20話 ジレイ様だから、好きになったんです
数十分後。俺たちは路地裏から移動し、ある場所に来ていた。
「わあ……いい景色ですね! 風がきもちいいです!」
「……ああ、そうだな」
景色を見てはしゃぐラフィネに、俺は空返事をする。
ここは時計塔。リヴルヒイロの中心部に立てられた、街を一望できる場所。
その最上階にいる俺たちは、美しい街並みを眺めながら、時折ふわりと吹く風に髪を揺られていた。
周りにはちらほらと他の観光客もいて、俺たちと同じく街を眺めて感嘆の息を漏らしている。
ラフィネが最後に行きたい場所と言うことで来てみたが……俺がその景色を見ることはほとんどなかった。他のことで考え込んでいて、見る余裕が無かったからだ。
そんな俺にラフィネはニコニコと楽しそうに、お礼を言ってくる。
「今日はありがとうございますっ。こんなに楽しかったのはジレイ様のおかげです!」
「いや、俺は別に……連れられてただけだしな」
ラフィネはこう言ってくるが、俺は何もしていない。ただ言われるままに連れられてただけで、楽しませようと努力したわけでもない。
なのに、ラフィネは俺のおかげだと言う。
俺と一緒にいるだけで、嬉しそうな顔を浮かべる。
……ああ、駄目だ。もう無理だ。限界だ。
こうしてお礼を言われる度に、酷く嫌な気分になる。胸の中が言いようのない感情で渦巻いて、いまにも逃げ出したくなってしまう。……でも、できない。しちゃいけない。
「ラフィネ」
だから、俺は口を開いて、無理矢理に言葉を吐き出した。
「言わなくちゃいけないことがある」
「何でしょう? あ、もしかして結婚の件ですか? それなら既に準備は終わって――」
「大事な話だ」
「…………大事な話、ですか」
真っ直ぐに瞳を見て話す俺に、ラフィネはその雰囲気を感じ取ってくれたのか、茶化すのを止めて唇をぎゅっと引き締める。真剣な顔で、俺の言葉を待ってくれる。
間違いなく、ラフィネは魅力的な女性だ。
これほど一途に想ってくれて、自分の身を投げ出してでも尽くしてくれる。けれど俺に依存するでもなく確かな芯の強さもある。人としても女性としても、魅力的じゃないわけがない。
でも……だから、魅力的だからこそ――俺と一緒にいちゃいけない。
「……俺は、クズで怠け者のどうしようもないやつだ」
ぽつりと、言葉を吐く。
「めんどくさいことはやりたくないし、できることなら一日中寝て過ごしたい。自分のことしか考えない上に、面倒な事からはすぐ逃げ出すクズだ。力があっても、俺は俺のためにしか使わないし動かない。普通、嫌われてしかるべき人間だ」
ラフィネはただ、黙って聞いていた。
「だから、分からない。なんで俺に惹かれるのかが……理解できない。ラフィネも、イヴも、レティもウェッドもカインも……俺みたいなクズに惹かれるのかが、心底理解できない。……全部、お前達の勝手な勘違いだって言ってるだろうが」
「……」
ラフィネは何も答えない。
ちくりと痛む胸を抑えて、俺は言葉を続ける。
「……もう、うんざりなんだよ。お前達が慕ってくるせいで、俺は自分が詐欺師になったかのような感覚になる。あるわけもない虚像の俺を押し付けられて、息苦しくなる」
俺は、ただのD級冒険者だ。腕っ節が強いだけの怠けることしか考えていない人間だ。ラフィネたちが思うような英雄なんかじゃない。
「俺のことが好きだって? どこを見たらそうなるんだ? こんな無愛想で面倒くさがりで、好意を受け入れもしない奴のどこを好きになるんだ?」
強い口調で吐き捨てる。突き放すように、切り捨てるように。
「俺は、誰かを好きになったことなんてない。大切な人もいないし、大事なのはいつだって自分自身だけだ。それ以外はどうだっていい。助けたのだって、ついでに過ぎない」
俺にはラフィネたちのその感情が分からない。好きだの愛だのの感情が分からない。
だから、俺にはラフィネたちの気持ちには答えれない。
自分が誰かを好きになる未来が見えないのに、付き合うとか結婚だとかは不誠実だ。ラフィネたちの気持ちが真剣で本気なものであるほど、軽薄で責任感のない俺には釣り合わない。釣り合ってはいけない。
「……そう、ですか」
うつむくラフィネを見て、胸が軋むように痛んだ。今すぐにでもこの場から逃げ出したくなった。
でも、それだと今までと同じだ。また繰り返すだけだ。
