5話 エーデルフ騎士団
「――――ジレイ様~見ててください! 私、頑張りますから!」
「オオー、ガンバレ―オウエンシテルゾー」
場所は移動し、関所から少し離れた、開けた平原地帯。
そこの、即席で用意された観客席に座った俺は、闘技場のような円形の上に立ち、元気に手を振ってくるラフィネにひらひらと手を振り返し、棒読みで応援していた。
「……こんなつもりじゃなかったんだが」
ぽつり、と考えていた事を言葉として吐き出す。
視界の先は、俺の二倍はありそうな背丈の狼獣人と、ラフィネが相対している光景。
なぜ、俺ではなく、ラフィネが戦うことになっているのか?
何で、意気揚々と喧嘩を吹っ掛けた当人である俺が、観客席に座って応援をしているのか?
事の発端は、少し前、数十分前に遡る――
◇
「――ほう、雑魚の癖に吠える……いいだろう、そこまで言うのであれば、相手をしてやる。精々、後悔す――」
「――"若"! こんなところにいたんですか!」
男がにやりと嘲笑し、了承しようとすると……背後から大きな声と同時に、ドタドタと足音をたててある人物が割り込んできた。
「申し訳ない。若がとんだご迷惑をおかけして――」
男を"若"と呼んだその人物は、俺たちを見るなり腰を下げ、申し訳なさそうにペコペコと頭を下げる。
まず、最初に思ったことは。
「でけえ……」
俺の二倍はありそうな背丈と、胸当てが窮屈に感じてしまうほどのがっしりと鋼のように逞しい身体を見て、思わず声を漏らしてしまう。
狼のような相貌に、岩すらも容易く切り裂けそうな鋭い爪。
口からは尖った巨大な牙を覗かせていて、一咬みで人間なんて容易く絶命するんじゃないかと思わされる。
狼獣人の中でも一際大きな体躯を持ったその人物は、凶暴そうな見た目に反して低姿勢で頭を下げ、俺たちに謝罪をしていた。
「邪魔するな。今からこのD級に身の程を教えてやるところだ。引っ込んでいろ」
「若、ここはフォルテ独立国じゃないんです。他の方に迷惑をかけないようにって言ったでしょう!」
「そんなのは知らん。俺は了承もしていない」
「若! 戯れがすぎます! ああ、本当に申し訳ない。若には言って聞かせるので――」
ふんとそっぽを向く男に、狼獣人の男は頭に手を当てて嘆息し、謝罪する。凶暴な相貌を嘆かわしげに歪めているその姿は、なんというか、聞き分けの無い子供に言い聞かせているかのようだ。
どうすればいいのか分からず、戸惑っていると。
「………うーん、オレ、こいつと前に会ったことある気がするよーな……フォルテ独立国、狼獣人…………うん? お前まさか――ヴィズダムか!?」
先ほどまで黙ってうんうん唸っていたアルディが、何かを思いだしたかのようにそう叫んだ。
「え……アルディさん!? そうですヴィズダムです!」
「久しぶりじゃねえか! お前、でかくなったなぁ……! つまり、その坊主が探してた……そうか、見つかったんだな」
「ええ、おかげさまで……その節はお世話になり――」
久方ぶりに会った旧友と話すごとく、会話に花を咲かせるアルディとヴィズダム。……どうやら、二人は知った仲らしい。この猫、本当に無駄に顔が広い。マジで無駄に。
「……おい、アルディ。どういうことだよ、話してないで説明してほしいんだが」
「ああ、悪い悪い……えっとな、ここにいるヴィズダムとは昔、エーデルフ国で一緒に魔法を研究してた仲でよ。あの頃は日夜、研究に明け暮れて――」
「いや、それはどうでもいい。結局、誰なんだ? あいつのこと"若"って言ってたし……まさか、本当に王子なんてことはないだろうし」
「……? いや、あの坊主、マジの王子だぞ」
「はぁ? いやいや、"フォルテ独立国"なんて聞いたことないんだが」
「んー……まあ、知らないのも無理はねえな。だけど、ジレイでも"エーデルフ騎士団"のことは少しくらい聞いたことあるはずだぜ?」
"エーデルフ騎士団"
それは、ベスティア大陸で最も高名で、気高く高潔な騎士道を持つと言われている騎士団の名称。
騎士団員は全員、厳しい入団試験を潜り抜けてきた様々な獣人種の猛者たちであり、構成員は三百名ほどしか居ない。
だが……その戦闘能力は極めて高い。
獣人種の高い身体能力と、少数精鋭ゆえの息の合った連携。的確な判断を下す司令塔の指示。その全てが噛み合い、辺境にある小国の騎士団なのにも関わらず戦争は負け知らずで、その勇名はここヘルト大陸にも名が轟くほど。
そんなに強いのであれば、もっとでかい国になってそうだが……そのつもりがないのかなんなのか、自分から吹っ掛けることはなく、防衛の為だけに戦っているらしい。騎士としての信条かなにかがあるのだろう。
実は俺も修業時代のころ、ベスティア大陸にいたときに噂を耳にして、強いやつが多いと聞いて手合わせをお願いしにいったときがあった。
「確かに、名前くらいは知ってるけど……解団しただろ? 国もなくなってたし」
そう、俺が出向いたその頃には国がすでに無くなっていて、騎士団も解団されたと聞かされたのだ。もちろん、ワクワクしながらクッソ遠い所まで出向いてきた俺のテンションは地に落ちた。ふざけんな。
「ああ、一度、理由があって解団したんだけどよ……そのあと、新しく国を作ってまた結団したんだ。今度は、ベスティア大陸の十の国を制圧し、統合してな」
