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7話 白魔導士

 ラフィネの試合が終わってから数十分後。


「ただいま……試合、どうだった?」


「おお、イヴ嬢! とんだ番狂わせだったぜ! 姫様が言霊魔法を昇華させて――」


 試合前からどこかに消えていたイヴが戻ってきて、未だ興奮した様子のアルディが状況を説明する。


 「準備する」といったきり、観戦することなく魔導馬車に乗り込み、どこかに向かっていたけど……何しに行ってたんだろうか。


 俺が疑問に思っていると、イヴは察してくれたのかこちらに顔を向けて説明してくれた。


「近くの国まで、買い物に行ってた。ここにはまだ入国できないから」


「ほーん……」


 なるほど。何か必要なものを入手しにいっていたようだ。この国では入国審査が終わっていないから、別の国までわざわざ出向いたってことか。めっちゃめんどくさそう。


 イヴはガサゴソと可愛らしい手提げポーチ――《収納》の魔導具を漁り、目的のものを取り出そうとする。


「……魔導杖?」


 出てきたのはイヴの身長以上の長い棒状の物体――魔導士用の長杖。


「おっ……イヴ嬢、てことは"あれ"を使うってことか? そりゃ楽しみだなあ」


「そう、これなら数回は使えると思うから」


「???」


 アルディは理解しているようだが、俺は全くわからなくて頭に疑問符を浮かべまくる。あれ、イヴって自分の杖持ってたような気がするんだけど。何でわざわざ、それも使いにくい長杖を……?


 ……まあいいか、何か策があるんだろう。よく分からんけど。


「ラフィネ、顔色悪い。……大丈夫?」


 イヴは、俺の隣の席に座って無言で顔を俯かせていたラフィネに近づき、心配そうな声をかける。


「そ……そんなことないですよ! 私は元気です! ジレイ様のお傍にいるので元気満天です! むしろ元気すぎて困っちゃうくらいです!」


「………………そう。なら、いい」


 両腕でガッツポーズをして笑顔を見せるラフィネ。イヴはその様子に何かを感じ取ったようだが、深く詮索することはなく、顔を反らした。


「それより、大丈夫なのか? イヴが戦えるのなんて想像できないけど……」


「一応、魔導学園で体術と攻撃魔法の勉強はしてた。筆記テストでもいつも一番」


 買ってきた魔導杖の調整をするイヴにそう聞くと、ふんすと言いそうな若干ドヤ顔で自信満々の返事が返ってくる。なら大丈夫そう――


「実技はいつも最下位だったけど」


「ダメじゃね?」


 大丈夫じゃなかった。


 ……まあ、対戦相手も白魔導士らしいし、勝負としては五分五分なのかもしれない。白魔導士は基本的に後衛だから自衛程度の戦闘能力しかない奴が多いからな。相手がムキムキゴリマッチョだったら終わるけど。


 正直、それもあってかイヴに関しては大丈夫だろって思っている。白魔導士同士の戦いなら血みどろバトルにはならなさそうだし、むしろ何するんだって興味すらある。回復力対決とかするんかね。


「……にしても、相手遅いな」


 国の外壁に設置されている壁掛け魔導時計マギ・クロックを見て、つぶやく。


 ラフィネの試合開始前から呼び出しているらしいんだが、一向にやってくる気配がない。さすがに見かねてウィズダムが呼びに行ったけど、遅すぎやしないだろうか。


 いやまあ、俺もよく遅刻するから人のこと言えないんだけども。おふとんが気持ちよくてね、ついね。しょうがないよね。


「たしか……イヴ嬢以外に、うちの学園から勇者パーティーに行った嬢ちゃんがいたな。俺の記憶が確かならその二人しか受からなかったから、対戦相手はその嬢ちゃんだと思うぜ。よく遅刻してたし」


