*大聖樹の福音*
*
吹き払われた王の間、その階の上に立って見下ろせば中々どうして眺めは良かった。
ぐるっと見渡した後は、自ずと視線も定まるというもの。
唖然と見上げるばかりの数名の生き残りたちへ、視線を落とした。
彼らから紡がれる音はなく、静まり返った幾重もの視線の先で待つ。ひたすらに待ったものの……。
間が持たず、困った素振りを隠し切れなくなった『彼』は仕方なく再び口を開くことにした。
「……おーい、聞いてる? 質問に答えてもらえないかな?」
「あぁ……そうか。いや、済まない。確かに私が国王のジークリンドだ」
「ふー、良かった。ここまで来て肝心の王様が死んでたとか聞いたら、流石に残念過ぎるからねぇ」
よし間に合ったと一人頷く少女をよそに、未だに現状を掴み切れぬ王と、ようやくその傍らに歩み寄るシークリム。
王の混乱を見て取り、満身創痍の身体ながらも彼は彼女へ問い掛ける。
「王を救って頂いたことに、感謝申し上げます。……ところで、貴女は?」
「いや、感謝する必要はないかな。これも全部元を辿れば俺の我儘だし。あと、名前ね。……申し訳ないんだけど後でも構わない? 事情があって一言じゃ説明できないから」
「事情、ですか?」
「それよりも君、相当痛めてるよね? 血の臭いが凄いんだけど。まずは回復が先決だと思うけど?」
ほい、と無造作に懐から取り出した青い硝子瓶を投げる『彼』。
反射的に受け取ったシークリムは、一瞬訳も分からず瞬いたものの、瓶の中身を確かめてギョッとする。
「……まさか。これは、最高級回復薬では?!」
「傷直し。じーさまはそう呼んでたけどね。本当は売りに出すつもりで持ち出してきたんだけど、こういう状況だし、使えるものは使ってもらった方が良いからね」
「ですが、こんな高価な回復薬を、名も知らぬ方に頂くわけには……」
「いや、良いから。とにかく早く飲みなよ。翼獣の牙や爪には遅効性の致死毒が含まれてる場合もある。あんまり放っておくと、死ぬよ?」
見た目とは裏腹、少女らしさを微塵も感じさせぬざっくばらんな口調と時折垣間見える、酷薄さ。
シークリムは未だに思考が普段の調子を取り戻せていないことを憂いながらも、この状況では素直に従った方が良いと本能のままに決断した。
瓶の蓋を開け、一気に喉の奥へと流し込む。
その効能は速やかだった。全身を苛んでいた痛みが見る見るうちに引いていき、表皮だけでなく、内臓に至っていた外傷が急速に癒え、回復していく。
飲み干した当人は、喜びを覚える前に人知を超えた回復薬の威力に絶句することとなった。
――これほど急速に身体を癒す回復薬は、最高級ランクですら見たことも聞いたこともない。
「……我が君、どうやら完治したようです」
「ふむ、声に活力が戻ったね……。シークリム、一応聞くけどそれは本当に回復薬なのかな?」
「正直、分かりません」
「そう。飲んだ本人からそう言われてしまえば、お手上げだね」
国王と臣下がそう言って意見を交わす合間も『彼』はその手を止めることはない。
そこら辺に転がったままピクリともしない王の臣下と思われる面々を見て回り、まだ息のあるものには懐から硝子瓶を取り出し、無造作にジョバジョバ掛けて回った。
それはさながら、植物に水やりをしているかの如き気楽さである。
そうして一通り見て回った後に、再び王座の前に戻ってきた『彼』。
翡翠のような色彩を纏った双眸で、真っ直ぐにただ一人――国王へ向けて問うた。
「さて、王様。肝心の王様の無事も確認できたことだし、取り敢えず外の魔獣を端から駆逐して回ってこようと思うんだけど、いい?」
「ちょっと待った。そもそも貴女は、いや……名前は駄目だと言っていたね。なら、そちらの目的が何かを聞くのは構わないのかな?」
「うん、構わない。俺の目的はね、王様を守ることだよ」
「王様……つまりは私のことか。無礼を承知で確認させてもらうけれど、貴女と私に面識はあっただろうか?」
