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8話 【才】の能力

「……」


 イヴの試合終了後。俺とルーカスは闘技場に移動し、円形フィールドの上で静かに対峙していた。


「じゃあ始めるぜ。お互いに準備は――」


「問題ない。早く始めろ」


「お、おう……可愛くねえなぁ。ジレイはいけるか?」


「大丈夫だ」


 双方の準備完了を聞いたアルディが頷いたあと、《戦場フィールド》が起動され、魔力が一帯に展開される。


 眩い光に目を瞑る。まぶたを上げ、映ったのは――見渡す限り何も無い、荒れ果てた焼け野原。


 戦う場としては、この上ない地形。……これなら、思い切り本気を出すことができるだろう。


「――D級、貴様の蛮勇は認めよう」


 ルーカスが鞘から聖剣を静かに抜き、剣身が焔のような真紅の光をまとい輝きだす。


「……蛮勇? 訂正したほうがいいぞ。あとで恥をかきたくないだろ?」


「笑わせるな。不快だが、俺は褒めてやっている。弱者が強者に向かうその姿勢を。まったくもって無謀であることは変わらんがな」


 ルーカスは嘲笑する。俺を弱者だと見下し、結果は分かっていると言わんばかりに冷めた瞳を向けていた。


「……だが、まったくもって気に入らん。お前も、黒髪女も、あの白魔導士も……黙って言うことを聞けばいいものを。不愉快だ」


 苦々しく顔を歪め、舌打ちして。


「だが、何よりも気に入らないのは――《攻》だ」


「……なんだと?」


「見るだけで虫唾が走る。態度が、姿勢が、考えが、性格が……何もかもが腹立たしい」


 忌々しげに歯を噛み、レティを罵倒する。


「そもそも、アレが勇者であることが問題だ。それ自体が気に入らん。もし聖印が奪えるのであれば無理矢理にでも勇者を止めさせる。"ガラクタ"の癖に、勇者になろうなど――」


