*王都の人々とひとつの区切り*
*
「イーリア様、面会の申し出が来ております」
やれやれ式典などという肩こりしかしないものは、もう二度と御免である。
そんな内心の声を小さな溜息に込め、フカフカの長椅子にごろんと寝転がった直後だった。
真上から降る、セイロン青年の声に瞬きを少し。
同じく長椅子にゴロリと転がる氷竜の青い目と見合うこと暫し。
渋々起き上がって、問う。
「誰からの?」
「レイチェル王女殿下です」
「……王女様?」
「はい。我が国でただ一人の王女殿下にして、陛下の妹君にあたる方です」
「……うーん。面識は無かったと思うんだけど、どうして突然?」
首を傾げつつも、相手が王家の一員となれば「後日でお願いします」とも言えまい。
それ位の常識は、イーリアにもあった。
「このままの格好で、失礼にならないかな?」
「礼装のままですから、問題は無いかと」
「ん、それもそうだね」
では、お呼びして参ります。
そう言い残し、ドアの向こうへ消えた背中を見送りつつ、ぐるぐると軽く肩を回した。
慣れない服装って、地味に肩凝るよなぁ……。
やや遠い目をしながら、そんなことを思っていたイーリアはふと聴覚で『それ』を聞き取った。
コツコツと規則的な音。
小さな咳払いが数回。
「失礼いたします」とセイロン青年の声がして、続けて入室してきたのは目も眩むような美女である。
思わず「おぉ……流石は王家の血」と呟きそうになった。
入室と同時に立ち上がり、ぎりぎりで姿勢を正す。
色彩は若干ジークリンドと異なる部分もあったが、全体的な雰囲気はよく似ているようだ。
やはりそこは兄妹か。
「お初にお目に掛かります、王女殿下」
とりあえずスカートの裾を軽く摘まみ、先んじて頭を下げておく。これぞ無難な対応である。
流石に騎士相手のそれとは別だ。
淑女相手となれば、それ相応に必要な礼がある。覚えたてのぎこちなさは、多少目を瞑ってもらいたい。
「……あぁ、やっぱり式典は間違いではなかったのね……」
ポツリと零れた呟きに、イーリアは少し間をおいて苦笑した。
まぁ、無理もないと思う。
『救国の英雄』などという大々的な呼び名をして、実際に現れたのが自分のようなちんまい者ではなぁ、と。
実際、式典でも囁き声の中に幾つも「えっ、本当にあれ?」的な発言は漏れ聞こえてきたからね。
「イーリア・リヴィエールと申します。辺境育ちなので、礼を欠くこともあるかもしれませんが……」
「いいえ。御免なさい、少し戸惑っただけなのよ。こちらこそ、すぐに名を名乗れなかった非礼を許して頂戴ね。レイチェル・イリス・ミルフルールと申します」
静かに目を伏せ、何かを噛み締めるようにして王女殿下はその場で最上級の礼をとる。
思わず息を呑んだのは、誰だったのか。
ドレスの裾を握りしめた手は微かに震えていた。
「ありがとう。本当に、心から感謝しています。貴女が兄を、国の民を、救ってくださった。そのお蔭で私は今、笑ってここに戻れた。そうでなければ私は今頃……最愛の兄を、赦せないまま生きていくことになっていたでしょう。貴女は私にとっての恩人です」
「……あー。はい。その、こちらこそ有難うございます。過分なお言葉です」
「ふふっ。真っ直ぐな方ね。それに、可愛らしいわ」
「……」
国で一、二を争うような美女を前に、これ以上どんな言葉を返せばよいと言うのだろう。
思わず絶句し、彷徨った挙句に視線で助けを求めた先で、赤毛が揺れる。
セイロン青年が生真面目に、小さく頷き返してくれた。
素直に有り難い。
「王女殿下、よろしければそちらでお茶を如何でしょうか?」
「ええ、ありがとう。セイロン、付け合わせにお茶菓子も幾つかお願いできるかしら?」
「承知しました。すぐにご用意いたします」
この間に、すかさず深呼吸である。
再び戻った王女の視線の先、仕切り直しとばかりに表情筋を上向きにしようとしたところで……。