「いや、無いよ。初対面。そうじゃなかったら、王様かどうかなんて聞かないと思うけど?」
何でそんなことを聞くのだろうかと、不思議そうに首を傾げすらする『彼』。
そんな少女を、未知の動物を見つけたかのような眼差しで見つめる国王。
しばしの沈黙ののち、国王ジークリンドはひとまず目の前の少女を理解することを、先送りにする事にした。
一応は味方らしい。それは確かだ。命を救われた以上、そこを疑ったところで仕方がない。
そうなれば、彼女の意思に口を挟む必要もないと今更ながらに思い至ったのである。
「うん……。ひとまず、質問を変えさせてもらおうかな。駆逐して回ると言ったけど、それ即ち城下にいる魔獣を殺し切れるだけの自信があるということだね?」
「自信というか……うーん。そもそもの話、出来ると思ったことしか俺は言わないから。こうして会話してる間も、どんどん食い殺されてると思うけど? それとも民は見殺しにする?」
「いや、見殺しにするつもりは微塵もない」
「なら、話は一旦終わりだね。一先ずこの辺には簡単な結界を張っておくけど、あくまでも応急処置だから。後で、本職の魔術師の誰かに張り直してもらって。じゃあ、行ってくる」
ふわりと微笑みを残し駆け出した少女は、王の返答を待たずに『飛翔』の術式を展開し、天蓋から飛び出していった。
まるで鳥のように、軽々と。
残された王と側近の面々は、その背中を声もなく見守るばかりだった。
*
――時は少し、遡る。
刃を黄金に染め『転移』の術式で王都上空へと到達した『彼』は、想像していたよりも尚悪い王都の戦況に思わず「うわぁ……」と頭を抱えることになった。
「……うーん。曲がりなりにも王都の守りがこんなに脆いなんてね」
至る所で上がる炎と黒煙。そして悲鳴。
既知感である。海街とほとんど変わらぬ情景に、逆に心は凪いでいく一方だ。
そして浮かんでいる合間も、空を飛び交う翼獣たちへ無造作に刃を振り、その軌跡一つで身体は霧散する――も、ややあって再生するような動きを目の端に見て取った。
「うん、やっぱり魔物もどっかにいるか……。再生能力とか、まぁまぁ厄介な能を魔獣に付与した結果がこれみたいだし……」
厄介と言えばその通り。でも、再生能力と一言で言っても様々なパターンが存在する。
一番厄介なのは、高位魔物に共通してみられる『自己免疫再生』で、これは限りなく不死に近い。まぁ、近いだけで殺すこと自体は何とか出来なくもないけど、一言で言って非常に面倒臭い。
あとは、大抵が『存在核移動』と『細胞間引力』のどちらかだ。
こちらも面倒ではあるけれど、『自己免疫再生』よりかは遥かにマシである。
「さてと、試しにもう一度切ってみるかな」
『彼』の呟きに呼応するかのように、刃の色彩が僅かに変化し始める。
黄金の上に『碧』がゆらゆらと纏わりつき、不可思議な色合いを醸し出す。それはさながら、翠緑の焔だ。
色彩が定着したのを確認してから、再び周囲を旋回する魔獣へ軌跡を放ってみた。
先ほどと同様、触れたと同時に霧散した飛影は再生を試みるも――付与した焔に耐え切れずに、消失した。
「なるほど、細胞間引力の方だね。相応の高温で同時に熱すれば、細胞自体が焼失する。ふぅ、自己免疫再生でなくてホッとしたよ」
対策が分かれば、あとは視界に映る端から切り殺すだけだ。
刃を片手に降下を始めるが、ふとこの状況では肝心の王様が殺されている可能性も高いことに、今更ながら思い至る。
――うん、無くもない。結構食われている感じはあるし、蔓延る魔獣の数も相応だし。
既に死んでいると思いたくはない(これは、単純にやる気の問題にもつながる)が、ふと都市の中央に視線をやったところで思わず眉を顰めるほど、翼獣が群がっている巨大な建造物があることに気付く。
あれ、もしかして噂の王宮というやつじゃないかな?
