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15話 悪魔

「レティ、止めろ」


 一瞬で聖剣を取り出し、攻撃しようとしたレティを止める。


「お前らも、それを仕舞え」


 武器を構えて戦闘態勢を取るラフィネたちにも目を配り、俺はそう言い聞かせた。


「でも」


「こいつに俺たちと戦う意思はない。だから早く仕舞ってくれ」


「う、うん……」


 イヴはあまり納得していない様子で杖を収納し、ラフィネたちもそれに続いた。


 すると、悪魔が纏っていた激しく渦を巻く黒い魔力が、徐々に緩やかな動きになっていく。まるで、怯えて怖がっていたのが和らいだかのように。


 話に聞く悪魔とはまるで違う反応。

 だけど、それもそのはずだ。こいつは――悪魔じゃない。


「お前……"ヘンリー"だろ」


「縺昴縺ァ縺」


 俺の問いかけに、目の前の悪魔はうなり声とも金切り声ともとれる不快な音を発した。人間の言葉とは違う、悪魔の言葉だ。


「……この悪魔が、あの少年だと言うのですか?」


「そうだ。正確には中身だけ、だけどな」


 ラフィネは俺の言葉が信じられないと言いたげに悪魔を見上げる。


「……映像では、この悪魔が出る前に亡くなっていたはずです」


「ああ、だからおそらく、あの後に亡骸を食べたんだろう。ごくまれなケースだが食べられてから完全に取り込まれずに、魂が逆に悪魔の身体を乗っ取ることもある」


「そんなことが……」


「とはいえ、並の精神力じゃ無理なはずだ。ここまで完全に自我を保ってるのは……俺もはじめて見る」


 修業時代のころに何度も悪魔を葬ってきた俺でも、悪魔に食べられてから数時間から数日ほど自我を保っている個体しか見たことがない。


「縺ォ縺■繧窶ヲ窶……」


 悪魔はただじっと、その大きな巨体を屈めてこちらを見て、どこか悲しげな声を出す。


「……ジレイ様」


 ラフィネはすがるような顔を俺に向けた。

 何が言いたいのかは分かる。だけど、無理だ。


「時間が経ちすぎてる。《蘇生》じゃどうにもならない」


 霊魂は残っている。だが、死んでからの時間が長すぎた。


 《蘇生》の条件は死後最大10日までに加えて、霊魂が残っていること。


 この"死後最大10日"というのはなにも意味の無い時間じゃなく、死んでから霊魂が肉体から完全に離れる日数を示している。術者が変えられるものじゃない。


「肉体の代わりになる"器"があれば話は別だが……」


 それだけ言って言葉を切る。ラフィネたちは悲痛そうに顔をうつむかせた。

 無理だと理解してくれたのだろう。

 代わりとなる器とは、ヘンリーと同じような性質の魔力を持った、生きた人間に他ならないのだから。


 加えて、長い年月が経っているからか悪魔とヘンリーの魂が融合してしまっている。この状態で器に魂を移して《蘇生》しても、器となる身体が耐えられるとは思えない。そして、悪魔と魂を完璧に切り離す手段は存在しない。