 俺が『おふとんには魔性の魔力が宿っている説』を真剣に考えていると、アルディがそんなことを言ってきた。対戦相手に心当たりがあるようだ。


「へー、どんなやつなん――」


「――ちょっと! 自分で歩くから引っ張んないでっていってるでしょ!」


「――こうしなきゃ来ないだろう! いいから早く歩くんだ! ……まったく、若は何でこんな問題児をパーティーに……」


 アルディに話を聞こうとすると、そんな喧しい声が聞こえてきた。対戦相手が到着したらしい。


 声の方向へ顔を向ける。ゴリゴリマッチョのゴリラじゃなきゃいいんだが……まあ、アルディの言い方的に女性っぽいし、学園に在籍していた白魔導士らしいからそれはな――?


「……アルディ、ちょっと聞きたいんだが」


「おう、何だ?」


「あれ、白魔導士か?」


「うん? どっからどう見ても白魔導士じゃねえか」


 何言ってんだ? と不思議そうな顔を向けてくるアルディ。いや、確かにそうなんだけど。そうなんだけども。


 ……別に、筋肉ゴリゴリの人が来たとか、大剣を担いだ明らかに戦闘職の見た目の人が来たとかではない。白魔導士協会が認定する服も着ているし、白魔導士なのは間違いないのだが……。


 俺はもう一度、その少女の姿を見る。


 服装は全体的に着崩していて、だぼっとした白魔導士の服は軽く羽織られている程度。そのせいで、健康的な肩が思いっきり露出している。


 頭にはキャスケット帽。紫水晶(アメジスト)のように透き通る、肩ほどの長さの紫髪。首には紫色のチョーカーを装着していて、右のおでこを露出するように前髪をヘアピンで軽く留められているのが特徴的だった。


 まあ、別にその格好自体は何も問題ない。冒険者でもこれくらいラフな格好の人は結構いる。だから問題ない……のだけども。


「白魔導士なのに、露出度髙くね……?」


 そう、白魔導士としては格好がおかしいのだ。


 そもそも、白魔導士協会が認定する服装は露出度が低い服しかない。その理由は、協会が定める"聖女"に求める基準に対しての結果らしいが……詳しいことはよく分からん。お堅い人たちってことだろう。


 まあつまり、白魔導士は協会が「こうあるべき」という服装を定めて、それの着用を義務づけているということだ。……だが、この少女は一応着てはいるものの羽織る程度で、肩も腕も晒しているし、ホットパンツだから太股も露出している。なんならヘソ出しもしてる。


 俺が白魔導士?? と疑問に思ってしまったのも仕方がないだろう。だって、白魔導士協会は頭が固くて有名なのに規則ガン無視で正面から喧嘩売ってるんだもん。そりゃそう思うわ。


 そんなことを考えていると。


「はー……てか勇者サマ、何であたしがこんなことやらなくちゃいけないワケ? 自分でなんとかしてほしいんだけど」


「……フン。自分でできるならそうしている」


「あっそ。ま、仕方ないからやるけど。感謝して欲しいわーほんと」


「おい、若に対してなんて口の利き方を……」


「あーはいはい、お坊ちゃんは偉いでちゅからねーごめんなさいごめんなさーい」


 何やら揉めている様子。ウィズダムが紫髪の少女に注意するも聞く耳を持たず、むしろ小馬鹿にした生意気な態度を取っていた。パーティー仲悪くないすか?


 ウィズダムがその態度に声を荒げた後、少しして諦めたのか嘆息して。


「……あれがお前の対戦相手だ」


「ってか、アンタ負けたってほんと? しかも女の子に負けたって……ださくない?」


「ぐっ……」


 ニヤニヤと馬鹿にする少女。ウィズダムは凶暴な顔を更にゆがめて、子供には見せられない顔になっていた。やめてあげてマジで。


「あー、ほんと、勇者パーティーなんて入るんじゃなかった。忙しくて全然時間は取れないし、"あの子"とは全く会えないし……勇者パーティー同士なら、少しは関わるかと思ったのに……」


 不満げな顔で、ぶつくさと文句をこぼす少女。


「早く終わらせましょうか。久々の休暇なのに、こんな事で時間使いたくな――?」


 そして、怠そうにこちらに視線を向けた瞬間、目を大きく見開いた。


「……イヴ?」


 視線の先――イヴの姿を凝視しながら、驚いたように目を丸くしている少女。……ん、イヴの知り合いか?


