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*精霊術士の闘い方*

 *



「高地の草原って、涼しくていいものだね」


 白い鬣を同意するように上下に振る幼竜に手を伸ばし、労うようにポンポンと背を叩いた。

 幼竜はスルスルと身を縮ませ、見慣れた少年の姿へと戻る。

 ぴょんぴょん跳ねるようにして草原を駆け回る姿は、さながら子犬だ。

 一方で、猫のように伸びをした少女は吹き渡る風に横顔を和ませている。

 栗毛の馬から降りて荷解きをするウルディス青年とその傍らで手伝いをするオルクは、微笑ましいものを見るように彼らを眺めていた。


 一見しただけならば、線の細い少女である。

 造形そのものからして整っているが、王家の血筋に代表されるような目を引くものというより少し淡い。

 儚げという言葉が似合いそうなのに、その背には思わず身を引いてしまいそうな大太刀。

 要するに違和感の塊であった。


「……先ほどの面々、やはり高位魔物であったのでしょう。実際に目にしたのは初めてですが」

「嬢ちゃんと一緒にいると、飽きるってことが無ぇな」

「ええ、全くです」


 少女の有する力は、実際にそれを目にしたものでなければ分からないだろう。

 海街での戦闘然り、先ほどの邂逅然り。

 生粋の商家に生まれ、これまで様々な種族を目にしてきたウルディスに言わせれば、目の前の少女は紛れもなく異端と言っていい括りに含まれる人物だ。

 けれどもその二言だけでは言い表せぬほど、つかみどころがなく曖昧な存在でもある。


「きっと彼女は善性というよりか……己が信念の下で刃を振っているのでしょう。それが我々に向けられる刃で無かったことは紛れもない幸福と言えますね」

「ふん、人の心など測ろうとして測れるもんじゃねぇよ。俺はただ、師匠の強さを信じる」


 何処か一瞬、遠くを見つめるような眼差しをしたウルディス。

 一方のオルクは、どうでも良いと言わんばかりに切り捨てる。

 これには苦笑で返すほか無かっただろう。


「……相変わらずの脳筋言語ですね」

「考えても仕方のないことは、考えない。ただそれだけのことだ」


 彼らがそうして言葉でじゃれ合う一方で、少女と幼竜はトープ青年の案内のもと、野営用の天幕へ歩き出していた。

 さすがは国軍。

 次々に張られていく天幕と、荷下ろしの手際の良さには恐れ入るばかりだ。


「何か手伝えることがあればと思ったけど、この分だと下手の横やりになり兼ねないね」

「お気になさらず。そもそも国賓と同程度の待遇を約束されている皆様の手を煩わせるようなことがあってはなりません。我々国軍が笑いものになります」

「笑いもの?」


 首を傾げる幼竜に、苦笑してみせるトープ青年。

 ゆっくりと膝を折り、少しばかり考え込むようにして一語一語丁寧に言い直すあたりに人柄が窺える。


「……そうだな、つまり君たちは客人であり、我々は迎える側だ。本来、迎える側がすべきことを客人にさせたとあっては、我々の落ち度ということになる」

「落ち度? それで、どうして笑われるの?」

「きちんと成すべきことを出来なかったものは、結果として見下される。笑われると言っても、いい意味ではなく悪い意味で笑われるということだ」

「……んー。難しい。よく分からない」

「……そうか」


 眦を下げ、困ったように微笑んで見せたトープ青年。

 ポンポンと自然な仕草で幼竜の頭を撫で、再び立ち上がるとゆっくり歩みを再開した。


「ねぇ、トープ君。一つ尋ねても良いかな?」

「はい、何なりとお尋ねください」


 さくさくと足音を立て、幼竜の手を引いて歩くイーリアは少し前から思っていた疑問を口にする。


「『紺碧』は、精霊遣いと聞いている。その彼が君たち騎士団に求める役割って、具体的にどんなものになるのかな?」


 イーリアの問い掛けに、少なからぬ沈黙が返る。

 その間も歩みは止まることなく、彼らが進む左右からは国軍の男たちの軽妙な掛け声、応答がひっきりなしに聞こえ続けていた。

 それから暫く歩くと、比較的人の気配が疎らな地点へ至る。

 ふいに足を止めたトープは、振り返るや否や真っ直ぐな目で問い掛けてきた。


「お答えする前に、一つ確認させてください。イーリア様は、戦場における精霊遣いの戦い方をどの程度ご存知ですか?」

「いや、正直分からない。戦場で精霊遣いと遭遇した経験はないからね」

「……きっとそう仰ると思っていました」


 先ずはその辺りをお話させてください、と生真面目な声が続く。

 勿論それで構わないとイーリアは頷いたが。

 再びトープ青年が口を開く前に、その気配は突然にあった。


『否。それについては、我々が直接お伝えさせて頂きたい』


 キャラキャラと響き合う、独特な旋律。

 ズルリと空の狭間から覗くのは、巨大な二つの眼である。