かすれる喉から、突き放す言葉を吐き出した。
「だからもう…………俺に、構わないでくれ」
息を、小さく飲み込んだ音が聞こえた。
うつむいたままのラフィネは、何も言わなかった。数分、ただじっとうつむいていた。
表情は窺えない。
だが、ぎゅっと掴んだ服の裾にできた深い皺が、ラフィネの感情を語っていた。
……これでよかった。
はっきりと拒絶しなければ、俺の為にもラフィネの為にもならない。ずっとこの関係を続けて、俺に失望して後悔してからじゃ遅い。取り返しがつかない。
俺は、「責任を取って付き合う」なんて表面上だけの解決はしたくない。ラフィネに対する気持ちがないのに、嘘をついて付き合うことはできない。真剣なラフィネたちに対して、それは不誠実すぎるから。
「もっと早く言うべきだった。……悪い」
うつむいたままのラフィネは、答えない。
少しして、口を開いた。
「……いやです」
それは拒否の言葉。
ふるふると首を振り、拒絶の意を示していた。
「いや、じゃない。この先、俺といても――」
「勘違いなんかじゃ、ありません」
「……はあ?」
顔を上げたラフィネは、唇をぎゅっと結んで、真っ直ぐに俺を見上げる。
「勘違いだ。俺は、清廉潔白でクールで優しい、絵本に出てくる王子みたいな奴じゃない」
「いえ、勘違いじゃありません」
頑なに、ラフィネはそう主張した。
「最初は、少しイメージと違うかもと思ったこともあります。ですがこうしてお側にいて、それが誤りだと気付きました。ジレイ様の優しさはむかし出会った時のままで、むしろ、今のジレイ様を見てますます好きになりました。だから……勘違いじゃありません」
「……いい加減にしろ。それはお前が勝手に思ってるだけだ」
「いいえ、違います。ジレイ様はお優しい方です」
ラフィネは、はっきりと俺の言葉を否定する。
「俺はお前の思ってる俺とは違う。クズで責任感もないただの――」
「では、なんでもっと――拒絶なさらないのですか?」
ラフィネは強い眼差しを俺に向けた。
「なんで、わざわざこうして言ってくれたのですか? なんで、何も言わずに去らないのですか? どうして――私のことを、気遣ってくださるのですか?」
「…………それは……」
「教えて下さい。ジレイ様が責任感のなくて自分だけを考えているお方なのであれば、どうして……そんなにも、傷つけないようにしてくださるのかを」
言葉が、すぐに出てこなかった。
せり出すようにして返答を吐く。
「……それは、俺のためだ」
「俺のため? どういうことでしょうか?」
「俺が、気分悪くなるのが嫌だからやってる。だからそれは、俺のためだ」
「……そうですか。では、私がしていることも全部自分のためになりますね。落とし物を届けるのも誰かの手助けをするのも、私がやりたいと思って、私のためにしているんですから」
「……っ」
答えようとして、吐息だけが漏れた。否定したくても、言葉が吐き出されない。
時計塔に吹き付ける風に髪を靡かせながら、ラフィネはくすりと笑って。
「……少し、昔話をさせて下さい」
懐かしげに、語り始めた。
「昔、私が小さかった頃……ジレイ様と秘密基地で出会って、少し経った頃のことです。その日、私はジレイ様にあるものを渡しに行きました。何だと思いますか?」
「……」
「正解は、誕生日の招待券です。もちろん私のですよ? あの頃の私はジレイ様にどうしても来て欲しくて、下手な字で書いた招待券を作って渡したんです。『たんじょう日だからしょうたいしてあげる!』って自信満々に誘って……」
ラフィネは、「ふふ、思い出したら少し恥ずかしいですね」と微笑む。
「ですが結局……断られてしまいました。『用事があるから行けない』と。もちろん私はむくれましたよ。なんで来てくれないのって、ずっと不機嫌になってましたね」
「……」
「誕生日当日、お父様は別宅の大きな部屋で誕生日パーティーを開いてくれました。人も、たくさん来てくれて、みんながお祝いしてくれたんです。ですが、お父様がお仕事で席を外されると……一人、また一人と席を外し始めて――最後は、誰も居なくなってしまいました」
ラフィネは少し悲しげに瞳を揺らし、続ける。
「みんな、お父様にしか興味が無かったんでしょう。お転婆でいつも問題を起こしてばかりで、別のお母様から生まれた私のご機嫌取りは、したくなかったんだと思います」