「ふーん、そう、そっか……そういうこと。白魔導士ってアンタだったの」


 何かを理解したのか、少女はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「こんな面倒なのやりたくないって思ったけど、相手がアンタなら話は別よ。ふふん、いい機会ね。お互いどっちが上か、白黒つけようじゃない。ま、とーぜんあたしが上に決まってるけど? 学園ではアンタに分があったけど、今はもうあたしの方が――」


 少女は腕を組んで胸を張り、饒舌にしゃべり始める。口ぶりは敵視してる感じだが、なんだか嬉しそうな様子。尻尾があったらブンブン振りちぎってそうだ。


 この様子を見るに、イヴの友人なんだろう。同じ、マギコス魔導学園の出身みたいだし。学園で仲がよかったとかそんな感じだと思う。たぶん。


 と、思っていたのだが。


 イヴはきょとんとした顔で、無情に言った。


「…………あなた、だれ?」





「……………………ふぇ?」


 イヴの凍てつくような無情な言葉と同時、銅像のように固まる少女。時が止まったかのごとく、ピクリとも動かなくなった。


「……アルディ。あれ、イヴの知り合いじゃなかったのか? 向こうは完全にそのスタンスで来てたけど」


「うーん……同級生、ではあるんだがなあ。同じ白魔導士の学部で勉強もしてた子で――」


 アルディがぽつぽつと事情を教えてくれる。……なるほど、イヴの同級生で年齢は同じ15歳。イヴと同じく成績優秀で、飛び級して卒業した生徒。


 学園ではいつもイヴが1位で、あの少女が2位。だからいつもイヴをライバル視していて、ことあるごとに突っかかっていたんだとか。アルディはそれを見て「友達になりたいんだろうなぁ」と思いながら、何も言わずに暖かい目で見守っていたらしい。言ってやれよ。