「あー。それは願っても無い話だけど。君たち、契約主の傍にいなくて大丈夫なの?」

『主とは守護の印を常に結んでありますので。印を解かれない限りは、多少距離が離れても問題はありません』


 白銀の大蛇――たしか『紺碧』は白露と呼んでいたその巨躯の精霊を見上げ、イーリアは軽く嘆息する。

 大蛇の背中には、属性の異なる精霊たちが群れていた。

 察するに半分は好奇心、半分は畏怖を込めた視線をこちらに向けて注いでいる。


「……じゃあ、お言葉に甘えて教えてもらおうかな。正式な挨拶はまだだったと思うけど、俺はイーリア・リヴィエール。君の名を問うても構わない?」

『是。私の名は白露と申します。今後、お見知りおきください』


 月色の両眼を閉じ、首を垂れる大蛇の背中の上。

 銘々に程度の差はあれど順番に頭を下げるのは、水や炎、樹や土、氷に雷と様々な種族の精霊たちである。

 ちなみに氷の娘たちからは、怯えたような視線を向けられている。

 これはまぁ、仕方がないかな。


『話を始める前に、一つ質問をお許しいただけますか?』

「構わないよ」

『イーリア様は、これまでに私たち以外の精霊を目にした事はありますか?』

「あー、うん。一応あるよ。じーさまの知り合いの精霊遣いがいてね……いつも両肩に炎と氷の精霊をそれぞれ乗せていて、足元には闇の精霊、あと杖には属性の分からない白蛇を巻き付けてたかな……」

『……驚きました。それはもしかすると、精霊界でも有名なネメシス翁では?』

「あー。そうそう、そんな名前だった。本人とは直接言葉を交わしたことすら無いんだけどね。聞けば極度の人見知りとかで、いつも両肩の精霊が交互に通訳をしていたくらいだから」

『間違いありませんね。しかし、かのネメシス翁の名前が真っ先に出てくるとは……流石に、陽光の銘刀の主であらせられる。周囲に卓越した面々が集まるのも道理でしょうか』


 イーリアは言われた言葉に苦笑しながら、訥々と返した。


「そんな善いものじゃないよ。俺も、この刃もね。根本的には非情でしかないだけだし。こんな割に合わない大飯喰らいを相棒にしなきゃいけないのも、これじゃないと効率的に魔物や魔獣を狩れないから。俺ぐらいの馬鹿じゃなかったら、そもそも誰も腰になんか差したがらないと思うよ?」


 一瞬、酷く醒めたような目をした少女。

 その静かな声に、傍らに控えていたトープ青年が小さく息を呑んだのが分かる。

 一方の白露は少女をじっと見下ろし、内心で同意していた。

 陽光の銘刀――その正式な銘は持ち主にしか明かされないと聞くが、この世界に現存する紛れもない『神器』の一つ。

 始原の刻に生まれ出たとされる、最古のモノだ。

 大きすぎる力は時として何も生まない。

 使い道を誤る以前の問題として、まさしく諸刃の刃でしかないことを知る者が過去にどれくらいいただろうか。

 否。その正確な事実を、恐ろしさを知る者は僅かだった。

 礎を築く依代としても、浄化をする為の神器としても、あまりに完璧であり過ぎるが故に人の手には有り余る得物。

 だからこそ遣い手として魅入られた者は、その代償として多くのモノを奪われたり、喪うことになった。

 全ての物事は両天秤によって釣り合いを保つモノ。

 そこに例外はない。


 目と目で見合う。

 ゆっくりと瞬く、月色の双眼。

 互いの眼差しに、理解の色を認める。

 静かな声で白露は語り始めた。


『……イーリア様が既にご存知の通り、我々精霊族は様々な属性を持ちます。基本的には自然と共に自我が芽生え、長い歳月を経て精霊としての魂を習熟させていくのです。我々は基本的に中立の立場を望みますが、例外もある。それが、精霊遣いの血筋を受け継ぐ人間たちとの在り方なのです』

「精霊遣いの血筋っていうのは、そもそもどういうものなの? 起源は?」

『……始まりの血族と呼ばれる三人の娘たちがおります。古の時代、巫女としてその身を精霊に捧げた彼女達が始祖の精霊使いとなりました。森の民であった彼女たちは時の精霊王にその魂を認められ、彼女たちが残した血筋が後の精霊遣いを生んだのです』


 三人の娘。

 そこから紡がれた血族にのみ、精霊たちは加護を与えた。

 故に、本来ならば血族に連ならない者たちは『精霊』の姿を見ることすら出来ないという。


『その点で言えば、貴女は例外中の例外です』

「でも、トープ君は見えているみたいだね?」


 つい、と視線を向ければ突然視線を向けられたトープ青年は、少なからず目を丸くして「それは」と言葉を紡ごうとする。

 しかし全てを紡ぐ前に、白露の方があっさりと答えを明かした。


『精霊遣いに仕える者たちには、我々の姿が見えるようになるのです。ただし精霊遣いと一言で言っても、我々と深くつながることの出来るものは稀。その血の濃さが初代に近ければ近いほど、魂の思いが強ければ強いほど、我々は精霊遣いを通じて、現世に様々な影響を与えることが出来るようになるのです』