「…………マジ?」
「マジだ。んで、あの赤髪の坊主が数年前、小国だった頃にさらわれ、行方をくらましていた王子で、騎士団副団長――ルーカス・フォルテ・エーデルフってことだ。ウィズダムが側近だな」
「マジ? マジで王子?」
「マジだぜ」
……どうやら、嘘じゃなかったようだ。そうか、本物の王子か……それも、十の国を統合した大国の王子。おまけにクソ強い騎士団の副団長と来た。なるほどなるほど。つまり、目をつけられたら確実に面倒くさいことになる相手ってことか。
……ふーん? いや、別にぜんぜんビビってないけどな。不敬罪で捕まるんじゃねヤベえとか思ってないけどな。マジでマジで、欠片も思ってない。
「……マジか」
一瞬だけ、下手に出ようかとも思った。俺にプライドなんてものは無い。面倒くさいことになりそうなら頭だって余裕で下げる、俺はそういう男だ。
「……」
ちらり、と隠れているレティを見る。唇を結んで、不安そうな顔。
……だけど、まあ。
「ま、いいか」
一言、それだけつぶやく。
不敬罪で捕まるにしても、騎士団に追われることになったとしても、今回はこいつをボコると決めた。
その結果として、面倒ごとになったらそれはもうしょうがない。諦める。何よりも、俺は俺の感情に嘘はつきたくない。ボコりたいからボコる、それはもう決定事項で、決まったことだ。
「――でもよ、むかし会った時はそんなんじゃなかったよな? もっと素直で、『俺は騎士になるんだ!』って純粋な子供だったじゃねえか」
「……過去は過去だ。誰しも、年月が経てば変わる。当たり前のことだ」
「ふーん? そういえば、もう一人の坊主はここにいないのか? 確か、双子だったよな」
「………………ヘンリーは、もう居ない」
「あっ(察し)……………………………………悪ぃ」
「フン、過ぎたことだ」
やっちまった顔をするアルディに、目線を逸らし、そっぽを向いて苦々しげに返答する男――ルーカス。話が見えないが、なにかあったんだろうか。
「そんなことはどうでもいい……それよりD級、証明してくれるのだろう?」
「……ああ、できれば観衆が居ない方が助かるな」
「元よりそのつもりだ。ついてこい」
クイと顎で示し、ルーカスは返事を待たずに歩き出す。
俺もそれについて行こうと足を動かすが――
「――待ってください!」
静止の言葉に足を止め、振り返った。なんだ?
「……黒髪女、邪魔をするな」
ルーカスは舌打ちをし、止めてきた少女、ラフィネに苦言を呈する。
「一つ、聞かせてください。ここでジレイ様が勝てば、私たちの入国も認める、ということでしょうか」
「そうだ。だが、この男に護衛され、常に行動を共にすることが条件だ。単独行動は認めない」
「えっ」
なにそれ初めて聞いた。
常に行動を共にするって、そんなんしてたら俺死んじゃうんだけど?
……まあ、別にラフィネたちとは別行動だし、【特別区域】には来させないからいいか。ここは納得して貰って、あとで説得すればいい。たぶんなんとかなるでしょ。
――と、思っていたのだが。
ラフィネの口から出された答えは、予想外の返答だった。
「でしたら、嫌です」
「……なんだと?」
それは、拒否の言葉。
「嫌です、と言いました。ジレイ様に護衛をしていただくつもりも、守って貰うつもりもありません。私は、ジレイ様を頼って守られるだけの人間になるつもりは、毛頭ありませんので」
「ほう……?」
「私は、ジレイ様を少しでも支えられるようになりたいから、これまで頑張ってきたんです。頼り切りになって、負担になりたいとは思っていません。ですから、それは嫌です」
ラフィネは、まっすぐにルーカスを見据え、一つ一つ、自分の意志を発言した。その瞳は強く、信念の灯火が宿っていて、ラフィネの中で譲れない何かがあるのが分かる。
「ならば、力を示すがいい。……ちょうど、そこに俺の配下のウィズダムがいる。口だけでは無いことを、弱者でないことを示せ」
「分かりました。では、その方に勝てば、私個人としての入国を認めていただきます」
「いいだろう」
「お、おい――」
話がトントン拍子にあらぬ方向に進んでしまい、慌てて止めようとするが。
「ジレイ様、大丈夫です。私……けっこう、強いですので」
にこりと微笑み、「ご心配、ありがとうございます」と止めようとした俺の手を優しく包みこむラフィネに、言葉を飲み込む。いや、強いって言っても――
突然の展開に困惑していると。
「……わたしも、やる」
「へ?」
なぜか、イヴもやると言い出した。
「足手まといになんて、なりたくない。自分の身は自分で守る。……そうじゃなきゃ、レイを守るなんて、夢のまた夢だから」
「い、いやでも……そもそもイヴは白魔導士で――」
「俺のパーティーには白魔導士もいる。それに勝てば、認めてやろう」
「わかった」
「え、ちょ――」
「よし! じゃあ決まりだな! 【攻】の勇者パーティーと、【才】の勇者パーティーの対抗戦、場はこのオレ、アルディ・アウダースが設けさせて貰うぜ!」
「おい――」
アルディが宣言し、ラフィネやイヴが戦意を固めるように瞳に力を込める。俺の発言はずっと無視。聞けよ。
――こうして、なぜか俺、ラフィネ、イヴの三人と、【才】の勇者パーティーとの対抗戦をすることになった。
いや……俺の意見は? おかしくない??