「……」
「『寂しくない』、『こんなの毎年のことだ』と強がっていました。でも、本当はすごく寂しかったし、悲しかったです。料理はたくさん並べられているのに部屋には私一人だけで、どうしようもなく寂しくて、泣きそうになりました」
ラフィネは「でも……そんなときにです」とぱっと顔を上げて。
「ジレイ様が、来てくれました」
「ッ……!」
「コンコンと窓がノックされて、見てみたらジレイ様がいました。用事を早く切り上げてきたから、と来てくれて、許可を取らずにたくさんの料理を両手いっぱいに持って食べ始めて……私はそれがおかしくて、思わず笑ってしまいました」
口に手をあてて、ラフィネはおかしそうに笑う。
「寂しさはもうありませんでした。ジレイ様が来てくれたことが嬉しくて、一人じゃないことが楽しくて、鬱々とした気持ちなんて吹っ飛んじゃいました」
くすくすと笑みを零し、続ける。
「おそらく、その頃から私は好きになっていたと思います。はっきりと自覚したのは、盗賊団に攫われて助けてもらってからなのですが……本当、子供ながらに色々とアタックしていましたね。『けっこんよやく』とか……ふふ、懐かしいです」
「……」
「ジレイ様は、独りで寂しかった私を助けてくれました。絵本に出てくる王子様みたいに、私の心を優しく溶かして下さいました」
ようやく、俺は口を開いて、言葉を吐き出す。
「…………勘違いだ。お前は助けられたからそう思ってるだけだ。俺は、勇者になるためにお前を助けただけにすぎない」
「違います。助けられたから、だけじゃありません」
「いい加減にしてくれ。勘違いだって言ってるだろ」
「いいえ、違います。ジレイ様の良いところはむかしと変わってません。こうして再会して、もっともっと好きになれたんですから。勘違いじゃありません」
何を言っても、強情にそう返される。全く引くことなく、ラフィネは俺に反論してくる。
「……お前は、俺のことを分かってない。そうであって欲しいと虚像を描いてるだけで、本当の俺が見えてない。本当の俺はめんどくさがりで、どうしようもない奴で――」
「そんなこと、知っています」
ラフィネは俺の瞳から目を外すことなく、優しく微笑む。
「ジレイ様が、昔から面倒くさがりな方で、言葉が荒くて働きたくない方だなんて、子供のときから知っています」
「は? じゃあなんで……」
「それもぜんぶ含めて、好きなんです。少し抜けていて、人のことを気にしないと言いながらも実は少し気にしていて、冷たくしながらも気にかけてくれて優しくしてくれる……そんなジレイ様が好きなんです」
「……止めろ」
口から、かすれた声が出た。もう聞きたくない。止めてくれ。
だが、俺の制止は届かず、ラフィネは言葉を吐き出す。
「ジレイ様は、私が助けて貰ったから好きになっただけ、と思っているかもしれません。ですがそれは大きな間違いです。私は――」
ラフィネは俺をまっすぐ見て、はっきりと言った。
「ジレイ様だから、好きになったんです」
「………………」
「私だけじゃありません。イヴも、レティさんも……ジレイ様だからお慕いするんです。もし助けてくれた方が悪人だったら、感謝はしてもそこで終わりだったでしょう。少しズルをしても、誰かを不幸にすることは絶対にしなくて、口では否定しながらも誰かを幸せにするお優しいジレイ様だから、お慕いするんです」
「俺は、優しくしてるつもりなんてない」
「ええ、ですからジレイ様はきっと、勘違いをされてるんだと思います」
「……勘違い?」
「ジレイ様は、お優しい方です。私を含め、お慕いする方がたくさんいるんですもの。優しくないわけがありません」
「……」
「本当に、ジレイ様は不思議なお方です。どうしてそこまで否定するのですか?」
「……なんとなく嫌なんだよ」
自分が誰かに感謝される人間、と考えるとモヤモヤする。好き勝手に生きている俺に感謝されてもピンとこない。だからそれを受け取るのは何か、違うような気がしてしまう。
「いくら言われてもこれが俺だ。変わるつもりもない」
「ええ、ジレイ様に変わって欲しいとは思っていません。私が望むのはジレイ様のお傍にいさせて欲しいということだけですから」
「それが嫌だって言ってんだ。俺は一人で生きていける。お前は必要ない」
