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*嵐の中で、星は戯れる*

 ☽



「……ねぇ、ご覧よ。あっちの川岸に結構な数の虫がうじゃうじゃしてる」

「余所見をするな、()(さぎ)


 苔生した橋の袂に立つのは、二つの小柄な影だった。

 一方は真白の法衣を纏っており、もう一方は灰色の外套を素っ気なく被っている。

 真白の法衣を纏う方は、淡々とした声色で片方の言葉を諌めた。

 しかし灰色の外套から覗く目は少しも堪えた様子なく、爛々と光ったままだ。

 その口許には歪んだような笑みが浮かぶ。

『虫』――彼がそう称するのは、視線の先で動き始めた国軍の騎馬の列だ。

 葦毛の馬列の真ん中には、漆黒の駿馬も見え隠れしている。

 舌なめずりをするようにしながら、灰色の外套を纏った男はそちらへ向けてふらりと足を動かそうとし――寸前で真白の法衣に襟首を掴まれ、制止された。

 グェッと首が閉まる。

 互いに殺気立った目を交わす。

 氷のように涼やかな声が、耳元に直接吹き込まれた。


「おい、道草を食う暇はないんだ。いい加減にしろ、緋鷺」

「……煩いなぁ。太白(たいはく)は相方を殺されてないからそんなこと言えるんだよ。あぁ、あの虫どもに悲鳴を上げさせてやりたい。血の色を見たら少しは俺も落ち着いて任務に当たれるのにさぁ……」