「ねぇ、肩の力を抜いて頂戴。兄さまから伺っているわ。貴女は普段、とっても男気のある話し方をなさると。だから自然に話して頂いた方が、私も嬉しいわ」
バレていた。色々と。
「……気を使ってもらって、逆に悪いことをしたみたいだね」
「いいえ。お気になさらないで。それに、私は貴女をとても尊敬しているの。出来れば仲良くなりたいわ」
月の化身みたいな美女の微笑みに、逆らえる道理はない。
イーリアは何となく居た堪れないものを感じつつも、被っていた猫をそっと置いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「うふふ。それにしても本当に可愛らしいのね。話には聞いていたけれど……実際ちょっと目を疑ってしまったわ。その細腕で大剣を振るうんですって? 魔術についてもユール爺様が膝を詰めて話を聞きたいと周りに漏らしているみたいよ」
「ユール爺様って?」
「王宮の魔術師長ユール・ドール様。この王宮では最古参のお一人なの」
「ふぅん。最古参」
「貴女とは個人的に話したいことも沢山あるのじゃないかしら。ユール爺様はね、かつてセレナス翁のただ一人の直弟子として様々な魔術を学ばれたそうよ」
「じーさまの直弟子かぁ……」
思わず苦笑いもする。
あのじーさま相手では、きっと相応に苦労もしたことだろう。
つらつらとその辺りを語り合うのも悪くないような気がした。
「多分、明日にも面会の申し込みをしにいらっしゃると思うわ」
「なるほど。明日ならまだ間に合うかな……」
「水都へ派遣されると聞いたわ。兄王様も貴女にはもう少し身体を休めてもらいたかったみたいなの。でも、状況がそれを許さないのね」
やや陰りを帯びた王女殿下の言葉に、よほど水都の状況は悪いのだろうと改めて察する。
そしてこのタイミングで、コンコンとドアを叩く音。
淹れ立ての紅茶とお茶菓子の盛り合わせを手に、セイロン青年が一礼して入室してくる。
つくづくその手元の優雅さには、唸るほかない。
武人とも、商人とも、王族とも違う隙のなさがそこに在るのである。
「どうぞ」
「ありがとう、セイロン」
銘々にカップを受け取り、立ち上る芳香に一息。
花と果物の香りに包まれたような気がした。
*
王女殿下が予期した通り、翌日にある人が面会に訪れた。
魔術師長、ユール・ドールである。
「突然の面会の申し込み、驚かれたことでしょう」
ふさふさと伸びた白い髭に埋もれるように、小柄な肢体。
ひょこひょこと杖もつかずに歩み寄ってきたその人の第一声は、穏やかでありつつ何となく懐疑的な響きも込められている。
なるほど、じーさまの直弟子だったというのは本当らしい。
イーリアは知らず知らずのうちに、口許に笑みを浮かべていた。
「お初にお目に掛かります、魔術師長様。イーリア・リヴィエールと申します」
「これはご丁寧に。挨拶が遅れて申し訳ない。ユール・ドールと申します。以後、お見知りおきを」
最低限の挨拶を終えて、互いに真向かいに腰を下ろした。
ふさふさの髭の奥には、やや陰りを帯びた薄紫の双眸。
こちらを窺うように、瞬いている。
「それで、お話というのは?」
「……救国の英雄である貴女に、このようなことを問うのは恐らく私くらいのものでしょう。しかし、この王宮を亡き師より預かったものとして、敢えて問わせて頂く」
「どうぞ、遠慮なく」
「……貴女は、まことに人であるか否か」
魂すらも見通そうとするかのような、深い紫の目だった。
それを目にしてイーリアは微笑みを消した。
紅の唇から、零れ落ちる一息。
ゆっくりと紡がれる、言葉。
それはしかし、返答ではなく。
何もかもを削ぎ落としたような目で、逆に問いかけた。
「魔物であると答えたら、貴方は私を殺せる?」
それは深い谷の底、奈落のような昏い目だった。
