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4・俺に毒は効かない

 ——トウゥルグ森林街。


 王都の近くにあるダンジョンだ。

 俺達は薬草摘みをするため、そこを訪れていた。


 だが。


「なんで薬草摘みなのよ!」


 ……王都を出る前から、傍でアイリスがずっと叫いている。


「決まっている。俺はまだ駆け出しの冒険者だ。いきなり難しい依頼をこなすのは『普通』じゃないだろう」


 段階があるということだ。


 それにわざわざ戦闘なんてしたくない。

 暗殺者としてやっている頃は、戦闘になる前に殺していたので数は少ないが——それでも嫌という程、戦闘術は叩き込まれてきたからな。

 だが、逆に薬草摘みなんていかにも平和な任務はこなしたことがなかった。

『普通』を目指す俺にぴったりの依頼であろう。


「あんたみたいな駆け出しなんていない!」

「ここにいるだろ」

「はあ……《炎球》が当たっても平気な顔をして、一発で盗賊を倒す攻撃力も持っていて……ほんと、あんたって変」


 アイリスが溜息を吐いた。


「そんなことより」

「そんなことより? 一番大事なことだと思うけど?」

「どうしてここは森林『街』なんて名前が付けられているんだ? 一見ただの森に見えるが……」


 質問すると「そんなことも知らないの?」というような視線をアイリスは向けて。


「ここは昔、一つの街だったのよ」

「ほう?」

「ただ大昔に木の魔神が現れて一帯を森林に変えてしまった。今いる場所は入り口付近だからあれだけど、もっと奥に進めば人が暮らしていたような建物も並んでいるわ。ほんと……相変わらずあんた、常識を知らないんだから」