 そもそも、ここまで自我を保っているだけで奇跡だ。驚異的な精神力で何年もの間、悪魔に意識を取られないように戦っていたに違いない。


「これで弱いって……冗談か?」


 ヘンリーは自分の事を弱いと零していたが、たった一人で発狂しそうな中、耐えることが弱いわけがないと言いたい。


 だけどそれでも、ヘンリーはそうまでして伝えたいことがあった。


「お前の意志は分かった。何を伝えて欲しい?」


 悪魔は長い腕を上げて俺の後ろを指し示す。

 振り向くと、祭壇に刺さっている小剣を示していた。


「縺縺後縺」


 悪魔はゆっくりと移動して小剣を抜き、それを両手に乗せて捧げるように俺に渡そうする。


「……あいつに渡せってことか?」


 差し出された小剣を手に取る。

 儀礼剣だろう。刃は丸まっていて戦闘に使えるものではなく、儀式に使われる華美な装飾の剣。


 よく見ると柄に埋め込まれた小さな紅玉にはキズ一つなく、鏡面に俺の顔が映し出されている。

 が、この小剣は本物の剣じゃない。姿形、質感だけじゃ分からないが《看破》を使えば作り出された魔力の剣だと分かる。


 魔力剣は珍しい。売ればたいそうな値段がつくことだろう。しないけども。


「分かった。渡しておく」


「縺ゅ縺後縺縺悶縺セ縺」


 悪魔は頭を深く下げて感謝を表す。そして、そのままじっと動くこと無く、己の首を差し出して介錯を願うように身体をうずくまらせた。


「……」


 その動作を見て、俺は虚空から黒剣を出して、悪魔の首に添える。


「縺後縺縺悶! 縺セ縺縺縺悶……!!」


 剣を添えた瞬間、突然、落ち着いていた悪魔が牙を剥いて暴れ出そうとして……だがすぐに何か別の意思に押さえつけられているように、動きが沈静化した。


 俺は理解する。数年、自我を保てていたとはいえ、もはや限界なのだと。


「……」


 ……どうにかしたいとは思う。でも、何をしてもどうにもならないことはある。


 悪魔と魂が融合してしまっている時点で、救う事は不可能だ。切り離す方法は無く、悪魔もろとも消滅させるしかない。ヘンリーだけを救う手段は存在しない。


 俺がもっと強ければとか、そういう問題じゃない。これを治せるのは《世界樹の祝福》とか御伽噺の世界だ。人間の可能な範囲を超えている。


 もしくはもう、人知を超えた"奇跡"が起こることしか――


「! なんだ……?」


 急に、持っていた黒剣から魔力のような黒く禍々しいなにかが溢れ出す。それは意思を持っているように動き、悪魔の周囲を覆うように広がった。


 止めようとするも、俺の意思とは無関係に展開されていく。なんだこれは?


