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*実践訓練*

 *



「……大佐。王都で魔獣を狩る前に変質者の息の根を止めても構わない?」

「駄目だな。残念ながら許可できない。あれの本質はさておき、能力はそれなりに有用だ。それに軍の規定で軍人の殺害はどのような理由や事情があるにせよ、極刑と決まっている。お前のような有能な部下を失う訳にもいかない。故に、許可もできない」


 まずは早朝のことから振り返ってみようと思う。

 不信な気配に目覚めたところ、扉はすでに扉の役目を果たしていなかった。

 どのようにして扉を破壊したのかは想像すらしたくないが、覆い被さろうとしてくる変態――特務中佐の鳩尾に向けて、渾身の力を込めた拳が炸裂したのは言うまでもない。

 真面目に襲われた。

 事態は悪化する一方である。

 寝台の上で呻く変態を放置して、与えられた私室を足早に後にした『彼』は死んだような目で直属の上司とやら――つまり大佐のことだ――の下へ行き、端的にこう告げた。


「変態に襲われかけたんだけど、殺してよかった?」


 突然の訪問に動揺する様子もなく、深い溜息を零して頭を抱えたロア大佐は程なくして再起し、傍らで作業していたコーデリア中尉の身も凍るような微笑みに向け、端的にこう告げた。


「エーリッヒ特務中佐を一時、独居房へ秘密裏に収容せよ。王都につき次第、改めてその処遇については検討する」

「承知いたしました。大佐」


 優雅な微笑みを張り付けたまま、足音高く扉をあけ放ち、颯爽と捕縛の指示に取り掛かるその背中はとても心強く、どこまでも光り輝いて見えた。

 そうして訪れた、一時の平穏。

 けれどもそれも、長くは続かなかったのである。


 それ以後も、数時間おきに曲がり角で変態に出くわす羽目になった。

 独居房、ほぼ無意味である。

 遭遇する度に、鳩尾やら男子の急所と呼ぶべき箇所への一撃を食らわせ、物理で対応し切ったものの、確実に心の平穏からは遠ざかった。

 そして昏倒した変態を、近くにいた兵士が再び無意味な独居房へズルズルと引き摺って行く。

 その光景すら、やがて見慣れたものとなった。

 まさに害虫駆除と言って過言でない作業工程と化しつつある。


「……大丈夫か、嬢ちゃん。目が死んだ魚みたいに虚ろだが」

「気にしないで、オルク。それよりも集中だよ」


 兼ねて約束した通り、船上ではオルクへの魔獣対策を行っている。

 何しろ時間がない。王都へ到着するまでに残された僅かな時間で、最低限死なない為の心得と、対魔獣を目的とした身体の動きを徹底的に叩き込む必要があった。

 故に、変態に使う時間すら勿体なくて仕方がないというのが包み隠さぬ本音だ。


「魔獣には様々な種族があって、その数だけ弱点も様々ある。まずはここからだね。確実に仕留めるためには、相手のことを知らなきゃ話にならない」

「……まぁ、それはよく分かる。それに関していえば、人間にもいろんな体格や癖、剣筋なんかがあって、どんなに強い奴でも必ず弱点はあるもんだ」

「うん。その辺が分かっているなら初歩は合格かな。じゃあ、もう一つ聞くよ。オルクは自分の弱点を理解してる?」

「……そうだな。まぁ、自分の癖はある程度把握しているつもりだ。あと、苦手な奴とかもな」

「うん、具体的には?」

「俺の剣筋は、見てくれの通りに力押しで叩き切る、ってのがまず第一だ。その為にある程度の膂力は鍛錬で身につけている。だが、如何せん身軽さについては劣るし、遠距離からの攻撃に対して長時間の防衛には向いてない。力を受け流すタイプの流派や魔術師相手だと苦戦するのが大抵だ。その過程で幾つか簡単な防御術式を身体や剣に付与する方法も覚えたが、使用できるのは限られた時間になっちまうし、攻撃を食らい続けて術式を無効化されたことも少なくない」

「なるほどね。大体理解したよ」


 うんうんと頷きつつ『彼』は内心で思ったことを、包み隠さずにそのまま口にした。


「このままだと、死ぬね」

「……だろうな」


 オルクも、承知はしていたのだろう。大して驚いた様子もなく、悄然とした様子で返した。


「本当は今の王都に行かないことが、一番死なずに済む方法と言えばそうなんだけど。でも、行くんだね?」

「あの坊ちゃん商人の護衛を投げ出すわけにはいかねえ。それに……王都には知り合いも多くてな」

「ウルディスは、水都へ戻らないのかな?」

「何度か説得はしたんだが……まぁ、無理だろうな。なんせ、あいつには王都にどうしても無事を確認したい人物がいるからな」

「うーん。あんまりお勧めはしないけどなぁ。一応聞くけど、ウルディスに武術か魔術の心得は?」

「いや、皆無だ」

「だろうね」


 それもそうだ。本人にオルクを凌ぐ護衛力があるのなら、そもそも護衛をつける意味が無い。


「前もって伝えておくけど、ここで教えられることには限りがある。そもそも時間が絶望的に足りないし、最低限を身に着けたところで、あくまでも守れるのは自分自身。ウルディスは勿論、それ以外の誰かを守ろうと思ったら、全然実力が足らない。もし、万一だけどオルクが自分の身を呈そうなんて動きをしたら、まずは自分が死ぬからね。その辺はちゃんと理解しておくこと」

