3・冒険者になりました
しばらくすると騒ぎを聞きつけて、自警団の人達がやって来た。
三人の盗賊を締め上げている。
「後は自警団に任せておけばいいか……」
背を向け、その場を去ろうとすると、
「ちょ、ちょっとあんた!」
先ほどの赤髪の女——アイリスに声をかけられた。
「あんたが『普通』の人間……? なに寝ぼけたこと、言ってんのよ!」
「なにを言っている。俺は……」
「高密度の《炎球》が当たって平然としているのが『普通』なわけないじゃない!」
高密度……?
もしかしてさっきの《炎球》か?
あんなのが高密度だったら、俺が修行の際に受けた炎はどうなる。あまりの熱さに声を失い、骨も溶けた。なのにろくな治癒も受けさせてもらえず、一ヶ月間は悶々としていたものだ。
だが、やがてその熱さも心地いいものになっていき、気付けば平気になっていたんだけどなあ。あの時の炎に比べれば、盗賊の《炎球》はスカスカにも程があった。
「まだちゃんと自己紹介をしていなかったわね。私はアイリス」
アイリスが髪をふさあとやって名乗った。
「俺はラウル。ラウル・リス——じゃなくて、ラウル・リクルド。よろしくな」
危ない危ない。
もう少しでリスティド姓を名乗ってしまいそうになった。
リスティド一族は暗殺者なので、普通の人には知れ渡っていない。
しかし一部の貴族や王族は知っていることだし、隠しておく方が無難だろう。まあアイリスがその類だとは思えないが。
「ラウル・リクルド……聞いたことない名前ね」
アイリスが首をかしげる。
「もしかして、ラウルは最近この街に来たのかしら?」
「んー……まあそんなところだ。田舎から来たものだから、あまり都会の常識が分かっていないかもしれん」
「あー、だからなのね。なんとなく納得したわ」
何度か納得したように首を縦に振るアイリス。
「ラウルは王都になにをしにきたの?」
「『普通』の生活をしにきただけだ」
即答する。
これだけは譲れない。
「普通の? ふふふ。あんた、なかなか面白いことを言うのね。気に入ったわ」
アイリスは楽しそうに笑った。
「でもその『普通』を実現するためには、具体的になにをするつもりだったのかしら。よかったら教えてくれない?」
「俺は——」
そこで言葉に詰まってしまう。
『普通』の生活をするために暗殺者を辞めたものの、具体的になにをすればいいのか途方に暮れていたところだったのだ。
言葉に窮していると、
「もしかしてラウル……そんなことも考えずに王都に出てきたわけ?」
と呆れたような口調でアイリスは言った。
「申し訳ない」
「別に謝る必要なんてないわよ。ふーん……そうなんだ……」
一頻りアイリスは考えた後、なにかを閃いたように手をパンと叩く。
「そうだ! あんた、王都で冒険者にならない?」
「冒険者?」
「ええ。いくら非常識なあんたでも、冒険者くらいは知っているでしょう?」
冒険者とはいわば『街のなんでも屋』だ。
簡単なところから言うと、街の清掃や土木工事の手伝いもする。さらには薬草摘みや魔物討伐といったことまで手がける、幅広い仕事なのだ。
「そうだな……」
腕を組んで考えてみる。
ここ王都は王国内でも冒険者の数が多い。やはり人が多い分、事件も多いからだ。
冒険者になって日銭を稼ぎ、その日を過ごす。
別に冒険者への依頼は危険なものばかりではない。
なので腕っ節に自信がない、たとえば子どもだったりしても冒険者に登録しているという。お金に困ったら、皿洗いの依頼でもこなして稼ぐためだ。
「冒険者になるのは……普通だよな」
「まあそうね。少なくてもおかしくはないわ」
アイリスが賛同する。
銀行ギルドに預けていた金を引き下ろす『魔導カード』も家に忘れていたところだしな。単純にお金も欲しい。
「よし、なってみるか」
「決まりね!」
アイリスはくるっと背を向け、
「さあ行きましょう。冒険者ギルドまで案内するわ」
「それは助かる。ありがとう」
「あんたに興味があるしね。もっと力を見極めたいし」
と魅力的な笑みを浮かべた。
「うむ。そうやって笑っていれば、より一層可愛く見えるな」
「え……?」
目を丸くするアイリス。
「なんか変なこと言ったか? 心からの本音を口にしただけだが」
「可愛いって……あ、あんた。他の女にもほいほいそんなこと言っているわけ?」
「他の女にも? いや……あまり言ったことはないが……」
というより、周りに『魅力的な』女がいなかっただけかもしれない。
いたとするならば、レイラ姉さんや妹達くらいだからな。
とはいえ、ヤツ等は女性というより俺の中では『苛烈な暗殺者』というくくりだった。アイリスとはまた別なのだ。
「と、とにかく行くわよ!」
ぷいっと顔を逸らすアイリス。