「黙れ」


 一言だけ吐き出した。これ以上、こいつの戯言を聞いていたら可笑しくなりそうだったから。


「ほう、気に障ったか。だが貴様も思うだろう。弱者なら弱者らしく、相応の人生を――」


「"黙れ"、っつったのが聞こえなかったか?」


 一瞬で目の前に移動し、取り出した黒剣を眼前に突き出す。ルーカスは驚いたように僅かに目を見開いているが、そんなのはどうでもいい。


 俺がこいつに聞きたいのはただ一つだ。それ以外は喋るのを認めていない。


「レティに何をした」


 剣先を眼球の寸前でピタリ、と止める。ルーカスは微動だにせず、ただ俺を見据えていた。


「余計な事を喋ったら殺す。嘘を言っても殺す。お前はただ俺の質問に答えろ」


 俺の感情に呼応したのか、意図せずに全身から魔力が放出され、空気が震えた。S級の冒険者でも膝をついて失禁するほどの魔力が。


 だが、臆することなくルーカスは口を歪ませ、愉快げに笑いながら答えた。


「ああ、そうか。"アレ"はお前にとって大事なモノか。それは面白い事を聞かせて貰った」


「……別に、そういうわけじゃねえ」


「ならばなぜ、アレの為に気を昂ぶらせている? 変な男だな」


「ただ、俺はしたいようにしてるだけだ。大事とかそんなのはどうでもいいんだよ」


 ルーカスは俺の言葉を聞き、「ふむ」と納得したような声を出して。


「……まあ構わん。俺には関係の無いことだ。それより、《攻》に俺が何をしたのか、だったか」


「そうだ、早く答えろ」


「くく……知りたいか、そうだな、なら――」


 笑うルーカスに、俺は黒剣を握る柄に力を籠める。少しでも不自然な行動をしたら突き出して脳天を串刺しにする。一秒もかからない。


「――俺を倒せたら、教えてやろう」


 声と同時、ルーカスの姿が文字通り、ぐにゃりと溶けた・・・・・・・・


「《探知》《高速演算》《並列思考》」


 瞬時に地面を蹴ってその場から離れ、魔法で認知速度を最大限に加速させ、索敵魔法を飛ばす。


 思考が加速され、流れる映像がゆっくりと鮮明に目に映る。数瞬後、《戦場》全域に展開した《探知》が対象物を捉えた。


「――!」


 《並列思考》と《高速演算》で得た膨大な情報が脳に流れ込む。知らされたその情報は、俺を驚かせるのには充分だった。


『俺が何をしたか知りたいのだろう? ならば死に者狂いで俺に刃向かってこい。そして、絶望しろ』


 ルーカスの声が重複して同時に耳に届く。まるで、何人もの人間が喋っているかのように。


 同時、数秒後に俺に向けて無数の剣が四方八方から降り注ぐ計算結果を得て、安全地帯を算出する。


「《転移》」


 一瞬で離脱。さっきまで俺がいた場所を見ると、幾重もの剣が地面に深く突き立っていた――それぞれ違う"聖剣"が、何百本も。


 もし、俺が防御を選択して《結界》を展開していたら危なかった。聖剣に付与された加護の効果で《結界》が破壊され、為す術無く貫かれていたに違いない。


「よく避けた。ただの木偶では無いようだ」


「……」


 最大限に警戒しながら黒剣を構え、思考を更に加速させる。


 ……どういうことだ。勇者に与えられる聖剣は一つのはず。なぜ、その聖剣を何本も持っている。


「不思議そうな顔だな? なぜ俺が聖剣を複数所持しているのか聞きたそうな顔をしているではないか」


「な――」


 突然、何の前触れも無く背後に現れたルーカスの攻撃を瞬時に黒剣で防ぐ。数合の剣戟を交わし、その場から離れて大きく距離を取った。


「どうした、威勢のいいことを言っておいてその程度ではあるまいな? 俺を失望させてくれるなよ」


「ぐっ!?」 


 離れたにも関わらず、真横に瞬時に現れたルーカスに真一文字に切りつけられる。頬をかすめ、薄皮が切れて血が飛び散った。


 体勢を立て直し、眼前のルーカスを見据える。……ああ、そういうことか。


「《虚実幻影》」


「ほう……無学ではないな。褒めてやろう」


「いらねーよ。気持ちわりい」


 言いながら、俺は《探知》で捉えた"別のルーカス"に注意を向けた。俺の推測が正しいのであれば、こいつは――


「"過去の勇者"の力を引き出すことができる、か?」


 呟くと、ルーカスは驚いたように目を丸くさせる。


「よくそこまで分かったな。……その通りだ。俺は、過去の勇者が持っていた"聖剣の能力を引き出し"、"聖剣を何本も複製する"ことができる。才ある俺に相応しい力だろう?」


「……とんだズル野郎の間違いだろ?」


 俺の言葉に、ルーカスは「失礼な奴だ」と鼻を鳴らした。


 こいつの使った魔法――《虚実幻影》は、過去に存在していた《幻》の勇者がよく好んで使っていた《次元魔法》と《幻影魔法》を組み合わせた魔法だ。


 本来の《虚実幻影》が持つ効果は、自身と全く同じ姿の幻を一体作り出し、実体と幻影を入れ替えることができるというもの。


 それだけでも熟練が必要になる強力な魔法。使える術者は数少ない。だが、《幻》の勇者が使っていた《虚実幻影》は少し違う。


「1、2、3……10体くらいか?」


「13体だ。消しているのを含めれば100を超えるが」


 ルーカスは余裕げに鼻を鳴らす。


 《幻》の勇者の聖剣の能力は単純――それは、いくらでも幻影を作り出すことができる、ということ。それも、視界の範囲内であれば任意の場所に瞬時に出現させることもできる。


 その能力と《虚実幻影》を使えば、煙のように姿を現して攻撃することも、攻撃の直前に幻影と入れ替えて回避することも可能になる。とんでもない魔法だ。


「だが、なぜ俺が《幻》だけでなく他の勇者の力も引き出せると分かった? 手の内はまだ見せていないだろう」


「はぁ? 何言ってんだよ。これ見よがしに色んな聖剣をぶつけてきただろうが」


 答えると、「……ふむ、確かにそうだったな。俺ということが失態した」と顎に手を当ててそんなことを言った。分かってなかったのかよ。


 俺がこいつもしかしてアホなのか?と思っていると。


「……まあいい、もう一つだけ教えてやる。俺の才はそれだけではない」


「ほー? そんなに手の内を明かしていいのかよ」


「理解しろ。力の差に絶望し、降参させてやるといっている。無様に這いつくばりたくはないだろう?」


「そりゃお優しいことで。聞いてねえけどな」


 俺の言葉を無視し、ルーカスは言った。


「もう一つ、それは――こういうことだ」


 呟くと同時、一瞬で周囲に幾重にも魔方陣が展開された。


 数百……いや、数千の魔方陣が、見渡す限りの荒野、空中、はるか上空までもを埋め尽し、青白い光を放つ。


 あまりにも異様な光景。一つ一つに魔力が籠められていることから、はったりなんかじゃない。あいつは詠唱一つせずに無詠唱で、この魔方陣を一瞬のうちに展開させた。


 しかも、この魔方陣――


「《極縁炎》《水龍陣》《雷令槍》《闇光塊》……」


 囲む魔方陣を一瞥し、呟く。


 周囲を埋め尽くしている魔方陣全てが、《五大元素系魔法》《特殊魔法》などの最上位魔法。しかも、中には帝級の魔方陣もいくつかあった。……さすがに、神級魔法は無いようだが。