「あー。うん、成程ね。なんか少しずつ分かってきたかも。つまり彼は初代の頃の血の濃さに近いんだね?」


 イーリアの問いに、白露は首を垂れる。

 そしてつらつらと語り始めた。


『主は生まれながらにして、近年でも稀に見る血の濃さを持っていました。幼い頃は制御が上手くいかずに、よく暴走しかけたものです。しかし先代の王にその才を認められ、自信を得るに従って己が血を制御し、優れた精霊遣いとしての御業を示せるようになりました。いつしか八翼としても数えられるようになり、主は我々と手を取り合うことで多くの人々を守ることが出来るようになっていったのです』


 けれども、あの暗黒の時代が全てを引き裂いた。

 今や御伽語りのようにして紡がれるようになったそれであるが、実際はそんな生易しいものではない。

 まさしく血で血を洗うような凄惨な日々であり。

 事実、その時代を生き抜いた多くのモノに癒えぬ傷を遺した。


『精霊遣いは、その異能が故に普通の人間よりか極端に短命か、あるいは長命なのです。主は後者であるが故に、長い歳月の中で数えきれないほどの残酷な場面に出くわすこととなってしまった。そして暗黒の時代の最中に、自らの才を認めてくれた先代王すら目の前で失った。主はあの日から、魔物や魔獣に対する憎悪に心を焼くようになったのです』

「……」


 イーリアは思わず言葉を失い、そしてほんの一瞬瞑目する。

 まるで映し鏡のような話だ。

 痛いほどにその気持ちは分かると思った。けれど、微かに自嘲するような思いもまた否めない。

 そもそもの話。

 彼と私では、根本的な立ち位置が違う。

 流れ着くまでの過程に、天と地ほどの隔たりがあることを弁えなければ。


『主は当初、単騎で戦うことが多かった。けれども暗黒の時代を経て国を再建する過程で、騎士団が再編制された頃から戦い方を見直すようになったのです。主は与えられた騎士たちを冷徹なまでの信念のもとで鍛え上げ、そして個々に契約を結びました。騎士たちは戦場において、主の命じるままに刃となる。それが意味するのは『加護』あるいは『依代』という形で精霊の力を宿し、命の限り戦い続けるということです。そこに自らの意思はない。……非情とも呼ばれる所以です』

「……なるほどね」


 白露の低められた声に、イーリアは小さく頷く。

 驚くほどに統一された動きの理由も、そこに至るまでの事情も大まかにではあるが把握できた気がする。

 見上げた白露の眼差しは、昏い。

 彼の背の上で身を寄せ合う精霊たちも、殆どが同じような色を浮かべている。


 ――確かに、あの時代は重苦しくどこまでも血に塗れていた。

 朧気に辿る記憶の端々に、イーリアとて何も思わない訳ではないのだ。

 残酷で、容赦なく、凄惨で、血に塗れ、希望の一つすら見えないような薄暗い日々。

 月も太陽も星々の光すら届かないような、陰惨。

 少しでも気を抜けば、次の瞬間には命すら危ういような一瞬一瞬。

 日常と化した、慟哭と悲痛。

 鼻を掠める、深い血臭。

 簡単に忘れられるモノならば、誰も絶望はしないだろう。

 削ぎ落とされても尚、在り続ける。

 だからこそ誰もが苦悩し、足掻くのだ。


「確かにそれは、残酷と呼ぶに値する戦い方なのかもしれないね」


 淡々と紡いだ先に、トープ青年の焔のような双眸が光る。

 一呼吸の後に、血を吐くような叫びが、鼓膜を打つ。


「我々は、後悔など微塵もしていません!」

「本当に?」

「……俺の妹は、生きながら魔獣に喰われて死にました。魔獣とそれを使役する魔物ども、その息の根を止める為ならば、俺はどんな手段をも厭わない。この命絶えるその時まで戦い続けることに、躊躇いは微塵もありません!」


 真っ直ぐすぎる双眸に、イーリアは軽く目を瞠ったものの一拍おいて苦笑する。

 なるほど道理である。

 平和を望む清廉な想いも、憎悪が故に滲み出る意思も、戦場を前にして上も下もない。

 戦う理由は人それぞれだ。

 志が澄み切っていようと、濁り切っていようと、戦場において大切なのはただ一つ。

 戦う意思があるか否か、それだけだ。


「それが君たちの選んだ闘い方であるのなら、俺は何も言わない。そしてそれを否定するつもりもない」


 トープ青年、うなだれたままの白露、その背中に乗る大小の精霊たち。

 全てと順に目を合わせ、イーリアは微笑んだ。

 その笑みには一つの揺らぎもなかった。


明けましておめでとうございます。

昨年より、つらつら書き綴って参りました。


本年も宜しくお願い致します。

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