「そうだったのか。助かる、ありがとう」

「……っ! こ、こんなの当たり前なんだからねっ。礼を言われるのもなんだか恥ずかしいわ!」


 とアイリスは顔を赤くしてしまった。


 そう、俺は常識を知らない。それについては自覚がある。

 なんてたって、生まれてからずーっと暗殺者一族にいたんだからな。当然自由に外出させてもらえなければ、依頼とは関係のない場所にわざわざ訪れたりもしなかった。

 レイラ姉さんが「あんなところ行ったら危ないですよ。そんなことより特訓です」と常々言っていたことにも一因するかもしれないが。


 まあ今から常識についてはちょっとずつ学んでいけばいい。時間はたっぷりあるんだからな。


「そういえばアイリスは冒険者なんだよな」

「そうよ。一応これでもAランクなんだからね」


 アイリスが「ふふん」と鼻を高くした。

 その仕草は「偉そう」というよりも、俺の目にはとても可愛らしくうつった。

 Aランクというのがどれだけすごいか分からないが……多分、とってもすごいんだろう。


「アイリスはどうして冒険者になったんだ? そんなに可愛かったら……」

「そ、それ禁止!」

「は?」


 突然アイリスが話遮って、俺に指を差した。


「なにがだ?」

「可愛いって言うの!」

「は?」

「なんかあんたに言われると、は、恥ずかしくなってくるのよ! そりゃ嬉しいんだけど……」


 彼女は口をもごもごした。

 女心というのは難しいものだ。


 レイラ姉さんには「隙あらば女性を褒めなさい」と躾けられていた。そのせいで、癖になってしまっているかもしれない。

 まあ姉さんも「常識知らず」の部分があったしな。

 姉さんに教えられたことは、この際忘れよう。


「それで……話は戻すぞ。どうして冒険者になったんだ? 冒険者以外の仕事も出来ただろうに」


 問うと、アイリスは少し悩んだ素振りを見せて。


「……冒険者になった理由ね。そりゃあ、お金が欲しかったからよ。冒険者は一攫千金も狙えるし」

「嘘だな」

「!!」


 俺の指摘にアイリスは肩をびくりと震わせた。

 分かりやすい女だ。


 俺は相手の嘘を見抜くことも得意だ。依頼によっては、相手を尋問し情報を引き出す必要もあったからな。

 相手がなにか特殊な訓練を受けているならまだしも、そうでなければ即座に看破することは容易い。


「……どうしても言わなきゃダメ?」


 アイリスが俺の顔をじっと見て尋ねてきた。

 言いたくなさそうだ。


 俺は肩をすくめ、


「嫌なら別に言わなくてもいい。ただの世間話なんだしな。あまり相手の事情に踏みこむ気にもなれないし」


 と口にした。


 俺だって、事情をあまり深く掘り下げられるのも困る。

 リスティド暗殺者一族だった、と言われてもドン引かれるだろうし、その時点で『普通』の生活から遠ざかってしまうからだ。

 ゆえに、アイリスのことを責める気は毛頭なかった。


「そ、そう。ありがとう。ごめんね」

「謝る必要もない。人ってのは言いたくないことの一つや二つはあるものだ」


 素直にアイリスは「ごめんね」と言えるということは、根は悪くないんだろうな。所々口は悪いが。

 そういうところも、嫌いにはなれん。それどころか、秘密を隠し持っていることは逆に好感を覚える。


「さて気を取り直して、薬草摘みをはじめようか」


 俺は歩きながら、アイリスに告げる。


「アイリスは薬草摘みをやったことがあるか?」

「駆け出しの頃にちょっとだけね。でもすぐにランクが上がっていったから、ほとんどやってこなかった。だから私も薬草摘みについてはあまり教えられることはないわよ」


 とはいえ辺りを見渡すと、そこら中に薬草が生えている。

 そこまで難しくはないだろう。

 早速薬草を摘もうとすると、


「あっ、でも……一つだけ気をつけてね」


 アイリスはまるで学校の先生のような口ぶりで、こう続けた。


「中には薬草に似た毒草もあるから。触れるだけで猛毒におかされる薬草もあるわ。当たり前だけど、毒草を持っていってもギルドは依頼達成だと認めてくれないんだからね。毒草と薬草を見分ける……それがこの依頼の重要な点でもあるのよ」

「なるほどな」


 彼女の忠告はごもっともであろう。


「しかし心配しなくてもいい。毒かそうじゃないかを見極めることは、得意だからな」

「そう……ならいいんだけど。本当よね?」


 アイリスは釈然としない表情で言った。


「おっ、これは……」


 しゃがむ。

 一見薬草によく似た草だ。見た目だけで判別するのは至難の業だろう。


 ならば。


「ちょ、ちょっとあんた! 言ったそばから! もう少し吟味してからじゃないと……」


 アイリスが慌てて止めに入ろうとした瞬間であった。


 ぺろっ。


 俺はそれよりも早く、その草を一舐めしてみた。


「って、あんたなにをしてんのよ! それがもし毒草だったらどうするつもりなのよ! もし本当に毒草だったら——」


 なにやらアイリスは後ろで叫いていたが、俺は振り返りこう言った。


「アイリス、残念だ。どうやらこれは()()のようだ。ハズレだな。次にいこう」


 ぽいっと毒草を捨てる。


 するとアイリスは血相変えて、


「ど、どどど毒草? だったらなおさら大変じゃない! もしかしてあまり大したことない毒草だったってこと……」

「いや、どうやら即効性の猛毒のようだ。普通の人が一舐めでもしたら、すぐ死ぬだろう」

「だったらどうして平気にしてるのよ!」

「俺に毒は効かんからな。小さい頃から毒草は山程食わされていたものだ。家庭の晩飯メニューによく並んでいた」

「どんな家庭なのよ!」


 キレの鋭いアイリスのツッコミ。

 だが、事実だ。


 確かに俺だって、最初の頃は猛毒を食わされて、一週間は穴という穴から水分を出し続けた思い出もあるさ。

 あの頃は本気で死ぬかと思った。トイレの中で、何度神に祈りを捧げたか分からん。

 だが、途中でいくら祈り続けても神は助けてくれないことが分かり、自力でなんとかしようとした。

 すると不思議とこの苦しい状態が『普通』のことのように思えてきて……以来、気付けば毒が効かない体質になっていた。


「田舎ではよくあることだ」

「そんな田舎、聞いたことないわよ!」


 驚きを通り越して、アイリスは呆れているような表情。


「とにかくこの調子で薬草を摘んでいこう。もっと奥に進んでいけば、いい薬草もあるかもしれない」


 どうせだったら依頼は完璧にこなしたいしな。

 立ち上がり、俺は森林街の奥の方へ進んでいった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 奥に進めば進む程、凶悪な魔物も増えてくるんだから……って、もう! 言うこと聞かないんだから!」


 すぐにアイリスが俺の後を追いかけてきた。

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