「――俺は、全ての魔法を使うことができる。同時展開の制限も無い。無詠唱など当たり前だ」


 ルーカスは当然のように、ニヤリと口を歪ませる。


「……ああ、魔法だけではないぞ? 剣術も、槍術も、武術も――俺は全てに"才"がある。なぜなら俺は"選ばれし勇者"だからだ」


「はは……なんだそりゃ」


 思わず、乾いた笑いが出てしまった。


 ……本当に、なんだそりゃとしか言い様がない。全ての魔法を使える? 全てに才がある? ……とんだ化け物じゃねえかよ。


「どうする、D級」


 聖剣を鞘にしまい、ルーカスは冷めた目を向けた。


 それだけの動作と言葉で、こいつが何を言いたいのかを理解する。ルーカスも、それが当たり前と言わんばかりに憮然とした顔を向けていた。


 本当……強い、なんてもんじゃない。あまりにも――強すぎる。


「……」


 握っていた黒剣を虚空にしまう。もうこれは必要ないと思ったから。


 ルーカスはそんな俺を見て、つまらなそうに一瞥し、俺から視線を外す。まるで、もう興味を失ったかのように。


「降参しろ。弱者に構っている時間は無い」


「……ああ、そうだな」


 無言で、拳を握る。こいつは強い。それは明らかな事実で、俺の想像以上の強さを持っていた。こんな化け物だとは思ってもみなかった。


「……一つだけ聞かせて欲しい。お前の力は"過去の勇者の力を引き出せる"、"聖剣を何本も複製できる"、"魔法、武術、剣技、全てに才がある"……で間違いないか?」


「ああ、その通りだ。もっとも、この世の全てを覚えているわけでは無い上、複製した聖剣は俺にしか使えんがな」


 ……なるほど。確かに、周囲に張り巡らされた魔方陣の中にはすべての魔法があるわけじゃない。無条件の能力に見えて、何かしらの条件はあるのだろう。


「そんなことはどうでもいい。早く降参しろ。俺の手を煩わせるな」


「……悪い悪い、そうだよな。降参しなきゃな」


 俺は顔をうつむかせる。こんな顔は見せられないと思ったからだ。


 そして、そのまま無様に、降参の言葉を――


「お前が、な」


 ――言わなかった。


「……なんだと?」


 ルーカスは訝しげな目を向ける。何を言われたのか分かっていないようだ。


「"お前が降参しなきゃな"って言ったんだ。耳が遠いのか? 病院行った方がいいぞ?」


「貴様……馬鹿か?」


 煽りだした俺に、冷徹な目で睨むルーカス。


「……現実が受け止められず可笑しくなったか。無様な奴だ。反吐が出る」


「いいや? 俺はいたって平常だ。だって、お前の力がこれだけだって分かったんだからな」


「戯言を。……もういい。終わらせてやる」


「戯言? いや、最初から言ってるだろ? "お前より俺の方が強い"って」


 俺の言葉を無視し、ルーカスは僅かに手を動かし、握った拳を広げる動作を行う。たったそれだけの動作。


 瞬間。

 

 四方八方に展開された魔方陣から、目にも止まらぬ速度で魔法が放出された。俺だけに、数千もの魔法が。


 ……ああ、本当にこいつは強い。こんなに意味も分からず、あり得ない理論で理不尽に強い奴を見たのは初めてだ。全てに才があるって意味分かんねえよ。ズルいだろマジで


「はあ……」


 ため息をはく。何に対してでは無く、主に自分に対して。努力しまくって頑張ってきた俺を侮辱したこいつに対しても。


 確かにこいつは強い。……でも、でもだ。


 俺は魔力を練り、魔法を展開させる。


「俺の方が、強いって言ってるだろ」


 次に目に映った光景は。


 向かってくる数千の魔法を、俺が展開した魔法がすべて綺麗に相殺した・・・・・・・・・・、そんな光景だった。


 ルーカスの魔法と、全く同じ種類と威力・・・・・・・・・を持った、数千の魔法が。

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