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19話 二人きりで

 翌日、俺は激しく後悔していた。


「ああああああああああ吐く吐く吐くって! と、とま、止まれれれれれれれれれれ」


「おお! 兄ちゃんやるねえ! "走鎧鳥"のフルスピードに振り落とされねえ奴は10年ぶりだぜ!」


「ジレイ様! 頑張って下さいー!」


 全身にすさまじい風を叩きつけられ、観客席からの応援の声を聞きながら、せり上げる吐き気を必死で抑える。


 俺はいま、風と同化していた。いや、もはや俺が風そのものと言ってもいい。


 そのくらい、俺と俺の乗っている走鎧鳥(鎧のような鱗が特徴のでかい鳥。名前はハナちゃん、二才♀)はフルスピードで地面を駆けていた。手綱を必死に握りしめた俺をぶわんぶわんに振り回し、もはや頭はぐらんぐらん。平衡感覚でろんでろん。死ぬ。


 数十分後、ようやく解放された頃にはもう何が何だか分からなかった。え、俺生きてる?


「凄いですジレイ様! かっこよかったです!!」


「そ、そうか……うぷっ、な、ならよかった……」


 キラキラした目で俺を見るラフィネに、やっとの思いでそう返す。このクソみたいな体験をさせてくれやがった【走鎧鳥とのわくわくふれあいコーナー☆】の従業員であるおっさんも、「これは逸材が現れたぞ!」とスカウトの話を持ちかけてくる。絶対やらん!


「では! 次はあっちに行ってみましょう!」


「ちょ、ちょっと待っ、少し休ませ……」


「わあー! 見て下さい! あそこに竜がいますよ! 【竜に乗れるアトラクションはここだけ!】……行きましょうジレイ様!」


「か、勘弁して……」


 めちゃくちゃ楽しそうな顔をしているラフィネに、繋いだ手をぐいぐいと引っ張られる。


 どうしてこうなったのか。それは、ラフィネが昨日の『本を誰が一番見つけられるか対決』で一位になり、俺が最下位になったからだ。


 戦績はラフィネが3、イヴが2、レティが1。で、俺が0。


 ラフィネとイヴは探知魔法を使って探しだし、結果的に探知魔法の練度でラフィネに軍配が上がったのか、イヴは1冊差で負けていた。相当悔しがってたのは言うまでもない。あと、レティはどうやら目視で探してたらしい。それで1冊見つけられたのやばくない?


 完全に想定外。全員で探しても1冊すら見つからないかもと思っていたのが全コンプリート。依頼主のお偉いさんもたいそう喜んでいたようだ。俺は悲しみに包まれていたが。


 なので、不本意ながら最下位となってしまった俺はいまこうして、一位になったラフィネのお願いを聞いている最中ということである。


 いったいどんなヤベえこと言われるんだと身構えた俺にラフィネがお願いしたのは、『一日、二人きりでデートする』という何とも可愛らしいものだった。


 まあそれなら……と軽々しく承諾すると、じゃあさっそく明日にでもという話になり、リヴルヒイロの一般区域で開催している【勇者体験アトラクション】でいまこうして色々と引きずり回されていた。


 色々な体験ができる施設らしく、過去の勇者が乗りこなしたという走鎧鳥や小型の竜種の試乗体験のほか、お店には子供向けの聖剣のレプリカ、数多くのグッズが揃っている。


 周りを見渡すと親子連れが多い。やはり、勇者は子供が憧れるだけあって大人気だ。


 行ってみたい、とラフィネが言うから来てみたが、なかなか力が入っていて面白い。さすがは勇者を支援している国である。アトラクションは過激すぎるけど。


 ちなみに、ラフィネは《変幻の指輪》を使って姿を変え、黒髪になっているから大きく騒がれることもない。だが、その可愛らしい容姿もあり、すれ違った人がこっそり見てきて「あんな目が濁った男になんで……」と歯噛みしていた。余計なお世話だ。


 あまりこういう事をしたことが無いからかラフィネのテンションは高く、初めてのことに目をキラキラさせて楽しんでいた。朝から休む暇もなく動いてる。


 だが、それとは対称的に――


「? どうしました?」


「……いや、何でもない」


 俺はそう言って、誤魔化すように目線を逸らす。そして、何気なく頭をかく仕草をしながら後方を少しだけチラリと見やった。……うん、ついてきてるわ。


「――――イヴー、これ美味しいぞ! 食べるか?」


「――――レティ、静かにして。それはあとでもらう」


「――――分かった! でも、二人きりって言ってたから来ちゃだめなんじゃないのか?」


「――――別に、これはわたしたちが個人的に来てるだけ。何の問題もない」


「――――うーん? そうなのか?」


 結構離れた位置の建物の影で、身体を隠しながら顔だけを出し、こちらを覗き見ながらこそこそと会話をしている少女たち――イヴとレティ。


「――――でも、たぶん見つかったら怒られるぞ?」


「――――大丈夫。変装は完璧。だからバレることはない」


「――――そうかー、分かった!」


 レティは屋台で買ったであろうお菓子をもぐもぐと頬張る。イヴは胸をはって自信満々だ。少しドヤ顔にも見える。


 だが。


「お粗末すぎじゃん……?」


 控えめに言って変装が下手くそすぎた。


 イヴはつばの長い帽子を被って髪型と服装を変えて"めがね"を装着しただけだし、レティはお嬢様のような服装をして髪型を二つに縛ってツインテールにしているだけ。あれでバレないと思っているのがやばい。


 加えて、明らかに変な挙動をしているから周囲から怪しまれている。完全に不審者だった。


「ラフィネ、ちょっと」


「はい! 何でしょう?」


「さっきからついてきてる奴らのことだが……」


「え? ついてきてる方……?」


 きょとんと首をかしげるラフィネ。マジで?


