗談だ」
本当のことだが、それを伝えても仕方がない。
それに彼女にあの地獄のような暗殺訓練を施したくない。
被害者は俺だけで十分なのだ……。
「後はそうだな……ここを観光してから帰るか?」
「魔物が蔓延っている場所で『観光』なんて言うのは、あんたくらいしかいないわよ」
「田舎から出てきたもので、こういう場所が珍しいんだ」
「これだから田舎出は……」
呆れたようにアイリスが手を振る。
「……ん?」
そこで気付く。
「あれは……人かしら……? どうしてこんなところに?」
アイリスも同様のようだ。
咄嗟に俺達は物陰に姿を隠す。
一人の男が、これまた蔦に覆われたビルに入っていったのだ。
「どういうことだ。もしかしてここで生活している者がまだいるのか?」
「そんなこと聞いたことないわよ。変ね……」
アイリスが不審げな視線をビルに向ける。
「ここからじゃ、中が見えにくいな」
周囲を眺める。
おっ、あそこがいいんじゃないか。
高さは男が入っていったビルと同じくらい。
窓もあるし、あそこからだったら内部の様子も見られるだろう。角度的にもバレにくい場所にあった。
「アイリス、行くぞ。それとも……一人で帰るか?」
「そんなわけないでしょ。それになんか嫌な予感がするし」
俺達はその場から去り、移動をはじめた。
到着。
よし、目論見通りここからだったら見えそうだ。
「アイリス、遠視魔法は使えるか?」
「当然」
俺達はともに遠視魔法を使い、男が入っていったビルの内部を見る。
「どうやら一人だけではなさそうだな」
一番高層の一室に、何人かの男達がたむろしている。
その中でも一際偉そうな男が奥の椅子にふんぞり返っており、気味悪い笑みを浮かべていた。
「あれは……デイモン?」
アイリスがなにかに気付いたようだ。
「知っているのか、アイリス」
「ええ。あれは『毒蜘蛛盗賊団』の頭よ。まさかこんなところをアジトにしていたなんて……」
「毒蜘蛛盗賊団?」
彼女はより一層真剣な表情になって、話を続ける。
「最近、王都で暴れ回っている盗賊達のことよ。メンバーは百を超えると言われているわ。あんたが捕まえたあの強盗も毒蜘蛛盗賊団の一味。首筋に毒蜘蛛の入れ墨が彫られていたからね」
「趣味の悪い入れ墨だと思っていたが、そういう理由だったのか」
「手下を何人捕まえても、頭の正体をなかなかつかめなかった。なかなか用心深い男らしくて、本当に信頼している人にしか自分の情報を伝えなかったそうだわ。自警団や冒険者も手をこまねいていたけど……まさかこんなところにいるなんて……」
アイリスは驚きを隠せないようであった。
まあそれもそうか。この森林街には魔物も蔓延っていた。
俺にとっては平和そのもの、快適な住空間ではあったが、一般的な基準で言うと住居を構えるには適していないだろう。
ここをわざわざ根城にするということは——。
「あの頭ってのは相当腕が立つみたいだな」
「その通りよ。頭のデイモンは元Aランク冒険者だという噂もあるわ。今まで何度か捕まりそうにはなったけど、その度に切り抜けてきた。一筋縄ではいかない」
ぎりっとアイリスは歯を噛みしめる。
正義感の強そうな彼女のことだ。彼がまだ裁きを受けていないことに、はらわたが煮えくりかえっているのだろう。
「どうする?」
アイリスに質問する。
「一度ギルドに帰って、このことを報告するか? 後はギルドに任せるのも手だと思うが」
「分かってる。私一人ではデイモンに太刀打ち出来ないこともね。ただ——出来ればここで仕留めたい」
アイリスは遠視魔法でデイモンを見据えながら続ける。