もし王宮であれば、王様が見つかる可能性も高いということになるだろう。
彼は一考した後に、決断する。
――うん。何はともあれ、生死の確認からしておこうかな。
悲鳴の絶えず上がる市街地を横目に、王宮らしき建物の真上を目指して飛ぶ。この間、罪悪感が一かけらもなかったかと言えば、まぁ少しだけあることはあった。
でも、基本的には人はいずれ死ぬもの。何が死因となるかは様々だけど、自分の命は自分で守る。これが基本であって、それが出来ないならば『護衛』を雇えるだけの実力をつけるなり、生き抜くための知恵をつけるなり、それぞれに努力をするべきだと思うのだ。
残酷と言われようと、自分の考えは元よりそんなもの。
弱肉強食。因果応報。それらの文言を思わせるくらい、分かりやすい事この上ない。
そもそも魔物や魔獣は、一種の災厄に等しい。自然災害にも通じるものがある。だからこそ、事前の備えが必要なのだと思うし、実際そうなのだから。
「運、時期、それから素質に恵まれるかどうか……。まぁ、結局はそんなところかな」
人の生は残酷である。
どうしたって不平等は存在し、それが生死を分けることは珍しくもなんともない。
生きたければ、与えられた限りあるモノを活かし、足掻く他にないのである。
その点で言えば『彼』もまた、それらの均衡の上で死なずに済んでいるというただそれだけの事でしかない。
確かに周囲よりかは幾分、死ににくいのかもしれないが。
それでも不死ではないことを、哀しむべきか。喜ぶべきか。正直、その答えは出てこない。
「でも、多分、永遠なんて退屈すぎるよね」
ポツリと零し、口元に笑みを刷く。
ようやく到達した、都市の中央部。群がる翼獣たちは、皿の上を飛び交う蠅のようでちょっとげんなりする。
「……面倒だなぁ。取り敢えずこの辺りのは一気に掃除してしまおうかな……」
海辺の時と同じく、暫く刃を掲げ、沈黙する。
術式が精緻なほど、動きながら展開するのは実はとっても面倒臭い。まぁ、生前のじーさまにこの癖を怒られたのは数知れないけれど、そもそも複数の術式と大規模術式を同時並行で展開できたのは、じーさま個人の才能に基づくところが大きいと思うのだ。
器用じゃない人間に、真似をしろと言ったところで限界がある。
その辺、じーさまは天才肌であったからピンと来ていない感はあったみたいだけどね。
――術式展開。
『黄金』『碧』あと……『旋風』と。
刃に属性を重ね掛けしていく作業は、それなりに集中力を消費する。
眉を寄せつつ、刃に属性全てが馴染んだことを確認する合間も、周囲へ巡らせた結界にガジガジと噛みつくことを止めない翼獣たち。
そんな光景に呆れとも不快ともとれる視線を向けつつ『彼』はようやく仕上がった術式を眺め、満足げに頷く。両手の中で術式が息づくこの瞬間が、昔から何となく好きだった。
その上、刃を振るう瞬間にはすべての不快が爽快感へと置き換わるのだから。その落差たるや、凄まじいものがある。
経験すれば分かってもらえると思うが、相応のものなのだ。
「さて、と。じゃあ一気に叩くとするかな」
組みあがった術式を刃に込め、準備完了である。
けれどもそこでふと、目上の人間に会う時は――と何時であったか、じーさまからそれとなく講釈をもらった記憶が過ったのだった。
確か、なるべく清潔で、上品で、華美でない……とか?
