2話 クソ猫アルディ
「――で、オレの所に来たってわけか」
魔導学園、アルディの学長室。
俺が魔導図書館への立ち入り許可を貰いたいと頼むと、アルディは学長室の大きな執務椅子に、腕組みをしながらモフモフの身体を沈めさせ、ダンディな渋い声でそう言った。
「あ、ああ、お前なら許可を貰えると思ってな」
「……確かに、オレならできるぜ。そりゃもう何の問題もなく」
「おお、さすがアルディ! なら――」
俺がへりくだった態度で「頼む」と言おうとすると。
「できるけどよぉ……"するかどうか"は別だよなぁ?」
「くっ……!」
クッソ腹が立つ顔でニヤリと顔を歪ませるアルディ。この野郎ッ……!
アルディは「どうしよっかなぁー? やってあげたいけど、オレ忙しいしなー?」と、ちょろちょろと俺の周りを歩き、おどけた声を出す。ぶん殴りたい。
だが待て、我慢だ我慢。魔導図書館へ入るにはこいつの協力が必要不可欠。
前に、不法侵入して警備の目を掻い潜ったりなんだりでめんどくさいことになったから、今回は普通に入りたい。館長を名乗る変な女性に粘着もされたし。
だから、ここで本能の赴くままに殴ってボコボコにすることはできない。我慢だ、我慢しろ俺。事が終わったらボコボコにすればいいだけだ。うん。
「……ま、それは冗談だ。オレとジレイの仲じゃねえか。もちろん、許可は取ってやるからよ」
歯ぎしりして耐えていると、一転してにっと笑うアルディの言葉。え、マジで!?
「アルディ……!」
どうやら、俺は勘違いしていたようだ。コイツはただの粘着質なクソ猫で、良いところなんて何一つもないゴミみたいなやつだと思っていたが、そうではないらしい。考えを改めなければいけないな。
「ああ。それに元々、魔導図書館があるリヴルヒイロには用事で行こうと思ってたんだ。せっかくだし、ジレイも誘ってな」
アルディは「ちょうど今から、呼びに行こうとしてたんだ。むしろ手間が省けたぜ」と優しい声で言ってくれる。そうだったのか。それなら良かった。
「それにほら……もう準備もしてある。ジレイが快適に過ごせるように、特別製の馬車を手配したんだぜ?」
そう言って、アルディは窓の外を肉球で示す。見てみると、確かに手配するだけで何十万リエンもかかる、高級魔導馬車が空中に滞空していた。おお!
「うっし! んじゃま、さっそく行こうぜ。オレが御者をするから……ジレイは優雅にすごしてくれって。立ち入り許可は行きながら魔法で連絡しておくからよ」
「お前……いいやつだったんだな……!」
優しさに感動しつつ、さっそく窓枠から馬車に乗り、中に入る。ふかふかの広い座席、魔導具を使っているのか快適な気温の空調。さらには、飲み物もおやつも完備してあった。なんだこれ、最高じゃん!
「ありがとなアルディ! お前は最高の猫だよ!」
俺はアルディに深く感謝し、頬をふかふかの座席につけて寝転がる。神すぎぃ……。
「礼はいいっての。なんせ――」
アルディがそう呟き、パチンと指を鳴らした。
――そのときだった。
「ファッ!?」
どこからか飛び出てきたロープが俺の身体を一瞬で拘束。ガチャリと後ろ手に何かが施錠されたような音がなり、俺は混乱のあまり硬直。えっ、いや……え? え?
「――オレはこれから、ジレイにとって酷いことをするんだからなぁ?」
にちゃぁ……と極悪人のような悪い笑みを浮かべるアルディ。お、おま……ッ。
「ど、どういう――」
意味が分からず聞こうとすると。
「おーい、"イヴ嬢"! "レティノア嬢"! ジレイ捕まえたぜー!」
アルディは俺の乗っている魔導馬車の方――正確には俺の座席の裏に声をかける。
すると。
「ん、お手柄」
「ししょーだ! おはよう!!」
背後から、ものすごく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
俺は荒くなる呼吸と冷や汗が止まらなくなる身体で、振り向く。嘘だろ嘘っていってくれマジで。
「学園長、ありがと。これでレイといっしょ」
「リヴルヒイロにいくって聞いたから! わたしたちも一緒にいくぞ!」
その少女たち――イヴは俺の隣に座って身体を寄せ、レティは俺の頭に抱きつき、ぐりぐりと顎を乗せて楽しそうに笑う。
「…………アルディ?」
アルディに顔を向け、説明を求めるが。
「いやー、オレの用事でリヴルヒイロに行こうとしてたんだけどよ。イヴ嬢にジレイを捕まえるにはどうすればいいかって相談されてな。そこでこう、丁度良いしこの機会にちょいちょいっと」
「ふざけんなクソ猫ボコる」
さっきまでの全部訂正。やっぱりこいつクソ。絶対に許さない。
「く……こんな拘束、余裕で――」
魔力を身体に込め、抜け出そうとするが。
「おっと、やめておいた方がいいぜ? そんなことしたら……壊れちゃうからよ」
「はぁ? 別にそんなの俺に関係無いだろ」
この魔導具が壊れようとどうでもいい。アルディのだし。むしろ率先して壊したい。
「まてまて。その魔導具、よく見てみろって」
「何を言って……?」
俺は言われた通り、身体を拘束するロープの魔導具と、後ろ手に施錠されている魔導具を顔を動かして見る。別に普通のまど……こ、これってまさか――!?
