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18話 魔人、運命、愛

「君の方から来てくれるとは珍しい。やっと私に靡いた、ということかね。熱烈なお手紙を送り続けたかいがあったというものだ」


「用があってきたんだ。あと手紙は全部破り捨ててるからな」


 俺がそう言うと、「まあ座りたまえ」と着席を促され、魔法で出現した椅子に腰をかける。


「嬉しいね。君の肌が恋しくてずっと夜も眠れなかった。今夜は二人で蜜月の夜を過ごそう」


「流れるように嘘つくんじゃねえ。そもそもお前、寝る必要ないって言ってただろ」


 睨むと「そうだったかな。もう歳でね」と、とぼけるフランチェスカ。


「……歳の割には、またずいぶんと幼い格好してんだな」


「ふむ、なかなかデリカシーがない。女性に年齢の話はするな、と聞かなかったかね?」


「安心しろ。お前のことをそういう目で見てない」


 ついでに言うなら、誰もそういう目で見てない。


 それは残念だ、とフランチェスカは肩をすくませる。


 その見た目は10~11才ほど。だが、騙されてはいけない。幼い少女の姿をしているが、中身はまるで別物だ。そもそもこんな場所で過ごしているのを見るに人間であるのかすら怪しい。


 俺が前に来たときはもっと大人の美しい金髪女性だった。来る度に姿が変わるし、この姿も本来の姿ではないのだろう。

 毎回、白衣を着ているからコイツだと認識はできるが、心臓に悪いからやめて欲しい。マジで。


「相変わらずだな君は。裸を見せ合った仲だろうに……古い女はポイか」


「人聞きの悪いこと言うな。俺は被害者だ」


 思い出したくもないことを掘り返される。俺が風呂に入浴中にかまわず入ってきたのはお前だろ。俺はすぐに出たし、何かあったみたいに言うな。


「残念だ。君の腕の中で寝るのは心地よかったんだが」


 本当に残念と思っているかは分からない顔で、肩をすくませるフランチェスカ。


 ……昔、俺はこの魔導図書館に不法侵入した。

 その理由は、どうしても学びたい魔法があったからだ。だから立ち入り禁止の区域に侵入し、襲い来る自動人形の守護者を壊しながら、警備人形の目をかいくぐりながら毎日朝まで読みまくっていた。


 結果的にバレて折檻されたあと、この女の下働きと言う名のお世話係に(強制的に)任命され、したくもない事をやらされた。


 その内容は多岐にわたり、朝のモーニングコールから着替えの手伝い、夜は子守歌を歌って寝かしつけることまで。魔法の研究として実験体に使われたこともあった。だだッ広い風呂で身体を洗えと言われたのはさすがに拒否したが、俺の心労は半端じゃなかった。


 というかそもそも、魔導図書館は誰の所有物でもない。過去にこの空間を作り出した人物はとっくの昔に亡くなったし、公的に後継者も発表されていない。つまり、こいつは館長を名乗っているだけのただの不審者である。


 なぜか、ルールの範囲外にいて攻撃対象にならないし……普通なら問答無用で追い出されるのだがコイツはならない。

 おそらくだが、この空間を作り出した人物から何か特別な許可でも貰っているのだろう。それが何かは分からないが。


「長居する気はない。聞きたいことを聞いたら帰る」


「つれない男だ。……まあいい、面白そうだ。なにを聞きたいんだね?」


「二つある。まずは――この力のことだ」


 黒い魔力を展開させて《捕食》を出現させる。それを見たフランチェスカは、驚いたように目を丸くさせた。


「……ほう。これはこれは――面白い」


 フランチェスカはうごめく《捕食》をじろじろと色々な角度から眺め、目を好奇の色に輝かせる。研究者としての好奇心を抑えられない様子だ。


「何か分かるか?」


「ふむ。既存の魔法ではないということは間違いない。あとは……術式を介していない」


 《看破》すら使わず、見ただけで性質を理解するとは……やっぱりコイツ、ただ者じゃない。


「とすると、加護? いや、だとしても……こんな加護は聞いたことがない。これは何ができるのかね? どういう経緯でこの力を?」


「俺も詳しくは分からない。この前、魔人みたいな変な女を消滅させたらいつの間にか使えるようになってた。使い方も、俺の意志で動かすことができて、手みたいに便利に動かせるってくらいしか分からん。あとは――これか」


