表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/25

*血の呪縛と黒い月*

 *



「水都へ襲来した魔獣の総数は、約三千。大半は翼獣で、ちらほら溶獣も混じってた。都の中央にある水盆に向かって攻めてきたのは明らかだったから、そっちの守護は『純白』に任せて、僕個人は都全体に散らばった魔獣の殲滅に掛かりきりにならざるを得なかった」

「……『純白』の容体は?」

「前線復帰自体は出来なくは無いだろうけど……。正直、今回以上の襲撃を受けることがあれば最悪死ぬかも。『聖土』と並んでどちらかと言えば守護特化だし。結界を破られれば、防戦一方になり兼ねない」


 未だに白、黒、緑の三色に彩られた謁見の間。

 国王であるジークリンドを中心に、居並ぶ重鎮たちからは重苦しい雰囲気が漂っている。

 無理もない。『純白』といえば、『聖土』と並び称される国の守護の要だ。

 彼らの守護を突破するような敵に、これまで会い見えることは無かった。


『八翼』は国の要。

 世代は変われど、彼らが在り続ける限り国は安定して保たれる。

 それはここ数百年、変わることのなかった不問律。


 しかしそれも、先日の襲来を機に揺らいだ。

 揺らがざるを得なかった結果をして、国は今まさに岐路に立たされている。

 国の存亡をかけた戦い。確かにそれもある。

 けれどもそれ以上に、このまま魔獣の蹂躙を許し、人々が喰らいつくされてしまえば種そのものの滅亡すら考えられる。

 その場に集まる誰もが、息をつめて『紺碧』と国王による情報のすり合わせに耳を澄ませるのは無理もない話だった。


「……それと、魔獣の後方に魔物の気配が二つあった。多分、どっちも『高位』の」

「高位魔物か。16柱の内のどの階級にいる者だろうね……」

「流石に気配だけで判断できる程、情報は揃ってない」


 醒めたような『紺碧』の声に、ジークリンドは静かに頷く。


「水都で魔獣たちに付与されていた属性は?」

「一つは『存在核移動(フリット)』。あとは『広範囲(フォア)炎上(バーン)』。水都に『火炎』を行かせなくて幸いだったね。最悪、水都が丸ごと焼け野原になるところだった」

「やはり王都とは違う属性付与か。純黒からの情報を待って最終的な判断をしないといけないけれど、恐らく今回の襲撃には最低でも四柱の高位魔物が関わっていると考えるべきだろうね」


 ジークリンドは王の目で、静かにそう告げる。

 周囲に座る重鎮たちの内、その内容に動揺を表さなかったのは両脇に控える双頭の近衛騎士たちと、魔術師長ユール・ドールくらいのものである。


 魔界の16柱――それはかつて、暗黒の時代と呼ばれた折に存在していた72柱の高位魔物たちの生き残りだ。

 他国との戦争を経て数を減らしたことも一因ではあったが、それ以上に彼らがそこまで数を減らすことになったのは偏に『共食い』の結果であったと伝えられている。

 そう、彼らは互いに互いを食し、力なきものは潰え、力あるものだけが生き残ったのである。

 それが現在の16柱だ。


 その力は未知数であるが、畏れるなと言う方に無理がある。

 かつて72柱存在していた時代ですら、暗黒と譬えられていた。

 共食いを経て、その力は弱められるどころか増している。

 その牙を一層鋭いものに変えていることは、想像に難くない。

 その上、今まで息を潜め続けた彼らが何を機に表舞台へ姿を現すこととなったかが分からない。

 故に、畏れる。

 先日の悪夢が、一様にその脳裏を過った。


「まぁ、想像の段階で二の足を踏んでても仕方がないよ。で、それを連れて水都に行けって?」

「……紺碧。それ、とはあまりにも敬意を欠いた呼び方ではない?」

「いいよ、王様。細かいことは気にしないで、話を先に進めようよ」


 重苦しい空気を分断するように、トン、と指先を置いてから確認を込めて上がる声。

 厭わし気に『紺碧』は円卓の向かいに座る少女へ視線を送った。

 ひらひらと手を振る少女とは対照的に、王は渋面を隠さない。


「第二、第三の襲撃を予期して防衛線を張るのは当然の流れかもしれないけど、どうしてこの時期にそれを付き添わせて水都に行かないといけないの?」

「……それはね、第一に王都のみならず、要所に当たる水都、副都の大まかな地形を彼女に把握してほしいという点が挙げられる。今後、彼女には他の『八翼』たちが英気を養い、力を蓄えるまでの時間稼ぎを主に担ってもらう予定でいるからね」