今更服装に関してはどうしようもない。せめて髪くらいはと手早く一つに括ってみたが、視界がスッキリしたくらいの変化しか自分では感じられなかった。
何と言うか、難しいものである。
即席でどうにかなるものではない。
改めて繰り返す必要もないと思うものの、難解なものは、総じて苦手だ。
――まぁ、あれだよ。やれるだけはやったと言うことで良いよね。うん。
あっさりと諦め、刃を振り下ろした『彼』の視界一杯に、放った軌跡と共に一掃される幾千の魔獣の叫びが木霊していく。
一太刀で大半の魔獣が屠られていく様は、術式として付与した暴風越しでも満足のいく様相を呈していた。
『黄金』を引き出しているだけあって、霧散する魔獣たちの身体は光の粒子と化し、遠目に眺めるだけならそれなりに見応えすらある。
――せめて、魂だけでも浄化されれば……ね。
魔獣の粒子の中に、入り混じる様々な色彩の魂の破片。
悲痛に歪められたそれも、術式に混じり合う『碧』の焔によって、ほんの少しだけでも浄化され、幾つかは元の輝きを取り戻して瞬いた。
それをさり気なく横目にしつつ、粒子の層の奥へと飛び込んだところで、今まで見たことが無いほど精緻な飾りが施された建物が目に飛び込んできた。
直観的に、これが王宮だと判断する。
ついでにギリギリで術式から逃れていたらしい数頭の魔獣が、その建物の中に潜り込んでいるのも発見した。
やれ取りこぼしかと内心で溜息を飲み込みつつ、見事に破られた天井をしげしげと眺め、そしてふと視界に留まった人物。
思いがけず、目が引き寄せられていた。
それは――金茶の髪と、晴れた空みたいな青い目の、小柄な男。
一見したところ童顔とも称されそうな青年である。
男が身に纏う衣類の上質さ、全身を覆う微かな覇気、じーさまから聞いていた容貌などを重ね合わせ、これがもしかすると『王様』じゃないのかな、と当てをつけた。
こうなると、後はシンプルだ。
まずは確認作業である。
群がる翼獣越しでは内部が良く見えなかったため、面倒だと思いながらも別の出入り口を探すことにした『彼』。
西側の窓を開け、中を覗き込んだところで思わず眉を寄せる。
耳朶を打ったのは、従者らしき人物の悲痛な叫び。
肝心の『王様』疑惑の青年は、四方から翼獣に噛み裂かれる寸前だった。
まさに絶体絶命である。
声を上げた従者らしき人間も、駆け寄ろうとしていた。だが如何せん、どう見ても受けた傷が深すぎる。
――あれだと間に合わない。
先ずは本人確認が理想的。でも現実は慌ただしく、残酷で、そんな暇すら与えてくれないものなのだ。
――魔獣を片付けてからだね。万一のことを考えたら、殺させるわけにもいかないし。
刃を携え、一足飛びに王座まで飛び出した。その間、たった一呼吸。
けれど僅かでも遅れていれば、青年の命はなかっただろう。目前に迫った翼獣の口腔を見つめ、そんなことを思う余裕すらある『彼』はまさしく異常なのである。
そのまま青年の真上を見据え、一気に刃を薙ぐ。
軌跡に触れた端から粒子化し、原形を保てず消滅した魔獣たち。数えてみたら、全部で六頭いた。一人の人間を喰らうには、過密すぎる割合だ。
深まる一方の、王様疑惑。
まず間違いなく魔物の意図が絡んでこうなったのだろうとげんなりもしつつ、粒子化した魔獣たちが風に吹かれて消えていく様を見届けた。
それから周囲に視線を巡らせてみたものの、会話をするくらいの時間は稼げたと判断した『彼』は早速、目の前の青年に向けて、問い掛けてみることにする。
些か疑問形となったのは、自信満々に指名して、実は違いましたという場合の己の心身へのダメージを軽減するための予防策だ。
こう見えて、意外と小心者なのだ。
「初めまして、王様……で合ってるよね?」
しかし、現実は意外と厳しい。
肝心の返答はなかなか得られなかった。
沈黙に耐え切れず、答えを催促してしまったのは、万一王様じゃなかった場合にこんな問答に時間を消費したくないなぁ、という本音があった為である。
けれども結果的に、目の前の青年は自らが国王であると認めた。
ここでようやくの、一安心である。
無駄足にならずに済んだことに心の底から安堵していると、足を引きずりながら王の側近らしい男が近くまで歩み寄ってきた。一見しただけでも、相当深い傷を負っていることは間違いない。