 数分後、やっとフリーズから戻ってきた少女が口を開き、震えた声を出す。


「ま……魔導学園で、けっこう話してた……気が、するんだけど?」


「? 魔導学園で、わたしに友達はいなかった」


「ほ、ほら、イヴがいつもテスト一位で、あたしがその下の二位で……マーヤ・カッツェ・ビオレータって名前、見覚えが――」


 少女――マーヤが必死にそう言うも、イヴは考え込むように「マーヤ……?」と首を傾げたあと。


「……ごめんなさい、覚えてない。あのときはあまり……余裕、なくて」


 申し訳なさそうに、頭を下げて謝罪した。無慈悲。


「ふ……ふーん? ま、まあ別にいいけど? ぜんぜん、ぜんっぜん気にしてないし? あたしだってイヴのことなんてこれっぽっちも覚えてなかったし??」


 涙目でそんなことを宣うマーヤ。数分前に思いっきり知り合いのスタンスで来てたのに無理があると思うんですけど。



 その後、放心状態のマーヤにかまわず、アルディの無情な試合開始の合図とともに試合が始まった。


「んー、まあ普通にやったらイヴ嬢に勝ち目はねえが……どうなるかねえ」


 試合開始後、隣の席に座ったアルディが《戦場(フィールド)》内部で対峙するイヴとマーヤを見て分析を行う。


「つか、普通に戦うんだな。てっきり、白魔導士だから回復力対決でもするもんかと」


「それでも良かったんだけどよ……本人たちが納得しなさそうじゃねえか? イヴ嬢は特に、自分の戦闘能力が低いことを気にしてそうだからよ」


「ふーん、まあ別に何でもいいけど。殴り合いとかにはならなそうだし」


 白魔導士同士の対決だしお互いに線の細い少女。バチバチの戦闘にはならないだろう、と思ってそう言ったのだが――


「うん? ああ、言ってなかったけどよ――」


 イヴが両手に抱えた長杖を構えて戦闘態勢を取る。未だ落ち込んでいる様子のマーヤに対して、何が起きても対応できるように身構えるが――


「――マーヤ嬢は、ゴリゴリの前衛だぞ」


 瞬間、軽やかに地を蹴る音とともに、少女の姿がブレる。


「っ……!」


 一足でイヴの背後を取ったマーヤは、そのままの勢いで無防備な背中に掌底を叩き込んだ。


「《闇炎》」


 息をつく暇もなく魔法の追撃。なんとか体勢を立て直したイヴが、手に持った長杖に魔力を纏わせ、追尾する魔法を防いで相殺する。


「……白魔導士?」


 目の前の光景に思わず言葉を漏らすと。


「マーヤ嬢は白魔導士としては希少種の、近接戦闘が一番得意な白魔導士だからな。学園での対人戦闘成績はトップクラス。剣士学部にも素手で殴り勝てる上、後衛職の役割である補助も回復もこなせる。おまけに料理と家事も完璧。まさにオールラウンダーな少女だぜ」


「ハイスペックすぎない?」


 もうそれ白魔導士じゃなくていいじゃん。


 だが、そうだとすればあの露出度の高い格好も納得がいく。白魔導士のだぼっとした服だと動きが阻害されるからそうしてるのだろう。つまり、協会に喧嘩を売っているわけじゃない――


「あと、あの格好は白魔導士の認定服がクソださいかららしい」


 と思ったが違うようだ。関係ないのかよ。


「ほらほら! 守ってばかりいないで攻撃してきなさいよ!」


 そうこう話している内に戦況はイヴの防戦一方。マーヤの踊るような猛攻に為す術もなく、必死に長杖で防御し続けている。


 額には僅かに汗を浮かべていて、余裕な状況ではないことが分かる。間違いなく、このままだと押し負けて敗北することが目に見えていた。


「考えてみれば、こうして戦うのは入学以来ね。……っ! 思い出しただけでむかつく……アンタにボロクソに負けて、それから頑張って来たのに――」


「……覚えてないんじゃなかったの?」


「お、覚えてないけど、それだけは覚えてたの!」


 苦し紛れの嘘をつくマーヤ。「そう」と淡々と返したイヴが気に入らないのか、唇をムッと結び、顔をしかめさせていた。


「……でも、何であれだけ強くて2位だったんだ? イヴは実技ビリだったみたいだし、あいつが1位でも良さそうだが……」


「あー、それなんだけどよ、イヴ嬢は学園の評価項目以外に評価されてる点があってだな。白魔導士学部は戦闘科目があんま加点されないってのもあるんだけど――お、噂をすれば……やってくれるみたいだぜ」


 アルディが肉球でイヴの姿を示す。なんだ?