「ふぅん……簡単に言ってくれるじゃない。確かにそれだけの実力はあるんだろうね。でもさ、そもそも前提からして可笑しいと思わない?」


 ヒヤリと温度を下げて呟かれた声に、居並ぶ重鎮たちが体を揺らす。


「ねぇ、本当に信用できるの? あまりにもタイミングが良すぎるし、魔物の罠って考える方が明らかに自然なんだけど。――君、信用の証として何かを差し出せる?」


 氷の刃のように、鋭く眇められた『紺碧』の双眸が真っ直ぐに向かいの少女を射抜く。

 ほんの僅か、それに目を瞠る少女。

 うーん、と思案混じりに寄った眉がやがて何かに思い至ったように、ふわりと弛緩する。


「じゃあ、俺は王様に命を預けるよ」

「……は?」

「『魂の隷属』、術士なら誰でも知ってるよね?」


 ザワリ、と音を立てて謁見の間が揺れる。

 それはあまりにも重い宣言であるが故に。

 平時であれば『禁句』と言われてもおかしくはない、その術式。

 まさしく、命を懸けた誓いである。


「論外だよ。そんなことは、他でもない私が赦さない」


 どこまでも低く凄められた王の言葉が、騒めきを強制的に押さえつける。


「あれは大罪人の為の術式であって、この世で最も忌むべき術の一つだ。都の民の多くを救い、他者の為に命を懸けて馳せ参じてくれた者に対し、更にその魂までも賭けよとは口が裂けても言えない」


