1話 労働はクソ
冬を過ぎ、温かな春の到来を間近に控えた季節。
ひゅるる、と吹き付ける風を少し肌寒く感じるそんなある日のこと。
「疲れた……だるい……ずっと寝てるだけの仕事がしたい……」
俺は今日も今日とて、仕事の土木作業に勤しんでいた。
時刻はもうすぐお昼どき。早朝から街の外壁の修繕作業を休みなく行っているからか全身が悲鳴を上げている。肩をほぐそうと腕を回すと、バキボキと嫌な音が聞こえた。
「はぁ……」
投げ出したくなる身体を動かし、止まっていた作業を再開する。
ほんとマジで、どうして人は働かなければならないのだろう? 金持ちは金を働かせるだけで富を生み出すことができるのに、庶民は身体を動かして少ない賃金のためにせっせと働かなくちゃいけない。やっぱり労働はクソだ。金を無限に生み出す魔導具があれば働かなくてすむのに……ああー働きたくない働きたくない。
「――おーいジレイ! 一緒にメシ食おうぜ!」
世知辛い現実を噛みしめながら作業を続けていると、昼休憩の時間になった。
俺は、鬱陶しく肩を組んできたその男を振り払う。暑苦しい。
「嫌だ。お前といると寝れないんだよ。一人にさせろ」
「今日は魚料理がうめえって噂のあの定食屋にするか。よし行くぞ!」
「いやだから行かないって」
そう抗議するも、無理矢理に肩を組んで、ゴリラのような顔と頬に大きな傷跡が特徴的な大男――ウェッドは俺を連れて行こうとする。耳ついてんのかこいつ。
だが、言っても無駄な体力を使うだけだ。俺は諦めた。代わりにこんな状況に陥った元凶である"勇者"に対して心の中で恨みがましく呪詛を吐く。
「よくそんな元気あるな。俺なんて怠すぎて今すぐ布団に転がり込みたいのに」
「そりゃ元気に決まってらあ! だって、"勇者様たち"がこの国に来てるんだぜ⁉ もしかしたら勇者パーティーに入れるかもしれねえじゃねえか!」
「冒険者活動が休止中なのにか?」
「それはこう、土木作業を熱心にする俺を見た勇者様が勧誘してきてだな」
「あるわけないだろアホか」
あったとしてもそれは他の土木作業からのスカウトだわ。
「っつか仕方ねえだろ。冒険者の仕事が俺たちまで回ってこねえんだからよう」
不満げに唇を尖らせるウェッド。おっさんがやっても可愛くないからやめろ。
「確か、ウェッドってA級だったよな? 俺はD級だから分かるけど……A級でも回ってこないのかよ」
「俺はA級でも下の方だからな。そもそも俺って戦闘職じゃないし……パーティーの戦力的にも危険な討伐依頼とかは回ってきても難しいんだ。……まあ、マジで勇者パーティーに入りたいわけじゃねえからな。今のパーティーでのんびりやってるのが俺の性に合ってる」
「じゃあ勇者は関係ないじゃねえか。なんでそんな元気なんだよお前」
「そりゃ、"兄弟"と一緒に仕事してるからだろ! また一緒に何かしてえなって思ってたからよ!」
「俺はしたくなかった……」
肩を組んでガハハと笑うウェッドに辟易する俺。帰りたい。マジで。
そもそもこうなったのも全部、勇者たちのせいだ。
数日前、この地に四人の勇者が集まるとの情報がリークされ、それを聞きつけた冒険者たちがこぞってリヴルヒイロにやってきた。
この広い世界で、数少ない勇者たちが一つの場所に集まることは滅多にない。
つまり、冒険者たちにとってこれは願ってもない状況であり、勇者と接触してパーティーメンバーに入れるかもしれない好機だった、というわけである。
東西南北さまざまな地方からやってきた冒険者たちは、勇者パーティーを志望するだけあって当然のごとく皆が傑物ぞろい。B級冒険者は当たり前で、A級、はたまたS級がごろごろといる。いまのこの国に魔王軍が攻め入ってきても瞬殺できるレベル。圧倒的過剰戦力。
となると、高ランク冒険者が飽和したこの地では高難度の討伐依頼はもちろん、簡単な採取依頼ですら依頼が回ってこない。勇者へのアピールのために彼らは根こそぎ依頼を受けているらしいが、少しは残せよって俺は言いたい。
毎日、俺が慣れない早起きをしてギルドにある冒険者ボードを見に行っても一枚も依頼がないなんてことは日常茶飯事。金のない俺はその度に日雇いの肉体労働。募りまくる鬱憤。勇者はうんこ。勇者はうんこ。
「ま、俺には縁のない話だな。さすがのジレイも【攻】の勇者様以外には誘われてないんだろ?」
「あ、ああ……まあな」
「だよなぁ。ジレイの実力なら全員から誘われてもおかしくねえんだけどなあ」
もったいねえなぁとウェッド。俺は思わず頬が引きつった。
……実はすでに誘われただなんて言えない。しかも勇者全員に。
「休憩時間もそんなねえし、さっさと飯食って遊ぼうぜ」
「お、おう……いや飯食ったら俺は寝るから」
お構いなしにウェッドは「今日は"とらんぷ"で遊ぼう。もちろん賭けありで」と話し続ける。俺の周囲はなんでこう人の話を聞かない奴が多いんだろう。
だが、こいつはまだマシな方で。
もっと面倒なことを現状、抱えてしまっている訳で。
「……はああ」
でかいため息が漏れた。苛立ちを抑えるようにがしがしと頭を掻く。めんどくさい。やりたくない。帰りたい。
だが、文句を言ってもしょうがない。既に俺は承諾してしまったからだ。
俺はどんよりと曇った空を見上げ、思い返す。
そう、あれは数十日前。俺が勇者教会へ赴いたときのことだ――