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3話 【運】の勇者

 場所を移動して、礼拝堂の奥にある小部屋。


「どうぞ、おかけになってください。……ああ、紅茶と珈琲どちらがよろしいですか?」


「……俺はいい。お構いなく」


「では茶菓子でも……こちら、魔導国家で販売している有名店のものです」


「それもいい。持ってるし」


 茶菓子と飲み物を用意しようとするノーマンに断り、薦められた椅子に腰を掛ける。


 ノーマンは「それは残念です」と言って自分用の珈琲をカップに注ぎ、角砂糖を二つほど投入して、俺と対面するように椅子に腰を下ろす。


【運の勇者ノーマン】。


 今代の勇者であり、【運】の聖印を持つ男の勇者。


 勇者教会の司教も勤めていて、勇者としての活動は特に何もしていない。


 その理由は、単純に勇者としての力が弱いから。


【聖印】は所有者によって力が変わる。だから同じ【聖印】であっても強さや効果は様々だ。加えて、勇者には【聖剣】から強力な加護が与えられるから単純な身体能力だけでも常人をはるかに越える。


 だから、この【聖印】がハズレだとか当たりだとかはない……とされている。そもそも、与えられた【聖印】にあーだこーだ文句を言うのは冒涜すぎるからだ。


 のだが……やはり実際にハズレな【聖印】は存在していて、【運】はその中でもぶっちぎりのワースト一位。


 なんせ、過去の【運】の勇者が何人か存在していたにも関わらず、活躍した事例が一切存在しないというのだ。強力な加護もないらしく、身体能力も普通の人と変わらないんだとか。なんだそりゃ。


 しかも、【運】の能力は"運がよくなる"だけらしい。賭け事とかめっちゃ強そう。


 そのせいか、いつの時代も【運】は序列最下位。


 代によって勇者の数は変わる。普通は三~四人ほどだが、今代の勇者は現時点で十二人。


 だが、ノーマンもその中でも十二位と最下位。もはや【運】はハズレの【聖印】として世間では認知されている。たまに石を投げられることもあるんだと。やめてあげて。


「……」


 俺は同情の目線を向けつつ、上品な動作で珈琲に口をつけるノーマンを無言で観察する。


 身の丈は低く、外見は少年といっても良いほどに若々しい。しかし、年齢は不詳で、実際に何歳かは分からない。勇者教会の司教を任せられるくらいだから見た目通りの年齢ではないだろう。


 服装は勇者教会の神父を示す黒色の祭服。……それと対称的に、年老いた老人のように真っ白に染まった頭髪がやけに目立っていた。


 ラフィネと同じ珍しい髪色。


 だが受ける印象は真逆で、神秘的な美しさや純粋さは欠片もなく、どこか得体の知れないような不気味な印象を抱いた。


 そして、何よりも目にとまったのが――


「……それ、見えてるのか?」


「え? ああ……いえ、見えてませんよ」


 ノーマンの両目を覆っている白い布について聞くと、そんな返答が帰ってきた。


「へえ……大変だな」


「はは、まあそこまで不便ではないですよ。視覚では見えませんが、《熱探知》と《魔力探知》で何とか輪郭くらいは分かりますので」


 ノーマンは何でもないといった風に微笑む。


 先天的な障害か何かで目が見えないのだろうか。悪いことを聞いてしまった。


 俺が申し訳なく思っていると、ノーマンもそれを察したのか「お気になさらず。本当に不便には思っていませんから」と気を遣ってくれた。


「それに、私は運がいいので見えなくても大丈夫なんですよ。これも事情があっての処置ですし……と、そろそろ本題に入りましょうか」


 処置? 若干その言い回しが引っかかるも、突っ込むことはせず話を聞く体制になる。


 そうだ、俺はそれが聞きたくてわざわざこの場所に来たのだ。何でD級の俺が呼び出されたのか、それが気になりすぎて夜も眠れないなんてことはなく普通に過ごしていたが、他に気になることもあってやってきた。