 飢餓の色を双眸に乗せ、いらいらと全身を揺する。それにつられるように灰色の外套から、褐色の髪が覗いた。

 16柱が一柱――『(まどい)』の緋鷺。

 これでも御年二百を数えると言うのだから、笑ってしまう。

 見た目はどちらも少年、あるいは大目に見ても青年といった姿形をしている二人。

 同じく16柱の一柱である『(さび)』の太白は溜め息を隠さず、そして束の間遠い目をした。


「『彷』の死を無駄にはしない。その為にも、こんなところで道草を食っている暇はないと言っている」

「……ほんとにむかつく。正論は聞き飽きてるんだよ」

「月頭の命に逆らうと言うのなら、俺はお前をここで殺滅する」

「……」


 淡々とした言葉の奥に、滲み出るような太白なりの誠意があった。

 それを汲み取ってか言葉を途絶えさせた緋鷺に、ほんの微かに安堵を覚えかけた間際。

 不意に、その声は降ってくる。


「ねぇ、まだそんな甘っちょろいこと言ってるの?」


 柔らかで美しい声色ながら、言葉の端々に満ちるのは紛れもない殺意だ。

 石橋の暗がりから、花のように微笑みながら姿を見せたのは一人の少女。

 その姿を目に映すと同時に、太白はその場で頭を抱えたくなる。


「……『(がい)』。どうしてお前がここにいる」

「うふふ。こんな愉快なお遣いにどうして私を連れて行かないの? 魂の回収だけなんて野暮なこと言わないで、ついでに毟って帰りましょうよ。ね?」

「ね、じゃない。命じられた任務以外の行動は、場合によっては……」

「太白、煩い。そんなチマチマしたことを気にしてばっかりだから、アンタはいつまでも四柱に上がれないのよ」

「あはは、(こう)()そこ言っちゃうんだ?」


 途端に活気づき始めた緋鷺と、クスクスと笑み零す『害』の紅華。

 意図せず高位魔物たる16柱のうち、3柱が揃い踏みすることとなった石橋の上。

 ただ一人、太白と呼ばれる青年だけが頭を抱えていた。


「いいから、さっさと引き上げるぞ。これ以上こんなところで足を止めていたら……」

「太白、あの漆黒の駿馬が見えないの? いい加減にあの目障りな羽を一枚くらい毟っておくべきよね。違う?」

「あー、やっぱあれ『八翼』なんだ。良いねぇ、毟るの賛成。あいつら一寸目障りだもんね」


 真白の法衣を翻そうとした太白の背後で、不穏すぎる少女と少年の呟きが木霊する。

 互いに微笑みながらも、そこにあるのは純然たる殺意しかない。

 あからさまに眉を顰め、とうとう太白は背に負った自らの獲物――漆黒の大剣へと手を伸ばしたが。

 その判断は、遅すぎた。


「前菜は貴方に譲ってあげる、緋鷺」


 ふわりと微笑み、太白の刃を封じにかかる紅華。

 その合図を待ちわびていた緋鷺は、解き放たれた獣の如く駆け出してゆく。

 太白の制止の声はその耳に、届かない。

 狂喜に満ちた笑みが露わになり、灰色の外套が脱ぎ捨てられる。

 葦毛の馬列が、石橋に差し掛かるとほぼ同時であっただろうか。

 目にも留まらぬ速度で振りかぶられた一閃は――甲高い音と共に遮られる。


 巨石の盾。

 前列の騎士の首を刎ねる寸前で、それは突如として出現した。

 それはさながら巨人の両腕の如く石橋の両端から伸び、地面に魔物を容赦なく抑えつける。


「……ふぅん、高位魔物の中にも単純馬鹿っているんだね」


 張り詰めた空気を裂くように、その場に響くのは声一つ。

 指先を掲げるようにして、漆黒の駿馬の馬上から冷ややかに睥睨するのは白皙の美貌。

『紺碧』サウロ・ヴィーラは淡々と問う。


「それで? お前たちの目的は何? もしかして僕の首だったりする?」

「……この、人間風情がっ」

「へぇ、まだ喚くだけの余力があるんだね。感心感心。じゃあ、そろそろ潰れてみる?」


 軽い口調を崩さないものの、双眸だけはまるで笑っていない。

 サウロがその指先を地面に向け、そのまま止めを刺そうとした寸前。


「ちょっと、緋鷺。遊ぶのもいい加減にしなさいよ。私たちまで舐められるじゃないの」


 カツ、と高い靴音と共に花の顔が橋の袂に浮かび上がる。

 紫紺のドレスから伸びる手足は、血の気が通っているのか疑いたくなるほどに青白い。


「御機嫌よう、人の子。そして、さようなら」


 その繊手に掲げられた鉄扇と、伴うようにして中空に浮かび上がる広範囲魔術式。

 薄紫の輝きが、周囲の空気を一挙に染め上げた。

 その威力を解析し、瞬時に蒼褪めたサウロが咄嗟に叫ぶ。


「総員、退避――!」

「もう、手遅れよ」