「確かにジレイ様はお強いですね。誰にも頼らずに何でもできる力があります。誰よりも強いジレイ様なら、きっとこの先も助けなんて要らないんだと思います」
「そうだ。俺には必要ない。だから」
ラフィネは「ですが」と遮って。
「もしジレイ様が辛くて倒れそうになってしまったとき、支えられないのは嫌なんです」
優しく微笑んで、ラフィネはそう言った。
俺を、支える? 何を……言ってるんだ。
「たった一人で生きるのは怖くて、寂しいです。どんなことにも挫けずに自分で何とかしなければいけません。私には……いえ、おそらく多くの人が無理だと思います」
「……俺は強い。支えなんて必要ない」
「ジレイ様がいくら強くても未来のことは分かりません。つらいことが起きて倒れてしまうかもしれません。それはジレイ様にも、私にも分からない事です」
「……もしもの話だろ」
「はい、そうですよ。でも――そうならないとは、言えません」
机上の空論だ。
ラフィネはただ屁理屈をこねているだけだ。
「……ときどき、強いはずのジレイ様が弱く見えることがあります。一人のときのジレイ様をみると、すごく小さく見えて、目を離したら消えてしまいそうで……心配になるんです」
「……勝手な思い込みだ」
「はい。これは私の勝手な思い込みです。ですが心配なので、ジレイ様に嫌がられるのを承知の上で追い掛けて迷惑をかけています。申し訳ありません」
「悪いと思ってんなら止めてくれ」
「結婚してくれたら止めます。どうしても止めたいなら、私を殺してください」
「ぐっ――!」
両手を広げて、無防備に目を瞑るラフィネ。ふざけるな……!
「馬鹿なのか? なんでしなくちゃいけない」
「どうしてですか? ジレイ様は邪魔をする方には容赦無く動けるはずです。たくさんご迷惑をかけている私を殺す理由はあるでしょう?」
「…………ああ、そうかよ。ならお望み通り――殺してやる」
魔力を展開させる。周囲の観光客が俺の魔力に触れただけで倒れ、恐怖に顔を歪めた。それだけの魔力を空気中に放った。
殺してください? ふざけたこと言いやがって。俺ができないとでも思ってるのか?
黒剣を取り出して鞘に手を当てる。
こいつは敵だ。俺の邪魔をする敵でしかない。
なら――敵は、排除しなければならない。
対峙するラフィネは目を瞑ったまま動かない。魔力に当てられて倒れることもなく、俺の前に立っている。恐れていないのかそれとも馬鹿なのか、震えてすらいない。
いつでも殺せる。
俺が剣を抜くだけでラフィネは死ぬ。
この世から、跡形もなく排除できる。
俺は綺麗な人間じゃない。これまでで何度も人を殺した。同じことをするだけだ。
……そう、分かってはいるのに。
剣を握る手が、震えた。
少し剣を振って殺せばいいだけなのに力が入らない。鞘から抜くことすらもできず、気持ち悪い汗が流れて動悸が激しくなる。
どうして、殺せない。
なんで、俺の身体のはずなのに動かない。
「――やっぱり、ジレイ様はお優しいですね」
ラフィネはそんな俺をみて、妄言を吐く。まるで俺のことなんて何でも知っているかのような顔で。ただ優しく微笑む。
「意地悪しちゃいました。でも、ジレイ様が悪いんですよ? こんなに言ってるのに伝わらないんですもの」
ラフィネは「でも、ジレイ様になら殺されてもいいですね」と悪戯げに舌を出す。
「九年間、待ちました。もう、ただ待っているだけは嫌です。何もできずジレイ様がいないかもしれないと思うのは嫌です。心配で怖くて、泣きそうになるのは嫌なんです。……ですから、何度でも言います。ジレイ様が受け入れてくれるまで、何度だって言い続けます」
吹き付けた風が、《変幻の指輪》で変化した黒髪をふわりと揺らす。
ラフィネは俺を真っ直ぐに見て、小さく息を吸って。
「好きです。大好きです。ジレイ様のことを、ずっとずっと昔からお慕いしています」
「………ぅ、ぐ」
一直線の好意。何一つ曇りない、純粋な気持ち。
正面からぶつけられて、ラフィネの強い想いを見せられて、たじろぐことしかできなかった。
言わなければ、拒否しなくちゃいけないと思っているのに、言葉が出ない。
胸の奥で何かが渦巻いていて、嘔吐きそうなほど息が苦しい。胸を強く抑えても痛みは変わることなく、消えてくれない。