 面倒だし無視してもよかった。


 というかいつもの俺なら無視して姿を眩ませていた。


 のだが……。


『――機密事項だ。勇者の中でも数人しか聞かされていない。知りたいなら本人か勇者教会に聞け。教会は言わんと思うがな』


 少し前に聞いた、ルーカスの言葉。


 ……別に、レティのことが気になるって訳じゃない。


 ただ、レティが隠している秘密を聞いて、それをネタに脅せばレティも俺に付きまとわなくなるんじゃないかって思っただけだ。


 だから、教会の人間であるノーマンに聞くためにわざわざこうして早朝から出向いているのである。


 レティの様子が変だった件とか別に俺には関係ない。ただ俺はレティを脅すネタを求めてやってきただけで。それ以外に理由はない。


「まずはご足労感謝いたします。急なお手紙、驚いたでしょう」


「そりゃ驚いたけど。しかも一人で来いって書いてあったしな」


 招集命令の最後の方に、『なお、ジレイ・ラーロ様は別日にお一人で来てください』って書いてあったのを見たときはビビりまくった。てっきり全員集まって何かするんかと思ってたのに、一人だけ呼び出しはガチでビビる。何かやらかしたか思い出そうとしたら過去にやらかした事が多すぎて分からなかったよね。


 でも、本当に何の用で呼び出したんだろうか。ある依頼の遂行のために、とは書いてあったがそんなん勇者四人で十分じゃねって思うし。俺とかいらないだろ。


「それで、本日に呼び出した理由ですが――」


 俺が身構えていると、ノーマンは言った。


「占いをしようと思いまして」



 …………うん?



「なんて?」

「占いをしようと思いまして」

「占い?」


「ええ、というのも――」


 理解できない俺に、ノーマンは悠々と説明し始める。


 ……ふむ、なるほどな。


 つまり今日俺を呼び出したのは勇者の間で注目を浴びている人物である俺をノーマンが是非直接見てみたいと思って呼び出したと。


 んで、趣味である占いを俺に対してしたいと考えたと。

 実は今日ではなく別日に他の勇者も含めて話し合いをするからこの呼び出しに意味はないんだと。ぶん殴っていい?


「ま、待ってください。確かにお怒りは分かりますが私の占いは当たるんですよ。だからその、振り上げた拳を下ろして欲しいなあ……と」


 しどろもどろになるノーマン。俺はすっと拳を下ろす。あぶないあぶない、教会のお偉いさんに殴りかかるところだった。


 ……けど、そういえば聞いたことがあるな。

 【運】の勇者ノーマンは占術が得意で、【グランヘルト帝国】の市中で営んでいる占いの館は大層人気なんだとか。月に数日しか営業しないにも関わらず来年まで予約で埋まっているらしい。


 加えて、老若男女が憧れる勇者にはファンがついたりするのだが、ノーマンは【運】という最弱な聖印で何の実績も無いにも関わらず、占いの精度と本人の丁寧な物腰もあり、若年層から支持が厚く人気だという。


「んじゃ、せっかくだからやって貰おうかな」


「では、こちらの水晶にお手を……」


 言われるがままに水晶に手をかざす。ちょっとワクワクしている俺がいた。


「で、何を占ってくれるんだ?」


「そうですねえ……ではまず、私の実力を見ていただくために、貴方がどんな方なのかを当てて見せましょう」


「ほほう」


 ノーマンが水晶をさすると、ぼんやりと淡く発光する。


「……とても自由奔放な方のようですね。自我が強く、他人に縛られるのを嫌う傾向があります。権力には興味がなく、お金もそこまで欲していない……何よりも自由と自分自身を愛している……当たってますか?」


「おお……!」


 すげえ! 当たってるじゃん!