 どうやら、気付いていないらしい。さっきからレティがほとんど声を抑えないせいで聞こえまくってんのに気付いてないとかある?


「それよりっ、もっと遊びましょう! 今日はふたりきりですからね!」

「っおい!? くっつくなって!」


 俺の腕を取り、身体を寄せるラフィネ。ニコニコと楽しそうな顔をしている。


「――――わはは! イヴすごい顔してるぞ!」


 それと共に、後方からそんな声が聞こえてくる。ギギギと何かに力を籠める音のあとに、ベギギィ!と壊れた音もした。


 ……一体どんな顔してるんだろう。怖くて後ろ振り向けないよ?


「――ジレイ様」


「ん、なんだ?」


「すみません、走りますね」


 顔を向けると同時、ラフィネは俺の手を繋いだまま、急に走り出し――っておい!? 何だよ急に!?


 戸惑う俺に構わず、ラフィネは十字路を曲がり、そのままの勢いで路地裏に入っていく。


 そして、入ると同時にすぐ近くの物陰に姿を隠して。


「しっ……静かにしてください」


 俺の口を塞ぐように人差し指を当ててきた。 


「お、おい……」


 何なんだ、と目で訴えるも、ラフィネはイタズラげに笑うだけで答えてくれない。


 ……というか、近いんだが。狭い物陰に姿を隠しているせいで身体はほぼ密着状態だし、顔もめちゃくちゃに近い。ラフィネの吐く息が頬に当たるほどの距離。


「――行ったようですね」


 少ししてラフィネは身体を起こし、ふうと小さく息をつく。


 その視線の先は、突然俺たちがいなくなって慌てて探しているイヴとレティの姿。


 ああ……そういうことか。なるほど。


「なんだ、気付いてたのか」


「ふふ、気付かないわけないじゃありませんか」


 くすくすと笑うラフィネ。そりゃそうか。普通気付くわな。


「ですが……強引に連れてきて申し訳ありません。痛く無かったですか?」


「いや、別に大丈夫だ。驚いたけどな」


 頭を下げるラフィネに、俺は少し笑って返す。


「ってか、なら最初からか?」


「はい、気付いてました。途中からはイヴの反応が面白くて遊んじゃいました」


「まあ、あれはなあ……」


 あまりにも分かりやすかったからなあ……その気持ちは分かる。


「あ、別に咎めるつもりはないですよ? だって、私だってイヴの立場ならそうしますもの」


 ラフィネは「だから、実はイヴたちと一緒でもよかったんですけど」と続ける。


「でも、せっかくですから……こうして、ジレイ様と二人きりになりたかったんです」


 少し恥ずかしそうに、ラフィネは微笑んだ。


 その顔は、嘘偽り無いことが一目で分かるほどに純粋で……綺麗な笑顔。


 ――だから、彼女たちは君がどこにいても見つけることができる。それは純粋な愛で、君のことを一途に想っていなければできえない奇跡だ。


 ふと、フランチェスカの言葉が頭に過る。


 ……純粋な愛、か。


 きっとそれは正しくて、何よりも美しいものなんだろう。


 だが、だけど、だからこそ――分からない。なんで、俺なのかが。


 俺は、ラフィネたちの想いを「勘違いだ」と突き放して逃げた。俺が過去にしたことはただ俺の為にしただけのことで、打算だけしかなかった俺には、尊敬も好意も名誉も受け取るべきじゃないと思ったから。


 失望してすぐに諦めると思った。でも、諦めてくれなかった。


 それでも俺は、ラフィネたちのその考えは間違いで勘違いだから、と突き放した。そうであるべきと考えて、無責任に目を逸らしていた。


 ……だけど、いくら何でもここまでされれば俺にだって分かる。ラフィネたちのその想いが勘違いだったとしても、純粋で強く、嘘偽りのない本心であることくらい。


 だから――もう、無理だ。


 これ以上は言い訳できない。

 面倒だからと逃げずに、俺はちゃんと向き合わなくちゃいけない。俺のために……何よりも、ラフィネたちのために。


「では! 二人きりも満喫しましたのでイヴたちと合流しましょうか! あ、でもその前に、最後に行きたいところが――」

「――ラフィネ」


 明るい顔で俺の手を引っ張ろうとするラフィネに、声をかける。


 顔を上げたラフィネの顔はすごく幸せそうで……それを見て、ちくりと胸が痛んだ。


 ある意味、この機会はちょうどよかった。神がいるとしたら、向き合うべきだと場を作ってくれたのかもしれない。……本当、心底やりたくないけども。


 俺は繋いだままの手をゆっくりと振りほどき、ラフィネの眼を真っ直ぐに見ながら、言った。


「話がある」

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