「……分かった」

「本当に分かってる? つまり、最悪の場合は見殺しにしろと言ってるつもりなんだけど」

「嬢ちゃんは本当にえげつねぇなぁ」

「えげつなくて結構だよ。実際、生き残るっていうのはそう言うことだからね。奇麗な物だけを見ていたいだけなら、さっさと喰われて死ぬ方がまだマシってもんだよ」

「……そうだな。本当にその通りだ」


 で、どうする?


 無言の『彼』の問い掛けに、少しの沈黙を経て返されたのは、迷いながらも、逸らされぬ眼差し。

 曲がりなりにも戦い続けてきた、一人の男の眼だ。


「教えてくれ」

「うん、分かった。じゃあ、ここからは本番だ」


 立ち上がり、『彼』は徐に腰からするりと刃を抜き放つ。

 夕日を浴び、赤々と照らし出されたそれは、魅入られるほどに美しい。


「さて、久々だから上手く吐き出せるか分からないけど……まぁ、やってみるしかないよね」


『彼』の言葉に応えるように、その色彩を異なるものへ変えていく刃。

 夕日の色は徐々に移ろい、変質していき、そして映し出される色彩は――『灰』。

 それはまるで、曇天の如く濁りきった色彩だ。


「じゃあ、まずは一匹」


 不安しか覚えない言葉に、オルクが無意識に己が刃を構えた瞬間。

 それは、刃から飛び出てきた。

 紅い目。灰色の体毛。鋭い爪。――まるで、悪夢を思わせるその姿は。


「っ、魔獣か?!」

「何はともあれ、実践あるのみ。それは灰色狼。単体なら、今のオルクでも死なずに初撃を交わせるくらいのレベルの魔獣だよ」

「こんなもんが船の中暴れまわったら、やべぇだろう!」

「その辺は気にしなくて大丈夫。それ、幻影に過ぎないからね。襲う対象はオルクに限定してあるよ」

「そもそも何で剣から……」

「ほら、集中集中。幻影に過ぎないとは言ったけど、まともに一撃を食らったら死ぬからね?」

「うぉっ?!」

「弱点を見つけることだけが、生き残るチャンスだよ。さぁ、死ぬ気で殺しにおいで」

「言葉おかしくねぇか?!」

「ん、そうだね。正しくは殺す気でかかっておいで、かな?」


『灰』の刃を傍らに、まずはお手並み拝見とばかりに座り込む少女。

 その視線の先では、まさに死闘と呼ぶべき戦いが繰り広げられている。オルクの動きは本人が評していた通り、お世辞にも身軽とは言えない。

 とは言え、戦い方は心得ているモノのそれだった。自分の長所と短所を把握していて初めて生まれる、無駄を可能な限り削った身のこなしだ。

 それが、ギリギリとは言え、灰色狼から自らの命を守っている。

 正直なところ、勝敗については8割方、オルクの負けで終わると見越していた。

 死ぬ気でとはいったものの、まさか初っ端から殺してしまえば意味もない。

 幻影での戦闘は、召喚者本人の意思で強制的に絶ち切ることも可能だ。だからこそ、実践訓練が成り立つ。

 そもそも喰ったものを吐き出せる、そんな異質な刃の特徴を発見したのは他でもないじーさまだった。

 その上、発見した当人が危うく幻影によって命を落としかけたのだから、笑えない。


「……あの時に出てきたの、確か四方守護の一体だったよなぁ」


 あの時はまだ召喚の方法がよく分かっておらず、刃が最後に飲み込んだ一体が無作為に吐き出されたものだから、危うく辺境一帯が崩壊しかけたのである。

 嘗ての自分が、半死半生となりながらようやく仕留めた最後の一体。

 何度思い返しても、悪夢じみた戦闘だったと言わざるを得ない。流石にもう一度は勘弁である。


 ブルブルと頭を振り、嫌な記憶を振り払ってから目の前の光景に戻ってみればオルクがあわや、飲み込まれる寸前だ。


「はい、一旦終了」


 強制的に幻影を刃へと飲み込む。多少の抵抗はあったものの、そこは気にせずぎゅうぎゅう押し込めた。

 灰色の刀身が静けさを取り戻したことを確認してから『彼』はようやく歩み寄る。

 目線を合わせて座り込めば、荒い息のオルクは放心したように片膝をついていた。


「……狼、は」

「ひとまず飲み込んだよ。さぁ、一息ついたら再戦だ。今の戦いの間で何も学べなかったというなら、これ以上やっても仕方ないと思うけどね。はい、水」