灰色の髪と薄水色の眼が美しい、まさに騎士そのものといった容貌の青年だ。
その凄まじい精神力に正直、脱帽すら覚える。立っているだけでもやっとこであろうに、戸惑っている様子の王の代わりにこちらへ向けて感謝や問い掛けを代弁してくるのだ。
こういう芯の強さを持った人間は、単純に好ましい。
だからこそ、多少の労力を払っても死なないように助力をしようかな、という気にもなる。
懐に念の為にと入れておいた数本の『傷薬』を『彼』が譲る気になったのも、結局はただそれだけの理由に過ぎなかった。
――臣下を見れば、王の器もまた明らかである。
いつであったか、じーさまが教えてくれた言葉が脳裏を過り、思わず口にして「そうだね、じーさま」と呟きそうになった。
実際ここに至るまで、どこかで期待しないようにと呟き続けていた自分もいたのである。
じーさまがくれた、二度目の生。受け取ってきたものがあまりにも多すぎて、それが失われた今となってはそれの代わりになる物など決して見つかる筈もないと、ほぼ諦めてすらいた。
実際、まだ本当の意味で目の前の王へ思うところはない。
ただ、予感がした。
この王ならばもしかしたら、と。この先に何か面白いものを見せてくれるような、そんな予兆じみたもの。
知らず知らずのうちに嗅ぎ取った直観じみたそれが、空っぽの心を少しだけ揺らす。
『彼』は素直に間に合ってよかったと思い、多少の面倒なら引き受けても良い気持ちに傾いていた。
「さて、王様。肝心の王様の無事も確認できたことだし、取り敢えず外の魔獣を端から駆逐して回ってこようと思うんだけど、いい?」
相手に、行動の是非を問う。
基本的には『彼』は自らの決断を自らの責任の下に行うことを信念としている。
例外と言えば、その通り。
目前の王が望む答えに、興味が湧いた。
想定していた範囲内ではあったものの、国王から間髪入れずに返ってきた答えに、やはりこの王は民草を『数』として数えない王であるらしいと薄ら、微笑む。
そこは少し、じーさまにも似ていた。
否、実際のところはこの青年がじーさまからの信念を、多少なりとも受け継いでいるということになるのだろう。
我ながら単純だと思いながら、何となく親近感を覚えてしまったのは内緒である。
簡易の結界を張り巡らせ、飛翔で飛び立った後の『彼』は久しぶりに、晴れ晴れとした気分を味わっていた。
心なしか携える刀身も輝きを増し、何やら目に眩しい。
心身ともに満ち足りているのだ。それに呼応してか、体内に巡る魔力の流れが活性化していることすら感じ取れる。
「よし、まずは初仕事。体も大分訛っていることだし、少しだけ気合を入れていこうかな?」
するりとのばした、右手。
その延長線上で、輝くのは『白銀』の刃だ。
「さて、一気に片を付けるとしようか」
微笑んだ真白の少女に呼応するかのように、手の中の刃が波動を広げていく。
一足飛びに王都上空へと駆け上がり、そうして描くのは、広範囲魔術式。
けれども、ここ数日で使用してきたものとは少々毛色の違う術式の一つ。
実に十数年ぶりに描く、軌跡だった。
――神聖術式。
『大聖樹の福音』
その間に肉薄してきた翼獣たちは、刃に触れることすらなく、端から掻き消えていく。
刃に込められた術式が、比類ないほどにその濃度を高めているが故に、近づいただけでも存在核を破壊され、肉体を維持することが出来なくなるのだ。
なら、単純な話この濃度を広範囲に向かって一気に拡散させればどうなるか?
答えは、術式の解放と共に目に見える形で顕現することとなる。
「聖樹の祝福をここへ。人には一切の害を及ばさず、魔の気配を抱く獣を内側から破壊しておくれ」
リィン、と涼やかな音が天空に響き渡ると同時に――眼下の魔獣たちが一挙にその身を震わせ、そして暫しの時間差をおいて内側から膨らみ、破裂した。
破裂した魔獣は周囲に臓物を撒き散らすことすらなく、白銀の粒子となって霧散していく。
それは種族に関わりなく、人々を襲う魔獣全てに平等に与えられた死の福音。
それを見届けた『彼』はいつも通り、ポツリと呟く。
「はい、終わり」
眼下に散らばる、白銀の波。
それはまさに、奇跡とも称せそうな光景だった。
けれども、あまりにも静かで呆気ない幕引きをして、多くの人間が歓喜よりも先に茫然自失に追い込まれた事実を肝心の当人は知る由もない。