「マーヤ嬢も、欠点の無い優秀な生徒だ。だけど、それでも一位にはなれなかった」


 映像の中のイヴが、ゆったりと長杖を両手で構える。マーヤはやっと攻撃してくると思ったのか、腕を組んで余裕綽々と観察していた。


「それは、イヴ嬢の回復魔法の論文が白魔導士協会に与えた功績が大きい。"水の聖女候補"として、名前が挙げられるほどだからな。…でも、それよりも一番でかいのは――」


 イヴは集中するように息を小さく吸い込み、静かに眼を閉じる。


 周囲には、イヴが纏う水色の魔力が呼応するように長杖に収束し、白色だった長杖は水色に染まり、幻想的に美しく煌めいていた。


「魔力展開――《水命鎌》」


 ぽつりと、イヴが呟くと同時。


 長杖から纏っていた水色の魔力が展開され、半月状に、身の丈を超えるほど大きな、透き通る水色の刃を持つ大鎌が形作られる。


 薄く、透き通った水色の刃は触れただけで肌が切り裂かれそうなほど鋭く、だが不思議となぜか優しく包み込むような柔らかな印象を受けた。


 だけど、俺が一番、目を引いたのは――


「黒い、魔力。……加護か?」


 水色の大鎌を纏うように漂っている、禍々しい黒い魔力――加護。


「わたしは、悪魔だった」


 静かに、イヴは独白する。


「今までで何人も、何人も殺した。死にたくないと願った人を、助けてくれと懇願する人を、この手で、殺してしまった」


 小さな声で、懺悔するかのようにぽつりぽつりと言葉を吐き出す。


「わたしが強ければ、誰も死ななかった。無理にでも逃げ出していれば、諦めずに拒否すれば、こうはならなかった。加護の力は関係ない。わたし自身の心の弱さが、たくさんの人を殺した」


 イヴはうつむき、ぎゅっと両手に握った長杖を強く握る。その声はどこか、取り戻せない過ちを後悔しているかのようにか細く震えていて、不安そうに揺れていた。


「だからもう、誰も殺したくない。傷つけたくない。……でも、それじゃダメで、癒やすだけじゃダメで……守るためにはいつか、戦わなくちゃいけない時が来る」


「ふん……ぶつぶつと何言ってんの! そんな大きな動かしづらそうな鎌で何が出来るってのよ!」


 マーヤは大きく跳躍。イヴと距離を取り鎌の射程範囲外まで離れ、落ちていた枝を拾い、闇色の魔力を纏わせる。


 触れたものを虚空で切り裂く次元魔法の《虚刃》。正々堂々と、正面から突破するつもりだろう。


「――そもそも、魔法ってのは一度に複数の魔法を同時に行使することは難しい。それが正反対の属性、効果を持つ魔法なら尚のこと。俺だって、一度に二つしか行使できねえ。ジレイみたいに複数を同時に、当たり前に行使できるのは、はっきりいって異常なんだぜ」


 戦況を見守りながら、楽しそうに笑みを浮かべるアルディ。


「だけど、イヴ嬢はそれをやってのけた。魔導学会の重鎮でも使えるのが一握りの魔導操作を。それも――」


 マーヤが地を駆ける。数俊後、イヴを切り裂こうと、闇色の魔力を纏った右手を掲げる。


 だが――


「……え?」


 切り裂かれたのは、イヴでは無く――マーヤ。ただ、イヴがマーヤの腕に少しだけ触れるように大鎌を振っただけで、少女の右手はポトリと地面に落ちた。


「わたしは変わった。レイのおかげで、変われた」


「は、《上位治癒ハイヒール》!」


 マーヤは自身の右手を癒やそうと《回復魔法》を行使するが。


「な、なんで治んないの! なんで――ひっ!」


 何度行使しても、一向に癒やされることはなく、むしろ切り裂かれた部位から広がっていくように、黒く禍々しい魔力が浸食していく。


 ちらりと、落ちたマーヤの右手を見る。


 《過剰回復オーバーヒール


 切り裂かれた、と思ったが違う。イヴは、水色の刃がマーヤに触れた瞬間、その刃の場所だけに過剰な回復魔法を行使させ、人為的にこの現象を引き起こしていた。


 あの水色の刃にはおそらく実体は無い。その証拠に、刃が触れたはずの周囲の物体にはキズひとつない。


 しかも、おそらくだがあの大鎌――


「――回復と破壊、イヴ嬢は正反対の属性を展開する魔法を作り出した。味方には癒しを、敵には損傷を与える、相反する魔法をな。おまけに、加護を使って永続的に、自分の意思で魔法を操作できるようにだ」


 アルディは「これには学会も度肝を抜いたもんだぜ」と続ける。


「わたしはもう二度と、同じ事は繰り返したくない。だから、過去の自分の過ちは忘れない。誰かを守れるように、わたし自身が戦えるようになるために……強くならないといけないから」