 悪魔が苦しんでいる様子はない……つまり、害はないということ。


 むしろ、これは――


「……できるのか?」


 俺は問いかける。黒剣から出た禍々しいなにかに。


 答えを返すかのように、黒いなにかは揺らぎ、そして俺の右腕に収束するように蠢き出す。


「そうか」


 一言、返す。何も言語として答えは帰ってきていないけれど。

 でも、なぜか理解できた。この力を使えば――救う事ができると。


 根拠は無い。でも、そう感じた。

 まるでそれが当たり前かのように、絶対に不可能なことで、神でも無い限り無理なはずなのに不思議と、この力で奇跡が起こせると理解できた


「よく分からないが……」


 漆黒に染まった右腕を前に出し、悪魔の頭に手をかざす。


 ……本当に、意味が分からなくて気持ち悪い力だ。できれば使いたくなんてない。


 でも、それが俺の利になるのであれば使ってやる。このムカつく現状を変えられるというのであれば、不本意だが利用してやる。


「"喰え"」


 命令と共に、右腕から《捕食》が展開され、一瞬にして悪魔を覆い隠す。


「……後縺縺後」


 飲み込まれる直前、悪魔がかすかに漏らしたその声が。


 なぜだか、ありがとうと言っているような気がした。





 湖の中から出て妖精に解決したことを告げた俺たちは、報酬である情報を聞いたあと、湖のそばに座り、あるものを待っていた。


 空を見上げれば既に日が落ちて暗くなっている。そばに置いたランタンの灯りが無ければ手元を見ることすらできないほどだ。


「……」


 そして、ただ待っている俺たちの間に会話は無かった。湖の中から出てここ一時間ほど、妖精と話していたとき以外、一切だれも口を開いていない。


 レティなんかはずっと黙っているし、ラフィネは目に見えて落ち込んでるし、イヴは無表情だけど何か暗いオーラを感じる。気まずい。


 聞きたいだろうに、俺が使ったあの気持ち悪いなにかのことで聞いてくることも無いし……いや聞かれても困るし助かるんだけども。


「ジレイ様」


「ん、ああ……何だ?」


 ようやく聞こえた声に返答。よかった、誰も喋らないからどうしようかと思った。


 ラフィネは顔をうつむかせたまま。


「なんで、あの少年は……幸せに、なれなかったんでしょうか」


 と、呟いた。膝を抱いた腕は少し震えていて、ラフィネの気持ちがうかがえる。


 俺は少しだけ考えて、答える。 


「それは、違うな」


「え?」


「あいつは幸せだったはずだ」


 言いながら、俺はヘンリーから預かった儀礼剣を掲げる。


 華美な装飾、キズ一つない紅玉は変わりない。だが、その剣身は初めて見たときと違い、淡く白い魔力が輝いている。


「死んだ者の霊魂が、ごくまれに武器に宿ることがある」


 急な話の変更に、ラフィネは首をかしげる。


「"霊剣"ってやつなんだけどな……怨念や執念、基本的に死者の未練が残って武器に宿る。その場合は、所有者に害を与える呪いの剣になる。だけど……」


 俺はよく分からん力を使って、ヘンリーと悪魔の魂を引き剥がした。そして、この剣に魂を宿すことに成功した。普通は不可能なはずの奇跡を起こした。


「この剣には禍々しさがない。つまり、怨念も執念も無い。幸せだと思っていたってことだ」


 ヘンリーにとって兄と一緒に過ごしたその時間は大切で、幸せなものだった。たとえ不幸なことがあったとしてもなお、幸せだと思っていた。


「それにだ。幸せになるのはこれからだぞ?」


「? これから……?」


 ラフィネはよく分からない様子。まあそりゃそうだ、言ってないし。


「まあ詳しくは言えないんだけど……俺が、なんとかするってことだ」


 それだけ言って会話を打ち切る。


 ちなみに、ラフィネたちにはこの剣にヘンリーの魂が宿っていることを言っていない。


 言ってもいいんだが、あまり人に話すことじゃない。白魔導士協会が秘匿してる蘇生魔法なんか比べものにならないほど重要な情報だ。知れば危害が及ぶ可能性が高い。


 曖昧な俺に、ラフィネは何も聞くこと無く「……はい!」と顔を明るくさせる。普通に考えれば無理なことだけど、疑うことすらせず信頼の目を向けてくれた。


「……そろそろ時間だな。よし、辛気くさいのは終わりだ終わり! さっさと霊草を摘みまくって帰って寝るぞ!」


 明るい声を出して準備に取りかかる。面倒なことは早く終わらせて、帰って極上のベットで寝るに限る。さすがにもう疲れた……。


 気を持ち直したのか、ラフィネたちは各々「そうしましょう!」「ん、分かった」「おお! 帰ろう!」と明るい反応をしてくれる。レティにいたっては既に帰り支度をしている。いやだから採取してからだって。


 俺は苦笑したあと、念のため魔導時計を取り出して時刻を確認してから、ある魔法を行使。


「《白月》」


 詠唱と共に、俺の手から拳大の白い球体が発生し、湖の上空に浮かび始めて――


「わあ、すごいです……!」


 湖の縁に群生していた何の変哲もない草が、《白月》の光を浴びて急速に花のつぼみをつけ、やがて開き出し、光り輝く白い花を満開に咲かせる。

 白く幻想的な魔力は湖に反射し、奔流が暗い森の中を優しく照らし出す。


 言葉を失うほどの美しい光景。ラフィネたちも目を奪われている。


 妖精に貰った情報どおりだ。『白の月が満ちる刻、月光が霊草を作り出す』。


 白の月はつまり、一年に一度、夜の0時にしか現れないと言われている白い月のことで、その光を浴びた草が花を咲かせ、一定時間だけ霊草に変化する。


 それが、霊草の正体。


 今日は白の月が出る日じゃない。でも俺はその環境を擬似的に魔法で再現することで、可能にした。色々な上級魔法の複合だから同じことをできるやつは限られるだろう。


 赤髪の少年が見つけられなかったのも当然だった。あのとき、少年たち騎士団が呼ばれたときには既に白の月は過ぎていた。少年が呼ばれたのは採取の護衛ではなく、捕まえた悪魔を輸送する際の護衛だった。いくら探しても見つかるはずがない。


「っと、こうしてる場合じゃないか。さっさと集めて帰るぞ!」


 俺たちは慌てて採取を開始。数分以内に採取しないと元の草に戻っちゃうのだ。やばいやばい。


「よっしゃ! もうせっかくだから摘めるだけ摘むぞ!」


 おー!と元気よく気合いを入れる俺たち。目の前に金が転がっているのだ。眺めている場合なんかない。うへへ。


 この後、めちゃくちゃ草摘んだ。





「一億くらいかな……? やっべ何でも買えちゃうじゃん」


 採取を終えて街に到着し、ギルドへ移動中。


 道中で数えてみたが、ざっと百本くらい積んだからたぶん一億ぐらいある。やばい。


「俺頑張ったし、ご褒美に少しくらい魔導具を買ってもいいのでは……?」


 ラフィネたちと分けたとしても数千万は残る。ならまあ……ちょっとくらいいいんじゃないかな? かな!?


 そんなことを考えつつ、ギルドに到着。

 扉を開ける。


「決めた! 一千万くらいの前から欲しかったやつを買って――」

「金は一生かかってでも返す! だから"霊草"の情報を――」

「ですから、ギルドに情報はありません! お引き取り下さい」

「頼むよ! このままだと息子が……あと少しで、霊魂酒が買えるんだ! だから……」


 ギルドの受付で抗議する年配の男性。受付はうんざりした様子でため息をついていた。

 その顔を見るに本当に情報は無いんだろう。あったらギルドが丸儲けしてるし。


 そして数分後、男性は諦めたのか肩を落としてギルドを出て行った。……うん。


「……」


 俺は無言で、霊草の詰まった袋を《異空間収納》から取り出す。


 ……いや、まあどこかで聞いたような話だな、でも俺には関係ない。うん。


 関係無い……んだけども。


「あー……」


 まあ、なんていうか。


「なんかこの草、変な匂いするし……換金受付まであと少しだけど持つのも不快だわ。もう誰かに押し付けたくなってきたくらいだ。お前ら、代わりに換金してくれない?」


 言うと、ラフィネたちは目を丸くしたあと、可笑しげに微笑んで。


「ふふ……そうですか。実は私もしたくないと思っていたんです」


「わたしも。持ちたくない」


「わたしもだ! にがい匂いするから!」


 三人とも同じ返答。なぜか楽しそうな顔をしている。


「……そうかよ」


 あーあ、ここで承諾してくれれば仕方なく、俺が換金してもよかったんだけどなあ……。


「はあ……」


 俺はひとつ、大きくため息をついて。


 ギルドの受付カウンターではなく……出入り口の方に、歩き出した。

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