 艶やかな唇が弧を描き、過たず振りかぶられた指先で千の首が飛ぶ――筈だった。


「騒がしいなぁ」


 吹き付ける風と共に、すべての威力が相殺される。

 パキン、と音を立てて砕け散る魔術式。

 見開かれた幾つもの双眸の先。


 脱力するような声と共に、ふわりと橋の袂へ降り立ったのは真白の少女だ。

 吹き荒れる風の中で、少女の周りだけが不自然に凪いでいる。

 双眸は徐々に、氷白へと染まってゆく。

 その視界には、3人の魔物。

 ゆるゆると視線を合わせ、どこまでも柔らかに、残酷に微笑んだ。


「騒々しいの、嫌いなんだよ」


 掲げられた刃は冴え冴えとした氷色を湛え、脈打つ。

 それは恐らく、鼓動だ。

 刃の中心はゆっくりと形を歪めてゆき、やがて滴り落ちるように地に墜ちる何か。

 ボトリ、と音を立てる。

 それは、遠目には雪の塊の様にも見えただろう。


「――余さず、食べておいで」


 真白の少女が発した声に、それはゆるりと首肯したようだった。

 瞬きをするような、その刹那。

 縮まっていた八つの手足が伸びるや否や、一瞬にして視界から消え失せる。

 辛うじて軌跡を目で追えた僅かな者たちは、それが石橋を伝い、頭上へと一挙に駆け上がったことを知る。

 純白の体毛が陽光に照らされ、八つの青い目は逆光の中で順々に瞬く。

 それは――紛れもなく巨大な蜘蛛だった。


「……馬鹿なっ、あれは」


 魔物の一人が発した声に反応するように、大蜘蛛が眼下に向けて糸を吐く。

 目では追うことの出来ない速度で吐き出されるそれに、周囲は瞬く間に真白と化した。

 まるで滝の如く。

 吐きつくされた後に残るのは、真白の糸玉、蜘蛛の巣だ。

 一人は辛うじて巣の届かぬ範囲へ離脱出来たようだが、残りの二人は完全に巣の中に囚われていた。

 手足を糸に巻き取られ、身動きを半分以下に制限されている。

 とはいえ、曲がりなりにも高位魔物ということだろう。

 糸玉の中で魔術式を用い、互角程度には渡り合えている。

 手足や胴体に浅くない傷を負いながらも、ギチギチと牙を鳴らし、大蜘蛛はゆっくりと狙いを定めていた。

 八つある目の内、瞬く間に二つを潰された。

 けれども残る六つの目。それらが少しずつ魔物たちの次の動きを読み、目まぐるしく学習する。

 少しずつ、けれども着実に忍び寄っていた。

 何しろ、久方ぶりのご馳走だ。

 空腹を満たさずにいる気など、さらさらないのだろう。


「……久々に呼び出したから、けっこう空腹らしいね。あの分だと、二人食っただけじゃ納まらないかも」


 半ば呆れたような、少女の声。

 その声に返る魔物の声からは、隠し切れぬ動揺が滲み出る。


「お前は、何者だ。あれは嘗ての……」


 橋を渡り切った先に広がる、草原。

 唯一、蜘蛛の巣の外に逃れた魔物の真正面には真白の立ち姿。

 何を気負う様子もなく、少女は刃を背にふわりと微笑みを手向けた。


「ふぅん、君は知っているんだね。あの子の原型」

「あれは嘗て、魔界の四方を治めていた守護魔獣の一体だろう……だが、数百年前に何者かの手で討伐された」

「物知りだねぇ、君。もしかして、他の三体がどうなったかも知ってるんじゃない?」

「……ほぼ同時期に、残りの三体も姿を消したと」

「ふふ、そう。やっぱり物知りだね」


 謳うように、少女は言葉を紡ぐ。

 優しさすら感じさせる表情であったが、そこには純粋な殺意しか浮かんでいない。


「せめて、死ぬ前に名乗りたい? それくらいの猶予はあげるけど」

「……まさか、貴女は」


『錆』の太白は言い表しようのない畏怖と大きな違和感の先で、思い至る。

 たった一つの可能性。

 実際に会い見えてようやく、彼は月頭のことばの意味を本当の意味で理解した。

 数百年に渡り、牙を磨ぎ、同胞を喰らい、そうして辿り着いた今この時。

 ここに至るまでに、どれ程の犠牲を払ったかは、もう覚えてすらいない。

 霞んでしまった景色の向こう、微かに過る暖かな面影すら、もはや遠い。

 常に身は張り詰め、神経は冴え冴えと凍えて、静まり返る胸の内。

 ただひたすらに、16柱としての務めを果たし続けてきた。


 それでも尚、届かぬ頂が確かにある。

 彼にとってのそれは、72柱の中で唯一秘された存在である月頭『陰』と魔界の中枢たる『青陽』の両者であった。

 しかし、彼は今この時に知ることとなった。

 彼が知らずにいた、もう一つの頂が存在していたことを。