「どうした、アイリス。顔が赤いぞ? もしかしてさっきの《炎球》が当たったか? 俺にとっては涼しかったが、アイリスはちょっと熱かったか」
「さっきの《炎球》が直撃してたら、顔が赤くなるだけでは済まないわよ……」
◆ ◆
「ようこそ、冒険者ギルドへ!」
冒険者ギルドに着いて、受付テーブルの前まで行くと。
受付嬢が笑顔でそう言った。
「あ、アイリスさんじゃないですか! 聞きましたよ。なんでも、盗賊を捕まえたと」
「捕まえた……ね。それは私じゃないわよ。それは——んんんっ!」
俺はすぐにアイリスの口元を塞ぎ、耳元に顔を近付けた。
「あのことはあまり吹聴しないで欲しい」
「んんんっ(『なんでよ!』と瞳で訴えかけている)」
「目立ちたくないんだ」
目立つこと、それ即ち『普通』とは遠ざかることだからな。
アイリスは反論してくると思ったが、
「(『分かったわよ。あんたにも事情がありそうだしね』と瞳で訴えかけている)」
と意外にもアイリスは聞き分けがよかった。
「アイリス……さん?」
「なんでもない。それで……今日はこの男が冒険者になりたいらしくてね。取りあえず、冒険者登録を済ましてくれるかしら」
「分かりました! ではこちらのプロフィールカードに名前や年齢等を書いてくださいねー!」
さっと手際のいい動きで受付嬢が紙を差し出す。
「職業か……」
プロフィールカードにそんな項目があった。
まさか『元暗殺者』と書くわけにもいかないだろう。
『無職』にしておくか。
紙にフェイクも混ぜてプロフィールを書き込み、受付嬢に返す。
「ありがとうございます!」
「これだけか?」
「ええ! 冒険者は学生さんとかもなったりしますからね〜。なるのは簡単なんです。成り上がっていくのはあなた次第ですけど」
俺が質問すると、受付嬢がそうウィンクした。
これで俺も晴れて冒険者ことか。
「また今日も『普通』に一歩近付いてしまった」
「大袈裟よ!」
『普通』も案外ちょろいかもしれない。
「あ、後……ラウルさん。得意なことってありますか? それによって、依頼を振り分けたりするんですけど」
「得意なことか……」
『暗殺』……と言いかけたが、すぐに言葉を飲み込む。
しかし……振り返ってみれば、本当に今まで暗殺しかしてこなかったな。
そのせいで、それ以外で得意なことがなかなか思い浮かばない。
つくづくあの暗殺者一族は俺にとんでもない英才教育を施してくれたものだ。
俺は熟考してから、
「手先が器用……後は足音を消して歩くことも出来る。一応趣味は手芸だ」
「手芸! よく見れば可愛らしい顔をしていますし、まるで女の子みたいですね! 分かりました!」
受付嬢が俺の顔を眺めながら言う。
可愛らしい顔……そんなこと、はじめて言われたな。まあ姉さんから「中性的な顔立ち」とは言われたことはあったが。
俺達のやり取りを見てか、
「ぷぷぷ! あいつ、手芸が趣味なんだってよ!」
「せいぜい、子どものおままごとの手伝いしか出来ないんじゃないか?」
「ダメだ……笑いそうになる……それに足音を消して歩くって、どこで役に立つんだよ」
と周りから嘲笑が聞こえてきた。
「あいつ等……」
「大丈夫だ。それに不用意に目立ちたくないから止めてくれ」
それにアイリスは鋭い視線を向けていたが、俺はさっと手で制した。
しかし手芸を舐めてはいけない。
依頼によっては、なんら道具も与えられず現地に向かうこともあった。入場で武器のチェックが厳しく、持ち込めなかったのだ。
その際、俺は現地で武器やアイテムを作ることもあった。それに依頼によっては鍵開けもしなければならない。
そのため、武器作りや鍵開けの等の『手芸』は生き残るための大切な手段なのだ。
それが分からないとは、あいつ等もまだまだ甘い。
「では! これがあなたの冒険者ライセンスです」
「仕事が早いな」
「ありがとうございます!」
ライセンスは一枚のカードであった。そこには『ラウル』という名前、『十六歳』という年齢、さらにはランクのところに『F』と記されている。
下の方の備考欄には『手先が器用。足音を消して歩ける』ということが書かれてあった。
「それで……どうします? 早速依頼を受けることも出来るんですけど……あっ、あなたはFランクからスタートですが、アイリスさんと一緒ならCランクの依頼までなら受けることが出来ますよー。どうします?」
「ラウル、どうするのよ。私、付き合ってあげてもいいけど。あっ、このCランク依頼の『ベヒモス討伐』を受けてみる?」
隣を見ると、アイリスが期待を込めた瞳で見てきた。
しかしライセンスが発行されるまでに、俺はざっと依頼一覧を眺めていた。
今更選ぶ必要もない。
「じゃあ俺はこれを」
指差す。
「はあ!?」
それを見て、アイリスは前のめりになった。
「や、薬草摘み……?」