 若き王の言葉に、同席していた者たちの多くが安堵のため息を吐く。

 しかし『紺碧』の双眸は平坦な色を宿したままであった。


「お言葉ですが、国の守護を担う一翼として言わせて頂く。信用出来ぬものを傍らに据えて進むことは出来ない。僕一人なら兎も角、これは民の命が掛かっている問題だから」

「……」

「もし、それでも王命として突き通すというのなら……残念だけど、仕方ないね。僕は『八翼』としての務めをこの場で辞させてもらうことにするよ」


 もはや音のなくなった謁見の間に、ひりつくような空気。

『八翼』の一翼が欠ける――そんな恐ろしいことになれば、まず間違いなく国の足元は揺れる。

 故に、次に王の発する言葉が国の先行きを表すと言っても過言ではないと、その場にいる誰もが知っていた。

 戦慄にも近い感情が、広間を覆いつくし、そして長い沈黙の先で王が閉ざしていた口を開き――


「なら――」

「ちょっと、待った」


 目を剥いたのは、居並ぶ重鎮たちである。

 王の言葉を遮るなど、その行為そのものが不敬罪に当たりかねない。

 けれども、それを知ってか知らずか少女は片手を上げて笑って続ける。


「ごめんね、王様。本当は口出しする気なかったんだけど……」

「……いや、うん。まぁ、今回に限っては見逃そうかな」

「ありがとうね、王様。発言してもいいかな?」

「うん、いいよ。続けて」


 流石に面食らった様子のジークリンドではあったが、苦笑混じりに許しを与えた。

 少女はくるりと視線を転じ、平坦な眼差しを向け続ける『紺碧』に率直に問う。


「どうしたら、仮でも良いけど信用してもらえる?」

「王が赦さないと言うのなら『魂の隷属』は使えない。残るとしたら……『血の呪縛』辺りだね」

「あー。成る程ねぇ。確かにそれ位しかないよね」


 少女はその提案に対し、さらりと苦笑で返した。

 けれども周囲は唖然を通り越し、顔面蒼白に近い。

『血の呪縛』――それ即ち、呪いの一種である。

 個人、組織例外なく十までの制約を誓わせることが出来る高等呪術であり、その代価は宣誓したものの命である。

 本来であれば『魂の隷属』に次ぐ残酷さ、非人道性から戦犯などにしか使用を認められていない。


「……紺碧、いい加減に」

「良いんだよ、王様」


 二度目となれば、躊躇いもない。

 再びやんわりと王の言葉を遮った彼女は、底知れぬ微笑みを手向け、一息に告げる。


「王様、貴方にならこの空っぽの命を捧げても構わない。信頼を目に見える形で表すためには、相応の代償も必要だよ。それ位の事は、俺にも分かっているから」


 それは諦観というよりも、赦しに近い色。

 逸らされることなく捧げられた言の葉に、その場にいた誰もが息を詰め、声を失い、ただその場に在った。


「血の呪縛、我が王へ捧げましょう」


 円卓を回り、王の御許で膝を折った真白の少女。

 見仰いだ蒼穹の眼差しに、憂いの色を認め、周囲に悟られぬ程度に苦笑してみせる。


「……本当に分かっているのかい、イーリア。一度結ばれた呪縛は、契約した相手が死なない限りは解くことが出来ない。たとえこの戦が終わろうとも、君は王家に……私に縛り付けられたままになるのだよ?」

「うん、構わないよ。そもそも俺の生きる意味は、貴方を生かし切ることにある。元よりそのくらいは覚悟の上だよ。自死すら許されなかった俺には、生きる意味も死ぬ意味も同じようなものだし」


 静かに言葉を交わし、互いの目に覚悟の色を確認し合い、そうしてようやく王は首を縦に振る。


「……負けたよ。君の覚悟を受け取ることとしよう。君の命は、この私が責任をもって預からせてもらう」

「ご随意に」

「この場にいる者、全員が証人だ。……『紺碧』、君もよく見ておくといいよ。今後、誰であろうとこの娘に対する謂れなき不敬、雑言の類を発することは一切許さないからね」


 深い溜息と共に、少女の額に触れる指先。

 王の眼差しとなったジークリンドは、その指先に呪印を描く。

 浮かび上がるのは緋色の軌跡――紛れもない『血の呪縛』である。


「我、ジークリンド・セス・ミルフルール=ティータレアは汝、イーリア・リヴィエールに血の呪縛を結ぶ。汝に課す宣誓は四つ。一つ、汝はいかなる状況にあっても人を裏切ってはならない。一つ、汝はいかなる状況にあっても人を守るべくその身を捧げなければならない。一つ、汝は魔物や魔獣を屠る為にのみ、その刃を振るうことを許す。一つ、万一宣誓を違えた場合には、自らの刃でもってその命を絶つことを命ず。以上をもって、血の呪縛とする」