 ――あの子はね、唯一わたしに並び得るモノ。

 私よりも遥かに残酷で、躊躇いがない。

 その上、美しくさえあるんだから参っちゃうよね。


 まるで惚気のようなその羅列。

 冗談半分に聞き流していた自分は、きっと愚かだったのだろう。

『錆』の太白は、ゆっくりと止めていた息を吐く。

 僅かに残された16柱としての矜持から、たとえ死ぬと分かっても刃を抜き、正眼に構えた。


「お目に掛かれたこと、光栄の極み。私は16柱が一人『錆』の太白と申します。死の前に、一手のご指南を願います」

「潔いのは嫌いじゃないよ。じゃあ、おいで」

「参ります」


 グッと気を溜め、清々しいまでの殺気を込めた一撃を放つべく太白は重心を落とした。

 そして、刹那。

 常人では視認できぬ速度で繰り出された刃は、漆黒の軌跡と共に少女の喉元へと迫り――弾かれる。

 青い火花の如き、凛とした音が響く。

 真白の少女は、少しも体勢を崩していない。

 一方の太白は崩れた体勢を立て直すべく身を翻すも、僅かに足らない。

 その喉元へ、一縷の慈悲もなく迫るのは氷色の刃。


 ――申し訳ありません、月頭。青陽さま。


『錆』の太白は、死を目前に己の不忠を詫びた。

 目は逸らされることなく、その軌跡は確かに喉元へと届いた。


 しかし。


「お前にまだ死なれるのは困るな、『錆』よ」


 空から降る、闖入者。

 穏やかでありながらも、そこに付随する覇気は明らかに異なるものだ。

 火の粉が舞い、一呼吸を待たずして周囲は炎に包まれた。

 あっという間に火の海と言わんばかりの状況となる。


「お久しゅうございます、星の方」


 ひらりと身を翻しつつ、少女の刃を寸前で弾いたのは漆黒の穂先だった。

 気配もなく姿を現した男の手には、長槍が握りこまれている。

 緋色がかった長髪。

 漆黒と金色の二色が混じり合う異様な双眸。

 緋色の衣を無造作に纏い、青年と見紛う精悍な面差しを綻ばせながら泰然と立つ長身。

 それは曲がりなりにも、強者であるが故の矜持からか。

 しかし、敵対の意思はないと言わんばかりに微笑みを崩すことはない。

 さり気無く炎を壁に、後退の姿勢を取った。


「直接名を呼ぶことを許されておりませぬゆえ、今回は挨拶のみでご勘弁を!」

「……星、ね。また訳の分からないのが増えたなぁ。ちなみに、君は72柱の生き残りかい?」

「はい。四柱が一人『業』の千里と申します。以後、お見知りおきを!」

「いや、名前を覚える気はないから」


 糸を伝い、見る見るうちに蜘蛛の巣は炎上し始めた。

 ガチガチと口惜し気に牙を鳴らし、純白の大蜘蛛は巣を捨て、少女の背後へと移動する。

 空腹の為、大層イライラしている様子だ。

 まさにご立腹である。

 続いて破れた囲いから飛び出してきたのは、二人の高位魔物たちだった。

 銘々に炎の向こう側へ降り立つや否や、何故かそれぞれにブルブルと身を震わせている。


「『惑』はともかく、何故ここに『害』がいる。詳しいことは後ほど聞くが、流石にここまで愚行に走ったとなれば俺も庇いきれん!」

「……っ、申し訳ありません」

「ふむ、咎めは追って下ることだろう。今は生きてこの場を離脱することが優先だな」


 表面上は呵々と笑って見せるが、その内心は目の前の脅威に溜息すら吐きたい気持ちだった。

 視界には、真白の少女。

 その動向を瞬きもせず、見据えている。

 16柱の内、秘されし『陰』を除く四柱の一人。

『業』の千里。その実力は、まさしく本物である。72柱の頃から、彼が唯一敗北を喫したのは実に一度きり。

 彼に膝を着かせた唯一は、16柱の統率者として変わらぬ実力をもって君臨し続けている。

 漆黒のあの背中を、追い続けること幾星霜。

 けれども決して、追いつくことが出来ずにいる。

 色彩としては真逆。

 けれども、その真白に透けるようにして漆黒がチラつく。恐らくその実力は、秘されしあの方と同程度か。

 まだ直接見えぬ16柱に言わせれば馬鹿馬鹿しいと一蹴されそうだが、こうして実際に会い見えれば笑えない。

 懐かしい、と思う。

 同時に恐ろしいとも。

 低められた言葉尻は、紛れもない緊張に張り詰め、その額を透明な汗が伝う。

 冷や汗など、実に数百年ぶりのことだった。


「……生きて、ね。君たちの覚悟のほどは、その言葉で知れるかな」


 ひたり、と合わされた双眸は身の内を凍り付かせるような色を纏い、眇められる。

 溜め息と、ほんの僅かの挙動。