一筋も光の差さないようなその双眸の中に、けれどもよく目を凝らせば、微かに滲む何か。
互いにとっては永遠にも思えたであろう沈黙の先で、ユール・ドールはそれに果たして気付いたかどうか。
それは分からない。
静かに言葉だけが、返される。
「さて。それを亡き師が望まないのならば……迷うところですな。しかし、国の守り手の一人として、貴女が真に魔物であるならば、この命かけても貴女を見極めねばなりませぬ」
「……ふふ。良かった。なら、安心だ」
瞬きの後に、双眸は元の色彩を取り戻す。
揺れた湖面が凪ぐように、イーリアの眼差しは穏やかで空虚なものに戻った。
「それで、お答えは?」
「分からない、と言っておこうかな」
「……ほぅ。これは予想外の切り返しですな」
紫の双眸に宿る刃のような輝きを見て取りながらも、イーリアは出来るだけ正直なところを告げる。
「申し訳ないけど、そうとしか言えないんだよ。それというのも、過去の記憶が殆ど曖昧でね。親の顔も知らなければ、生まれた土地が何処かもわからない。もし鑑定する術があるのなら、試してみても構わないよ。ただ、じーさまと初めて会った時、俺はもう死にかけだった。これは本当の話。そのまま死ぬつもりで、地面に大の字になって空を見てた。ただひたすらにね。放っておいてほしいと言ったんだけど、じーさまは俺を見捨てておけなかったらしくて。性分だから、諦めてくれと言われた」
「……それは。まこと、セレナス様らしい」
「ふふ。やっぱり昔からそうだった? じーさまは結局、俺の命を拾った。初めはね、頼んでもいないのに奇特なじーさんだなぁって思ってた。偽善者って、面と向かって罵ったこともあったかな。それでも俺が死にたいって言うたび、哀しそうに泣くんだ。ぼたぼた泣いて駄目だって繰り返し言ってきたよ。別に血のつながりがあるわけでも、今までに何の関係性がある訳でも無いのにね」
イーリアは淡々と言い紡ぎ、向かい合うユール・ドールはそれを静かに聴いていた。
いつしか、紫の双眸は細められている。
「じーさん、って最初の頃は邪険にして呼んでた。怪我が治るなり、働かざる者食うべからずって言われて、畑仕事だの、釣りだの、山仕事だの、他人の頼み事だの……まぁ、いろいろ手伝わされたなぁ。俺は嫌々やってるのに、その隣で嬉しそうにいつも笑ってた。それで仕事が終わる度に『お前がいてくれて、助かった』って毎回頭を撫でられてね。その掌が暖かくて、重かった。そんなことを何度も繰り返して、畑に並んで苗を植えたり、山の大イノシシを一緒に狩ったりする内に、いつからかな……だんだん、大事になってたんだ。じーさんじゃなくて、じーさまって呼ぶようになった。そしたら、本当にじーさまは嬉しそうに笑って、頷いてくれた」
「……」
「退屈だよね。そろそろ止めようか?」
「いやいや。もう暫し、お聞かせ願いたい」
懐かしいのですよ、とユール・ドールは初めてここで微笑んだ。
真っ白な髭の奥で、紫の目が柔らかな弧を描くのが、色彩は違えどじーさまの笑顔に少し似ている気がした。
イーリアはそれが、何となく嬉しい。
「俺はね、じーさまと違って人の情とか、優しさとか、正直よく分からないんだよ。たしかに親切にされたら、自分も出来ることはしようかなぁ、って思うくらいで。実際、じーさまと暮らすうちに少しずつ自分の心が丸くなったような気はした。でも元々の俺の本性はじーさまと違って、うーん。何て言うのかな。そう、非情なんだよね」
「……ほぅ。非情、とな」
「うん。嘘ついたところでしょうがないから言うけどね、俺はあくまで王様を守るためだけに辺境を出てきたんだよ。じーさまには禁じられてたんだけどね、他に方法もなかったし。じーさまにとって大切だった『王様』の命を助けられたら、俺にももう少しだけ生きている意味が生まれるような気がしてね。その為に、実際何人かは見殺しにもしたし、境界線が永遠に守られると信じて何もしてこなかった人たちには、あんまり同情もしないよ。王都の魔獣を一掃したのも、別に王都に住む人たちを守る為じゃない」