 額を露出させ、聖印によく似た黒いアザを見せる。それと念のため、一部の情報は伏せて答えた。コイツの事を完全には信用していないからだ。


「成る程。なら、あれが近いか」


 俺の額をまじまじと見て頷いてから、フランチェスカは指を鳴らすと、辺りを浮かんでいた本の中から一冊がふわりと動き、俺の前で止まってページがめくれだした。


 そして、あるページで止まる。

 俺がそれを見ようとすると、フランチェスカが喋り出す。


「その本は、過去の勇者に討伐された"魔人"に関する記述書だ」


「……魔人?」


「"魔族"の人型のものを魔人と言う。彼ら彼女らは魔族と同様、人と敵対してながらく、いま現在も人の生活を脅かしている。知能は高く人との会話も可能、しかし、魔人は人と協調することを好まない。それがなぜかは未だに分かっていないが」


「で、それが俺とどう関係してるんだよ」


「まあ聞きたまえ。確かに、魔人は人と手を取り合ったことはない――表向きには」


 フランチェスカは続ける。


「一度だけ、例があるのだよ。人と魔人の心が通じ合った、前例が」


「……なるほどな。それで、それがなんだ?」


 それを聞かされたところで、魔人に興味もない俺はふーんとしか言いようがない。これを聞いたのが勇者協会の人間とかだったらバッシングの嵐になるだろうが、俺はどうでもいいし。


「ふむ、分からないかね? その本のページを見てみたまえよ」


 言われ、俺は本に目を向けて。


「……!」


 それを見て、思わず息を呑んでしまった。


 そこには、特に特筆したことは書かれていない。過去に人と仲良くできた魔人がいて、結果的に勇者に討伐されてしまった、という短い記述だけだ。


 だが、そのページには他に一枚の写真が載っていた。暗い場所で、魔人の顔すら映ってなく、後ろ姿が映っているだけの写真。


 その、わずかに移った写真の中、魔人の露出した左手の甲。


 俺のとよく似ているが、紋様がわずかに違う――"黒い印"が、そこに刻まれていた。







「……これは」


「君のそれは、かつて魔人にもあったものとよく似ている。ならば、私が思うことは一つだけだ――君は本当に"人間"かね?」


 フランチェスカはキセルで煙をふかし、鋭い視線を俺に向ける。


「……当たり前だ。俺は角も翼もない。どうみてもイケメンの人間だろ」


「見た目は人間にしか見えない魔人もいたようだ。君が違うという確証にはならない」


「んなこと言われても……」


 俺が魔人? 意味分かんないんだが。それに――


「第一、このアザが出てきたのは最近だ。別にずっと前からあったわけじゃない」


「……ふむ、それもそうか。まあ半分冗談だったけども」


 あっさりと引き下がるフランチェスカ。冗談かよ。


「私は君が人間か魔人かどちらでも構わないが……それは置いておいて、その倒した魔人らしき女性が関係しているのは間違いなさそうだ。何か他に情報は?」


「……いや、特にないな」


 言うと、フランチェスカは「じゃあお手上げだ」と両手を挙げる。


「他には、勇者の聖印が一番近い。黒色は聞いたことないけども」


「それは困る。それだけはマジで」


 今さら勇者だなんて冗談じゃない。だから絶対にこれは聖印じゃない! ぜったい!!


「……まあ、それは君の勝手だから構わない。ならどうだろう、私に君の身体を調べさせてくれるなら、必ず解決を約束するが――」

「遠慮しとく」


 秒速で拒否ると、「そうかね……」とずどーんと分かりやすく落ち込むフランチェスカ。


 ってか、結局振り出しに戻っただけで何も分からなかったんだが。このよく分からん力が更によく分からんってことしか分からなかった。


「それで、用件はそれだけかね?」


「あ、いやもう一つあった。完全に忘れてた」


 思い出した。そうだった、どちらかと言えばそっちの方が急務なんだった。


 このアザについてはもう置いておく。ここに来て分からないならもう何しても意味ないと思うし、別に使わなければ問題はない。いくら考えても答えが出ないなら考えないのが俺だ。思考放棄ともいう。


 それより、ここに来たのはアザについてもそうだが、ラフィネたちについて聞くという意味で来たのも大きい。解決しなきゃいつまで経っても心が休まらんからな。


 俺はラフィネたちが何で俺を見つけられるのかについて聞いた。ラフィネが千里眼を持っていることも伝え、対策をしているのに見つかるのはどうしてだと。


 すると、フランチェスカは考えるように顎に手を当てて。


「ふむ、それは愛だね」


 と言った。大真面目な顔で。


「は?」


「愛だよ愛。恋とも言う。この世でもっとも美しいものだよ」


「は?」


 俺は聞き返した。何言ってんのこいつ?