「我、イーリア・リヴィエールは汝、ジークリンド・セス・ミルフルール=ティータレアが提示した血の呪縛に殉じ、この命尽きる時までそれを守ることを誓います」


 二人の間に交わされた呪印は、まるで血の茨の如き紋様を描き、互いの身体に刻まれた。

 契約主と宣誓者。

 どちらかの命が尽きない限り、その紋様は消えることはない。

 制約を違えた場合、茨は宣誓者の命を巻き取り、速やかにその心臓を握り潰す。

 そこに情は無く、与えられるのは死ひとつである。


 憂いに染まる蒼穹の眼差しを見仰ぎ、少女は薄らと笑う。

 真昼の空の下、痛いほどの静寂の只中で。

 その微笑には、欠片の後悔も見えなかった。



 ☽



 まだ未明の空に、深紅の月が一つ浮かんでいる。

 静寂の中に、さぁさぁと降り頻るのは白糸の如き天雫。

 灰色の地面を、ただ静かに透明な波紋が揺らしている。

 夜と朝の狭間。

 薄らとした朝靄の中、じっと立ち尽くすのは唯一の漆黒だ。

 見上げるほどの上背は、背後に音もなく忍び寄る幾つもの気配に気づいていても微動だにしていない。

 灰の衣を纏った面々の内、最も近い位置を許された男――『(ながれ)』の碧禰(あおね)は膝を着き、静かに口火を切った。


月頭(つきかしら)、ご報告申し上げます。先だって辺境へ向かった『(ほう)』と百の従者たちは皆、あの方の手で討ち取られた模様です」

「……ふぅん。最期に下手を打ったね『彷』の坊やは……。そう、死んだのか」


 月頭――そう称される漆黒の男はようやく振り返り、跪く配下たちを平坦な眼差しで見渡した。

 赤みを帯びた双眸は、張り詰めた糸の如く眇められている。


「あの方はどうやら、辺境を出て王都へ到達されたようです。海街での殲滅に引き続き、王都に差し向けた魔獣たちは全て広範囲魔術式により死に絶えました。『(さび)』と『(まどい)』の両名が魔獣たちの魂の回収に当たっております」

「ふふ。相変わらず容赦のないことだ。全く、あの子らしいね」

「……月頭」

「碧禰、呆れているんだろう? まぁ、でも赦しておくれ。私は今とても嬉しいのだよ」


 言葉通り、その口許には紛れもない喜色が浮かんでいる。

 それを直に認めた『流』とそれ以外の柱たち――『(から)』、『(はがね)』、『(しずめ)』、『(なぎ)』らは銘々に見交わす互いの双眸の中に畏怖の感情を乗せていた。

 その胸の内はそれぞれに違えど、おそらく真っ先に思ったことは皆同じ。


 ――とうとう、月頭は彼女を見つけてしまった。


 長きにわたり、行方は元より存命の有無すら不明であったことが皮肉にも周囲の静寂を生み、脆弱な人の子らが平穏を甘受し続けられる下地を生んだ。

 暗黒の時代に比べ、現在の人の子らやそれに協調する種族たちは、あまりに弱体化している。

 人も含めた異種族たちは銘々に国を築き、地盤を整えていったようだが、その根はあまりに浅く脆いのだ。

 絶やそうと思えば、いつでも絶やせる。

 その自負は、冷酷なほどの誇りと共に常にある。

 彼ら――16柱たちの牙は鋭く、そこに多種族へ対する容赦は一切ないと言っていいのだから。


「まさか生きて迎えられる日が来るなんてね……ふふ。命を摘まれた『彷』には悪いけど、あの子を辺境から引っ張り出してくれたことに礼を言いたい気分だ。『流』、どれ程の犠牲を払おうともあの子を生きて連れ戻す。16柱全員に周知させておいてね? 万一にも、あの子の身体に傷を付けることは赦さないよ」

「……月頭、ですが」

「『凪』、これはあくまでも命令だよ。初めから君の意見は聞いていない」


 思わず、といった風情で声を上げた16柱の一人――『凪』の風花(かざはな)は冷え切ったその声に身を竦める。

 僅かの温度も感じられない漆黒の背中には、微かな殺気すら漂う。それでもグッと唇を噛み締めて見上げたが、続く言葉は震えるばかりで出てこなかった。


「お前たちは、私も含めて自ら動けぬ『(あお)()』の手足でしかない。彼の方の望みを叶える為だけに存在を許されていることを、今一度胆に銘じるように。……今暫くは魔獣の生成と補充に人員を回せ。数が揃い次第、次の指示を伝える。では、散開」


 言い終りと同時に、周囲に膝を着いていた面々は一斉に姿を消した。

 雨音だけの静寂に囲まれながら、薄れゆく月を見仰ぎ、男は一人微かな吐息を零す。

 緋色の唇はゆるりと弧を描き、やがて、くつくつと声が漏れ出でる。

 男は嗤っていた。

 そして、堪え切れなかったように言の葉を紡ぐ。


「……あぁ。待ち遠しいなぁ、君と再び逢える日が」


 まるで奥底から焦がれるようなその声。

 それは蜜を絡めたように甘く、それでいて憎悪すら感じられるほどの仄暗さを纏っていた。

 誰にも拾われることなく雨音と共に地面に染み込み、そして消える。

 ゆらりとその背が揺れたと思った後には、何者もそこには存在しない。


 靄と、雨。ただそれだけが残された場所に、やがて朝陽が差し込み始めた。


久々の投稿となりました。

今回は少し書き貯めた分がありますので、同時に三話分投下致します。


今後もつらつら綴って参りますので、宜しければお付き合い頂けると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