「気付いたか。そう、その魔導具――古代遺物は世界に三つしかない《千檻縛紐》と、世界に五つしかない《城条錠前》の魔導具だ。ジレイなら、いやジレイだからこそ、壊せるわけないはずだぜぇ?」
「くっ……!」
悔しくて悔しくて、震える。その通り過ぎて。
「だ、だけど解除すればこっちのもんだ。なら……」
「おいおいジレイ。《千檻縛紐》と《城条錠前》の効果を知らないわけじゃないだろ? そうやすやすと解除できるとでも??」
「……確かに、時間はかかるかもな。だが《空間転移》で逃げてから、ゆっくりと解除すればいいだけの話だ。俺なら解除できる。問題ない」
俺は一瞬で《空間転移》の魔方陣を展開させる。
こいつの敗因は、俺を見誤ったこと。確かに魔導具は壊せないが、俺を捕まえようなんて甘い甘い。さて、逃げた先でゆっくり解除してこの魔導具を頂戴しますかね。
「ジレイ、忘れてるようだから言っておくけどよ……《千檻縛紐》は対象の身体能力の低下と、《身体強化》魔法の阻害。《城条錠前》は魔力を制限し、吸い取る効果がある。つまり、ジレイは縛られていて動きにくいし、その上、能力まで制限されるってわけだ。……そしてな、オレの魔法系統、《能力強化》が得意な――――支援寄りなんだぜ?」
ニヤリと笑う、アルディ。その声を最後に、俺は青白い光に包まれ、その場から消える。
まったく、この猫は何を言っているのか。こいつの魔法系統なんて別にぜんぜん、俺に関係ないはずだ。そう、関係な――――――――
「あっ」
10分後。
「人の尊厳って大事だと思うんだ」
余裕で捕まった。ちくしょう。
◇
そんなこんなで、魔導馬車の中で三人の少女に囲まれてストレスで吐きそうになっている、いま現在に至る。
「"王女様"、レイが嫌がってる。もう少し離れて」
「大丈夫です。ジレイ様と私は相思相愛ですので。むしろ、"イヴさん"こそ身体を寄せすぎではないでしょうか? もう少し離れた方がいいかと」
「そんなことない。それに、レイはわたしの方が好き。王女様のそれは勘違い」
「いえ、ジレイ様は間違いなく、ええ間違いなく私の事の方が好きなはずです。イヴさんは二番手で、本妻が私です」
「違う。王女様が二番手。レイを好きな気持ちもわたしの方が上」
「私が本妻です。ジレイ様を好きな気持ちも私が上です」
「違う、わたしが本妻」
「私です」
「わたし」
「ししょー! ししょー!! すごいぞ! あんなに人が小さく見える! すごい!!」
ラフィネとイヴは、馬車に乗ったときからことあるごとに俺を間に挟んで、妄言の言い合いをしているし、レティは俺の髪をひっぱって無邪気に笑っている。こんなことになるなら、アルディなんて頼らずに不法侵入すれば良かった。
「さすがジレイ! モテモテだなぁー? いよっ! ハーレム冒険者! 羨ましいぜまったくぅ!!」
「ぶん殴るぞマジで。マジで」
魔導馬車の手綱を操作しながら、ヒューヒューと無駄に上手い口笛を吹いてふざけたことを言ってくるクソ猫。マジでボコボコにして泣かせてやろうか。
「……てか、なんでラフィネがいるんだ。まだ、朝からそんなに経ってないはずなんだけど……寝てたよな?」
俺はアルディをぶん殴りたい気持ちを抑え、なぜか右隣に座って密着してくる少女――ラフィネのことを聞く。
イヴやレティは始めから馬車に乗っていたから分かる。……だが、ラフィネには何も伝えてすらいない。
なのに、出発する少し前に当たり前のように現れ、俺の隣に座ってきた。意味わかんないんですけど。
すると、ラフィネは嬉しそうな顔で。
「はい! 起きたあと、宿屋にアルディさんからお誘いの魔導手紙が届きまして……『リヴルヒイロへの楽しいニコニコ旅in魔導馬車(ジレイもいるよ)』と書いてあったので、ありがたく参加させていただきました!!」
「アルディ???」
何やってくれちゃってんのお前?