一から説明しろと目で訴えると、フランチェスカは面倒そうに肩をすくめる。その「やれやれ……」みたいな顔やめろ。めっちゃムカつくから。


「つまり……彼女たちは愛があるから、君を見つけることができているんだ」


「さらに分からなくなった」


 抽象的すぎるだろ。もっと分かるように説明してください。


「じゃあ一から説明しよう。そもそも生命とは」


「待て、それは一からすぎる。要点だけを教えてほしい」


「わがままだな君は」


 呆れた顔。原初の部分から教えろとは言っていないだろ。何時間かかんだよそれ。


「なら……運命について、少し話そうか」


「運命?」


「ああ、運命とはつまり『理を超えた存在によって生物の幸・不幸、出来事があらかじめ決まっている』という意味の言葉だ。全ての生命の行動、巡り合わせは偶然ではなく、必然で決まっているとする考えのことだね」


「ほう」


 なるほど、分からん。


「これを前提に考えると、人と人との出会いはすべてが必然であり、運命に導かれた結果ということになる。……ま、実際はそれが必然かどうかなんて私たちには知るよしもないが」


「じゃあそんな壮大な話すんな。頭こんがらがっちゃうんですけど?」


「待ちたまえ、大事なのはここからだ。運命なんてものは結局あるかどうかすら分からない。だが……実際に、人との出会いを必然にする魔法は存在する」


 フランチェスカは弁舌を続ける。


「その魔法の名前を――"千里眼"。探知魔法の最上位魔法であり、使い手が数少ない魔法」


「っ……!」


 思わず息を呑んだ。


「一般的に知られているのは物や人を探すことができる、という点だけだ。だが、それに加えて千里眼には"愛する人との運命を繋ぐ力"があるとされている。魔術原理も何も無く、美しいストーリーのように導かれる。それは間違いなく運命といってもいいものだ」


 フランチェスカは「匂いとか感覚で分かるらしい」と続けた。


「だから、彼女たちは君がどこにいても見つけることができる。それは純粋な愛で、君のことを一途に想っていなければ成し得ない奇跡だ」


「……待て、じゃあなんでイヴとレティにも見つかるんだ。あいつらは千里眼なんて持ってないはずだろ」


「うん? いや、別にその千里眼を持ってる子が教えればいいだけじゃないかね?」


「まあ……確かに、そうだな」


 当然だろう? と言いたげな顔。考えて見ればそうだった。


「いい子だと思うよ。君のことが何よりも好きなのは間違いない。千里眼の"繋ぐ力"は真に愛する人にしか発動しないようだし……千里眼が女性しか使えないのはそれが理由かもしれないね」


「……ちょっと待ってくれ。いま、なんて言った?」


「ん? 『いい子だと思うよ? 君のことが』――」


「いや、それより後だ。千里眼が女性にしかなんとかって」


「ああ……そうだが。知らなかったのかね? 千里眼はこれまで、女性しか使い手がいない魔法だ。男性の使い手は聞いたことがない」


 その言葉に、愕然とした、


 だとしたら俺が使えるこの、千里眼モドキは……何なんだ?


 ラフィネの千里眼とは違って、俺のは人物限定だし……もしかして違う魔法になっているのか? 術式を真似ただけで使えたのは確かにおかしかったけど――。


 考えて見ても答えが出ない。なんだこれ、気持ち悪い力が増えちゃったんだけど。


 俺がうんうん唸って頭を悩ませていると。


フランチェスカはそんな俺の肩をツンツンとつつき、こう言った


「それより君、いいのかい? 探しに行かなくて」


「はあ? 探しに行かなくて? そんなことよりこっちの方がだい……じ?」


 言われ、どこか嫌な悪寒が背筋を伝う。

 あれ、俺なにか忘れてるような……?


「実は、この部屋なら館内すべての会話が拾えてね。私は君と彼女たちの約束事も聞いて居たんだが――――」


「っっっ――!!!??」


 思い出した。やっべえ早く探さな――!


「――もう、終わったようだ」


 フランチェスカは指を鳴らし、映像を空中に投影する。


 そこに映っているのは、何やら既に集合場所に集まっているラフィネイヴレティの姿で――


「ああ、もっと早く言えばよかったかね。まあ、彼女たちがこんなに早いとは私も思わなかったが……うむ、まあなんだ。そういうこともある」


 ポン、と肩を叩かれる。が、俺はその映像を呆然と見たまま。


 ラフィネイヴレティたちはまるで、既に仕事を終えたかのように休憩していた。

 それぞれ、事前に渡した探す本リストを持っていて、各自数個ほどのチェックが入っている。加えて、三人のリストすべてを合計すると、なんと全部にチェックが入っているようだ。


つまり、アレだ。どういうことかというと。


「……嘘だろ」


 俺の負けが確定した、というわけで。

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