「……ふぅむ。まこと、正直な娘よ」
「うん。余計な嘘なんてついても仕方ないからね」
「ならば、何故わざわざ王都の魔獣どもを一掃するに至った? 王が望んだからか?」
「それもあるね。でも、俺はじーさまが殺されたあの日に誓ったんだよ。俺の命を拾い上げたじーさまを殺した魔物も、それに従う魔獣どもも、全部殺し尽くすって。その為に必要な労力なら、俺は何も惜しまない」
「ほぅほぅ。なるほどの……どこまでも簡潔な娘よ。だが、そなたとこうして会い見えて、ようやく少し分かったこともある」
「……分かったこと?」
不思議そうに瞬くイーリアに、ユール・ドールは苦笑交じりに答えた。
「あの王が、初対面である筈のそなたに素を隠さずに接しておったことよ。そなたは知らぬであろうが、あの王は幼少から私心を隠すことに長けておってな。それについては、師であるセレナス様も度々頭を悩ませておられた」
「ふぅん。でも王様なら、良いことなんじゃないの?」
「まぁ、そうじゃの。だが、良い事ばかりでもない。国政を担う上では必要な仮面ではあるが、常にそれを被ったままでおれば、やがて自らの心すらも分からなくなるであろう? セレナス様はそれを危惧しておった」
「王様も大変だねぇ」
「そうだの。国の柱ともなれば、その孤独や重責は計り知れぬ。ここ数年、ジークリンド様は本心から笑うことも僅かでなぁ。王が真に信頼を置くのは、叔父にあたる『紫炎』ロア・ティシード・ディバイン殿の他に、妹君、常に御身の両脇に控える双頭の双子たち位のものだったのだよ」
「……ねぇ、一人忘れてない?」
虚を突かれたように言葉を止めたユール・ドールは、己に向けられた指先をまじまじと見つめた。
暫しの後に、肩の力を抜いたように呵々と笑い始める。
「――ほほ。そうだの。一番大事な人物を抜かしておった」
「貴方の笑う顔、じーさまそっくりだ。ふふ、何だか懐かしい」
「ほぉ、そんなことを言われたのは初めてだの……。ふぅ、儂も久々に笑わせてもろうた。そなたは不思議な子じゃ。王の言葉の意味がようやく分かったような気がするの」
「不思議?」
「うむ。実はな、儂はそなたに命を救われておきながら、どこかで嫉妬もしていた。いや、今もしておる。セレナス師は最後まで、国庫に封じた魔術式については一つも儂に残してはいかなかったからの……。今となっては儂の実力不足を見抜いていたのだろうと思ってはいるが、しかし心のうちまでは偽れぬ。儂は、そなたが羨ましいのだ」
イーリアは暫く沈黙し、ぐるぐると頭を働かせた。
しかし、いまいち腑に落ちない。考えた末、結局諦めてそのまま言葉にして返すことにした。
「国庫に封じた魔術式って?」
「ん、そなたが王都の魔獣どもを殲滅した際に使っておっただろう? 『大聖樹の福音』じゃ」
「あれって……国庫に封じられているの?」
「うむ。そうじゃが……ん、そなたはそれを聞かされてはおらぬのか?」
「あー、うん。聞かされたのは初めてかな」
そもそもあれは、じーさまから教わったものじゃないんだよね。
内心の呟きは、曖昧に浮かべた笑みに隠されて伝わらない。
それから暫く、ぽつぽつとじーさまに関する思い出話を互いに語り合い、気付けば夕暮れ時。
途中、セイロンが一度だけ戸を叩き、淹れ立てのお茶を銘々に啜った。
「楽しい茶のみ友達が出来たようだわい」とポツリと零したユール・ドールに、ほんの少し目を丸くしたイーリアは続けて「そうだね」と頷いて返した。
イーリアとしても、こうして素のままじーさまの昔語りをし合える相手が出来たことは、単純に喜ばしい。
「では、またの。王都に帰還した際には、遠慮せず声を掛けておくれ」
「うん、そうするよ」
「儂のことは、良かったらユール爺様と呼んでおくれ」