 イヴは大鎌をゆらりと構えて、真っ直ぐにマーヤを見据えて言葉を紡ぐ。その瞳の中は力強く、決意が宿っているのが分かる。


 ……これほどの高度な魔法を行使するには、並大抵の努力じゃ足りないはずだ。魔力の繊細なコントロール、回復魔法への深い造詣、高度な魔力付与……その全てを理解して、なおかつ独自の魔法として実現させるのは遙かに難しい。


 それこそ、毎日修行に明け暮れて努力でもしない限りは――


「イヴ嬢……毎日毎日、授業終わりに夜遅くまで学園の図書室に閉じこもって、勉強してたんだぜ。早朝は必ずグラウンドで何周も走って倒れたりしてたし、クソ苦い魔力増強剤も朝昼晩欠かさず飲んでた。なんでそこまでするのか分からなかったけどよ……そうまでするほどの事があるんだろうな」


「……そうか」


 ――――健康的な身体の方が魔力の質がいい。だからこれからは毎日走れ。倒れるまでだ。


 ――――お前にもあの滅茶苦茶苦い魔力増強剤を飲ませるからな。毎日だぞ。


 ――――俺はちょっと離れるけど、ちゃんとサボらずやれよ。しっかり《回復魔法》を覚えないと精霊契約できないからな。


 脳裏に、過去の自分の言葉が過る。


「周りがよ、そんなイヴ嬢をバカにしたりもしたんだ。……でも、イヴ嬢は気にせずに、たった一人で頑張ってた。……あんだけがむしゃらに前だけみてたらマーヤ嬢のことを覚えてないのも仕方ねえと思うぜ」


 ――――言いたい奴には言わせとけって。……それより大事なのは他人じゃなくて、自分がどうしたいかだろ? お前がやりたいことをやればいいんだよ。


 過去の俺が言った、思ったことをただ喋っただけの、責任感なんてかけらも無い軽い言葉。


 イヴは……ずっと、言われたことを守り続けて、俺がいなくても修行を続けていたんだろう。あるかも分からない《世界樹の祝福》を探して、一人で前へ進み続けていたんだろう。…………他でもない、俺の為に。