「デイモンは今まで散々残虐非道なことをやってきたわ。盗みだけではなく、人を何人も殺してきた。その中にはなんら罪もない子どもや女、お年寄りもいた。それなのにここで見逃し、ギルドに後は任せる? 理屈ではそれがいいとは分かっているんだけど……それでも私は、あいつをここで見逃せない!」
うむ、これは計算違いだったな。
正義感が強いとは思っていたが、俺の想像以上にその想いは強いらしい。
彼女の瞳は劣化のごとく燃え上がっており、今にもデイモンに襲いかかっていきそうだ。
だが、それをしないのは彼女なりに冷静に分析出来ているということか。だからこそ余計に歯がゆいのだろう。
「それに私達がギルドに報告している間に、もうあそこからいなくなっているかもしれないわ。アジトがここ一つだけとは限らない。もしそのまま逃げられたら……私は悔やんでも悔やみきれない」
それも一理あるな。
「うむ……」
腕を組んで考える。
俺は『普通』の生活がしたい。
盗賊団の頭を捕まえる? それが『普通』だろうか。
いや、首を突っ込みすぎな気がする。
しかし。
——平和な世の中を実現したいのじゃ。たとえそれが絵空事でもな。
ふと、イアナ王国のあの女王の顔が思い浮かんだ。
俺は彼女の意見に賛同したからこそ、地獄のような特訓に耐え続け、暗殺者を続けてこれたのかもしれない。
「平和を崩すようなヤツがいるのは、頂けないな」
重い腰を上げる。
「ちょ、ちょっとあんた……なにをするつもりよ」
「決まっている」
俺は頭の中で計画を描きながら、彼女にこう告げた。
「暗殺だ」
◆ ◆
毒蜘蛛盗賊団の頭——デイモンは上機嫌であった。
「我々の資産は5000億ゴルドを超えました。アホな下っ端が三人ほど捕まったそうですが、問題ないかと」
「その通りだな」
デイモンはなによりお金が好きだった。
今まで数え切れない程のものを盗んできた。目の前の障害はたとえ味方であっても例外なく殺した。
そのおかげで積み重なったのが5000億ゴルドという大金だ。
これで贅沢品や美女を買い漁ることを想像しただけで、涎が出る。
「これだから盗賊は辞められない」
丁度、そう呟いた時であった。
「ん?」
反応が遅れたのは数瞬。
しかしその一瞬が命取りとなった。
何故なら——彼の頭はたった一発の弾丸によって、撃ち抜かれていたのだから。
「お頭!」
すぐさま部下が駆け寄ってくる。
治癒魔法を展開。
……ダメだ。
頭を撃ち抜いた正体不明の弾に、治癒魔法無効の呪いがかけられている。
(ああ……オレは死ぬのか……?)
嫌だ嫌だ嫌だ!
オレはもっと生きたい!
しかし彼の意志とは真逆に、だんだんと意識が途切れていく——。
これが毒蜘蛛盗賊団の頭、デイモンの最期であった。
◆ ◆
「よし。任務完了だ」
デイモンが倒れていくのを見届け、俺は一息吐いた。
「た、たった一発の《闇弾》でデイモンを? しかもあのビルには防御結界も施されていた。生半可な《闇弾》ではデイモンには届くことすら出来ないはず……! あ、あんた、なにをやったのよ!?」
アイリスに問いかけに、俺は答えなかった。
彼女は驚いているようであるが、俺にとってはあまりにも簡単な暗殺であった。
「デイモンは死んだ。ギルドに戻ろう」
ここでヤツ等を殲滅してもいいが、あそこにいるのが全員というわけではないしな。
それに……さすがにそこまでやったら、俺の正体が明るみになる可能性がある。
「統率を失って混乱した毒蜘蛛相手なら、ギルドの連中でも大丈夫のはずだ。これでいいか……アイリス」
「え、ええ」
まだアイリスは興奮冷めやらぬ様子。
「ああ、そうそう」
建物から出て行く前に。
俺はアイリスにこう忠告するのだった。
「俺がデイモンを暗殺したことは、ギルドに内緒にしておいてくれよ。なんせ『普通』じゃないからな」