俺の視線を受けたアルディは、フッ……と笑ったあと、慈愛に満ちた暖かい目をこちらに向けてくる。イラッ……。
「いやいや……ジレイ。"恋人"なのに一人だけのけ者なんて、かわいそうだろ? 大丈夫だ、オレは分かってるからよ……ジレイとユニウェルシアの姫さまが、密かに恋仲だってこと。それに、イヴ嬢とレティノア嬢まで手籠めにして……さすがだよお前は。俺も男として、応援してるぜ……!!」
「なるほどなるほど……で、本音は?」
「はたから見てる分にはおもろいと思って呼んでみた。クッソおもろい」
「よしこっち来いクソ猫。ボコボコにしてやるから」
クッソ腹たつ顔でヒューヒュー口笛を吹き、魔導馬車の手綱を握るアルディ。マジでコイツ、事が終わったら絶対ボコボコにする。
「くッ……この魔導具がなければ、今すぐにでも逃げられるのに……」
俺の身体を拘束している魔導具に対して、苦々げに呪詛を吐く。
……いや、一応この状態でも逃げれるには逃げれる。
《千檻縛紐》で身体能力を制限され《城条錠前》に魔力を吸い取られまくっていても問題なく動けるし魔法も使える。普通は歩くことすらできなくなって、魔力欠乏で衰弱していって最悪死に至るらしいけど。そんなヤバいの俺に使うな。
そう。俺は別に、手足が縛られているこの状態でも逃げれる。現にさっきまで何回も逃亡したし。
《空間転移》で遠くまで転移し、行使した反動で死にそうになる身体を動かして、うさぎ飛びでぴょんぴょん高速移動しながら逃げた。逃げまくった。
しかし、その度に《探知魔法》で周囲一帯を探知され、《自己強化》をしてとんでもない速度で高速移動するアルディとの鬼ごっこが始まり、結局捕まって連れ戻される始末。
それでもギリギリ、《身体強化》をほぼ使えない状態の俺が速度で勝ったのだが、古代遺物の解除はさすがに数分はかかるし、追い掛けてくるアルディから逃げながらでは無理だった。
……で、結果的に諦め、いまこうしてリヴルヒイロに連行されているという現状。
ぶっちゃけ、この魔導具さえ壊してしまえば余裕で逃げられる。
……が、それは俺の気持ち的にしたくない。いくらアルディの所有物だとしても、貴重な古代遺物を俺の手で壊したくない。命を狙われてるとか殺されそうとかの状況なら話は別だけど。
「王女様。少し前――"魔導具展覧会の日の夜"に話したこと、覚えてる?」
「……もちろんです。私の気持ちは、あの日お話した通り変わりません」
「……そう。なら、いい」
魔導具好きな自分を恨んでいると、イヴがラフィネに話しかけ、なんかよく分からんやりとりを行う。
……そういえば、馬車で初めて会ったはずなのにまるで前に話したことがあるような口ぶりだった。魔導具展覧会の日に何か話でもしていたのだろうか。
「それと……イヴさん。私のことはどうぞ、ラフィネと呼び捨てにしてください。王女の身ではありますが、それは関係無く、対等に戦いたいですから。…………あまり、お友達も居なかったので」
「……分かった。わたしもイヴでいい」
「あと、替えの服があまりないので……よければ、リヴルヒイロでお洋服とか、一緒に見て貰えれば嬉しいです」
「ん、構わない」
「お前ら本当は仲いいだろ」
いがみあっているのか仲がいいのか分からないラフィネとイヴ。というかさっきから俺を間に挟んで話すのやめてください。
「――あーっ! 見えてきたぞ! リヴルヒイロだ!!」
そんなこんなで死んだ顔で精神修行を味わっていると、目的の国が見えてきた。
「やっとか……これで解放される……」
マジで、やっとこの空間から出られる……さすがにリヴルヒイロについたら拘束も外してくれるだろうし、入国して魔導図書館への許可証を貰ったら即行逃げて用事を済ませよう。で、アルディをボコりに行こう。うん、そうしよう。決定。
その後、リヴルヒイロの関所近くに魔導馬車を停め、俺たちは入国するための申請を出すべく、ぞろぞろと移動し始めた。
魔導具の拘束も解いて貰ったし、これで入国できればあとは自由。すでに走り出す準備はできている。行くぜッ……!
さっそく、アルディが代表として申請書を出して、入国許可を貰おうとするが――――