何度も口を開いて拒絶の言葉を吐き出そうとしても、出るのは微かな息だけだった。
ラフィネは、優しく安心させるような声を出す。
「ジレイ様、お顔を上げてください」
「……」
「ジレイ様」
「……」
「……えいっ!」
「っ! 何して――!?」
強引に、顔が持ち上げられた。ラフィネの姿が視界に入る。
「やっと、見てくれました」
ラフィネは、《変幻の指輪》を外して本当の姿に戻っていた。天使のような、白髪の少女になっていた。
「なに、やってんだ。こんな所で姿を晒すなんて――」
「大丈夫です。ジレイ様の魔力で、みんな居なくなっちゃいましたし」
「だからって騒ぎになったらどうすんだ。危ないだろうが」
「ふふ、また心配してくれてます。やっぱりお優しいじゃないですか」
「うっ……」
くすくすと笑うラフィネから視線を逸らす。完全にハメられた。
ラフィネはそんな俺を見てツボに入ったのか、手を口にあてて堪えきれないといったように笑う。悪戯が成功して喜ぶ子供のようだ。
く……なんかムカつく。馬鹿にされてるワケじゃないが腹立つ。ちくしょう。
笑い終わったラフィネは、息を整えてからこちらに顔を向けて。
「ジレイ様、勝負しませんか?」
「……勝負?」
そんな提案を持ちかけてきた。
「はい。ジレイ様はお優しいので、しつこい私を気遣ってしまいます。私はジレイ様のつらい姿は見たくありません。なので――」
堂々と、ラフィネは宣言するように指を向ける。
「今まで通り、逃げて貰って構いません。お気遣いもなさらないでください。行動を制限するつもりもありません。黙って姿を消してしまってもいいです」
「……は?」
何を言ってるんだ。そんな、俺に都合のいいことを――
「その代わり……私と勝負してください。逃げるジレイ様に私はアタックし続けます。その中で、ジレイ様への気持ちがなくなったら私の負けで、私を好きになったらジレイ様の負けです。どうですか?」
「……なんだそれ」
乾いた笑いが出た。あまりにも馬鹿な勝負すぎて。
「いいのかよ。その条件だと俺が有利すぎるぞ?」
「構いませんよ。だって、負けるつもりはありませんから」
意気揚々と言うラフィネ。その顔は疑いもなく、自信に満ちあふれている。
「……俺に都合がよすぎるけどな」
「私がそれでいいと言っています。それに、たとえジレイ様が私を好きになってくれなかったとしても、絶対に後悔することはありません」
「もし、ラフィネ以外を好きになったら? それでもいいのかよ」
「ジレイ様が選んだ方なのであれば構いません。もちろん嫉妬はしますし私が隣に居たいですけど、受け入れる覚悟はできています」
「……そうかよ」
「それに易々と渡すつもりはありません。だって、私とジレイ様は結婚する運命ですから!」
楽しげに、前にも聞いたセリフを言うラフィネ。
……そうか、だからか。今日こうして想いを聞いて納得した。ずっとあんなにも過剰なアピールをしてきたのはわざとだったのだ。だから、結婚する運命とか正妻は私ですとか目のハイライト消えてたりとかヤベえことしてきたのか――
と、思って聞いてみたが。
「なるほどな。だからあんなに過剰に接してきたのか」
「え? いえ、それは違いますが……?」
違うらしい。あ、あれは素なのね。
よく分かっていなそうなラフィネ。どうやら自分の行動に疑問はないようだ。えぇ……。
ラフィネからの提案は、あまりにも俺に都合がいい勝負。だが、それでもラフィネは構わないと言った。負けるつもりはありません、と。
なら、受けてやる。俺も負けるつもりはない。
が、だからといって不正をするつもりもない。普段はズルしまくりの俺だけど、正々堂々と戦って勝ってやる。
「本当にいいのか? 俺は強いぞ?」
「はい、望むところです」
ラフィネは堂々と、正面からぶつかってくる。
自信に満ちた顔で、俺に勝とうとしている。
「――――お、おい! あれってもしかしてラフィネ様じゃないか!?」
「――――じゃあ、あの男が会長が言っていた黒髪の……」
「――――捕まえろオオォォ!」
「うおっ――」
そんなこんなしていたら、観光客たちが大量の憲兵を引き連れて戻ってきて、俺は慌ててラフィネの手を掴んで走り出す。って、出口塞がれてるんだけど!? しょうがねえ――
咄嗟にラフィネを抱きかかえ、めちゃくちゃ高い時計塔から飛び降りる。
「ジレイ様!」