 手の中の刃が、薄らと翠色に光ったように見えたその刹那。


 風が、薙いだ。


 四人の魔物たちのすぐ目の前。

 鼻先と言ってもいい、紙一重。

 大地は音もなく抉られ、その地層が地上へと晒される。

 ヒュウ、と誰かの喉の奥が鳴った。


 一歩、踏み出した少女は無邪気な子供のような笑みを手向ける。

 事実、その内心は歪んだ歓喜に染めあげられていた。

 狂喜と言ってもいい。

 こんな序盤から、憎い首を四つも無造作に寄越すあちら側に、その落ち度に、喝采すら上げたいくらいの夢心地。

 背中でカラリと、しゃれこうべが軽やかな音を立てる。


「君たちの遺言はそれだけで良いんだよね? じゃあ、もうお終いにしようか」

「……っ、流石にそう易々と討たれる気は無いのだが」

「ふふ、少しは足掻いてくれるの?」


 嬉しいな。

 そう呟いて、少女はふわりと刃を振るう。

 氷色の刃はいつしか形状を禍々しいものに変え、滑らかだった刀身は無数に枝分かれしていた。

 まるでその一つ一つが、氷の羽根の如く。

 容赦の欠片もなくふるわれた軌跡が、獲物の五体を裂き、突き、抉る。

 血飛沫が、飛ぶ。


 どれ程時間が経ったのか。

 刃が、真紅に染まる頃。

 辛うじて膝を立てていられたのは、唯一『業』の千里だけである。


「……さすがに四柱か。しぶといし、中々折れてはくれないね」

「は……っ、星の方から頂ける言葉としてこれ以上のものは無いだろう。光栄の至りだ!」


 喀血しながらも、手足の欠損なく立ち続けるその姿。

 まさしく強者である。

 とはいえ、イーリアはその殺意を微塵も薄めさせてはいない。

 そんな彼女の背に、サクりと音を立てて歩み寄る足音が一つ。

 サウロは、冷え切った声で告げた。


「ねぇ、そろそろ遊ぶの止めたら?」

「……あー。バレちゃったか。うん、ごめん。そろそろ本当に終わりにするから」


 好物は最後まで取っておく方なんだよねぇ。

 イーリアの呟きに、後方で足を止めたサウロは心の底から嫌そうな顔をしてみせる。


「悪趣味だね、君」

「あはは。否定できないなぁ」


 ふぅ、と一息ついてからイーリアは微笑みを消して立つ。

 一歩一歩。

 歩み寄る様は、向こうからすれば死神の足音に聴こえるだろうか。

 何となく感慨深いなぁと思いながら、確実に殺傷できる位置へ至り、足を止めた。


「じゃあ、本当にさよならだ。……別に君個人に恨みはないからね。一太刀で仕留めてあげる」

「ふふ、あなた方は真逆であるようで、どこか根本が似通っていらっしゃる」

「……一体、誰の話をしているの?」

「分かっていらっしゃるはずだ、星の方」


 見交わされる双眸に、柔らかな色は微塵もない。

 どこか互いに冷え切ったものを認め合い、青年はやがて諦めた様子で苦笑し、イーリアは嘆息した。


「……」


 声もなく、振り抜く一閃。

 その軌跡の先で、跳ねる首が一つ。

 トン、と地面へ落ちると同時に――ごう、と音を立てて燃え上がった。

 青い炎が、背後に倒れた三人の魔物たちを覆う。

 そして、後には何も残らなかった。


「……あぁ、やっぱりね。そんなに甘くもないか」

「なにこれ」

「要するに、お遊びだったってこと」


 高位魔物が総じて持つ能の一つ、分かち身。

 別名、分身体。

 魔力を練り込んで作り上げたそれは義体のようなものであり、実際にどの程度操れるかは各々の力量にも依る。

 今回の分身体はそれなりの精度で練り上げられたモノだった。

 仮にも四柱の一人となれば、それも頷ける出来映え。

 それでも、本来刈り取りたい首でなかったことを思えば落胆もする。


「あーあ。やっぱりそんなに簡単には狩らせてくれないか」


 深々と嘆息し、イーリアはその場で空を仰ぐ。

 一時の瞑目。

 双眸の色が、元の淡さを取り戻していく。

 サウロの何とも言い表しようのない冷ややかな眼差しに臆すことなく笑いかけ、馬列に戻るべくゆっくりと歩き始めた。



 ☽



「……千里様、どうされたのですか?」


 16柱の一人であり、同時に傍仕えでもある『(から)』の水晶(すいしょう)の問い掛け。

 それは目の前で突然ふるふると背を震わせ、堪え切れないように口許を覆った『業』の千里へと向けられていた。

 そっと覗き込めば、思わず目を瞠りもする。

 ここ数年では諦念すら感じさせる色を常に宿していた二色の双眸。

 そこに、久しく見る色が囂々と輝いていた。


「水晶、分身体が首を堕とされた」