「ん、分かったよ。ユール爺様もくれぐれも油断しないで、元気でね」
真っ白な髭を揺らして退室したユール爺様を見送りつつ、イーリアはぼんやりと夕空を眺めた。
そして、声にならない呟きを胸の中に落とす。
――逆だよ、ユール爺様。羨ましいのはこっち。
「イーリア様、夕食の準備が整いました」
不意に、背中越しに届く声。
振り返れば、セイロン青年とその背中にピタリとくっつく様にして立つ白銀の少年がいた。
いつの間にやら、随分懐いたものである。
不思議な感慨をそっと胸に沈め、イーリアは小さく笑って、頷いた。
「ありがとう、セイロン。お腹ペコペコだよ」
「すぐにご用意します。お席へどうぞ」
『夕ご飯、すごく良い匂いするよ。雉の丸焼きだって!』
駆け寄ってきた竜の子供の頭をワシャワシャ撫でると、くすぐったそうに笑う。
うーん。どんどん人間らしくなっていくなぁ。
果たしてこれは良いことなのか、そうでもないのか。
「イーリア様、悩みごとが御有りなのではありませんか?」
「んー、うん。そう見える?」
「見えます」
「そうかぁ……」
小さな渦と、大きな渦。たまに思考が引き摺られそうになる時は、大体蓋をしてみて見ぬ振りをするか、思考を放り投げるかのどちらかだった。
少なくとも今までは、そんな感じで何とかやって来た。
イーリアは困ったように笑うしかない。
じーさまがいた頃と、そうでない今。
簡単に言ってしまえば、周囲に人が溢れ始めた今に、戸惑っているのだ。
「ねぇ、セイロン」
「はい、伺います」
「……人ってさ、意外と暖かいんだね。それに単純だけど、深くもあって……何だろうね。でもちょっと怖いかな」
「怖い、ですか?」
「うん、俺は怖いと思う。あんな無防備で、柔らかくて暖かいもの。すぐに壊れそうで怖いかな。それを守り切れなかったら、って思うと余計怖い」
何だか要領を得ないようなことを言ってしまっているなぁ、と思いながらもイーリアは思うことをそのまま口にしてみることにした。
今迄みたいに自分だけで解決できる渦なら兎も角、どうやら今回は周りの人たちに関係した渦もあるからだ。
何となくセイロンならば、淡々と聞いてくれそうな気がした。
「イーリア様は、優しいのですね」
「優しい……?」
思わず顔を上げて、まじまじと見つめた先でセイロン青年はやや伏し目がちに呟いた。
その呟きがあんまりにも予想外で、イーリアは思わず凝視もする。
そんな彼女の足元で、ピョンピョン跳ねるのは幼竜だ。
『イーリア、優しい。すごく分かる。優しくて、強くて、時々ものぐさ』
「時々じゃなくて、大体ものぐさだよ。でも初めてだなぁ、優しいなんて言われたの」
思わぬ評価に、一瞬ぐるぐると渦巻いていたあれこれが遠くに飛んでいった。
あぁ、これも一つの対処法ではあるのだなぁとイーリアは何となく悟る。
「ありがとう、セイロン。何だか少しスッキリしたような気がするよ」
「それは何よりでございます」
セイロン青年の優雅な一例と、隙のない後頭部を眺めながら少しだけ減った胸のつかえを、静かに飲み下す。
人と人は大変だ。
そこにいれば、どうしても関わらざるを得ない。
辺境を出てようやく、じーさまがわざわざ辺境に隠棲していたのかが分かった気がする。
きっと、じーさまも怖かったんだろう。
夕食のテーブルにつき、イーリアはほんの一瞬瞑目する。
じーさまが、手放してきたもの。
じーさまが、背を向けて逃げてきたもの。
じーさまにもあった、人としての弱さ。
でもその弱さのお蔭で、自分はじーさまに会えた。
それが哀しいような、嬉しいような、不思議な気持ちがした。
目をあけて、イーリアは温かいスープを掬う。
視界には、幼竜と青年。
何となく、それがムズムズと嬉しかった。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。




