4話 半獣人
「……こりゃまあ、いきなり出てきて随分なご挨拶だな。俺の記憶では、勇者に命令する権限なんて無かったはずだが……?」
「フン、それがどうした? 俺が失せろと言っている。早く消え失せろ」
失礼すぎる態度で指図してきたことに抗議するも、ギロリと冷たい目で睨み、有無を言わせぬ口調で命令してくる男。
「……」
俺は無言で、男を観察する。
まず視界に映るのは、男が身体にまとっている、白銀に輝く全身鎧。
腰には赤い鞘に収めた【聖剣】であろう剣を装備していて、籠手、鎧、グリーブ……その全てが一級品の素材で作られた代物だと分かる。
だが……そのどれよりも、目を引くものがあった。
それは――
「……なんだ、D級。濁った目で俺を見るな」
男の頭部――人種には存在しない、毛で覆われた狼のような獣耳を見て、理解する。あと、濁った目は余計だ。
"狼獣人"
ここから遠く離れた、獣人種が多くを占める大陸――【ベスティア大陸】の各地に占住していて、狼のような容姿に、発達した大きな鋭い爪や牙、高い外壁をも楽々と越えることができるほどの卓越した身体能力を持っているのが特徴的な種族。
だが……目の前の男は、爪も牙も無い、頭部の耳以外は至って普通の人間だ。……おそらく、人の要素を色濃く受け継いだ、半獣人というやつだろう。
「ああ――"これ"か。……本当にお前ら人間は度し難い」
俺が何を見ているのか理解したのか、男は不快そうに舌打ちをしたあと、悪態をこぼす。……ん? 何でこいつ怒って――
「あー……悪い。別に、そういうわけじゃ無いんだ。気を悪くしたならすまん。ただ、珍しいと思ってな」
「……フン。心にも無いことを」
失態に気づき、謝罪する。悪いことをしてしまった。
獣人種――特に、半獣人は戦争が終わって数年が経った今でも、侮蔑の目を向ける人間がいる。
"人間にも獣人にもなれないなり損ない"と獣人種にも馬鹿にされ、人間にも"汚れた存在"として蔑まれる。昔と比べたら、それもマシにはなったんだが……それでも、差別視をする心ない人が少なからず存在しているのが事実だ。
こいつも、俺の視線を"見下している"と感じたのだろう。……俺はそういうのマジで嫌いだから違うんだけども。
「【才】の勇者……と仰いましたか。私たちが、貴方に命じられる謂れは無いはずです。そもそも、初対面なのに失礼がすぎます。お引き取りください」
「ほざくな、黒髪女。弱者は強者に従うのが自然の摂理だ。お前らはただ、黙って従っていればいい」
「……それはちがう。弱いから従うなんてない」
「ほう? 口だけは達者のようだな、白魔導士。お前ら弱者は一丁前に権利を主張する。なんとも滑稽なことだ」
「――ッ! この――」
ラフィネ、イヴが反論するも、小馬鹿にしたように嘲笑し、肩をすくめる男。何を言っても男の態度は変わらず、売り言葉に買い言葉で口論は熱を増していく。めんどくせえ……。
……このまま話していても主張がかみ合わず、平行線のままだ。周りからの注目も集めてしまっているし、居心地も悪い。ここは、俺がビシッと言ってやって穏便に――
「おいおま――――?」
男の元に動こうとするも、グイッと何かに引っかかったような感覚に、足を止める。
振り返って見てみると――レティが、俺の服の裾をぎゅっとつかんでいた。
その様子は、どこか怯えているようで、下をうつむいたまま瞳を揺らし、唇を一文字に結んでいる。どうしたんだ?
「レティ? どうした?」
聞いて見るも、ふるふると首を振るだけで、何も言おうとしない。あのいつもうるさく喧しいレティが、無言でただうつむいている。
考えて見れば、レティはこの男が現れてから、様子がおかしかった。隠れるように俺の後ろに身を隠し、黙って身を縮こまらせていた。
「――おい、【攻】。お前もさっきから何をしている? 早くこの雑魚どもを連れて失せろ。不愉快だ」
「……っ! あ――」
「まさか、嫌とは言わないだろうな?」
「……ぁ、ぅ」
男が命令する度に、レティが怯えたようにうつむき、俺の裾を掴む力を強くする。何かに怯えたように、恐れるように。
こいつがレティに何をしたのかは分からない。
もしかしたら、お互いに勇者として、過去になにか確執があったのかもしれない。いつも元気なレティがこんな様子になってしまうほどだ。何かあるのは間違いないだろう。
……まあ、俺には関係無い。関係無いが――
「この、"ガラクタ"が――」
「うるせえな」
俺はレティを隠すように立ち塞がり、男の前へ身体を出す。
「……聞き間違いか、D級? お前、この俺に――」
「"うるせえ"、っていったのが聞こえなかったか? 口を開くな、耳障りなんだよ」
「……愚弄と受け取る。【フォルテ独立国】の王太子であり、【才】の勇者であるこの俺へのな」
「へぇ? お前って偉いんだな。そうかそうか、勝手に突っかかってきて、ハエみたいに纏わり付いてワーワー鳴くから、偉い人だと思わなかったよ。いやー悪い悪い」
「貴様……!」
思ったことをそのまま言うと、射殺すような目で睨んでくる男。沸点が低いようで困っちゃいますわ。
「それに……『弱者は強者に従うのが自然の摂理』って言ったよな? なら、お前は俺に従わなくちゃおかしいはずだが?」
「ほざくな。勇者である俺に、D級のお前が勝てるわけが無い」
フンと嘲笑し、俺を見下す男。……ああ、ムカつくな本当。
「レティ」
俺は後ろを振り向き、縮こまって怯えているレティに声をかける。レティはうつむいていた顔を上げ、不安そうな瞳で俺の方を見た。
……レティをこんな様子にする詳しい原因は分からない。だが、この男が関係していることは間違いない。
なら――
「大丈夫だ」
怯えるレティの頭に手を乗せ、ただそれだけ言って、男の方に向く。
「俺が勝てるわけ無い? ……そうか、じゃあ、証明してやるよ」
レティの怯えた顔を見てから、腹の底から湧き上がるイライラとした感情。
別に、それに対して腹が立ったとかじゃない……と、思う。レティが泣こうがどうなろうが、俺には知ったこっちゃ無い事だから。
だから、ただ、俺は事実を述べるだけで、したいようにするだけ。
俺は俺のために、こいつを。
「俺がお前より――――強いってな」
ムカつくからボコボコにする。それだけだ。