「……は?」

「くく。久々だな、ここまで心躍る気持ちは」

「え、いやあの……千里様。一体誰が貴方の首を堕とせるというのです?」


 素朴な疑問も当然と言えば当然だった。

 何せ、16柱の内四柱として挙げられる『業』の千里は紛れもない強者である。

 これまでの生涯で唯一喫した敗北は一度きり。

 その事を知らぬものは、この魔界には存在しない。


「水晶、世界は狭いようでまだまだ奥行きがある。知ることの楽しみを久しく忘れていたが、長く生きてみるものだなぁ……」

「あの、千里様。先ほどの問い掛けの答えになっていませんが」


 呆れつつも、いつものことと言えばいつものこと。

『空』の水晶はほんのり肩を落としつつ、正午のお茶を淹れるべく手慣れた様子で茶器を用意し始めた。

 その背後には、いまだブツブツと呟きを途絶えさせない千里がいる。


「しかし分身体とは言え、この俺が食らい付くことすら出来ぬとはなぁ……。真に会い見えるまでにはまだ時もあるだろう。力を蓄え、叶うならば彼女を生け捕りにしたいものだが……」

「聞いてませんね、千里様。……彼女? え、女人が貴方の首を堕としたのですか」


 思わず茶器を取り落としそうになるが、寸でのところで回避する。

 ホッと胸を撫で下ろしつつ、再び問い掛けようと口を開きかけたものの。

 不意に視界は翳り、いつの間にやらすぐ目の前で両肩を押さえられている。

 見仰げば、二色。


「水晶、頼みがある。少し過去の文献を確認してきてもらいたい」

「……あの、千里様。あまりにも脈絡がなさ過ぎて、流石に引き受けかねます。出来れば最初から説明して頂けませんか?」

「うむ、俺としたことが気持ちを逸らせ過ぎたな。急いては事を仕損じる。水晶、お茶を飲みながら話そう」

「ええ。是非、そのように」


 溜息を零しながらも、水晶は久しく見る師の生き生きとした姿を嬉しく思っていた。

 恐らく四柱として名を頂いた頃までは、その瞳に翳りなど無かったのだ。

 けれども明確に順位付けがされることで、無謀にも彼へ挑むような者は下降の一途を辿った。

 無理もない話だ。かつて『暗黒』と称された時代と異なり、今は16柱同士で技を競うことはあれど命の潰し合いは暗黙の内に禁じられているのだから。

 それ故の、平穏。

 しかし孤高が故に、胸を占めていくのは空虚さであったのだろう。

 いつしか平坦な色ばかりが双眸に浮かぶようになっていた。

 けれどもここに来て、どうやら転機が訪れたらしい。

 それは間違いなく喜ぶべきことだった。


 丁度よく香り立つ茶器を囲み、嬉々として語り始める千里を見上げる。

 良かったですね、千里様。

 胸の内に呟きながら始めこそ、逐一うんうんと和やかに相槌を打っていた。

 けれども実際に順を追って話を聞いていくうちにその顔色はどんどん色を無くし、蒼褪めることとなる。


「あの、千里様」

「何だ、水晶?」

「残りのお三方は、今どちらに?」

「あぁ、分身体が最後に残していた力で領内に飛ばしたらしい。おそらく館の中庭辺りにでも転がっていると思うが……」

「……はぁ。昔からではありますが、今一度言わせて頂きますね。どうして、一番大事なところを、最後に言うのですか!」


 怒りよりも呆れが勝ったか。

 一語一語を区切るように伝えるや否や、慌ただしく部屋を後にする『空』の水晶。

 おそらく領内に飛ばされた筈の三名の救助の為、方々へ必要な手配に向かったのだろう。


「……ふむ。また怒られてしまったな」


 一人部屋に残された『業』の千里はポツリと零し、軽く頭を掻いた。

 仮にも16柱に名を連ねる面々であれば、あの程度の損傷は傷の内に入らないと思っているが、どうやらその認識は誤りであったらしい。

 少なからず反省しつつ、手元のお茶を飲み干して立ち上がる。


「よし、取り敢えず救援に向かうか」


 意気揚々と飛び出していった『業』の千里が、満身創痍の『錆』と『惑』を背中に抱えて帰還したのは、夕刻の灯が領内にチラホラと見え始める頃。

 唯一見つかっていた『害』と共に、速やかな治療が開始される傍ら。

「どうやら思った以上に方々へ飛ばしてしまったらしい」と呵々として笑う彼に、水晶の特大の溜息が向けられたのも仕方ないと言えば仕方がなかった。


本日分は、これにて。

今後もつらつら書き綴って参りますので、宜しければお付き合いくださいませ。

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