2話 勇者教会
数十日前――勇者教会内部。
勇者教会からの収集命令でやってきた俺は、諸々の手続きを終えて入場し、広い礼拝堂内の長椅子に座ってある人物を待っていた。
周りに目を向ければ、長椅子に座った信者たちが両手を胸の前で組み、目を瞑って祈りを捧げている。人数はそこそこに多く、この広い礼拝堂の半分ほどが埋まっていた。
早朝の典礼だろう。誰もが口を閉ざして熱心に祈りを捧げている。そのせいか、このだだっ広い礼拝堂の中は静寂に包まれていて、非常に居心地が悪い。
「うへぇ……」
帰りたい気持ちを堪えつつ、俺は礼拝堂の奥、祭壇の方へと視線を向けた。
祭壇には勇者教会を示すシンボルマーク(クロスした二本の聖剣、後ろに聖盾)が描かれており、その手前には銀色に輝く等身大の銅像が鎮座している。
【勇者教会】。
【グランヘルト帝国】を本拠地としてヘルト大陸のあらゆる場所に活動拠点を持つ宗教。
彼らの信仰対象はその名の通り勇者であり、その中でも一人の勇者を神格視している。
その人物とは、はるか昔に初めて誕生した勇者――【始まりの勇者リエン】。
最も広く流通している貨幣――リエン硬貨のモデルになった人物であり、事の原理を変革することができる【理】の聖印を持っていたと言われる勇者。
突然現れた魔王に対抗するように誕生した【勇者リエン】に対して、勇者教会の聖典では神の生まれ変わり、または神自身だと語られており、今の勇者たちの力は【勇者リエン】が【理】の力を使って聖剣を作り出した、とまで言われているらしい。
が、ほとんどは言い伝えでしかない。【勇者リエン】が存在したとされる文書はほぼ残っていなく、実際に存在していたかすら怪しい謎の人物。
そもそも、第一期魔王を討伐したのは別の勇者である。これはちゃんと文書や何やらの物的証拠が多く残されていて、歴史的にはこっちが公的なものとして扱われている。
と、なると当然だが、歴史学者たちの間では【勇者リエン】は認められていない。だが、莫大な力を持つ大国である【グランヘルト帝国】が後ろ盾ということと、【勇者教会】の信者数の多さから、今では【勇者リエン】が原初の勇者でありこの世界の神だと世間的には認知されている。
だけど、まあぶっちゃけ。
「うさんくせえ……」
その、地面に付くほど長髪な女性――【勇者リエン】の銅像を見ながら、呟く。
俺としては、何を信仰しようが個人の自由だし、勝手にすればいいんじゃね? とは思う。そもそも俺は神とか信じてないし。
宗教ってそういう形のないものに対して信仰するもんだからそれは百歩譲ってわかる。だけど、【勇者教会】はその中でも群を抜いてうさんくさすぎる。
俺も昔、【勇者教会】の信者に声をかけられたことがあった。
その時はまだ俺も純粋で、勇者を目指していたころだった。だから、「勇者を目指してる? それなら【勇者教会】に入ることで色々と~」とか言われたらそりゃ入る。ウキウキで入信したあげくに、「このツボを買えばきっと勇者に~」とかクソ高いツボを薦められたらそりゃ買っちゃうよ。ふざけんなよ。
ほんと、なんでこれが大陸で最も有名な宗教なのかがマジで分からない。それなら俺を神として崇めてくれた方がまだ実益があるんじゃないかと思う。
だから、俺は宗教とかよく分からんものは信じない。騙された苦い思い出があるってのもそうだが、こういううさんくさいものは大嫌いなのである。
「……よく信じれるなほんとに。【勇者リエン】とか居ないだろ」
「いえいえ、【勇者リエン】が実際に存在したかどうかは問題ではないのですよ。信じるその心が、我々の脆弱な魂を救うのでしょう」
「そりゃそうかもしれないが……だからって月のお布施が一万リエンからとかありえんって。つーか神なら金とか要求すんなよ」
「はは、確かにそれはそうかもしれませんね。ですがそれも全て勇者教をもっと多くの方に知ってもらい、救われる方を増やすための運営資金ですから」
「ふーん、まあ俺の金じゃないし別にいいけど……?」
そこまで言って、気付く。いつの間にか誰かと会話をしていることに。
「誰だあんた」
怪訝な顔で隣に座っていた人物を見ると、その人物は席を立って佇まいを正して、礼儀正しく流麗な一礼をしてきた。
「申し遅れました。私の名前は"ノーマン"。姓はありませんのでどうぞ、ノーマンとお呼びください」
聞いたことがある名前だ。というより――
その人物――ノーマンは真っ白な髪を靡かせて、ゆっくりと顔を上げる。
「恐れ多くも今代の【運の勇者】を賜りました。また、【勇者教会】では司教をさせて頂いております――ぜひ、お見知りおきを」