「……っ、ありがとうな。嬢ちゃん」

「ん、まだやる気が残っているみたいで良かったよ」


 じっと覗き込んだ『彼』の双眸を見返す眼差しには、未だ消えぬ恐れの他にも、僅かながらの闘争心が見て取れた。

 こう言っては何だが、大したものである。

 オルクの戦闘力そのものに目を瞠るほどのものは残念ながら見て取れないものの、魔獣と戦う際には何よりも先に心が折れていないことが肝心であり、それがなければ、どれほどレベルの高い剣士も、魔術師も、喰われている間の足止めくらいにしか役に立つことはない。

 精神が負ければ、肉体も遠からず負けるのだ。

 魔獣相手にはそれがより顕著に表れる。

 時として彼らは相手の精神を読み、それが最も恐れる形をとり、襲い掛かる手法をとることもあるのだから。


「あれに比べたら、全然えげつなくないと思うけどなぁ」

「ん、何の話だ?」

「オルクにはまだ早い魔獣の話。もし王都で生き残れたら、追々話してあげるよ」

「それは、何と言うか……楽しみだな」

「うん、生きていれば楽しいこともあるさ」


 そうして束の間の小休止を経て、薄闇に沈みかけた甲板の上で再び灰色狼に挑んだオルク。

 想定の範囲内ではあったものの、数刻の戦いを経て、二度目の敗北を喫していた。一度目よりか、長い間膠着状態を保てるようになった分、僅かながらも成長は見られた結果であったと言えよう。



 *



「ふん、なかなか有意義な実践訓練を思いついたものだ」

「……一体何者なのでしょう。特務中佐の行いに対しては微塵も肯定の思いは抱けませんが、それでも一魔術師として詮索したくなる気持ちは分かります」


 甲板の上、執務室の窓から眼下の少女と、護衛傭兵の男の訓練と称したあれこれを眺めていたロアは、刃から魔獣が顕現するまでの一部始終を確認し、思わず「ほぅ」と小さく呟きを零さないではいられなかった。

 そもそも個人での魔獣召喚など、彼の知る限り、誰も成し得たことはない。極稀に優れた召喚士が大掛かりな魔術式を用いて、複数人で一体というのが限界だと聞いていた。


「幻影、か。一見したところ、召喚している魔獣は本来のそれと比べても能力面で劣っている訳でもなさそうだが」

「ええ、魔獣関知にも反応しています。あれは紛れもなく、魔獣そのものかそれに値するものですね」

「可能ならば、あれの限界を知っておきたいな。実践投入する前に、俺個人と刃を交えさせてみるか……」

「冗談にもなりませんよ、大佐。王都での戦闘はほぼ確実な情勢の今、貴重な戦力に万一でも傷がつくような真似は看過できません」

「……残念だ。だが、あれはもしかすると……」

「どうされましたか、大佐?」


 珍しく言葉尻を濁した上官に対し、視線を戻して問うたコーデリア。

 横顔に一瞬過ったそれを認めた瞬間、思わず背筋を震わせるだけに留まらず、半ば後退しかけた足を無理やりその場に固定した。

 それ――すなわち、殺気にも似た本気の色だ。

 久しく見た覚えのない表情は、どこか野生の獣が獲物を見つけて舌なめずりしている様相にも似ていた。


「……大佐、もう一度念押ししておきます。軍人同士の私闘は、原則としてご法度ですよ」

「ふん、組織としては止むを得まい。しかし、惜しいな。部下に加える前に一度抜いておくべきだったな……」


 決して少なくない年数を共に仕事をしてきたコーデリアだからこそ、その声色に宿る感情や意気込みといった部分まで嫌が応にも分かってしまう。

 紛れもない本気だ。

 一歩間違えれば、曲がりなりにも一般人へ刃を向けることすら躊躇わない。

 改めて、その見目にそぐわぬ闘争心の強さを実感する。八翼の中でも、取り扱いの難しい一翼として真っ先に名を挙げられる『紫炎』。

 直属の上司として彼を仰ぐ日々の中で分かっているつもりでいたものの、その認識はまだまだ甘かったと言わざるを得ない。


 決して小さくない溜息と共に、今回ばかりはロア大佐の時期尚早とも思われた登用判断に安堵を隠し切れないコーデリアであった。


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