 ……俺は自分が、誰かを変えようだとか、救おうだとかの高尚で立派なことは考えちゃいない。ただのクズで、責任を持つのが一番嫌いで自由が大好きな怠け者だ。


「……」


 がしがしと、頭を掻く。……ああ、考えたくない。だるい。めんどうくさい。


 イヴたちが描いている俺の姿は虚構で、嘘の姿だ。俺は尊敬される人間なんかでも好かれる人間でも無い。それなのに――


 映像に映る、加護の侵食に為す術もなく降参するマーヤと静かにたたずむイヴを見て、胸に沸いた感情が鬱陶しく感じて、更にがしがしと頭を掻く。


 ……本当に、考えたくねえ。





 試合が終了して無事にイヴの勝利になると、《戦場》内部からイヴたちが戻ってきた。


「う……うう…………べ、べつに? まだ、負けた、ワケじゃ無い……し? ゆだん、しただけで……だから、悔しくなんて……ない、し。………うう」


 グスグスと膝を抱えて泣くマーヤ。悲壮感すごすぎ。


 イヴはそんなマーヤを見て、戸惑うように右往左往したあと、傍まで近づいて。


「……ごめんなさい」


「謝ら……ないでよっ! 余計、むなし、くなる……でしょ……」


 手を差し伸べたイヴの手を払いのけ、マーヤは更に亀のように縮こまる。


「それも、そうだけど。……そうじゃなくて」


「何よ……あっちいって! アンタなんかどうでも

……どうでも、いいんだから!」


 スンスンと鼻を鳴らすマーヤに、イヴは離れることなく、泣きじゃくる赤子をあやすように背中をさする。


「あなたのこと、忘れてて、ごめん」


「……別に、いいですけど? ぜんぜん気にしてなんかないし。友達になりたかったなんて思ってないしっ!」


「うん、あなたと私は友達じゃない」


「っ……ふ、ふんっ! あたしだってアンタなんか――」


「だから――」


 イヴは振り払おうとするマーヤにかまわず、ゆっくりと手を差し伸べる。


「今日から、友達になろ」


「え……」


「あの頃の私は、余裕が無くて分からなかった。本当に、ごめん。……だから、今から友達」


「そ、そんなの、あたしは、別に……」


 素直になれず、そっぽを向くマーヤ。そんなマーヤの手にイヴは自分の手をぎゅっと握らせて。


「……友達」


 と言って、口角を上げ、笑顔を浮かべた。いつも無表情のイヴが見せる、可愛らしい微笑み。


 マーヤはそれを見て、う、う……と言いかけた言葉を飲んで、少しのあいだ逡巡するような表情になる。


 そして、少しした後に顔を背け、涙で濡れまくっていた顔をぐしぐしと拭いて。


「そ、そそそそそこまで言うならなってあげなくも無いわ! しょ、しょうがないわねー! まったくもう! まったく!!」


 恥ずかしいのか、あさっての方向を向きながら、嬉しさを隠しきれないといった様子でイヴの方を何度もチラチラと見ていた。わかりやすい。


「で、でも友達になったからって、あたしはアンタのライバルなんだからね! 先に魔王を倒すのはあたしのパーティーなんだから!」


「……望むところ」


「あ、あと……勇者パーティー同士なんだから、一緒に白魔導士のお店行ったりとか……してあげても、いいのよ!」


「ん、じゃあ……さっきの杖、壊れたから新しいの買うとき一緒にいこ」


「しょ、しょうがないわね! もう~!」


 口ぶりとは裏腹に、顔をパァーっと輝かせてめちゃくちゃ嬉しそうなマーヤ。幸せそうで何よりである。





「……水、いるか?」


「……ありがと」


 数分後、こちらに戻ってきたイヴに声をかけ、《水生成》で水を入れたコップを手渡した。


 イヴは両手でこくこくと水を飲み下した後、ふぅと小さく息をつく。


「イヴ……すごいです! あんなに高度な魔法を使えるなんて――」


「……ありがと。ラフィネも、あんな大きい狼獣人に勝てるなんて、すごい」


 素直な賞賛の言葉をかけるラフィネに、イヴは少し照れながらもラフィネを褒め称える。


 ……どうやら、ラフィネもだいぶ回復したらしい。元気な様子で「これもすべて私のジレイ様への大好きな気持ちが~」とか言ってるし。イヴも「そう、わたしの方が大好き」とか対抗してるし。やめろ。


「……」


 俺はそのまま、二人のわちゃわちゃとした会話を無言で聞いていた。


「……イヴ」


「? なに、レイ」


 そして少ししてからイヴの名前を呼んで、顔を向けることなく、ただ一言だけを呟いた。


「頑張ったんだな」


 目を丸くして、きょとんとした顔になるイヴ。理解したのか、顔を嬉しそうにほころばせて。


「……うん」


 一言だけ、そう答えた。その顔は頬が柔らかく緩んでいて、本当に嬉しそうな表情をしていた。ただ、俺が気まぐれにあんな事をいっただけで。


 ……本当に、分からない。俺は――


「…………あの、ジレイ様? 私も頑張ったのですが。なんでイヴだけ褒めるんですか? あの、あの」


「あっ……いや、ラフィネも頑張ってたって、うん、マジでマジで」


 考え込みそうになった思考を、俺の服をつまんできたラフィネに引き戻される。口は笑ってるのに目が笑ってない。怖い怖い。


 ……まあ、何はともあれ二人とも無事に勝った。


 次は――


「全く、どいつもこいつも……使えない奴らばかりだ」


 ずっと、戦況を冷徹な瞳で見ていた男――ルーカスが立ち上がり、苦々しげに仲間を罵倒する。


「来い、D級。身の程を教えてやる」


 ――俺が、こいつをぶちのめす番だ。

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