落下の風をもろに浴びてほぼ風と同化した俺に、抱えられたラフィネは声をかけて。
「私、負けませんので!」
その顔は子供みたいに無邪気に笑っていて、楽しそうで。
「……俺だって負けねえよ」
思わず、少しだけ笑ってしまった。この状況でも笑っているラフィネがおかしく見えて。
ラフィネは純白の髪を風に靡かせながら、大きく息を吸い込み。
俺に向かって、自信満々に宣言する。
「絶対――――好きにさせてみせますからっ!」
◇
時計塔から地面へ華麗なる着地を決めて、帰り道。
少し薄暗くなった街道を俺とラフィネは二人並んで、馬小屋に戻ろうと歩く。
ラフィネがずっと話してくれるおかげか、会話は切れることがない。といっても、俺は楽しそうに喋るラフィネに相槌を打っているだけだが。
「……おかえり、楽しかった?」
馬小屋に到着。わらにちょこんと座って本を読んでいたイヴは、何食わぬ顔でそう言ってくる。まるで自分ついていってませんけど? と言っているかのようだ。
「はい! すごく楽しかったです! ね、ジレイ様!」
「お、おう……まあ、そうだな」
上目使いで見つめられて、どこか気恥ずかしくて顔を逸らす。
そんな俺たちを見て、イヴはぱたんと本を閉じて。
「……何か、あった?」
じとっとした疑いの目で見てきた。
「な、ななななな何もありませんでしたよ?」
「……嘘、絶対何かあった。おかしい」
「そ、そんなこと――」
「話して」
距離を詰めてくるイヴ。圧がすごい。
結局、ラフィネが隠し事が下手くそすぎて詰問ののちに全部話すことになった。
全部を聞いたイヴは、身体をぷるぷると僅かに震わせて。
「ずるい」
ぷくーっと目一杯に頬を膨らませまくるイヴ。
「ずるい、ずるい、ずるい。抜け駆けしないって言ったのに。ずるい」
「そ、それは、あの。ちゃんと後でイヴもって言うつもりで……」
慌てまくるラフィネ。イヴは体育座りで隅に座り、子供のようにいじけている。
その後、なだめるも機嫌が戻らないイヴが「私もレイと勝負する」と言って半強制的に承諾させられ、イヴとも同じ勝負をすることになった。
俺が、「あれ? よく考えて見たらこの勝負、俺の心労やばくね?」と気付いたのは、それから少し冷静になってからだった。
「――そういえばレティは? 出かけたのか?」
「うん。呼ばれたから行ってくるって言ってた」
少しして、レティが居ないことに気付いて聞いてみると、そんな返答が帰ってくる。
呼ばれた……まあ、勇者だし色々と忙しいのだろう。絶対なりたくない。
「――……! ――ししょー!」
と、噂をすれば帰ってきたようだ。俺は振り返り。
「帰ってきぶっ!?」
勢いよく俺の腹にダイレクトアタック。俺、跳ぶ。
「これ! ししょー宛てだって!」
「お、おま……って、なんだこれ」
抗議しようとするも、レティの手に持っていた紙に拇印されたマークを見て中断する。
これは……勇者教会の? なんで俺に?
何これ? とレティに顔を向けるも、ニコニコしてるだけしか分からん。
「……? 開けろってか?」
よく分からんが封を開けて手紙を取り出した。
そのまま流し見して――
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~勇者教会より招集のお知らせ~
勇者序列三位 《才》の勇者――ルーカス・フォルテ・エーデルフ
勇者序列五位 《攻》の勇者――レティノア・イノセント
勇者序列九位 《呪》の勇者――カアス・エントマ
勇者序列十二位 《運》の勇者――ノーマン
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そこには、勇者への招集命令が書かれていた。
内容は、レティ、ルーカス、その他二名の勇者に、ある依頼の遂行のためにリヴルヒイロに来て欲しいというもの。
だが、俺の目がとまったのはそこじゃない。
この手紙、勇者への招集命令のはずなのに――
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D級冒険者――ジレイ・ラーロ
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「………………は?」
――なぜか、俺も含まれていたからである。