 占いとかは正直まったく信じてなかったが、今後は考えを改めるかもしれない。


 ……いや、でもこういうのって誰にでも少しは当てはまることを言ってるだけってのもあるからな。ピンポイントで当ててこれるわけも無いし、所詮は占いだろう。


 と、思っていたら。


「趣味は……魔導具? 寝ることが大好きで暇さえあれば寝ている。お酒と煙草は嗜まない。面倒なことを後回しにする悪癖あり。最近の悩みは女性関係――」


「まて、まてまてまってまって」


 俺が止めると、「どうしました?」と何食わぬ顔で聞いてくるノーマン。怖い、怖いからもうやめて。


 え、なに? もはや占いじゃなくない? 当たりすぎとかいう次元じゃないんだが。そういう能力ですって言われた方が納得できるんだけど。


「これで私の実力は分かっていただけたかと。では、今度は貴方の"運命"を見通します」


 こちらの水晶にもう一度お手を、と誘導される。正直怖いからやめたいがここまで来たら聞いてみたい気持ちもある。俺はびくびくした手つきで水晶に手を置いた。


「ふむ……なるほど。これは――」


 水晶が淡く発光し始める。透明だった色が変化して、やがて一つの色に染まっていく。


 変化した色は――黒。


「……どうだ?」


 聞いてみると、ノーマンは神妙な声色で。


「見えない」


「え?」


 ノーマンは顔を俯かせて唇に手をあて、ブツブツと何事かを呟き始める。


「この魂はいったい……不純物が混ざっている? ひとつ、ふたつ……数え切れないほど膨大な色だ。だが、そのどれもが純真で美しい。むしろ――」


「おい、おい。どうした」


 トントンと肩を叩くと、ノーマンはハッと顔を上げてこちらに向き直る。


「これは失礼。取り乱しました」


「別にいいけど……大丈夫か?」


 ノーマンは「ええ、大丈夫です」と答える。ならいいけど……尋常じゃない様子だったから心配したぞ。


「申し訳ありませんが、私の力では見えないようですね」


「ああ……そう」


「ただ、分かったことが一つ。貴方にはどうやら女難の相があります」


「……マジ?」


「ええ。これまでに何回か女性関係のトラブルに巻き込まれた覚えがありませんか?」


 身に覚えがありすぎる。じゃあなに? ラフィネとかイヴとかに追い掛け回されてたのも俺の運勢が悪いからってことか? 勘弁してください。


 藁にもすがる思いで聞いてみた。


「……ど、どうすれば直る?」


「いやあ、これは無理でしょう。諦めた方がいいですよ。あ、ちなみに一人や二人じゃないみたいですから。刺されないようにお気をつけて」


 無情な返答。頭を抱える俺。嫌だ! これ以上は嫌だ!

 俺が絶望していると、ノーマンは思い出したかのようにポンと手を叩く。


「そうだ、忘れる所でした。これも渡しておきます」


 渡されたのは束になった便箋。いち、にい……数えて見ると十枚あった。


 何これ? と聞こうとするが。


「勇者パーティーへの申請書です」


 そんな回答が帰ってきた。


「申請書?」


「ええ、そうです」


「何の?」


「勇者パーティーへのです」


「俺が? 何で?」


「皆さん、貴方に興味があるようでして。【才】の勇者以外の全員が勧誘したいらしく、こうして送って来たのです。特に【硬】の勇者からは熱烈なお手紙も届いてますよ」


 膨大な手紙の束をドサッと取り出すノーマン。


 【硬】の勇者って確か……マギコスマイア魔導大会の本戦一回戦で闘ったやつか。見た目と言動がすごく痛々しすぎて、若かりし頃の俺を思い出させてきやがった強敵だ。何度も死にそうになった(精神的に)から、もう二度と会いたくない。


 渡された手紙を少し見てみたら、長文で俺を讃える言葉が羅列してあった。わーお。


「今回の招集にも来たがってましたよ。上層部が今回の任務には適していないと判断したらしいので来ないと思いますが」


 混乱して硬直していると、ノーマンは「ああ、そうです」と言いながら取り出した紙に何かをすらすらと記述した。そのままそれを渡してくる。


「私も貴方に興味が沸きました。よければぜひ」


 渡されたその紙――申請書。


 ふむ、そうか、そういうことね。ということは、俺はほぼ全ての勇者から勧誘されたことになるらしい。D級冒険者なのに? はえーすっごい、ふーん? アホか。


 全部燃やすことに決めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] それでこそ俺たちの知るジレイだぜ
[一言] やばいのは確か
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